2 蛙の歌
足がムズムズする。
蚊にでも刺されたのかなと思って爪で引っ掻いてみると、虫に刺されて腫れたのとは違うぷくりと盛り上がった感触があった。
脛を見てみると、皮膚が黒く盛り上がっていた。
ほくろ? それにしては大きい。小指の爪くらいの大きさはある。
皮膚の下に黒くて柔らかい塊がある。指で押すと、逃げるように皮膚の下を移動した。
「!?」
よく見ると黒い塊には尾のようなものが付いていた。尾をくねらせ、足を上ってくる。
「な、何これ!?」
手の腹で太ももをさすり押し戻そうとするが、塊はどんどん上へ移動していく。
片足にばかり気を取られていたが、もう片方の足もムズムズし始めた。
「ひッ……!」
思わず息を飲んだ。
もう片方の足からも黒い塊が上ってきている。しかも一つじゃない、二つ、三つ、いくつもの黒い塊が足を上ってくる。
足元を見ると、無数のオタマジャクシが地面をのた打ち回っていた。それらがあたしの足に触れると、爪の間から皮膚の下へ侵入してくる。
「いや、やだ! 気持ち悪い!!」
片足を地面から離すが、軸になった足からオタマジャクシはどんどん侵入してくる。
地面に触れていたくなくて、軸足を何度も入れ替える。その間にも、オタマジャクシは移動を続ける。
皮膚の下を異物が這い回る感触。その感触が足元から上へ上へと広がってゆき、背中に集まっていくのを感じた。
「■■■■■」
背中から声が聞こえた。
「■■」
「■■■■■」
「■■■■」
「や……やめろ……」
声は止まない。それどころか、オタマジャクシが背中に移動していくにつれ声は増えていく。
「やめろ! やめろってば!!」
――――あたしを、そんな風に呼ぶな!!
目を覚ますと、あたしは寝巻き代わりのTシャツを脱いで洗面所へ駆け寄った。
電気を点けて、洗面台の鏡に自分の背中を映す。
「よかった……」
鏡に映った白い背中を見て、ただの夢だったのだと胸を撫で下ろした。
念のため、反対側からも背中を覗き込んで変わった所はないか確認した。右の肩甲骨の下辺りに、ニキビが一つできていた。
あたしはベッドへ戻ると、脱ぎ捨てたTシャツを着て布団に潜り込んだ。
ただの夢だ。昼間クミが気持ち悪いカエルの画像なんか見せてくるからこんな夢を見たんだ。
「クミのせいだ……」
明日文句を言ってやろうと思いながら、もう一度眠りについた。
*
「ユウカさ、痩せたよね?」
クミの何気ない一言に一瞬ぎくりとしてしまった。
あの夜以降、同じ夢を繰り返し見るようになった。
初めはクミに文句を言った。
二日・三日目は気味悪いと思ったが、わざわざ言うことでもないかなと思い済ませた。
四日、それ以降も続くと、怖くてなんだか逆に言い出せなくなってしまった。
眠ればあの夢を見てしまうと思うと寝付けず、寝不足であたしはどんどんやつれていった。
「ほ、ほら、もうすぐ夏休みじゃん? 水着着るためにダイエット中なの」
「へぇ~。でもなんか顔色悪い気がするから、ほどほどにしとかないとバテるよ?」
やましいことがあるワケでもないのだが、適当なことを言って誤魔化した。
「でも、そっかー、水着かー……ねぇ、今年は海どうする?」
クミは特に疑う様子を見せず、海水浴の相談をし始めた。毎年楽しみにしていた恒例行事だが、今はあまり乗り気になれない。適当に話を合わせた。
「――――じゃあ、今年もそんな感じで。他の皆にも声掛けてみるね」
「うん。ねぇクミ、今日の講義が終わったらカラオケでも行かない?」
なんだか最近気分が沈みっぱなしだ。こんな調子じゃいけない、気分転換でもしようとクミを誘ってみた。
「あー、ごめんね。今日は先約があるんだ」
クミにも他の付き合いがあることくらいはわかっている。でも、クミがあたしの誘いを断るのは珍しいことだった。
「バイトの先輩と話してたら同じ趣味で盛り上がってさー、一回遊びに行こうよって話になったんだ」
同じ趣味というと、動物か。
「あんたに趣味の話でついていける変わった女がいるとはね……」
「女じゃなくて男だけどね」
「え?」
ラインのアイコンで写真を見せてもらったが、なかなかのイケメンだ。
「もしかして、デート?」
「やだなー、そんなんじゃないって」
そう言いながらも、クミは嬉しそう。
「ふーん、そっか……そうなんだ……」
仕方なく、自分のスマホをいじって他に誘えそうな相手を探す。
それにしても、背中がムズムズする。




