地下都市セレデヴィア 4
家々が立ち並ぶ大広間を抜けた先にはいくつにも枝分かれする通路があった。その通路の幅は五人ほどが並んで歩ける程度であり、天井の高さは手を伸ばせば届くほどに低かった。
「まっすぐ進むぞ」
デリウスはそう言うと目印と言わんばかりに壁を殴りつけて大穴を開けた。
これは何度目のことだろうか。先ほどから何度も行われているこの作業。さらには暫くアンデッドたちと出会っていないことから、戦士たちの表情には緩みのようなものが浮かんでいた。
それはイモンやその取り巻きなどの若者は特に顕著だ。
イモンなどは欠伸をかみ殺していた。イモンは父に拳骨を落とされて眠気が消えたようだが。頭を抱えて涙目となっている。
「緩みは死を呼ぶぞ。お前たちもだ。若者の前で気を抜くな! 鎮魂の陣なのだぞ!」
「ハッ!」
イモンの父の叱責により一行は気を引き締め直した。
「あ、迷路みたいな通路も終わりみたいね」
アセルスがそう呟いた。迷路じみた道がようやく終わるようだ、とティーダはほっと息をつく。
だがそこに近づくにつれ鼻を刺激する異臭がするようになってくる。肉が腐ったような、いや、それでは生ぬるい。何せ今にも胃の中にあるものを吐き出したくなるくらいの異臭なのだ。見れば戦士たちも顔を引き攣らせ、手で鼻を抑えている。耐えがたい臭いだ。
涙目になりながらも進んで迷路から出た。するとティーダの目の前にいる戦士たちがぴたりと止まる。アセルスは歩く勢いを止められず目の前の人にぶつかる。
「もう! 急に止まらない……で……?」
そこはドーム状になった広間――いや、闘技場のような場所だった。
ティーダは足をふみいれた瞬間、周囲を覆う壁に威圧感を覚えた。壁の上は観客席になっている。
その観客席にはグールやアンデッド、ウィスパードが所狭しと座っていて、彼ら特有のうめき声に似た何かで騒ぎ立てている。時折、興奮したアンデッドが自分の手足を捥いで闘技場に投げつけている。そしてその肉と骨は――ソレに喰われていた。
ソレは闘技場の中央にぶちまけられた塊だった。
中央一帯に死肉がうごめき、グチャリ、グチャリと粘着質な音を立てて動いている。ソレは投げつけられた骨や肉を飲み込んでは肥大化し、次第に一塊になるよう結合し始める。肉団子のようにどんどんと丸まっていき、うめき声は一層大きくなる。観客たちもより盛り上がり、終いにはその身ごと肉団子に飛び込んでいくアンデッドたちが出てくる始末だ。
あまりに大きくなりすぎた肉団子は、もはやティーダが見上げてもその全容を把握することができないほどだった。
そうして肉団子から二つの頭が生えた。不格好な、口だけの歪な頭が。
頭の大きさだけでティーダを越える。その双頭がお互いに大口を開け、喰らい合った。強烈な咀嚼音が耳を打つ。
更にいくつも頭が生え、喰らいあい、潰し合い、そうして新しくまた生えてくる。ソレは自己を喰らうことにより、飛び込んできたアンデッドを自分の肉体の一部にしているように見えた。
見ているだけで吐き気を催す醜悪な光景にティーダは凍り付いたように動けなくなった。
他の戦士も同じだ。彼らもまた顔面を蒼白になって固まってしまっている。
「何を呆けている!」
デリウスが叫んだ。
戦士たちはハッと我に戻り、各々の武器を手に取った。
ティーダも反射的に片手剣を引き抜いて身構える。だが恐怖で足が竦んでしまっていた。
(怖くない、怖くない、怖くない、怖くない――怖くないッッ!!)
そう思う込もうと念じてみても、身体の自由を失ったままだ。
鎮魂の陣。
想像していたよりも遥かに凶悪なアンデッドがいた。
みんなに認められたいと思ってやってきたのに、結局できる事なんて何もない。思いつかない。
折れてしまいそうな心にそっと温かさが差す。気づけば、背中にポンと触れるアセルスの手があった。
心配そうにこちらを見てくる顔は蒼白になっているが「大丈夫?」と自分を気遣ってくれている。
(そうだ。ここで折れちゃ駄目なんだ。僕は――!!)
