地下都市セレデヴィア 終
ティーダは人目の付きにくい早朝に森の奥深くで指輪を使ってアンデッドを召喚するのが日課となっていた。
しかしもう剣士や弓使い、魔法使いである彼らはもう出てこない。現れるの何の変哲もないスケルトンだけだった。
「やっぱりか……」
何度試みても出てくるのはスケルトンだけだ。
やはり今日も駄目だった、とがっくりと項垂れてしまう。すると「どうした」と言わんばかりにスケルトンが肩に手を置いてくる。さらには親指を立ててサムズアップをしてくるものだから余計に腹が立った。
しかもそいつは自分の頭をお手玉にしてくるくると投げて遊びはじめてしまった。ティーダを励ましているつもりなのか、その速度は次第に増していき、最後に一際高く頭を放り投げると、それは見事に首のところに着地して連結してしまう。どや、と彼? 彼女? 性別不明のそいつは胸を張ってみせた。重厚な気配を漂わせていたあの剣士たちとは全く違う。迫力の欠片もない。こいつは一体何なのだ、とティーダは呻いいた。
「はあ、もう戻っていいよ」
スケルトンは骨の身体をぶわっと大きく広げると絶対に嫌だと断固拒否の姿勢を見せた。命令を聞く気がないようだ。再び頭をお手玉し始めてしまう。これが気に入ったようで、連日これを繰り返しては日々新たな技を習得して行っている。それを見せられるティーダは暗澹とした気持ちになってしまった。
陽気なスケルトンとかふざけるにも程がある。
深くため息を吐く。
指輪から出てきたあとアンデッドたちが最後に言った言葉。あれの意味を確かめるためにどうしても彼らとまた会いたかったのだが、それもままならない。
「王の帰還を待つ、ね」
情報がなさすぎた。
再びあの地下に行ってみるのもいいかもしれないが、ロワーリはもう手薄だ。当面鎮魂の陣を行うことはできないだろう。何せほとんどの戦士が死んでしまったのだから。
他にもいるロワーリの一団と合流すれば鎮魂の陣を行えるかもしれない。またはこの指輪について話せば誰かが知っているかもしれないが、ティーダはこれを誰にも話すつもりはなかった。
禁忌だからだ。
アンデッドを倒すためにアンデッドを使役した。こんな話、ロワーリでは認められない。邪道もいいところだ。だから誰にも相談は出来ない。自分で謎を解明するしかなかった。だが情報もなく、また協力者もいないのでは出来ることが限られる。結局、一縷の希望を込めてあの剣士たちが再び現れるのを待つくらいしかできないのだ。
ティーダがそう考えていると、背後からガサリと物音がした。だが何も出てこない。そして、スケルトンが出しっぱなしだったことにティーダは気づいた。慌ててスケルトンに消えるように命じるが、やはり反抗する。いい加減にしろと頭蓋骨を思い切り叩きのめすと、スケルトンは渋々地中へと消えて行った。
失態だった。
(――見られた? 誰に?)
