地下都市セレデヴィア 6
宝物庫の中、ティーダは人を象った青い炎に囲まれていた。彼らは地に跪いたまま微動だにしなかった。彼らは押し黙ったままずっとティーダの言葉を待っているようだった。
ティーダは何をすればいいのか、何もわからない。ただ彼らが強いことだけは直感で理解できた。このアンデッドたちは扉の前にいたスケルトンなど相手にはならないだろう、という確信があった。立ち居ぶるまいからして強さを感じるのだ。ロワーリの一族を束ねているデリウスのような、いや、彼以上の迫力が滲み出ていたから。
そんな推定強者であるアンデッドたちが自分に頭を垂れているのはおそらくこの指輪のせいなのだろうか。
「僕の敵じゃないのか?」
ティーダはそう問いかけた。アンデッドたちは強く頷いた。
「僕の味方なのか?」
もちろんです、と言わんばかりに彼らはより強く頷いた。
「僕の味方だっていうのなら外の奴らを倒してくれよ。僕を助けてみせろよ!」
アンデッドたちはすぐさま立ち上がるとティーダに背を向けて扉の方へと歩いて行った。
剣士の風体をしたアンデッドがその剣を下から上へと切り上げると扉はバターのようにぱっくりと切断された。剣士は扉を蹴り飛ばした。扉は向かいの壁に激突した。壁が砕け散り凄まじい噴煙を巻き上げた。扉や瓦礫に押しつぶされて扉の外にいたスケルトンナイトはそこかしこを損傷して地面に横たわっている。
無事なスケルトンナイトもいたが、彼らはさらに悲惨な運命をたどることになった。
魔法使いの風体をしたアンデッドが杖を振うとスケルトンナイトたちがいる場所に円錐状の氷柱が生えた。氷柱の大きさはティーダがすっぽり入るほどで、それが十数個も出現して廊下を埋め尽くした。これによりスケルトンナイトたちは全員砕け散り、その場には何も残ってはいなかった。
「――え?」
ティーダは呆気に取られた。
アンデッドたちは数瞬の間にティーダの願いを簡単に叶えてしまった。
そして彼らは再びティーダの前へ跪くと、またもや動かなくなってしまった。ティーダにはもう彼らはただのアンデッドではなく、明確に自分の仲間なのだと信用することができた。
(これなら、この力があれば、もしかすればアセルスを助けることができるかもしれない!)
ティーダはもういてもたってもいられず、アンデッドたちに命じる。
「アセルスが――仲間が近くにいるかもしれないんだ。助けてほしい!」
弓使いの風体のアンデッドが頷くとその姿が掻き消えた。探索に行ったのだろうか。
ティーダは剣士と魔法使いを連れて三つに枝分かれした場所へと戻る。そのどちらに足を向けても瓦礫で行き止まりになっていた。結局のところ、行ける場所はあの巨人がいる部屋だけだった。
剣士と魔法使いを見る。
(すごい強さだった。もしかしたらあの巨人も倒してくれるかも……)
ティーダはおそるおそる巨人のいた部屋の前へと戻る。
その扉を薄く開けて様子を窺えば、重装騎士たちはもうおらず、ただ巨人だけが佇んでいるのはわかった。
戦闘の傷跡が部屋中に行き渡っていた。壁という壁は凍り付き、地面のところどころが砕け散っていて、管のほとんどが光を失っていた。無事なのは天井くらいか。しかしそこの管の光も弱弱しく、淡く照らしているだけだった。
(本当に勝てるんだろうか、あれに)
巨人はやはり大きく、人と大きさが変わらない剣士と魔法使いではどうにも頼りなく感じられた。ティーダの疑問を感じ取ったのか、剣士はむっとした表情を浮かべると俺に任せとけ、と言わんばかりに胸を張った。
「倒せるの?」
剣士は頷くと魔法使いを押しのけて単身部屋の中へと入って行った。何の気負いもなく巨人の前へと歩いていく。剣を抜く事すらせず、何なら肩をぐりぐりと回しながら余裕だということを強調していた。
剣士に気づいた巨人は脚を上げて剣士を踏み潰そうとする。確かにその足は剣士を踏み抜いたようにティーダには見えたのだが、吹き飛んだのは巨人の方だった。剣士は踏みつけられたのではなく、その足の裏に拳撃を放っていたのだった。体格差をものともしない圧倒的な膂力で巨人を跳ねのけてしまったのだ。
『ウボ、ウボオオオオオオオオオオオオオオッ!』
巨人は音を立てて地面に落下して呻くように転がっている。全身が歪に蠢き、幾本もの腕が生えて何かを探すかのようにむちゃくちゃに動き回った。
その腕は瞬時に切断されていく。
剣士はいつのまにか剣を抜き放ち、ティーダには見えないほどの速度で動き回りながら巨人に対して斬撃を放っていたのだった。
