手を取り合う事が出来たなら
大丈夫、どうにかなる、そう思っていた。神によって転生されたはずなのに、皆を救えるはずの、白亜だと言うのに。物事は、心地よく読み進められる、漫画のようには出来ていなかった。
それを後悔と言うにはあまりにも身勝手で、自分の浅はかな思想に嫌気がさしてくる。
もし、何もない暗闇の中で、優しく包み込む言葉があったのなら、間違いなくその言葉を受け入れてしまうだろう。
何も変わらない事は分かっている、しかしそれでも、変えられない思いが、カエデの中にはあった。
街の暴動事件から一週間、その事件は、死者132名、逮捕者58名、総被害総額875000ゲルと膨大な犠牲を払い、白亜傷害暴動事件という名で、パルドランドの歴史に名を残した。
事の発端とも言えるカエデは、現在もなお、心に傷を残したまま、日々を過ごしていた。
早朝、今日もキサツはカエデを浴場に誘っていた。和かな顔をし、出て来たカエデは、3人の子供を連れ、キサツと共に、浴場へと向かう。それが最近の、カエデの週間だった。
階段を降り、店の中には今日も今日とてカエデを心配する面々が黙って5人を見送った。そしてシーヤンが、誰も話さない空間の中、つぶやいた。
「あいつ、最近すごい退屈そうなのにゃ。見ていて痛々しくなってくるにゃ」
シーヤンの呟きに、店主が準備の手を止め言った。
「うちの仕事はいつも以上にしっかりやってくれてるんだ。院の仕事がおろそかになってるって言っても、あたしらからは何も言えないからねぇ」
「でも退屈そうなのには変わりないにゃ。絶対立ち直れてないのにゃ。もう一週間も経つのに、あいつが一人で笑ってる所をまだ見た事がないにゃ」
以前のカエデは、従業員なささいなやり取りを笑いながら眺めているような人物だった。しかし今では、誰かと話すまで一切笑わず、ずっと上の空のままだった。
「ヴィヴィさんは、実の兄の死を受け入れつつあるようですが、カエデさんには変化はありませんね。むしろ、ヴィヴィさんのように多少暗い顔を見せるくらいが、こちらとしても心配事が減るのですが…」
カルナも自分の思う事を呟いた。それを最後に、従業員は一斉に黙ってしまった。
しかしシーヤンは耐えかねず、数日前から預けられっぱなしのバッグを叩き、怒った。
「おにゃーもおにゃーのご主人の事なんだから何か言えにゃ!!」
可能な限り強く叩いたつもりだが、そのバッグも、何一つ反応を返さなかった。
一方キサツは、カエデと普通の会話をしていた。キサツ自身は気を使いながら話している様子があったが、カエデは端から見るととても楽しそうに話している。
「カエデさん、院のお仕事はどうするんですか?いつまでも休んでいると言う訳にはいきませんよね?」
「大丈夫、私はヴィヴィが元気になるまで休むってエルバに言ってあるから。多分エルバも、この一週間は疲れて何も出来てないんじゃないかな。お互い休養は大切だってね」
指を立てながら自信満々に話すカエデ、キサツは、元気になって欲しいのはカエデ本人だと言いたそうな顔をしていたが、その事を察知されぬよう、すぐに苦笑いに戻した。
「それじゃあ、今度非番が重なった時は、また買い物に行きましょうよ。私も、以前からみんなにプレゼントを贈りたいと思っていた所ですし」
「プレゼント!?」
一番初めにその言葉に反応したウーはキサツの腰に抱き付く。そのままぶら下がり、キサツは笑顔で答えた。
「ええ、プレゼントです。何がいいか、考えていてくださいね?」
「えっとね、えっとね!ウーはナペチリーニョがいい!!」
毎日食べているそれを、よっぽど気に入っているのか、それともプレゼントの意味を正しく理解出来ていないかは謎だったが、キサツとカエデは顔を合わせて笑った。
その後ろを歩くサリッヂは何やら手の指を使い何かを計算し始め、ヴィヴィは自分の髪をクルクルと弄りながら、そっぽを向いていた。