嫌な予感がした。
それもとびきりのだ。
もうここにはいられなくなる。そんな気がした。
ティーダは駆け足でキャンプへと戻る。
何も変化はない。むしろ以前よりも気軽に声を掛けてくる人たちが多いくらいだ。
「どうした、そんな息を切らせて」
この年若い男もその一人だった。鎮魂の陣で怪我をしたのか、片足を引きずっていた。
「いや、あの。森から誰か帰ってきたのとか、見てないですか?」
「あ? あー、あ! 見てないなあ。俺あっちの方にいたから」
「そうですか。ありがとうございます」
他の人に聞いてはみたものの誰も見ていないという。もしかすれば気のせいかもしれない。小動物が草葉を揺らしただけかも――そう思ってしまうほどに。
自分のテントに戻ろうとしたとき、視界の端にアセルスが掠めた。ティーダは小走りで彼女の方へ行く。そのとき、アセルスは少しだけ驚いたような表情を浮かべた。
「あ、アセルス。今から治療?」
「そうよ。あ、でもちょっと用事があって」
「用事? 手伝えることはある?」
「ううん。大丈夫。今日は体調がいいから」
妙によそよそしかった。
大方おばさん連中に何か言われて居心地が悪くなってるのだろう、とあたりをつけ、ティーダは自分のテントに戻った。
◇ ◆ ◇
日課のスケルトンを出すのはより人目を気にしてみんなが起きだすより前の早朝にした。
太陽が出る前のその時間に出すとスケルトンはとても元気になる。どうやら夜のほうが活発になるようで、無意味にそこらを駆けまわっていた。骨が森の中の木々を抜けるように走る姿は相当シュールで、ティーダは何ともいえない面持ちになった。
昼は食糧を調達するために森に採集をしに行く人たちに混じったりした。最近アセルスは手伝いを拒否するためだ。夜もともに食事をとることはなくなった。
ティーダはほとんどアセルスと会話をしない日々を数日を過ごした。
◇ ◆ ◇
食事時を過ぎて各々が自分のテントへと戻った時刻のことだった。
満腹になったティーダは毛皮の中でごろんと転がって、明日することを思い浮かべていた。具体的には、近頃あまり会話のしなかったアセルスとどうにか接触を持ちたいと考えていたのだ。そのための手段は森の中で見つけた甘い果実を差し入れることだ。クワの実という。これはアセルスの大好物で、きっと彼女は喜ぶに違いない。
そんな幸せなことを考えていたのだ。
「ティーダ! 出てこい! 裏切り者め!」
武器を持った複数の男が家に飛び込んでくるまでは。
ドスの利いた低い声だった。目にふざけている様子はない。最大限の警戒をしながら寝転ぶティーダに武器をつきつけてくる。さらには外からは確かに殺気じみた気配が漂ってきて、ティーダにとっては慣れ親しんだ罵詈雑言が聞こえてくる。。
「な、何だよ。裏切り者って一体……」
「いいから来い!」
屈強な男に腕を捕まえられ、引きずり出されてしまった。理不尽な行為にティーダの頭の中は疑問符でいっぱいだ。きっと何かを勘違いされているに違いない。そんなことすら考えていた。
空には満月が浮かんでいた。月明かりは眩しいくらいだった。幻想的なくらい美しかった。それはあまりにもこの状況は似つかわしくないもので、ティーダを激しく混乱させた。。
テントの外にはローワリの一族の総勢がいた。幼いもの、若い者、老いたもの、そしてアセルスも。
彼らは全員が武器を持ち、ティーダに対して殺気を放っていた。その目は血走っていていて、憎悪に塗れている。彼らは叫んでいた。
「この裏切り者!」
「お前のせいで息子が……! 息子が!」
「だから処分してしまえばよかったんだ、こんな無能者!」
「恩を仇で返しやがって!」
「このクズが!」
それは強烈な糾弾だった。
「何を言ってるのか……」
ティーダの口上は男の拳によって遮られた。頬が焼けるように熱い。口の中は切れて、目からはじんわりと涙が浮かぶ。次いで屈辱が湧き出た。なんでこんなことをするのか。ティーダはギロリと男を見上げるが、男は正直失った目でティーダを見返してくる。それは正常な者の目ではなかった。
再び男は拳を振り上げた。他の者たちももっとやれと騒ぎ立てる。
「止めなさい!」
制止したのはアセルスだった。
