エピローグ
病院を出ると、雨は上がっていた。
俊介はゆっくりと駐車場へ向かう。
十年間。
月に一度も欠かさず、この病院へ通ってきた。
職員たちは皆、「立派な叔父さんですね」と言う。
苦笑するだけだった。
否定もしない。
肯定もしない。
車に乗り込み、エンジンをかける。
バックミラーには、高い塀に囲まれた病棟が小さく映っていた。
俊介は静かに呟く。
「今日も……思い出していないか」
恒一は今日も同じことを言った。
「僕がやったんですよね」
「僕がお父さんとお母さんを殺したんですよね」
俊介は、ただ頷いた。
それだけでよかった。
それ以上の言葉はいらない。
あの子は今も、自分が両親を死なせたと思い込んでいる。
それでいい。
それが一番安全だ。
車は病院を後にした。
山道へ入る。
誰もいない車内で、俊介は小さく笑う。
「兄さん……」
十年前の光景が脳裏によみがえる。
車庫。
幼い恒一。
工具を持って遊ぶ姿。
緩められたボルト。
床に転がるナット。
私は見つけてしまった。
いや。
見つけていた。
直そうと思えば、十分に間に合った。
五分もあれば終わる作業だった。
兄さんが翌朝、その車で出掛けることも知っていた。
義姉さんが一緒に乗ることも知っていた。
そして私は――
工具箱を閉じた。
何も見なかったことにした。
「最後の一押しは、私だった」
フロントガラスに夕日が反射する。
俊介は目を細めた。
「恒一、お前の悪戯は事故のきっかけだった。」
「だが、事故を事件に変えたのは私だ。」
ハンドルを握る手に力が入る。
「そして、お前自身を壊したのも私だ。」
静かな笑みが浮かぶ。
祖父は恒一を守ろうとした。
静香は真実を隠そうとした。
医者は記憶を封じようとした。
だが、自分だけは違う。
利用したのだ。
祖父の罪悪感も。
静香の忠誠心も。
医者の失敗も。
そして。
恒一の良心さえも。
「だから私は、毎月会いに行く。」
車は山道を下る。
「もし、あの子が本当のことを思い出したら。」
「もし、事故の日の記憶が完全に戻ったら。」
「その時は――」
俊介はそこで言葉を切った。
信号が青に変わる。
アクセルを踏み込む。
バックミラーの中で、高い塀はもう見えなかった。
俊介は穏やかな笑みを浮かべ、小さく呟く。
「……今日も、大丈夫だった。」
車は夕暮れの街へと消えていった。
エピローグが必要だったかどうか。
このエピローグがなければ「贖罪と再生」の物語として締められました。
このエピローグでイヤミスにしてしまいました。
エピローグが必要だったかどうか。
感想若しくは評価でどちらが良いかを教えていただけると光栄です。
これから感想や評価等をみて、今後この内容を膨らませて再度小説を作ろうと考えております。
よろしくお願いいたします。




