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ロードワーム撲滅運動

早朝、カエデとカルナの目の前に、街内治安管理部隊に所属する、マリリンと言う軍人が現れた。

彼女は片手に紙袋を持っており、それを頭の横まで上げ、カエデ達に向かって笑った。


「2日ぶりですな、カエデ殿」


「マリリンさん、また事情聴取ですか?」


疲れたような顔をしていたマリリンは、やや敬語混ざりの変わった口調で、話しはじめた。


「いや、そう言った訳では無く、ただお二方を見受け、挨拶をしました。その後の調子は…心配ない、と見てよろしいのですかな」


「疲れてるみたいだけど…大丈夫?朝っぱらから、服装まできっちりしてるけど」


「心配ご無用、と言いたいのですが、さすがに疲れましてな…少々、お時間を頂いてもよろしいですかな」


その言葉に、カルナは答えた。


「私は非番ですので、構いません。お疲れとあらば、店の方で話をさせて貰えるか、店長に聞いて来ます」


「いやいや、そこまでして貰わなくとも!お気になさらず、その辺の喫茶店などでドーナツでも食べながら…」


マリリンは辺りを見渡すが、喫茶店はおろか、周囲の店はどこ一つ開いていなかった。

そこにカエデが、さらに最もな理由を付ける。


「ヴィヴィ達の事もありますから、私も出来ればここがいいです。さすがに、私の部屋で、と言う訳にはいきませんが」


「申し訳ない、そうさせて貰えると助かる」


相当疲れていたのか、口調までも安定しないマリリンは、ゆらゆらと店に入った。

カルナが店主と話をしている間、カエデは邪魔にならないようにと、隅の方の席を選んで座った。


「それでマリリンさん、なんでそこまで疲れてるんですか?」


「ああ、実は昨日の市場の出来事で…」


マリリンが話をはじめたタイミングで、カルナが席に戻り、店主が1席だけなら使っていいと言ったことを告げた。


「店長が、1席だけならと許してくれました。では、改めてお話を伺ってよろしいですか?」


話を止められたマリリンは嫌な顔一つせず、もう一度話を始めからやり直した。

カエデはタイミングが悪いなぁと、カルナの顔を見ていた。


「実は昨日、市場で暴動がありましてな。それの鎮圧に丸一日かかり、一日通しの勤務が終えた後、朝食にと思いこのドーナツを買い、自宅に戻ろうとしていた所ですぞ。そこでお二方に会い、声をかけたと言う訳ですな」