それはもはや作業だった。羊の毛を刈り取るほどに容易に行われるものだった。
巨人はみるみるうちに肉を切り取られていき、次第に身体が小さくなっていく。肉の内側から黒色の球がうっすらと見え始め、剣士はそれを一気に叩き割った。
するとどうだろう。巨人は凄まじい絶叫を上げながら崩れ去り地面へと同化していってしまった。
「え、えええ……」
あまりの惨劇にティーダは呆気にとられてしまった。
巨人一人にティーダたちローワリの戦士は全滅した。だというのにこの剣士は本気を出すことすらなく巨人を屠ってしまった。獅子が兎を狩るよりも容易に。
剣士はどや、と言わんばかりに胸を張ってティーダのもとへと戻ってきた。
同時にすぐそばにぶわっと青い炎が浮き上がった。弓使いだった。
彼は身振り手振りで「どこにも仲間らしき人はいなかった」と伝えてくる。
「え? アセルスはいないの? もしかして死体とかは……? あの、緑色の髪の女の子なんだけど」
弓使いは頭を左右に振った。死体もなかったらしい。
(――もしかしてもう脱出してるとか?)
脱出してるに違いない。何せティーダですら生きているのだから。
「じゃあ地上までの経路はわかる?」
弓使いは頷くとティーダの前を先導し歩き始めた。
そこからは凄まじく快適な脱出劇となった。
彼らアンデッドは青い炎で出来ているので側にいるだけで周囲は明るくなる。他のアンデッドが現れれば彼らが一瞬で撃滅してしまう。道も弓使いが先導してくれるため迷うことなく上へと向かえた。
どれほど歩いただろうか。
階段を登り、通路を歩き、家々が立ち並ぶ空間を通り抜け、次第に見覚えのある場所へと出てきた。もうすぐ出口だ。
出口の階段がもう見えた。階段の上からは光が差している。久しぶりに太陽の光に出会えた気がしてティーダはほっと息を吐いた。だが、次の瞬間、息が止まった。
「――やめろ!」
ティーダに付き従うアンデッドが動き出そうとして、ティーダは制止した。
目の前にはアンデッドがいた。
それもとても見覚えのある者だ。
真っ赤な髪をしていた。身体は大きく、筋骨隆々だ。だが顔に生気はなく、その目は瞳孔が開ききっていて、かすかに白く濁っているようだった。生前の彼の活気に溢れた雰囲気は微塵もなく、それはもう亡者だった。
出口の前に立ち塞がるアンデッドはイモンだった。
その手には半ばから折れた剣を持っていて、今にもティーダに襲い掛かってきそうだった。いや、飛びかかろうとしているのだろう。イモンの前には薄っすらと白く光る障壁が造られていた。だからイモンはティーダに近づけないのだ。
見れば魔法使いが何か術を使っているようで、ティーダは小さく「ありがとう」と呟いた。
「君も、死んだのか」
ティーダは俯く。心がぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。ざまざまな想いが去来する。頭の中では走馬燈のようにイモンにされた仕打ちが蘇る。殴られた、蹴られた、馬鹿にされた。毎日繰り返されたことにより溜まりに溜まった鬱屈が一気に膨れ上がる。
(ああ、そうか)
ティーダは得心する。ああ、僕は今怒っているんだ、と。
「散々馬鹿にしやがって! ざまあみろ! 無能者って僕の事を罵ったくせに! その僕よりも先に死んでるじゃないか! あれだけ殴って! 偉そうにして! 取り巻きの奴らも誘って僕をさんざん蹴りまわして!! 強い加護を持ったからってそれだけで加護のない僕をいじめて……! あれだけのことをしたんだ! お前なんか死んでせいせいする!!」
溢れだした感情は、思わず声になって飛び出てきた。
「何だよ! 結局お前も何もできずにグールになってるじゃないか! 見ろ! 無能者と罵った僕を! 僕は生きてる! このアンデッドたちに助けられてだけど、僕は確かに生きてるんだ! 無能者と馬鹿にした僕ができたことをお前はできなかった!! 無能者はお前だ! クズ野郎!!」
ハアハア、とティーダは息を荒げた。
まだまだ言いたいことはたくさんある。こんなもんじゃない。ティーダは親を亡くしてからずっとイモンたちに虐げられてきた。ローワリの大人たちはそれを見てみぬふりをして、自分を嘲り続けた。死んで当然だ、これが報いだ、ティーダは心からそう思おうとした。だがティーダの良心は叫ぶのだ。
(くそっ、でも、こんなやつでも、嫌いな奴らが死んだとしても、胸が痛い!!)
