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混乱の予兆

カエデとカルナは、買い出しを終え、拾った号外らしき新聞を読んでいた。

一枚の新聞を二人で見ている、そんな姿を見たキサツは、カエデとカルナの間に割って入り聞いた。


「なーに読んでるんですか?」


カエデは突然の事でびっくりしていたが、カルナは足音で気付いていたのかキサツが新聞を見る為のスペースを空けていた。その為、キサツはカエデだけに寄りかかった。


「重っ!?」


つい本音が出てしまった。実際、キサツはカエデが支えきれる程小柄ではない。今や普通の体型の女性すら重いと感じてしまうカエデは、つい口を滑らせた。

しかしその言葉に反応し、キサツは勝手にショックを受けていた。


「えっ、私って、そんな重いですか…?」


「あっ、いや今のはえ〜っと…」


暗い顔をするキサツと困り果てるカエデ、そんなやり取りをいい加減やめて欲しいカルナは、キサツの耳を引っ張った。


「いたたたた!何ですかカルナさん!?」


「体格の差と言うものを考えなさい。キサツ自身がごく普通の体型だったとしても、カエデさんにとっては充分大きいはずです。それに、いきなりよりかかれば誰だって重いと感じます。もっと人の事も考えなさい」


最後まで言葉を言い終えると、カルナはキサツの耳から手を離した。引っ張られた耳を抑えながら、キサツは改めて二人に聞き直した。


「いたかったー…それで、二人で何を読んでたんですか?」


「号外だよ。さっき買い出しの間に拾ったんだ」


「ふーん、号外ですか」


その号外には、大々的に王宮が周星院の活動に金銭的な援助を始めると言う事が書かれていた。さらに詳しく、王宮の中の誰が決めた事なのか、いくら援助をするのかと言う事が、びっしりと書かれていた。

わざわざここまで詳しく書かなくてもと、カエデは思っていた。


その号外を見たキサツは、カエデにある事を聞いた。今は耳にしたくない、院の仕事の事だった。


「これで院も忙しくなりそうですね。カエデさんも、偶にはお手伝いに行った方がいいんじゃないですか?」


カエデは微かに顔を下に向けた。そして重い口を開いて、答えた。


「うん…でも、エルバにはヴィヴィが元気になるまで休むとは言ってあるから…」


「…そうですか」


キサツはそれ以上何も言わなかった。実際の所、ヴィヴィの元気が無い主な理由を、キサツは知っていた。浴場でカエデが先にあがっていた時、ヴィヴィがキサツに教えてくれた。兄の死は確かに寂しいけど、それを気にし続けなきゃいけないカエデを見ているのが一番悲しい、と。


しかしそれでも、キサツはカエデに何も言う事は出来ない。カエデの悲観は、ヴィヴィの兄だけに向けられたものでは、無いのだから。


そんな時、急にカルナは政治的な話を始めた。


「王宮も、カエデさんのご機嫌とりに必死ですね。これ以上、パルドランドから白亜がいなくなるのを恐れているからでしょうが、はっきり言ってこれではただの悪循環です。王国民から取り立てた金を使い、足りない分はまた滞納金を上げる。白亜のエーテルを過信している証拠ですね。エーテルが経済に影響を与え始めるのは、1月ほど先のはずですが」



どうやら白亜の放出するエーテルには即効性は無く、じわじわと浸透していくようだ。これはカエデがエルバにも教えられた事だが、経済的なエーテルの影響がどれ程時間がかかるかまでは、はっきり分かってはいなかった。現在の状況を言えば、白亜のエーテルが浸透し始めた時に、余計な事をして王国民の財成をさらに苦しめる。結果的に、さらなる不景気の誕生と言う訳らしい。


そんなふざけた政策に、政治のせの字も知らないキサツが、野次を飛ばした。


「それじゃあまたお客さんが減っちゃうじゃないですか!もうお給料が減るのは嫌です!」


「いえ、うちに限っては、カエデさんのエーテルの影響を直に受けている為、むしろ客足が増えています。うちの店にまで、この政策が影響するとは限りませんよ」


その言葉を聞くなり、キサツは安心した。

そしてカエデは、心にしこりのような何かがあるのを感じた。何か王宮に対する強い不満のような気もするが、それが何なのかは思い付かない。

カエデは手のひら付近の空気に発光と言う現象を与え、光を作り出した。そんななびく空気の光を、カエデは握り締め、自分に言い聞かせる。


「エーテルが使える今ならば…!!」


その瞬間、心のしこりが消え、カエデは自信に満ちていた時の顔に戻った。


「ありがとうカルナ!色々吹っ切れた気がする!!」


カエデはそうとだけ言い残し、店から飛び出して行った。キサツは何が何だか理解していなかったが、カルナはクスリと、柔らかく笑った。




一方、院に集まるエルバ達は、突如王宮から送られてきた金貨を、慌てふためきながら眺めていた。

使い道についてそれぞれ話し出したが、もちろんその話は、ロードピープルの為の活用法の話だった。


協力者である街の婦人が、ある事を口にした。


「これだけのお金があれば、院の空き部屋を使わなくても、子供達の家が用意出来そうだよ!!」


その言葉につられ、商人も自分の案を言う。


「これで寮となる建物が帰れば、院の部屋は荷物置きとして使い続けられるな!さっそく、どこかいい建物がないか、探しにいこう!!」


ロードピープル全員の寮の話が、ようやく決まろうとしていた。しかしエルバは、浮かない顔をしていた。


そんなエルバの様子を見て、ユイは聞いた。


「エルバ、どうしたの?やっと寮の目明日がついたって言うのに、何か不満事?」


考え込んだままのエルバ、その答えは、かわりにチャラ神が答えた。


「パワーバランスだよ、今まではロードピープルと街民の二つしか対立はなかったけど、王宮が関与した事によって、街民とロードピープルの立場が逆転しつつある。エルバはそれが気がかりなんだよ」