「そんなに疲れてたらなんでわざわざ声をかけてきたの…?」


カエデなら、たとえ知り合いがいたとしても軽い挨拶だけをしてそのまま家に帰る。しかしそれをマリリンはせず、カエデ達と話を始めた。

少々理解出来なかったが、その理由は、カルナが答えてくれた。


「昨日客の入りが少なかった原因の、あの暴動ですね。ロードワームが白亜に傷害事件を起こし、街民の、特に商人達が怒り、暴動を起こしたと言う、あれですか」


「えっ!?」


カエデは自分の耳を疑った。その暴動の内容はまだ聞いていないが、容易に想像が出来た。

暴挙と化した商人達が、ロードピープルを捕まえ、暴行に及んだのだろうと。その想像を、違うと言う否定の言葉を期待して、マリリンに聞いた。


「それって、まさかロードピープルに対する暴動じゃないよね!?」


「よく知っておりますな、カエデ殿も、暴動を見ていたのですかな?」


「こうしちゃいられない…!!」


カエデは立ち上がり、急いで階段を駆け上がり、まだ寝ているチャラ神を持って部屋から出た。


「カルナ…昨日言っていた嵐になるって、まさか……!!」


「……カエデさんの為です」


カエデは店から飛び出し、マリリンはそのカエデに忠告した。


「あっ!まだ暴徒達が、街のどこかに潜伏しているかもしれませんぞ!!」


「分かった!!」


最後に手を振り走り去ったカエデの姿を見て、マリリンはため息を吐く。


「どうしてロードワームの為にあそこまで頑張れるか、私には理解が出来ませんぞ…」


「それがあの子の、使命だとでも思ってるのでしょう」


「使命?」


マリリンはカルナに聞いた。そしてカルナは、誤魔化した。


「お疲れでしょう、ご自宅まで送りますよ」


カルナは未だ野菜に苦戦をしているシーヤンに、子供を任せた。


「シーヤン、カエデさんの部屋にいる子供達の事、任せました。私はマリリンさんを家にお送りしてきます」


「にゃ!?どうせ子供ならまだ起きないにゃ、それでもにゃーに任せるのにゃ!?」


「念の為です」


カルナはマリリンと共に店の外に出て、マリリンが案内する方へ、歩いて行った。




一方、カエデは走りながらチャラ神を叩き起こした。そして状況を説明し、現在寮か院に行く2択を迫られている。その択を、カエデはチャラ神に託した。


「チャラ神!寮と院、暴徒に襲われたロードピープルはどっちにいると思う!?エルバはどっちで保護をしたと思う!?」


「おそらく、寮にも子供はいると思うよ!暴動が始める前に、匿う為にエルバが入れたと思う!でも実際被害を受けた子はおそらく…院だ、院だよカエデくん!!」


「だよなっ!!」


昨日暴動が起こったとは思えない静けさのその街中を、カエデは全速力で駆け抜けた。最近働き続けていた為か、自然と息は上がらなかった。今なら院にいった後、寮の所まで走り抜けられる自身が、カエデにはあった。


院に着くと、かすかにそこにも暴動の痕跡らしき物が散乱していた。

踏まれた何かの張り紙、街中に転がっているのは珍しい野球ボール程の大きさの石。レンガで舗装された道は、レンガが外れた所やヒビの入った所が多々あった。

ロードピープルを匿ったエルバの元に、暴徒が来たのだろうか。終いには、路上にかすかに残る、血の跡のような物も、残っていた。


「エルバ!大丈夫か!?」


院へと通づる扉を勢い良く開けると、その通路には、多くのロードピープル達がいた。軽い怪我をした子供や、現在のカエデと同じく頭に包帯を巻いた子供までも。

全身を覆いきれていない服は、一層打撲傷をカエデに見せ付けているようだった。


喋る者は、誰一人といない。あるのは微かな泣き声だけで、その惨状に、カエデは舌打ちをした。


「酷い…いくらなんでも、こんな小さな子達をこんなに怪我をさせるなんて!!」


「分かっただろチャラ神…俺とエルバはもう二度とこんな事を起こさない為に、ロードピープルを保護しようとしてるんだ…後で会ったら、エルバに昨日の事、しっかり謝ってくれよ」


「うん、勿論だよ…」


カエデはチャラ神に約束させ、院の扉を開いた。その待合室には、多くの看護師と医師が、エルバの指示の元、重症を負ったロードピープルの治療を行っていた。


エルバはカエデが来た事に気付くと、カエデに告げた。


「カエデさん!良かった、もう動けるようにはなられたようですね…」


「ああ、俺は大丈夫だ。でもこの惨状は…」


エルバは言いにくそうにしつつ、カエデに真実を伝えた。


「…ええ、この子供達は、暴徒の被害を受けた、重傷者達です」


「…そうか」


二人は黙り込み、医師や看護師と、子供達の呻き声だけが聞こえた。

先程より声を荒げ始める医師の声で、現場の緊張感は更に高まっていた。


「エルバさん…僕、昨日はあんな事を言ったけど…誤解だったよ、ごめん…」


その間に、チャラ神はエルバに謝った。しかしエルバは横顔で頷き、顔を見せようとはしなかった。

大の男が泣くんじゃない、チャラ神の精神論にはそんな言葉もあったが、今の惨状を前に、チャラ神はエルバに何も声をかけてやれなかった。


「白亜…………様…………」


側に倒れていた少年が、微かに目を開けカエデに手を伸ばした。カエデは急いでしゃがみ、その子供の手を、強く握った。


「大丈夫だ、よく頑張った……!!もう大丈夫、お姉さん達が、絶対助けてやるから!!」


しかしその声は子供には届かず、少年は自分の話を続けた。


「僕…幸せだったよね………。ユイお姉ちゃんに可愛がって貰って……最後は白亜様に手を握って貰えるなんて、僕幸せ者だよね…………」


「馬鹿…本当の幸せ者はそんな小さな幸福じゃ幸せ者って言わないんだよ!これから元気になって、お姉さん達と一緒に勉強して、立派な仕事について本当の幸せ者になるんだよな…?そうだよな?おい!!」