「アセルス。そうだ。アセルス。止めてくれよ。僕が一体何をしたって言うんだ」
「ティーダ、正直に言ってほしいの。あなたが森の中でしていたこと」
時が止まったように思えた。
「森の中で――見てたの?」
アセルスは目を伏せて、頷いた。
「ええ、信じられなかったわ。見間違いかもしれないと自分に言い聞かせた。けど、あなたは毎日同じ事をしていた。私が覗いているのも気づかずに」
訥々と語られる。その声音は平坦なものだった。感情の籠っていない、真っ白なものだった。いや、感情を乗せないようにしているのか。見ればアセルスの顔は驚くほどに蒼白で、今にも倒れてしまいそうなほどだった。その手は小刻みに震えていて、今にも叫び出してしまいそうだった。月明かりに照らされるアセルスの姿はあまりに病的だった。思わずティーダが駆け寄りたくなるくらいに。
だが彼女の双眸は確かな意思を持っていた。狂気ではない。突き詰めた理性だ。内に眠る怒りを抑え込んだ、暴発寸前の理性だった。
「ねえ、あのスケルトンは何なの? 私たちはアンデッドを倒すロワーリの一族よ。あなたもそう。あなたもロワーリよ。なのに。ねえ。なんであなたがアンデッドを呼び出しているの!? 皆はあなたがアンデッドを呼んで、お父様を、お父様たちを殺したんじゃないかって言ってるの! ねえ、否定してみせてよ! あなたのそのアンデッドは何なの? あなたが犯人なの? あの日、あの場所は、もう何もかもが狂ってた! 全部あなたのせいだって皆は言うの! ねえ、どうなの? 本当なの? 違うならあなたの言葉で否定して見せてよ!!」
理性が決壊する。箍が外れていく。言葉の最後になるほどにその声は大きくなっていく。最期には髪を振り乱して叫んでいた。天にも届かんばかりの絶叫だった。
「ねえ。本当の事を言ってよ! でないと私は、私たちは貴方のことを殺さなきゃいけなくなる……」
「それは……。あの巨人にとらわれた地中の奥深くに宝物庫があったんだ。その中にあった指輪をはめたらスケルトンが呼べるようになったんだ」
「――宝物庫? 何を言ってるの。そんなのあるはずないじゃない! だってあんなに朽ちていた地下なのに! 気持ち悪い血管が張り巡らされた不気味な場所だったのに!!」
叩きつけるような声量だった。真っ向からティーダを否定してくる。
いつもティーダの味方だったアセルスが、ティーダのことを否定してくる。
これは応えるなあ、とティーダは乾いた笑みが浮かべた。
「何を笑ってるんだ!」
「お前がやったんだろう。どうせそのスケルトンとやらで長たちを嵌めたんだろう!?」
「お前みたいな無能者が生きて帰ってきた事自体不思議に思ってたんだよ!!」
男たちに何度も殴打される。
手加減なしの死んでも構わないつもりで振るわれる拳は酷く効いた。痛みで意識が飛びかけるが、さらなる衝撃で目が覚める。この繰り返しだ。
「――やりすぎ、止めなさい! まだティーダの話は聞き終わってないんだから!」
拷問じみた攻撃はアセルスの制止があっても止まらない。
わけがわからなかった。
ティーダを取り囲む人々は「殺せ! 殺せ!」 と騒ぎ立てる。ティーダを殴る戦士たちは暴力に酔っているのか、歪んだ笑みとともに拳を振う。ティーダがいよいよ崩れ落ちればその腹に足を思い切り食い込ませる。
息ができないほど苦しくなる。頭はガンガン痛む。視界は歪んで、耳もおかしくなっている。意味のなさない言葉が耳を通り過ぎていくだけだ。
ああ、無駄なんだ。
ティーダは諦めた。
(きっとこの人は、この人達は、全部僕のせいにしたいんだ。僕の話なんて興味ないんだ。事実なんてどうでもいい。ただ僕をあげつらって、攻撃したいんだ)
ふつふつと怒りが湧いてきた。
痛みは消える。音も消える。目の前も真っ暗だ。ただ指先が熱くなって、全神経がそこに集中する。
「――僕じゃないって、言ってるだろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
指輪が黒く輝いた。
世界を埋め尽くすほどの漆黒はすぐさま収束し、それは一つの形を為す。
それはティーダが毎日呼び出していた陽気なスケルトン――ではなく、病的に白い少女だった。