そう説明するチャラ神に、合わせるようにエルバは頷いた。このままでは、暴動に参加まではしなかった商人、もしくは街民までが、王宮やロードピープルへの不満が溜まり、また再び暴動に移るかもしれない。

一度暴動が起きてしまうと、芋づる式に暴動が相次ぐのは、その為だ。一度崩れた物を治そうと、強引な解決法を迫り、事態を逆に悪化させてしまうと言う事を、今のエルバには、理解出来た。


「王宮の動きが、あと数週間遅ければ…!!」


エルバはそうとだけつぶやき、自分の座る長椅子を殴った。

その言葉を聞き、ユイもようやく事の重大性を理解する。近い間に、また暴動がある。ユイはそう確信した。

チャラ神は、説明するように言葉を続けた。


「だから僕たちが今一番やらなければならないのは、街民との相互理解だと思う。僕の知る限りこの数日、院は街民の為に相談を受けてはいなかった。寮の話は他の人に任せよう、でも僕らは、街民の人のケアに回ろう。それでいいよね?エルバさん」


しかしエルバは、チャラ神の言葉には同意しなかった。その代わり、エルバは驚きの言葉を言う。


「私は王宮に事態の報告と、事態の正しい対処法を伝えに行きます。街民の方については、ユイさん、そしてエイハブさん、あなた方にお任せします」


エルバはそう言うと、長椅子から立ち上がった。しかしユイは、そんなエルバを止めた。


「一人で王宮に指図をしに行くなんて絶対ダメ!いくら皇鳳って言ったって、王宮に対する反逆行為と見做されて、逮捕される事だってあるのよ!?それも承知の上で行くって言うの!?」


「はい、もちろんです」


ユイはエルバの事が理解出来なかった。もはや王宮は何をやっても仕方ない、悪いのは王宮にそうさせた、張本人だ。そんな思想が色強く残るパルドランドで、わざわざ王宮から変えさせようとするなど、考えられない事だった。

その為か、例えエルバがそう答えようとも、ユイは拒み続けた。


「あなたは貴族がどれ程愚かか分かってないのよ!自分達は何をしてもいい、やりたいようにやれば良い。もし歯向かってくれば、王国の軍を持ってして制裁を加える。そんな事しか考えれない貴族風情に、少しは街民の事も考えろって、わざわざ説教垂れに行くって言うの!?馬鹿よそんなの!絶対捕まるに決まってるわ!!」


エルバはチャラ神に目で合図を送り、チャラ神は引き止めようとするユイを抑えた。


「ユイちゃん、言いたい事は分かる。確かに王宮がやった対処は、結果的に間違っていたのかもしてない。でもそこまで言う理由はないんじゃない?」


チャラ神は一応弁護もしたが、正直ユイの言動は異常だった。パルドランドの王宮とは、チャラ神から見ても少し昔風の政策が多いだけで、思想自体は間違ってはいないと思っていた。

今回の件も、タイミングは悪かったがロードピープルの為と言う立派な名目もある。国を把握していなければ、例え暴動があったからとロードピープルの為には動かない。

しかしエルバこと皇鳳がそういった動きをしている事を知り、援助をしようとするのは、道徳心と言う言葉を使うのなら的を外れた事ではないのだ。


だがユイは、そんな事全てを見失い、自分の知識だけを押し付けていた。

ユイ自身が王宮に何か怨みでもあるのだろうかと、チャラ神は心配した。


「ほらユイちゃん、仮にエルバさんが白亜の名前を上げたとしたら、どうなると思う?」


「白亜の名前を上げる…?確かに、今のパルドランドなら白亜の機嫌を損ねるような事はしない。それなら、白亜の知り合いである皇鳳にも、何も危害を加えないかもね…」


「でしょ?」


チャラ神は、そう言いユイをあやした。その姿を見届け、エルバは院を後にした。


「では、後の事はよろしくお願いします。時間が来たら、各自自由にご帰宅してもらって結構です。ただエイハブさん、聖堂にいる子供達に、夕食分のパンだけは、配っておいて下さいね」


「わかったよ、エルバ」


ユイはエルバを見送った後、長椅子に不貞腐れた顔をしながら座った。チャラ神は、そんなユイの顔を、遠くから伺い続けていた。


しばらくして、院には息を切らせながらマリリンが入って来た。そんな荒い息のまま、マリリンは説明する。


「以前の暴動騒動のボスが、再び人を集めて何かを企んでいると言う情報が、先程管理所に入りましたぞ!!」


院の中は再び緊張の空気が広がった。主婦は聖堂に行き、子供達を見守りに。商人は仕事仲間がその話に乗らないよう、釘を刺しに。そして今日は来ていなかった医者も、万が一の時の為と、院に姿を現した。

そして、エイハブは呟く。


「もう、二度と暴動は起こさないと、誓ったんだけどな…」


緊迫の続く一夜を迎える事だろう、皆はそれぞれ、覚悟した。

どうも、読者さん。投稿主のブックです。

1章のエルバが無能っぽく見えますが、エルバも出来る子なんです。

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