子供の手が、少しずつカエデの手からずり落ちて行く。カエデはその手を強く握り直す。カエデは子供に身体を寄せ、小さな手を、胸に当てた。


「ほら…お姉さんのエーテル、たくさんあるだろ…少しくらい分けてやるから、元気になってくれよ!!」


「お姉ちゃん…」


「何だ?水か!?何でも持って来る、お姉さんに、何か頼みがあるなら何でも言っていいんだぞ!?」


「じゃあお姉ちゃん…今はお姉ちゃんが……妹の面倒を見てくれてるんだよね?ユイお姉ちゃんが、いい人に拾って貰えたって、喜んでたんだよ? ……だから、妹を、ヴィヴィをお願いね?……白亜のお姉ちゃ__」


胸に当てていた、少年の手の微かな動きが、止まった。震えながら手を離すと、少年の手は、床に落ちた。


「嘘…だろ…?」


そこに他の子供の治療で手を回しきてれいなかった医者が、ようやくやって来た。


「君、すぐにそこを退きなさい!!」


微動だにしないカエデ、医師は仕方なく、申し訳ないとカエデにつぶやき、少年からカエデを振り払った。

その医師の振りほどこうとする力は強く、カエデは床に腰をつき、倒れそうになった。医師も必死で、仕方なくの出来事だった。


医師は急いで脈を確認するが、その急ぎ様はすぐに治まり、カエデの方を向き、首を左右に振った。


「…残念だが、もう亡くなっている」


その言葉を耳に、エルバはその少年を持ち上げ、相談室へと運ぼうとした。

そのエルバの手を、カエデは掴んだ。


「どこに連れてく気だよ…」


「……相談室だよ。君は付いてこなくていい」


その言葉は、他の死人を見たくなければ、と言う言葉が付け足された気がした。

しかしカエデはその少年をエルバの手から取り、丁寧に運んだ。


「あっ…」


エルバは固まっていて、抵抗も無くカエデに少年を託してしまった。

そこでカエデは、エルバに答えた。


「…俺が運ぶ」


少年の体は、中身が入っていないように軽い。

カエデは待合室に寝かされている子供達を踏まないように歩き、相談室へと向かった。心配したエルバもカエデに付いて行った。


カエデが待合室に入ると、既に何人もの遺体が、白い布をかけられ寝かされていた。

並べられた遺体の端に、少年の遺体を置き、エルバが白い布をかけ、手を合わせて何やら呟いていた。


「何人…いるんだろうね…」


バッグがカエデに聞く。しかし涙を一滴も垂らさなかったカエデは、さあなとだけ呟き、相談室から出て行った。


「カエデさん、待ってください!!」


エルバがカエデを止めようとしたが、勢い良く扉を閉めた。


カエデは院から飛び出し、走りながら泣き出した。


「白亜だってのに…白亜だってのに…白亜だって言うのに、誰一人救えないじゃねえかよぉお!!」


その叫び声が、雲行きのよろしくない空が雨を降らせた。涙を隠す大粒の雨がカエデの身体に強く打ち付け、カエデは走って寮へと向かった。


走って5分、その人生で最も長かった5分は、カエデを泣き止ませるまでの時間だった。気が気でいられない、まさにそんな状況だ。

寮の扉の鍵を開け、開くと、そこには大勢のロードピープル達がいた。階段にまで座っている様子を見ると、2階や3階にも所狭しといるのだろう。カエデは、その怪我一つない子供達を見て、うっすらと笑い、扉に一番近い子供に告げた。


「よく頑張ったね…」


濡れた手で頭を撫でると、子供は号泣した。それにつられ、次々と寮の中で子供が泣き始める。

カエデ自身も泣きたい気分だったが、黙って扉を閉め、鍵をかけた。

そしてバッグに、説明するように言った。


「…怪我をした子供達の相手をし終わったら、エルバがこっちの子供達も迎えに来るだろう。こんな異常事態なんだから、別に聖堂にロードピープルを入れても誰も文句は言わないよな…」