ティーダはイモンが嫌いだった。
他の大人たちも嫌いだった。
出口が見えたことにより死んだ戦士たちのことが頭を過ぎってしまう。彼らは確かにティーダを助けはしなかったが、殴るようなことはしてこなかった。食糧だって分け与えてくれたし、水場を使わせないようにしたのはイモンたちだけだ。他の戦士は関係ない。
「――死にやがって、くそぅ……!」
出口がもう見えている。だからだろう。ここまで必死に登ってきたティーダは、意図的に考えないようにしていたことを意識してしまった。
涙が浮かび上がる。
(僕は、こいつが嫌いだった! だけど、殺してやると思えるほど憎んでもいなかった。認めさせてやるって思ってたんだ! なのに!)
「なんで死んでるんだよ、イモン……」
ティーダは滲む視界を強引にふき取り、しっかとイモンを見つめた。
ティーダは思い出す。
今は亡き父と母が何のためにアンデッドを戦っていたのかを。
生は自由であるべきだ。
死も自由であるべきだ。
ロワーリは自由を尊ぶ。自由こそが使命だと知っている。
だからこそアンデッドの存在は許されない。
アンデッドは不自由の象徴だ。
死んでいるのに生きている。生きているのに死んでいる。歪なもの。
彼らはただそこにあるだけで苦しんでいる。
「みんなは手を出さないで。きっとこれは僕がしなきゃいけないことなんだ」
ティーダは項垂れそうになる自分を奮い立たせるため、剣を抜いた。
ロワーリは彼らを救うために存在するのだ。
だから戦わなければならない。イモンを苦しみから解放してやらなければならない。
「僕の手で君を救ってやる」
ティーダはゆるりと歩き出した。
イモンを抑えていた白い障壁が掻き消える。
「これこそが君にとって一番の屈辱だろ? なあ、イモン」
◇ ◆ ◇
狂ったように突進してくるイモンの攻撃をティーダは強く受け止めた。
『ウガ、ウガアアアアアアアアアアアアア!!』
剣は何度も振り下ろされた。
馬鹿みたいに力任せのその攻撃は技術も何もなかった。しかし凄まじい力で放たれた。
ティーダは何度も剣でそれを防ぐが、そのたびに手が痺れていく。ヒリヒリとした痛みが広がっていく。
(駄目だ。このままじゃ何もできずに殺される……!)
機先を制されたが故に圧倒的な不利だった。
攻撃を受けては身体が硬直して動けなくなる。イモンの連撃は止まることはなく、機械的な速度で繰り返されていた。何とか隙を窺うもティーダの技量ではその隙すら見当たらない。ティーダは自分の弱さを呪った。
(いや、でも、おかしい)
イモンはでかい。そいつの攻撃を受け続けられるほどティーダの力はない。何度も受け止められる状況が異常なのだ。
注意深く観察すればイモンが剣を振り上げるたびにかすかによろめくのがわかった。見れば、腹の一部が千切れていて、片足の脹脛あたりがごっそりと無くなっている。だからバランスがおかしくなっていて攻撃に力が入っていないのだ。
ティーダはそれを確認するやいなやイモンの攻撃を再度受け止める。そして力いっぱい踏ん張った己の右足を無理矢理動かし、イモンの脹脛のない方の足を思い切り蹴り飛ばした。
体勢を崩したイモンは慌ただしく足を動かしているが、まさに隙だらけだ。
今だ、とティーダはイモンに向かって剣を薙ぎ払った。
下から振り上げられた剣閃はずぶりとイモンの身体に入り込み、剣を持った腕を切り飛ばした。カランカランと剣が地面を転がる音がした。
(くそっ……! 首を狙ったのに!)