片手剣をぐっと握りしめる。アセルスから借りた大事な剣。きっとこれなら、戦えるはずだ。ティーダは自分にそう言い聞かせる。そして肉団子を睨みつける。
「戦士はワシに続け!!」
デリウスの叫びと同時にティーダも飛び出した。だがその歩みは一流の戦士たちには及ばず、必然的に後部のほうへなってしまう。
戦いは既に始まっていた。
肉団子に一番最初に躍りかかったのはデリウスだ。遅れて他の戦士たちが続く。
蠢きながら自己を喰らい続ける肉団子はデリウスたちの行動など意にも介さず、その攻撃を受ける。肉は引きちぎれ、潰れ、飛び散る。デリウスは一気に跳躍し、歪な頭部に斬撃を放った。
圧倒的な膂力から放たれた剣は肉団子に垂直に入り込む。強烈な肉の反動にデリウスは眉をしかめるが、その筋力を持って無理やり肉団子の身体の半ば近くまで断ち切った。
(え、もう終わった……?)
ティーダが敵にたどり着く暇もなく肉団子は見るも無残な姿に成り果てた。
でかいだけで見掛け倒しの敵だったのか。
誰もがそう思った。隣にいるアセルスもふふんと鼻高々に笑っている。自慢の父が誇らしいのだろう。
だがこれで終わりではなかった。
『グオ、ウボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』
肉団子は咆哮する。鼓膜が破れるほどの絶叫だ。デリウスは思わず耳を塞ぐ。
そのせいで肉団子が倒れ込んできても身動きができなかった。
「あっ」
何かが潰れる音がした。
「お父様ッ!?」
「長!!」
「長を助けろ!!」
耳を劈く絶叫だった。
ティーダも知らず、大声を上げていた。
肉団子に巨大な火球が投げ込まれる。氷の槍が、風の刃が、その身体を切り刻む。戦士たちの武器も肉団子を切裂く。けど肉団子はどかない。何かを喰らうようにうぞうぞと身震いするだけだった。
「どけ! そこをどけよおおおおおおおおおお!」
戦士たちが果敢に攻める。攻め続ける。
そして、肉団子に頭が生えた。
その頭はデリウスそっくりの、威厳のある顔立ちだった。
「は? え?」
腕が生えた。
その腕は筋骨たくましく、ただの一振りで戦士たちを壁まで払いのけた。ぐちゅりと肉が潰れる音が響き、真っ赤な化粧が壁に施される。
肉団子は既に手足が生え、巨人と化していた。その身体つきはデリウスにそっくりで筋骨たくましいものだった。よくよくみればその表皮には飛び込んだスケルトンやグールたちがうぞうぞと動いていて、その肉体の一部と化しているのがわかる。これはアンデッドの集合体なのだ、と。
そしてきっと。デリウスはこれに喰われてしまったのだということも。
「こんな程度で、俺が! 死ぬかよ!!!!」
イモンは炎を投げつけて巨人を燃え上がらせる。ジュウと肉の焼ける音とともに大量の煙が吹き上がる。ズウン、と巨人が倒れる重低音が鳴り響く。イモンが「どうだ!」と勢いよく叫んでいる。
しかしティーダからは見えてしまった。煙の中から巨人の手が伸びてくるのが。
「イモン! 危ない!!」
「あ? 何がだよ――俺の加護にかかればこんなデカブツ……うおわああっ!?」
イモンは慌てて飛びのいてそれを回避する。しかし巨人の腕は何処までも伸びてくる。
「あ、あ、ああああ!」
どこまでも追いかけてくる手から逃げるためイモンは全力疾走だ。その腕はじわじわとイモンへと近づいていく。
(くそっ! 何かできることはないのか!?)
ティーダは何とかしようとその大きすぎる腕にナイフを投げつけるが、ナイフは肉に突き立った後すぐに肉の中に埋もれていきその姿は消え去った。
驚きに目を見開いたが、気づけばすぐさま剣を持って駆け出した。
なんで僕がイモンを助けなくちゃいけないんだ?
ティーダはイモンが嫌いだ。
馬鹿にしてくるし、殴ってくる。のけ者にするし、好きになれる要素がない。
だが見捨てるという選択肢は不思議とティーダにはなかった。
「やめろ、来るな、やめろおおおおお!」
イモンの悲鳴が聞こえる。
助けなくてはいけない。
恐怖を押し殺し、腕に向かって下から上へ剣を切り上げた。スパッ! と腕は綺麗に断たれて、ずうんと重低音を上げながら地面を転がって行った。
断たれた腕は黄金の炎に包まれててしまった。腕を構成していたアンデッドは逃げ出そうとするが、黄金の炎はそれを許さない。檻のように彼らを捕まえ、そして燃やし尽くした。
ざわめき声が聞こえた。
それは戦士たちの声だった。
彼らの視線はティーダに集中している。
いや、その視線はティーダではなく、その手に持たれるものに集中していた。その視線の先をティーダもおそるおそる見てしまう。
「――は?」
アセルスから借りた剣が凄まじい金色の光を放っていた。
観客席にいるアンデッドたちはその光を浴びただけで慟哭を上げて黄金の炎に包まれてしまった。彼らは抵抗する間もなく一瞬で消失してしまう。
残るのはもう巨人だけとなっていた。
(この剣があれば巨人を倒せるかもしれない!?)