「それならヴィヴィは新しい髪飾りかお洋服かな?」
既にヴィヴィは、カエデが多少無理をして買った一級品の服装や装飾品を身に纏っている。それでもカエデはオシャレ好きのヴィヴィを気遣って言ったが、ヴィヴィは小声で答えた。
「いらない……」
「でもヴィヴィ、キサツお姉さんがせっかくプレゼントしてくれるって言ってるんだよ?あっ、分かった!お洋服とかじゃなくて、手鏡とかブラシが欲しいんだ!!」
カエデが元気な風を装って聞くが、ヴィヴィは再び、不貞腐れたような声で答えた。
「いらない……」
再びカエデとキサツは顔を見合わせる。困り果てていたカエデの目には、涙が滲みかけていたのが、キサツには分かった。
そこでキサツは、ヴィヴィではなくサリッヂに、欲しいものを聞いた。
「それならサリッヂちゃんは何がいい?」
わざわざ停止し、腰を下ろしてまでキサツは聞いた。その時ウーはようやくキサツの腰にぶら下がるのをやめ、自分で地面に立った。
しかしサリッヂは相変わらずの素振りで、噛みつつもキサツに答えた。
「かっ、考え中…」
「そっか、それじゃあ決まったら、キサツお姉さんに教えてね」
再び立ち上がり、キサツは歩き出した。ぶら下がれなかったウーが不満そうに手足をバタバタとさせ、今度はカエデの背中に飛び乗った。
「えっ、何!?」
「ウー、おんぶして!!」
「あぁ、はいはい」
カエデは仕方なくウーをおぶった。ウーはにこにこと笑い、カエデもそれにつられ、苦笑いをした。
そんな一行の様子を伺っていたように、傍の小道の人影が、姿を消した。
茶髪の女性、裏路地のボスアウターゲートは、逃げるように走っていた。先程まで、小道の影からカエデ達の様子を伺っていた彼女は、誰もいない小道を右へ左へと走った。
しかし、アウターゲートは勢い良く何かに躓いた。
「あっ!?」
投げ出されるように転び、足を盛大に擦りむいた。アウターゲートは、短パンしか履いていない事を後悔した。
「いたたたた…ったく、何に躓いたって言うの?」
小道と小道が交差する場所で躓いたアウターゲートは、後ろを見た。
そこには、黒いブーツが、誰かの足によって突き出されていた。
「誰!?この私を邪魔するような奴は!姿を見せなさいよ!!」
その黒いブーツの人物に、アウターゲートは叫んだ。すると黒いブーツの人物は姿を見せ、細い目を、アウターゲートに向けた。
その人物は長身の、到底地毛とは思えない程に染め上げた金色の髪をした、白いスーツを着た男だった。
「君だよね?白亜に怪我をさせたって言う、傷害事件の犯人は」
男はゆっくりと腰を曲げ、転んだアウターゲートを見下ろした。
彼女は、弁解するように話し始めた。
「そうよ…でもまさか、あんな怪我をするとも思ってなかったし、こんな大それた事になるとも思ってなかったのよ!!」
「そうだろうね、君は間違いなく、逃げる事で必死だった。おそらくゴロツキに絡まれた時の為に仕込んだ、靴の金属片の事も忘れて」
男は懐からケースを取り出し、その中から白い筒状のものを出し、それを咥えて先端に火を付けた。
男はそのケースをしまう前に、差し出すようにして彼女に聞いた。
「君も吸う?」
「ええ…それがお酒だったら、ご一緒させて貰おうと思ったんだけどね」
彼女は男に手を貸される事なく、一人で立ち上がった。足の痛みでよろけ、女性は壁に手を付きながら、片足で立つしかなかった。
そんなアウターゲートの事も気にせず、男は淡々と話を始めた。
「君の様子から、君は白亜の子や他のロードワームに深い謝罪の意がある。しかし今更謝る事も出来ず、君はただ白亜の子を見守る事しか出来ない。違う?」
「ええ、恥ずかしい話だけど、その通りよ」
「じゃあ君はこの後どうする?このまま白亜の子を見守り続け、じきに治安管理所の者に逮捕され、その生涯に幕を閉じる?それとも何か行動を起こし、せめてもの罪を償ってからこの街を去る。どっちにする?」