背丈はスケルトンと同じくらいに小柄だった。ティーダと同じくらいの身長だろうか。
真っ白な髪は地面に着くほどに長かった。その髪はうねうねとウェーブしていて、それ自体が生きているかのようだった。眉も白く、肌も白い。シミ一つない美しいものだったが、そのせいで余計に生気が感じられない。まるでよくできた人形のようだった。
人形じみているだけあってか顔立ちはとても整っていた。全てが左右対称に作られている。目はとても大きく、瞳もまた白かった。ぷっくりと膨らんだ唇だけが真っ赤になっていて、妙にそれが印象的だった。
彼女は純白のドレスを着ていた。フリルがふんだんに使われた貴族のような衣装だった。ただ一番目を引くのはその手に持たれた巨大なメイスだろう。それは凶悪な棘がいくつもついた、見るだけで背筋が凍るようなものだった。あまりに少女に似つかわしくないもので、見る者を呆気にとらされた。
少女は突然呼び出されたせいか、周囲をキョロキョロと見渡す。そしてキョトンとして、可愛らしく小首を傾げた。そして「閃いた!」と言わんばかり指をパチンと鳴らすと、控えめな胸を突き出してこう言った。
「あれ、これってご主人。超ピンチ? マジヤバな感じ? アッハ、ウケる。助けた方がいい感じじゃね? あ、でも命令してもらえないと私としてはどう行動すればいいかわかんないし、あ、そっか。あれだ。あれ。ふふ、私の最近の必殺技をカマセばこの場も丸く収まるとか? そんな感じじゃね?」
言うなり、少女は自分の頭を捥いだ。
ショッキングな光景に周囲のロワーリの一族は目を見張る。
そのまま少女は自分の頭をお手玉し始める。無駄に大きなメイスを二つと頭が交互に空を舞う。ティーダには凄まじい既視感があった。
(あ、これ……あのスケルトンと同一人物だ……)
頭が悪そうと思っていたが、ティーダが思っていたよりも相当に深刻に知能が低いようだった。
「ティーダ! これは何? 何なのよ!?」
お手玉される? する? 少女をまじまじと見たせいか、アセルスの顔色はさらに悪くなっていた。
他のロワーリの人々も顔を真っ青にしていた。
誰かが悲鳴を上げた。金切り声を上げた。その声は連鎖し、耳障りな奇怪な音の波となっていく。
「殺そう」
誰かが言った。
騒音の中、妙に透き通った。
「こいつは禁忌を侵している」
「死霊術を使ってる」
「そうやって長たちを殺したんだ!」
「だから殺せ!」
「殺せ」
「殺せ」
「殺せ!」
殺せ殺せとシュプレヒコールが始まった。
「僕じゃないって言ってるだろ!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
「人の話を聞けよ! 僕は何もやってない!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
「――ああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
頭がおかしくなりそうだった。
誰も話を聞いてくれない。アセルスも何か必死に叫んでいるようだったが、それはシュプレヒコールに消されている。きっとお互いの声は届いていない。
君だけは僕の味方でいてほしかったよ。
「スケルトン! 僕を助けろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「おっけー」
驚くほど軽い返事だった。
宙を飛んでいた少女の頭が首の上に落ちてきて、ようやくまともな人型になる。その手にはぽんぽんと二つのメイスが落ちてきて、緊張感のない緩み切った瞳でティーダの捕まえる男たちを見やった。
瞬間、突風が走った。
ティーダの周囲にいた男たちはその風に抗う事すらできずに吹き飛された。そしてティーダのすぐそばに突如少女が移動していた、ようにロワーリの戦士たちには見えた。
騒いでいた人たちはぴたりと口を噤んでしまう。目の前の事態に思考が停止したのだ。
実際は少女が凄まじい速度で駆け抜けてティーダの傍にいた男たちを軽く押し飛ばし、ティーダのそばに立っただけなのだが。
彼らには少女の動きが一切見えなかった。