斬撃の途中に右足に凄まじい激痛が走り、狙いがブレてしまった。
「でも、そんな腕じゃもうまともに剣なんか扱えないだろ……?」
薙ぎ払った剣を引き戻し、今度こそはとその首を狙って薙ぎ払った。
カツ、と硬い感触が帰ってきた。
痺れた手はとうとう握力を失ってしまった。剣から手を離してしまう。
完全に想定外の事をされてしまった。
(おかしいだろ、そんなの!)
イモンは剣に向かって頭突きを敢行したのだ。
刀身は頭の半ばまで食い込みはしたが、切断するには至らなかった。そのせいで剣はイモンに食い込んだまま、ティーダの手から離れてしまったのだ。
イモンは残った腕で頭に食い込んだ剣を引き抜くとぶんぶんと振るって見せる。
ふと、イモンは下卑た笑いを浮かべた。彼が良く見せる表情だった。それもティーダを取り囲んで仲間たちと殴るときによく見せたものだった。
ティーダは目の前が真っ赤になる思いだった。
イモンは死んでいる。ただその仕草が無性に気に入らなかった。
だけど自分の手元に剣はない。
あるとすれば地面に転がったイモンが持っていた剣だけだ。
それはイモンの後ろに転がっているのですぐ取れるような場所にはなかった。
脂汗が頬を流れる。
絶体絶命だ。
いっそのこと剣士たちにイモンを倒させるかとも思ってしまうが、
(嫌だ。絶対に嫌だ!! 僕の手でケリをつけなきゃ気が済まない!)
男のプライドがそれを許さなかった。
イモンはじりじりとティーダに近づいていく。
馬鹿みたいに剣を振り回していたさっきまでとは違う。獲物を追い詰めるような動きだった。
じりじりと後ろに逃げ出しそうになってしまうが、その弱い心を跳ねのけて、ティーダは一気に駆け出した。
イモンはすぐさま反応し白く濁った眼を思いっきり見開いて、ティーダに向かって致命の一撃を放ってくる。絶対に避けられない。今までで最高に勢いの乗った攻撃だった。
だが。
「そら!!」
ティーダは腰紐につるした鞘を抜くとイモンの顔面目がけて投げつけた。それは確かにイモンの頭にぶつかり、かすかに斬撃の軌道がズレた。そんなことを確認する間もなく、ティーは身を低く屈めて転がるように前に飛び込んだ。
転がった先には半ばから折れた剣が落ちていて、すぐさま拾い上げる。
イモンはこちらに背を向けたままティーダを探すかのようにキョロキョロと周囲を窺っている。
隙だらけだった。
ティーダは痛む足を無視して思い切り走っていき、
「喰らえェッ!!」
折れた剣先をイモンの首に刺しこんだ。
『ウボ、ウボアアアアアアアアアアアアアア!!!』
悲鳴が上がった。
イモンは首に刺さった剣を抜こうと暴れまわるが、そのたびに剣はますます食い込んでいく。ティーダも決して離さないよう、震える両手で必死に掴みかかった。
抵抗は激しく、ティーダはふるい落とされそうになる。痺れた手の感覚はもうあやふやで、今に指は千切れてしまいそうに痛かった。歯を食いしばって、さらに剣を喰い込ませるように体重をかけた。
イモンは大きく震えてさらに叫んだ。
バタバタと暴れまわる。イモンは剣をとっくに手放し、ティーダの刺しこむ剣を掴んで引き抜こうとしていた。邪魔なその手を引きはがすため、ティーダはその手の甲目がけて思いっきり頭突いた。
「放すもんか、絶対!!」
ティーダは絶叫した。
「僕はお前が嫌いだ!!」
千切れた脹脛のある足を思いっきり蹴りぬいた。
イモンはがくりと膝を曲げ、より一層刃は食い込んだ。
「だからもう終われよ! 終わってくれよ!!!」
ティーダは涙を浮かべながら、
「もう、これで!!」
首に食い込んだその剣を思い切り横に薙ぎ払った。