男は二つのたとえ話のように、人差し指を突き立てた両手を顔の近くまで上げた。アウターゲートは、後者の話の途中に上げた、左手を叩いた。
「このまま街から逃げるって選択肢はないのね」
「その場合、モンスターに襲われて死亡するって言う、ハッピーエンドが待ってるよ」
男は笑いながら言った。そこでアウターゲートは、厚かましくも男に協力を仰いだ。
「私にわざわざそんな二択を聞いたからには、協力してくれるんでしょうね?」
「もちろん。でもそれには条件がある、自分の異名ではなく、本名で人と接してもらう。都合のいい事に、君は存在は認知されていても、顔や本名を知らない人は、この三日間の僕の調べで言えば、どうやら少ないらしい。じゃあ改めて聞くよ?アウターゲート、君の本当の名前は?」
「私はユイ、終戦時に祖国のハレガンドルから追放された、元犯罪者よ。…元って言っても、今はまた立派な犯罪者だったわね」
「そうか、君がユイって言うのか…。僕はエイハブ、しがない旅人の者さ」
「どうだか、嘘くさい。じゃあ私はまず何をすればいいの?どうしたら、その罪の償いが出来るっていうのか、教えて貰おうかしら」
「そうだね、じゃあまず君には…僕と一緒に、院で働いて貰おうか」
「はぁ!?院で働くですって!!?」
ユイは大声で叫び、エイハブは叫ぶユイを担いで、その小道を後にした。
周星院、そこは、皇鳳と呼ばれるパルドランドに普及する、パルドランド神話の重要な聖職者が働く場所である。他国の宗教と比較するなら、教会の神父と似たような存在だ。
その為、人々からの信頼は厚く、街民からは常に頼られる存在だった。
そんな人物が働く場所に、一人の怪しい男と、その人物に渡された、耳にかけるガラスのついた顔飾りを付けた茶髪の女性が、院を訪ねた。
院で働く皇鳳、エルバは、わざわざ待合室の扉をノックするような来客に戸惑いつつ、扉を開けた。
「ご相談の方ですか?」
エルバは、戸惑いつつも怪しい二人に聞いた。しかし、男は元気よく、エルバに自分の身分や名前、この場に来た目的などを、話し始めた。
「お初にお目にかかり光栄です皇鳳様!私共、放浪の身であるエイハブと、ユイと言う者でございます。この度はかのような暴動に私共も心を痛め、ロードピープルの事を一番考えていらしている、皇鳳様の何かお役に立てないかと思い、参りました!」
「ユイ…?確かどこかで聞いた事があるような…」
女性はその言葉を耳にすると、男の肩に手を回し、自分の身ごと動かしエルバに背を向けた。
「ちょっと!なにが僕の調べでは私の名前を知る者は少ない、よ!!もしバレてたらどうする気!?こんな変な顔飾りごときじゃ、誤魔化しきれないわよ!!」
「大丈夫だって。それにユイちゃん、結構メガネ似合ってるよ〜?それに名前を知ってるだけで、正体は知らないかもしれないじゃん?」
小声で話す二人の後ろで、困るエルバと、その後ろでユイにとって聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あ!ユイお姉ちゃんだ!!」
「えー、ユイお姉ちゃんどこー?」
「ユイお姉ちゃーん!!」
院の待合室にいた子供達が一斉にユイの元に行き、一斉に話をし始めた。子供達はみな、エルバに保護をされどれ程今までない幸福を感じたか、個々自由に話し始めた。
その様子を見て、男はユイに小声で聞いた。
「どういう事ユイちゃん?アウターゲートが、まさかこんなロードピープルに慕われてるなんて聞いてないよ?」
「子供達には私が裏路地のボスだって事は黙ってるの!私はあくまでボスとの伝達役で、それ以外は子供達の面倒を見る放浪者って事で話が通ってるんだから!!」
「ああ、そう言う…」
そんな小声の談話は、子供達の嬉しそうな声でかき消された。エルバはその様子をみてニコリと笑い、二人を院の中に招き入れた。
「まさか、ユイさんご本人に会える日が来るとは、思ってもおりませんでした。どうぞ、中へ」
