地下都市セレデヴィア 3
階段を降り切った先は光が一切なかった。
地面は砦と変わらず石畳のものだったが、ところどころにブヨブヨとした不思議な感触のする場所もあった。ロワーリの戦士たちは全員が緊張しているのか押し黙り、全員が地面に降り立つのを待った。
「明かりをつけろ」
デリウスの言葉に反応した数人の戦士たちが何事かを呟くとふわりと光球が浮きあがった。それは唱えた者たちの頭上をふわふわと漂い辺りを照らす。
不気味な光景に何人かが悲鳴のような声を上げた。
石畳の地面には管のようなものが走っていてドクンドクンと脈動している。管の太さは人の腕の太さと一緒くらいのもので、中には真っ赤な液体が詰まっているようだ。その管は地下都市を支える柱にも伝っており、もはやその管はここら全域にわたっているように見えた。
「不気味ね」
アセルスがティーダの隣に来ると小声でそう囁いた。
「それに、臭い。なにこれ。気分が悪くなるわ」
確かに、とティーダは頷いた。
何かが腐ったような臭いがあたりに充満しているのだ。ずっと嗅いでいたいものではない。空気中に舞う埃も多く、ただいるだけで疲れそうな場所だった。
「行くぞ。油断するなよ」
デリウスが皆を先導して歩き始める。
他の者もデリウスに続く。ティーダは隣にいるアセルスを連れだって後方に位置していた。最後部には手練れの戦士が三人いて、背後を警戒してくれている。みんなは動きやすい距離を維持し、それぞれが武器を手に取っていつでも戦えるように身構えていた。
ティーダは警戒は他の人に任せて地下都市をキョロキョロと見渡す。そこらに浮かぶ管を除けば、ただの衰退した都市のように思えた。今いる大広間にはいくつかの廃屋が立ち並んでいる。それらは木製のもので、光球で照らされるそれらの入り口付近には生活用品がちらりと見えた。崩れた棚や割れた硝子の瓶が転がっている。
「キョロキョロしてんじゃねえぞ、無能者。鬱陶しいんだよ、お前は」
手斧を持った男がティーダに対して暴言を吐く。その男は昨晩ティーダを私刑していたイモンの取り巻きだ。
ティーダを威嚇するかのように手斧を振り下ろすフリを繰り返している。そのたびにティーダは身を竦めた。
アセルスは男の前に立つと腰に挿した片手剣を抜く。
「長が言ってたでしょ。揉め事は起こさないで」
その声はとても冷たく鋭かった。剣は少年の喉元を撫でる。少年はひゅっと息を吐いて両手を挙げた。
「冗談。冗談だよ。怒るなって。熱くなるなよ……」
少年はそう言い捨てるとティーダたちから離れていく。アセルスは剣を鞘へと戻すと、もうっ! と肩を怒らせた。
「さっきお父様が注意したばかりなのに、なんでこんなくだらないことをするの。鎮魂の陣なのに。それにお父様もお父様よ。ティーダを厄介者扱いして。別に加護がなくたっていいじゃない。みんないる場だからお父様の顔を立てて何も言わなかったけど、家に帰ったら徹底的に追及してやるんだから」
アセルスはティーダにだけ聞こえるように小声で怒りを振り撒いていた。
その間にも歩は進む。周囲は変わり映えのない景色が続いていた。家、家、家。全部が全部廃墟であり、ほとんど穴だらけのようなものや屋根が崩れ去っているものなどばかりだった。
そんな中一つだけ妙に浮いている家があった。いや、家というよりも駐留所というべきか。その中からはうめき声とともに何かがのそりと現れた。
スケルトンナイトだ。
その手にはそれぞれの武器と大きく欠けた大盾を携えている。
スケルトンナイトの数は十体。ぞろぞろと駐留所から出てきて、彼らは戦列を組んだ。敵を誘い込むように中央が窪んでいる。明らかに待ちの態勢だ。
「骨が。一丁前に陣形なんか取りやがって」
デリウスは背中に背負った長大な剣を一気に抜き放ち、
「殺しつくせ!!!」
スケルトンナイトへ突っ込んだ。
陣形を組んでいる中でも最前列のスケルトンナイトはその身をすっぽりと覆えるくらい大きな盾を構えてドンと腰を下げている。その後ろにいるスケルトンナイトは片手槍を持ち、いつでもサポートできるように身構えていた。