薄皮一枚残ったイモンの首はしばらくはそのまま胴体と繋がっていたが、次の瞬間にはぽとりと地面に落ちてしまった。
もうそれは動かなくなった。
「本当に、君の事が嫌いだったよ――殺したいぐらいに。さようなら、イモン」
倒れて動かなくなったイモンの胸に、ティーダは剣を突き立てる。
グールにも痛みはあるのか、それともまだそう成れ果てて間もない故か、イモンは剣を抜こうと抵抗を繰り返す。漏れるうめき声は、命乞いの言葉の様にも聞こえた。ティーダは意に介せず、イモンが動きを止めるまで剣を突き立て続けていた。無表情に、されど躊躇することはなく。
恨みが吐き出されているのかもしれない。堪えきれなかった憎悪の念が、現れているのかもしれない。ローワリの風習など本当はどうでもよくて、こういう風にイモンを殺せる機会が訪れたことに、ティーダは喜びを感じていたのかもしれない。何が本当なのかはよく分からない。自分の中に生まれる無数の感情の一つ一つを拾って見定めるほど、ティーダに余裕はなかった。
ただ、気持ち悪い感触が剣を介して手に伝っている。初めて肉に刃を突き立てた感触は、あの死肉の波に纏わり付かれたときより不快だった。けれどそれは、自分が今まで何もしてこなかったことの、未熟者であったことの証明なんだ。ティーダはそう自覚を新たにしている。
鎮魂の儀。未だ苦しみ続ける死者達の救済。ローワリに与えられた使命。今日という日までティーダは何もしてこなかった。ならば初めての相手が、憎くとも同郷のイモンだったことにティーダは何の因果だろうか。
それはやはり分からない。やがてイモンが動かなくなると、ティーダは其れまでと変わらず無表情に剣を引き抜いた。血は勢い良く吹き出ることはせず、滲むように漏れ出す。その様子はイモンが生者ではなく死者であったことを雄弁に物語っていた。
「こいつが嫌いだった、だけど――」
それ以上に、こいつに認めて欲しかった。
動かなくなったイモンをみて、ティーダは誰に言うでもなく、そう呟いていた。
顔を上げて、出口の方に目をやる。
イモンと遭遇する以前、あれ程希望に胸を沸かせた光景が、今は暗い。すぐにでも駆け出したかった道のりが、泥沼のように足を躊躇わせて厭わない。
本当は、こいつに生きていてほしかったんだ。
一人で生還した事実、それが村の皆に――イモンに自分を認めさせる予感が、ティーダを脱出に逸らせていたに違いない。
だがもう、イモンはいない。もはや未来永劫、彼に認めてもらう機会は失われてしまったのだ。
イモンの後が付いてた剣が、ティーダには途端に重く感じられていた。
『見事な鎮魂でした、王の資質を持つ者よ。あなたはロワーリの使命を見事真っ当なされた』
唐突にそんな声が聞こえた。
気づけばティーダの前には剣士、弓使いと魔法使いが恭しく跪いていた。
「は、何……王、え?」
ティーダはそう聞き返すも、彼らは答えなかった。
『我ら一同、王の帰還を待っています』
彼らはそうとだけ言うとぼっと燃え上がって消失してしまった。
彼らが何を言ったのか、何を求めているのか、ティーダにはわからない。考えるのも億劫だ。今はただ泥のように眠りたい。
ティーダは重い身体を引きずってアセルスの片手剣とその鞘だけ拾うと、出口を目指して階段を登り始めた。
(ああ……)
登れば登るほど光が強くなっていく。
悪夢のような一日が終わる。
「僕は生き延びたんだ……」
イモンは死んだ。
自分は生きた。
そして他の仲間はどうなったかもわからないし、アセルスの生死も不明だ。
とにかく確かめなくてはいけない。
階段を登り切ったそこは朝焼けに照らされた城塞で。
ティーダはここから村までどれくらいの距離があっただろう、と軽く絶望しながら足を引きずって歩き始めた。