「カエデくん…でもまだ街に潜伏している暴徒がいるって言ってたよね?もしエルバさんが、聖堂に入れる事を許可したとしても、今度は残った暴徒達が聖堂を襲うんじゃ…」


「白亜が傷付けられた程度で怒りくるう連中なんだ、そんなよっぽど宗教に熱心な奴だったら、聖堂を襲うなんてそんな真似はしない。そうだろ…?」


もし仮に、現在がそんな事態が起こるような状態だったとしても、エイハブはその言葉を肯定しなければならなくなった。


「うん、そうだね…」


ずぶ濡れのまま、カエデはゆっくりとレストランに帰った。ちょうどレストランに入る時、帰りに雨に降られ、急いで浴場から帰って来るキサツが、その様子を見ていた。


「カエデさん?どうしたんだろ、あんなずぶ濡れになって…」


屋根から屋根へと転々とし、あまり濡れずにいたキサツが疑問に思った。しかしキサツも、店の入り口までの残り数メートルを、一気に駆け抜ける。その結果、キサツもずぶ濡れになりかけた。


「本当にすっごい雨。まだ雨季には早いと思うんだけどなぁ」


店では店主がカエデとキサツにタオルを渡そうそしていたが、カエデはそれを受け取らず、階段を上がった。


「こらカエデ!店が水まみれになっちまうよ!身体くらい拭いてから部屋に戻りな!!」


しかしその声は届かず、カエデは自分の部屋に入った。


「カエデさん、どうしたんでしょう?」


「さあ、さっき店から飛び出して行ったと思えば、あの有様だよ。本当にどうしちゃったんだろうね」


1階で心配する従業員の声は雨に消され、カエデに部屋には届かなかった。


部屋に戻ると同時に、再びカエデは泣き出した。

悔しさから、己の無力さから。エルバに叱った、現実を変えるのはそれを超える現実だと言う言葉が、己が最も理想を見ていた事を、物語っているようだった。


その物音に、子供達が目を覚ます。子供達は自由で、また、曇りのない目をしていた。


「お姉ちゃん…泣いてるの?頭、痛いの?」


ヴィヴィが心配そうにカエデに声をかけ、近寄った。するとカエデはヴィヴィに泣きながら抱き着き、謝罪をした。


「ごめん、ヴィヴィ…お姉さん、みんなを幸せには出来なかったよ…また泣かせちゃうような事、しちゃったよ…ごめんね…ごめんね、ヴィヴィ…!」


濡れたまま、カエデはヴィヴィの頭を撫でた。ヴィヴィはにっこりと笑い、カエデの頭を撫で返してくれた。


「お姉ちゃんは凄いよ?だってヴィヴィ達を幸せにしてくれた、ヴィヴィ達のヒーローだもん!だからお姉ちゃんは悪くないよ?ね?」


子供に慰められる自分が情けなかった。カエデは改めて、ヴィヴィに言った。


「さっき…君のお兄さんが、亡くなった。………最後まで、ヴィヴィの事を心配してた。絶対に、絶対に幸せになってくれって……………」


「お兄ちゃん…が?」


ヴィヴィは固まった。驚いたまま、表情一つ変えなかった。カエデはヴィヴィを離し、その場に泣き崩れた。

部屋には白亜の泣く声だけが、長々と響き続けた。

どうも、読者さん。投稿主のブックです。

区切りがいいので、今日ばかりは3話乗せちゃいます。

さてさて、作品内では悲惨な状況になっておりますが、この回がブックさんの一番のお気に入り回なんです。もっとカエデには絶望感を与えたかったのですが、まあ死体の数を数えさせるのは勘弁してやりましょう。

実はかつて連載している時より、結構手直しを入れました。そして手直し中に思ったのですが、やっぱり自分はこの作品が好きなんだなぁって、痛感します。

私自身、人気が出たくて右往左往していた時期もありましたが、純粋にその世界が好きって言いきれる作品って、このあずあるしか無いんですよ。

勿論、どんな作品を書いても、必ず作者の好きな部分があるのは当然ですが、それが主人公だけだったり、ヒロインだけだったり、偏った好みなんですよね。

自分の作品をこう言うのは気持ち悪いかもしれませんが、面白い作品を書くには、自分がその世界に酔わなきゃダメなんだなって、再認識しました。

勿論、酔っているだけではだめですが、この1週間、自分と創作を向き合う、いい経験でした。


……完結では無いですよ?

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