そして今まさにスケルトンナイトがデリウスの巨剣を受けようとしたそのときのことだ。
ガン! と凄まじい音を立てて盾は砕け散った。
盾は防御の役に立つことは一度もなくスケルトンナイトは粉砕された。、サポートするために側に待機していた者もの一瞬でその身を散らした。
デリウスの攻撃はそれだけでは終わらない。
身の丈を越える大きな剣を自由自在に動かして突進した勢いを殺すことなくスケルトンナイトの陣列を駆け抜けた。
陣列に意味などなかった。
デリウスという圧倒的な暴力の前ではスケルトンナイトなど抵抗する間もなく屠られるのだから。
圧倒的な力。それがデリウスの加護である。単純故に協力だ。
何せ巨大な鉄塊としか言いようがない大剣を思いのままに振り回すのである。防御すら許さないその破壊は並の者ならなすすべもなく殺されるしかない。
「さすがはお父様ね」
アセルスはうっとりとした表情でデリウスを見ていた。
他の戦士もデリウスに羨望の眼差しを向けている。無論、イモンも例外ではない。ティーダだって、思わず見とれてしまう。それくらいわかりやすい強さだった。
強いということはただそれだけで尊敬される。他者に自分の存在を認めさせるものなのだ。それも、強烈に。
他の戦士が加勢に入る暇もなく、スケルトン十体はデリウス一人の手であっさりと壊滅させられた。
「ふん、他愛もない。ここもスケルトンばかりなのか。たまにはまともなアンデッドと戦いたいものだな」
デリウスは大剣を背の鞘に入れるとつまらなさそうに吐き捨てた。地面に転がったスケルトンナイトだった人骨を無造作に蹴りあげて唾を吐きかける。
するとイモンを連れた壮年の男がやってきてデリウスに話しかけた。
「いやはや、今日は初陣の若者がいるのですぞ。長が張り切ってしまわれては彼らの活躍の場を奪うようなもの」
「それもそうか。うむ。そうだな。今日は皆に遠慮してワシは働かぬようにしようか!」
「長は寛大ですなぁ! ほら、イモン。感謝の言葉を述べろ!」
「ははぁ、本日はご機嫌麗しゅう……って、親父。俺がそういうの苦手なの知ってるだろ。礼儀とかそんなの、よくわかんねーんだよ」
イモンの砕けた口調に対しデリウスは豪気に笑う。
「良い。ロワーリに礼儀など要らん。ただアンデッドを滅ぼせればよい。それが全てだ。イモン、お前には期待している。失望させるなよ?」
「もちろんですよ! 期待しててください」
それからの進行において散発的な戦闘がいくつかあった。言葉の通りデリウスは待機して若者たちを中心に戦わせることになる。結果として、イモンは目覚ましい活躍を繰り返した。
イモンの加護は炎の神であるウルザスに与えられたものだ。髪が赤く染まっているのもその加護によるものである。彼の炎は見事にアンデッドを焼き尽くしてみせた。
「ハハッ! おい、俺の炎に巻き込まれないようにしてろよ!」
イモンが腕を振るうと炎の波が出現する。それは扇状に展開され、前方にいた腐肉人間――グールを飲み込んだ。
次いで周囲の地面から続々と青い靄がかった戦士たちが湧き出てくる。
ウィスパードだ。
彼らは肉体へ直接的に攻撃をしてこない。だが彼らに触れられると痛烈に精神が削られてしまう。イモンの取り巻きたちは次々と現れるウィスパードを必死で追い払っていた。
「だらしねえなあ」
取り巻きたちが苦戦してるのを見るにつけイモンは苦笑する。こんな雑魚相手に何故あっさりと勝てないのか不思議でならないといった表情だ。
何故ならイモンからすればただの雑魚なのだから。
「燃えろ!」
ただ念じるだけで炎が思いのままになる。
イモンの加護により炎が渦巻き、あたりにいたウィスパードは怨嗟の声をあげて燃え上がっていった。
「やっぱイモンはすげえな!」
「イモンがいると安心して進めるぜ!!」
「いいなあ。やっぱ炎は格好いいよ。それに比べて俺の加護なんて……」
イモンを囲う取り巻きが完成を上げる。