「どうも〜」
「お、お邪魔します…」
おちゃらけた男をユイは叩きつつ、待合室に入った。
するとそこには、男やユイの他にも、軍人や暴徒とは思想の違った商人、何の変哲もない普通の街民達が、せっせせっせと院の中で働いていた。荷物をまとめる者や、天秤で薬の量を測る者、カウンターで金銭を数える者や、ユイから一旦離れたロードピープルを、快く抱きしめた主婦など、身分の違う人々が院に集まり、ロードピープルの為に働いていた。その中には、治安管部隊の、マリリンの姿もあった。
「皆さん、身分は違えど暴動の復興の為に協力してくださっているのです。みなさん!ご紹介します!この度新しく協力して下さる事になった、ユイさんとエイハブさんです!お二人は冒険家のようですが、昔からこの街の事をご存知のようなそぶりを見せてくれました!新たな仲間として、仲良くしてあげて下さい!!」
拍手と共に、大人達の優しい受け入れの声が聞こえた。
「冒険者だろうが誰だろうが、今はロードピープルを救う仲間なんだ。仲良くしような!!」
「まさか子供たちの言うユイさんが来てくれるなんて、こんな嬉しい事はないね…!ほら、子供たちの面倒、あんたもしっかり見ておくれよ!!」
活気付く待合室。その姿を見て、ユイは唖然した。
「なんで…なんでみんな、私みたいな放浪者を簡単に受け入れられるの…?なんでみんな、そこまで快く受け入れてくれるの!?」
ユイは気が動転していた。そんなユイの元に、一人の医者が近付く。その医者は、男にとって見覚えのある人物だった。暴動の翌日も、休まず重傷の子供たちを治療し続けた、彼だった。
「ユイさん…謝るのは我々街民の方だ。皇鳳様のお言葉に、目を覚ましたよ。我々がロードピープルや放浪者を迫害し、嫌煙し続けるから事態は解決しないのだと。我々が手を差し伸べていれば、お互い手を取り合い、街の治安も良くなるんだと。我々は、勘違いをしておりました。治安を脅かす存在、それはロードピープルや放浪者ではなく、それを一切受け入れようとしなかった、我々街民の方だったのですね」
「そんなっ…だからって今更!?今更謝ったからって、どうにか出来るって言う気!?」
「……いえ、そんな事とを言うつもりはありません。我々がいくら後悔しようとも、過去に向けた迫害は無くなるわけじゃない。でも、今からなら変われる、これ以上、犠牲を払わない為にも、今こそ街民とロードピープル達が手を取り合う時だと、我々は考えております」
「そんな…でも、それじゃあ…!!」
今にも泣き出しそうなユイを、男はなだめるように肩を叩いた。そして、ユイに告げた。
「確かに、亡くなった方々が生き返ると言う事はありえない。でもこれ以上の犠牲を出さないようにするのは、誰にでも出来る。僕の友人が言っていたよ、現実を変えるには、その理屈を超える現実だって。でも僕は思うよ、人々が思う理想が、その人を行動に移した時、それは現実を超えた理屈の理想が実現するんだって。…………こんな所、カエデくんにも見せてあげたかったな…」
最後の言葉は、誰にも聞こえない小さな声で言った。しかしユイの耳には入り、ユイは涙が溢れそうになった。
そんな時、一人の軍人が長椅子の上に立ち上がり、音頭を取った。
「これで役者が揃ったようですな!!これからどんどん、忙しい日々が始まる事ですぞ!!」
気合を入れ直すマリリン、しかしその行動を許さなかった商人が、マリリンを蹴り落とした。
「椅子の上に立つんじゃねぇ!!」
「んんっ!!?」
身分を超えたツッコミに、一同は笑いに包まれた。和やかな空気が待合室に広がり、ユイは久々に、人の温もりを感じていた。
どうも、読者さん。投稿主のブックです。
今回から新章スタートと言う事ですが、前回告知させていただいた通り、1日1話投稿にさせて頂きます。
今後とも、あずまるふぁんたじーとブックさんをよろしくお願いします。