一縷の希望が差し込んだ。
そう思ったが。
ガクンと膝が折れた。
驚くほど身体に力が入らない。まるで自分の身体じゃないかのようだ。
剣から放たれる光も弱弱しくなっていて、今にも消えてしまいそうだった。
視界が歪んでいき、頭がガンガンと痛む。倒れ込みたいくらい呼吸が苦しい。
バタン、とティーダは倒れてしまった。
『ゴ、ゴ、ゴ、ウゴオオオオオオオオオオオオオ!』
巨人が雄叫びを上げた。
腕がまた生え始め、それは再び戦士たちを襲い始める。
そして腕のうちの一本はティーダに向かって伸びてきた。
ティーダは地面に倒れたままぴくりともしない。巨人の攻撃を避けるのは不可能だった。叩き潰すように腕はディーダへと降ってきたが、凄まじい勢いでティーダに駆け寄る女がいた。
アセルスだ。
彼女は雄叫びを上げながらティーダに飛びかかるように持ち上げると半ばもつれながら地面を転がった。
ドン! と衝撃音が鳴る。突風が巻き起こり、アセルスとティーダの身体は複雑にもつれながら転がった。そのまま壁に激突するまで勢いは止まらなかった。
「う、うう、痛――って、そんなことより! ティーダ!? 大丈夫? 生きてる? 返事してよ! ねえ! 死んでても返事だけして!!」
アセルスはティーダの身体をガクガクと揺する。
ハッとしてティーダの首に指を当てる。脈はある。
アセルスは安堵の息を漏らした。
よくよく見れば苦しそうな息遣いで失神しているようだ。
「酷い傷――。すぐ治してあげるからね。古の王を守るドラーグよ。我が同胞をその血を持って癒せ、ブラッド」
アセルスから放たれた緑色の光がティーダを包み込み傷を癒――せなかった。
苦しそうに息を乱し、血を吐いた。
気が狂ったように「ブラッドl! ブラッド!」とアセルスはティーダに緑色の光を送り続ける。その光はディーダにとどまることなく中空へと昇り、効果を発現することなく霧散する。
「助けなくちゃ! 私が! 私の加護で!」
凛とした声の面影すらない。ほとんど金切り声に近い。
「イヤ! イヤ! イヤ! お父様も! ティーダも! なんで? なんで治らないの? なんでええええええ!?」
切羽詰まったアセルスはもはや幽鬼じみた顔になっていた。
ティーダに光を送り込み続ける手が不意に誰かに掴み上げられた。
イモンだった。
「放してよ!」
「もう無理だろ! 加護の使い過ぎだ! お前、死ぬぞ!!」
「お父様もティーダもいないのなら別に死んでもいい!」
「――無理だろ。回復しないってことは、ティーダはもう死んでるんだろ……?」
アセルスは目を丸くする。
「なんで? なんで? なんでえ!? なんでそんな事を言うの!?」
髪を振り乱してイモンの腕を跳ねのけると、ティーダに縋りつくように抱き付いた。目は真っ赤に充血していて、とめどなく涙が溢れている。肩を震わせて、いやいやと頭を振っていた。
「もう知らねえからな! ――俺は絶対逃げ切ってやる。そんな無能者と一緒に死んでたまるか」
イモンが走り去る音が聞こえる。
もう行ってしまったのだろう。
アセルスは硬く目を閉じて、意識を深く沈みこめる。
(もう、いいや。もう……)
ズン、と地面が揺れた。
アセルスはおそるおそる目を開いた。音の発信源は言うまでもなく、巨人だった。
周囲には死体が打ち捨てられていていた。ゴミのように引きちぎられていたり、内臓が抉り出されていたり、死因は様々だったが、全て死体だ。生きている戦士はもうほとんどいない。
『ウボアあああああああああ、ア? アアあぁぁぁッ!』
巨人は絶叫した。
全てが震える。耳の中から入ってくる大音量が全てを壊してくる。
血の脈動のリズムが不規則になり、目の前が真っ白になる。呼吸は浅く、心臓は今にも破裂しそうなほどにキツくなる。
アセルスはティーダを抱きしめた。強く、強く抱きしめた。
――私、ティーダのこと好きだったんだよ。
頬に軽くキスをする。
血の味がした。
『ブギュオサオウアオイ!』
アセルスが最後に見たのは赤と黒の入り混じった肉と雨。
身体中にこびりついたそれに何かを吸われながら、アセルスは気を失った。




