1 井の中の蛙
丸テーブルの並ぶ大学のカフェスペースを見回して、そこに一人腰掛けた見慣れたショートヘアーを見つけた。
「あ、いたいた。クミー」
声を掛けたが反応はない。どうやらイヤホンを着けて、スマホに見入っているようだ。
またかと思いながら近付いて、イヤホンを片方、耳から引っこ抜いた。
「ん? どしたのユウカ」
もう片方のイヤホンを外しながら、クミはこちらを見上げた。
「これ、コピー取り終わったからノート返すね。何見てたの?」
「んー、動物動画」
この子は動物が大好きで、暇があればスマホで画像や動画を見て一人でニヤニヤしているような子だ。
マイペースであたしとはまったくタイプが違うが不思議と仲は良い。くだらない相談にも快く乗ってくれる高校時代からの親友だ。
「そうだ、見て見て。こないだすっごいの見つけたんだ」
そう言ってクミはスマホのフォルダを探り始めた。クミは定期的にこうやって気に入った収穫物を見せようとしてくる。
モフモフとした可愛い動物ならまだいいのだ。しかしクミは大多数が「キモイ」と評価するような生物を「キモカワイイ」と言ってしまうような子なので油断ならない。
「この前みたいに爬虫類とか虫とかはやめてよ?」
「爬虫類じゃないってば。ピパピパって言うんだけど……ほら」
ピパピパ。名前だけなら可愛いイメージだ。
差し出されたスマホの画面を覗き込む。嫌なら見なければ良いものだが、ついつい見てしまうのは怖い物見たさというヤツだ。
「げっ」
しかし後悔とは行動してからするものである。
「カエルじゃん! もー、やめてって言ったじゃない!」
「カエルは爬虫類じゃないよ?」
それはわかっているが、そういう問題じゃない。
クミのお陰(所為?)でキモイ生き物に随分と耐性が付いたつもりでいたが、今回のは今までの中でもとびきりグロテスクだ。
「うわー……何これ、どうなってんの?」
それでもやっぱり、ついつい見てしまう自分が憎い。
見た目は潰れて平べったくなったカエルだ。それだけならまだ変なだけだったのだが、問題はその背中にある丸い物体だ。いくつもの黄色くて丸いブツブツがカエルの背中を埋め尽くしている。
「これは卵だよ。コモリガエルって言ってね、背中に卵を埋め込んで子育てするんだ」
「埋め込んでって……皮膚に埋まってんの?」
「うん。卵が孵るとね、皮膚の窪みから子ガエルが次々と飛び出して……」
「うわーっ、やめやめ!」
「動画もあるよ?」
「やめんかっ!」
やめろと言ってもやめないので平手で軽く頭を叩いた。大きな声に周りの視線が集まってちょっと恥ずかしい。クミのせいだ。
「もー、サブイボ出たじゃん」
「イボガエル?」
「そこに繋げんな」
もう一度叩こうかと思ったが、スマホの呼び出し音が鳴ったのでやめておいた。
「彼氏?」
「うん、年上彼氏からデートのお誘い」
ラインのメッセージに返信しながらクミの質問に答える。
「年上? 年下じゃなかったっけ?」
「それはもう別れた」
返信し終えてスマホをバッグに仕舞うと、クミの呆れたような視線に気付いた。
「ユウカさぁ……そんなオトコとっかえひっかえしてて大丈夫なの? いい加減にしてると、そのうち刺されるよ?」
「大丈夫だよ。ちゃんと後腐れないようにしてるもん」
クミはマイペースな癖に心配性だ。親友のあたしのことを想って言ってくれているのだろうけど、正直なところ、ひがみにしか聞こえない。
男性経験の数は女としてのステータスだ。頭の良さや性格の良さでは負けると思っているけど、そういった点ではあたしはクミより格段に上だと思っている。
「クミの方こそもうちょっとオトコに興味持ちなって。動物にばっか愛情注いでるからモテないんだよ」
「余計なお世話」
気持ち悪いものを見せられた仕返しにちょっとだけ意地悪を言って、その日はクミと別れた。
ピパピパ(コモリガエル)は実在する生物です。
興味のある方は各自画像検索してみてください。
ただしトラウマになっても責任は取りませんので、検索は自己責任でお願いします。