戦士たちも、そうでないものも、少女が何をしたのか一切目に映らなかったのだ。
その事実に少女と自分たちの隔絶した差を感じ取った。少女がその気になればこの場にいるみんなを容易に殲滅することができることを理解してしまったのだ。
美しい容姿とは裏腹に稚拙な言動、ふざけた態度。それらに騙されていたことに気づかされる。
これはアンデッドなのだ、と。
滅ぼさなければならない強力なアンデッドを前にロワーリたちは固唾を飲んだ。ティーダの事などよりもよほど重大なものなのだと認識した。
少女はひょいとティーダを担ぐと背負い上げた。ティーダは力なく少女に身体を預けている。
「で、戦うの? 逃げるの? どっちもするの? もしロワーリ殺すっていうならそれはちょっとやなんだけど、まあご主人の命令ってんなら一応は聞くよ。できれば半殺し程度にしかしないけど」
「――逃げる」
「おっけ。じゃあみなさん、さようならー!」
また突風が吹き荒れた。
するとそこにはティーダも少女の姿もなくなってしまう。
ロワーリの戦士たちは高めた戦意の行き場を失い、地面をドンと蹴りつけた。
「ティーダ……」
アセルスは力なく崩れ落ちた。
「や、や、や、外界は本当にいいものですなー! 澄んだ空気! 綺麗な満月! 身体に力が満ちていくのがわかるってものよ! 最高にロマンチックなムード満点のこの場所で! 襤褸雑巾になったご主人と愛の逃避行ー! ハッ! これってもうほとんどラブな書籍のアレじゃない? いやー! きちゃうね! 私の時代が!」
わー! とか、きゃー! とか叫びながら少女はすたこらさっさと荒野の上を走り抜ける。
凄まじい速度にも関わらずティーダは殆ど身体の揺れを感じない。ふざけた言動をしながらもティーダの体調に気を使ってあまり揺れないようにしてくれているのだろう。
「――ありがとう」
「え? あ? まあ、指輪の王の言う事聞くのが私の仕事だし? まあ当然っていうか?」
「君はあのスケルトンと、その、同一人物なの?」
「うん? そうだよ。見てわからない?」
「あのときは肉がなかったからちょっとわからないな……」
全部骨だったのだ。わかれというほどが無理がある。「ほー、へー、見る目ないね! 私はがっかりだ!」と少女は大袈裟に顔を歪めて見せるが、美しい顔のせいでそれもまた可愛らしい。
一切余裕のないティーダはその顔立ちも目にしても何も思わず、悲し気に目を伏せるだけだったが。
「君の名前は何?」
「名前? 名前かあ? うーん。何だっけ。忘れた。みんなにはクラッシャーって呼ばれてたけど」
「みんな?」
「うん、会ってないっけ? あのクソ爺三人衆」
「ああ、あの……」
「あいつらマジ苦手でさー。あんときは出なかったんだよ。ごめんね?」
「いや、いいけど……」
「まあ名前なんて好きによんでよ。どーでもいいし」
「じゃあ、僕の名前はティーダ。ティーダって呼んでよ」
「ティーダ様?」
「様なんてがらじゃないよ。呼び捨てにしてよ」
少女は一瞬思案する。
「んー、ま、考えとく! 呼び捨てにするとクソ爺どもが五月蠅そうだかんねー」
「うん……」
「で、何処向かえばいいわけ? って、ご主人? ご主人……?」
背後からすうすうと寝息が聞こえてきた。
ティーダはすっかり寝付いていて、ボロボロの身体を完全に少女に預けている。
あんなことがあったばかりだ。
少女はふざけた態度を通したが、内心ティーダに同情していた。
(ロワーリも変わったもんだね。私たちアンデッドを否定するなんて。昔はそんなんじゃなかったのに)
少女は頭を振った。
アンデッドが思考するのはよくない。それは魂を歪める行いだ。
今はただすぐに解決しなければならないことを優先しなければならない。目下どこに進んでいくかということだが。少女にとってこの荒野は全く見覚えのない場所であり、どの方向を見ても変わり映えのしないものだった。看板も地図もなく、何処を見てもさっぱり何もわからない。
少女はメイスを地面に突き立て、手を離した。メイスは大きな音を立てて右方向に倒れた。
「右か。おっけ」
こうやって少女は進む道を決めてしまった。
主であるティーダの意向を全く聞かないままに。