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2.

都は翌日から、ネット通販でたまっていた大きさのバラバラな段ボールに必要な物品を詰め込む「なんちゃって荷造り」を行なったが、翌日と翌々日は疲れて何となく過ごしてしまった。

 ちょうどやる気を失くしてから三日後、都はわずかに残っていたやる気を振り絞って近所の不動産屋に出かけた。

 ガラスの壁に、かろうじて中が見える程度に物件情報が張りめぐらされた不動産屋。毎日通勤のために前を通過しながら「ミノワ不動産」という看板がかかっていたことに、引っ越しの需要ができた今日まで気が付かなかった。

 貼られた夥しい物件情報を都は見るともなしに眺めていたが、その中に目を疑うものを見つけた。


「3LDK 一軒家 駅から徒歩八分 家賃二万円」


 都は一瞬情報の意味が理解できず、何度も読み返した。が、何度読んでも情報は変わらない。特に「二万円」のところが抜群に引っかかった。

──最近はこんなわかりやすいワケあり物件を堂々と出すのか。

 好奇心に駆られた都は、不動産屋で訊ねてみることにした。すぐに再就職するつもりだとは言え、もうすぐ無職になる。

 明らかに冷やかしだとしても、ちょっと話を聞くくらいは構わないだろう。

都は理性を抑えられないほど、貼られていた物件が気になった。

不動産屋に足を踏み入れると、オルゴールのような音がして自動ドアが開いた。その音に反応して、色白で細面な男が片方の眉を持ち上げ「いらっしゃいませ」と言う。黒いセルフレームの眼鏡をかけていて、神経質そうな印象だ。

──明らかに歓迎されてない雰囲気なんですけど……

都は早くもくじけそうになったが自棄になって表のワケあり物件のことを尋ねると、不動産屋は驚いた顔をした。

「あ、あの張り紙に気付かれましたか」

男は奇妙な言い方をした。当然だろう、と都は心の中でつぶやいた。あんなに分かりやすくワケあり物件なのだから。

 都が男の言葉を反芻していると、オルゴール音とともに自動ドアが開いた。

 都と不動産屋の男は、話を中断して入口に視線を送る。

「あーごめん、接客中だったのかあ」

 呑気な声で言いながら、頭をかいている細身の男。入口で言葉を発した男を都は何気なく視界に入れたが、直後に二度見した。

見たこともないくらいに整った顔。すらりとした長い手足を持ち、ただ突っ立っているだけなのに何とも言えない雰囲気を全身から醸し出している。

──何この人。芸能人?

 ややくたびれた白いトレーナーに同じく着古したジーンズを着ているが、服装に左右されないほど男の容姿は抜きん出ていた。

 柔らかそうな茶色の髪が日に透け、人懐こそうな大きな目で都を遠慮なく観察している。

 都は男に見とれていた自分に気付き、恥ずかしくなって目を逸らした。

「イケメンに惹かれる年齢でもないだろう」とこれまでは自己分析していた都だったが、目を奪われてしまった自分を恥じた。

目を奪われていたどころか凝視するありさまだ。

「見ての通り小さな不動産屋ですけど、贔屓にしてやってくださいね」

 都の目の前のテーブルに肘をつき、大人の割に妙に澄んだ大きな目が都の目を覗き込む。近くで見ると整った容姿には凄味がある。

「はあ……」

 初対面にも関わらず、男は気さくに都に話しかけてきたが、都は何と答えようもなかった。

「……営業妨害もいい加減にしてください」

 不動産屋の男は眉間に深い皺を寄せ、男を無視すると、「話の続きですが」と都に向き直った。

「しげっち、スーツ着てるとなかなかイケメンに見えなくもないかも」

 闖入者である男は嫌がられていることなどまったく気にする様子もなく、不動産屋をからかいながら勝手に店内に進み入り、空いている椅子に腰を下ろすとデスクに据え付けられているパソコンを勝手にいじり始めた。不動産屋はそれに対しては何も言わない。

「あの物件ですが、老朽化のためにあと二年で取り壊されることが決定されておりまして、大家さんが古い家でも構わないならとあの家賃を提案されてるんです」

 不動産屋はぶっきら棒な口調だったが、説明そのものは実に丁寧だ。

例のワケあり物件の話題に戻ると、パソコン画面からがばりと広夢が顔を上げた。

──何なの?この人たち……。

都は食いついてきた広夢を横目で見る。妙に美男な闖入者と、営業職には致命的な無愛想な接客の不動産屋。繁盛するわけないじゃないの、と都は密かに毒づく。

「興味がおありでしたら大家さんとすぐに連絡を取りますが」

 不動産屋は眼鏡を直し、無表情に提案した。

──こんな怪しげな物件、借りるわけがない。ただ話を聞きに来ただけ。

入店するまでそう思っていたはずなのに、

「お願いします」

都は反射的に答えていた。



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