自分たちと同世代にも関わらずイモンは圧倒的な火力で敵を殲滅していく。その強さは容易に取り巻きの心を掴み、そして戦士たちの期待にも応えることができていた。
「イモン、よくやったな。まだいけるか?」
「当然だろ、親父。アンデッドなんざ俺の炎にかかれば余裕だぜ」
一括してアンデッドと言ってはいるものの、実際には三種類ある。
肉体を失ったスケルトン。霊体だけとなったウィスパード、死肉となったグールの三つだ。
それぞれ異なる弱点を持つが、共通して炎には至極弱い。
イモンの自信は属性による相性によるものも大きかった。
イモンの華々しい戦果とは陰で、ティーダはたった一匹のスケルトンナイトに対して激闘を繰り広げていた。
スケルトンナイトはオーソドックスに片手剣とラウンドシールドを装備していた。
装備と同じく、戦い方もシンプルなものだった。
「うわっ!」
まただ。
ティーダは剣を器用に扱ってあらゆる方角から切り付けるが、スケルトンは的確に盾で弾いてくる。その後カウンター狙いの一撃を放ってくるのだ。単純故に隙の少ない戦法だった。
作業のようにそれを何度も繰り返したせいで頬や腕に浅い切り傷が出来ている。血が水滴となってたらりと地面に流れ落ち、地中からくけけけという不気味な声が聞こえてきた。
ティーダには加護がない。
別優れた身体能力もない。
だからスケルトンナイトの行動パターンを分析していた。
(盾でガードするまで攻撃はあまりしてこない。してくるにしても軽く突いてくる程度で隙の多いことはしない――)
ガシャリと音が鳴った。そちらを見ると新たなスケルトンナイトが立ち上がり、武器を持ってこちらを見てくる。目を離した隙に目の前のスケルトンナイトが大振りで剣を振ってきた。完璧に気を抜いていた。
(う――わ――ッ!!)
スケルトンナイトに突きを放たれるがティーダは思い切り身体を沈めて回避する。
心臓がバクバクと早鐘を鳴らす。今、完全に死にそうだった。さらに背後には他のスケルトンナイトもいる。
絶体絶命だ。
「こっちは任せてッ!!」
その声とともに剣閃が走る。
背後のスケルトンナイトにアセルスが斬りかかった。
「ありがとう! 任せた!」
残るのは目の前にいる一匹。
そしてティーダにはスケルトンナイトの倒し方をもう思いついていた。
「とりゃ……ッ!」
ティーダが剣を振おうとするとスケルトンナイトはラウンドシールドを前に突き出して防御をする。
その瞬間を狙ってスケルトンナイトの剥き出しの膝の皿に思い切り蹴りを加えた。何の抵抗もなく皿は砕け、スケルトンナイトはガシャリと地面に崩れ落ちる。
「せあぁぁぁ!!」
女の子座りのようにぺたりとしゃがみこんだスケルトンナイトの頭蓋骨に向け、一気に片手剣を突き刺した。
「アセルス!!」
すぐに援護に行かなくてはならない。
ティーダはアセルスの方へと向かおうとするが、アセルスの戦っていたスケルトンナイトはとっくに倒されていた。
大きな炎によって燃やし尽くされていた。
灰になったスケルトンナイトの前でアセルスは憮然としている。
「スケルトンナイト一匹に手こずってんじゃねえぞ」
それはティーダかアセルス、どちらに言われてたのか。どちらにも言ったのか。
「まあ、アセルスは治癒担当だから役に立つ。けど、お前はそんな骨一匹に苦戦してるのか?」
「でも、僕は倒せた……」
「アセルスがいなきゃお前、死んでただろ? あのまま挟み撃ちになってなあ?」
嘲りの言葉が深くしみ込んだ。思わず目を逸らしてしまいそうだ。
「でも、僕はアンデッドを倒したぞ」
ティーダはぐっと拳を握りしめた。
「――無能者じゃない。僕はロワーリの戦士だ! 認めろよ! 僕はアンデッドを倒してみせたぞ!」
「あんだと、てめえ……ッ!」
イモンの怒りに染まった眼光に見据えられてもティーダは決して目を背けなかった。。
強い意思を込めて睨み返す。
先に根を上げたのはイモンだった。
「チッ、覚えてろよ。お前は無能者だ。加護なしで何もできることなんかないって気づくだろうよ」
去り行くイモンと取り巻きを見送ると、ティーダはほっと息を吐いた。