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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
思い出の未来
52/56

0-52:求むべきは(前)

前後編です。次回【0-53】に続きます。

【0-52:求むべきは(前)】


 ドライの町の集会所には、部屋が少ない。一番大きな会議室は、戦士達にとってそのままの会議室であり、また食堂であり、談話室であり、寝室であった。

 夕食が終わった後の会議室は、話し合いをしたり何か作業をする予定でも無い限り、机を片付けて就寝するための場所が確保される。その日の夕食の後も同じだった。

「フィリオンがどこに行ったのか、知りませんか?」

空の食器を手にしたセドナが、辺りを見回しながら、すぐそこに居たゴウに問いかける。

「さっきエルヴィラに呼ばれてたぞ」

「そうですか……。ではゴウ、代わりにそこを片付けてくれませんか? 食器を片付けたらそちらに机を移動しますから」

「はーい」

セドナがそこと指さした先には、フィリオンの槍と手入れの道具が広げられていた。(つか)に巻かれた布――耐久性向上用の魔法塗装だとフィリオンは説明している――が少しほどかれている。夕食の後なるべく早く終わらせようとしていたのだが、結局終わらないままどこかへ行ってしまったようだ。

 片づけを頼まれたのはゴウだけでなく、その場にいたシルバもだ。シルバが手入れ道具を拾い集める横で、ゴウは槍の方に向かう。勝手に触って良いのか、ゴウは一瞬躊躇した。戦士達には他の者の武器を了承無しに触らないという暗黙の了解がある。単純に使い方をよく知らない魔動式銃などは危ないというだけでなく、武器は戦士の誇りである、という考えがどこの世界にもあるからだ。元の世界の仲間であったり、当人がそう考えていたりで、皆がそれを理解して自然と順守していた。

 今回は一応、考え無しに触るのではない。だからゴウは後で言っておけば良いと思い槍を掴む。壁際に立てかけるつもりで立ち上がろうとして、そこで違和感に気づいた。

「あれ? ……んぎぎ、何だこれ、すっげー重いぞ」

槍が全く持ち上がらない。床に張り付いているかのようだ。力加減を間違えたかと思ってもう一度全力を込めて握るが、やはり動かなかった。並の武器ならへし折れる力だ。ゴウのふざけているようには見えない様子に、シルバも怪訝な顔をしている。

「はぁ? フィリオンがいつも振り回してんだぞ。お前が持てねぇワケねぇだろ」

「でも全然持ち上がんねーぞ」

 手を放したゴウは本当だと口を尖らせて主張する。そんなはずはないとシルバも手を伸ばしかけた時、フィリオンが戻って来た。シルバたちが手入れの道具を持っているのを見て、謝りながら歩いて来る。

「すまない、邪魔になっていたな」

「それ片付けて、机運べよ」

「ああ」

 フィリオンは道具を受け取り、その流れでごく自然に槍を手に取った。槍はすんなり持ち上がり、フィリオンも平然としている。そのまま部屋の隅に持って行こうとする背中に、ゴウは率直に疑問をぶつけた。

「なーフィリオン。何でそんな重いんだ? その槍」

「!」

フィリオンの肩が跳ねる。振り向いたその表情は、硬く強張っていた。

「……触ったのか」

声の震えは戸惑っているような、怒っているような、悲しんでいるような、何と取れば良いのか分からないものだった。どれも正解なのかもしれない。

「だってどけてくれって言われたから。騎士の武器は触っちゃいけねーってのは知ってるけどさ」

ゴウが少しだけ身を縮こまらせながら、ごめんと続けた。やはりこのような反応が返って来ると、悪いことをしたと思うものだ。その表情を見てフィリオンもハッとして、慌てて首を振った。

「いや、悪かったよ。手入れの途中で放置していたのは俺だ。……この槍は魔法が掛かっているんだ。俺以外が使えないように」

「ふーん」

ゴウたちが完全に納得したのかどうか、フィリオンには判断がつかない。しかし特にそれ以上の追及はなく、就寝準備は滞りなく進められていった。


 明かりを落とした会議室で、毛布にくるまったフィリオンは考える。わずかに差し込む月明りのおかげで、視線の先にある愛用の槍がぼんやりと見えていた。布を巻き直した今は見えないが、槍の柄は青色と銀色の細かい紋様が塗装されている。刃との境目にはドラゴンの頭のような装飾が施され、まるでドラゴンの開いた口から刃が出ているかのようだ。実用性よりも鑑賞用に作られたと思しきこの槍は、誰が見たって騎士団の汎用武器ではないと思うだろう。事実、これはフィアナ王国の建国に関わる国宝なのだ。

(今まで、誰にもバレなかった方が奇跡なんだ)

普通では無い武器を使っているのは、何もフィリオンだけではない。クレスの聖剣もゴウの大剣も神より授けられた、他の者には扱えない代物だ。ライオネルの変幻の神器だって、原理も素材もよく分からない謎の武器である。それでもフィリオンの武器は「最初にそのことを言わなかった」からこそ、皆は詮索しなかったのだろう。

(……ジャンの言う通りだ。誰も聞かないでいてくれただけ、か)

 目を閉じて、その時のことを思い返す。現時点でフィリオンの槍のことを知っているのはジャンだけだ。彼には槍のこと以外にも非常に重要なことを話してある。というより、話さなければならなかった。何せフィリオン一人の問題ではなくなってしまったものだから、これ以上は隠す気も起らなかったのだ。しかし未だに、彼以外に伝える覚悟は出来ていない。きっと誰にも責められることは無いが、それを知った「彼」の反応が怖い、ただそれだけがフィリオンを躊躇わせていた。



「ジャン、目が覚めたか?」

 ドライの町に到着する直前のこと、アポカリュプスとの結界装置を巡る戦いの日のことだ。アイリスたちが戦いに赴いた後、馬車には負傷したジャンと護衛のためにフィリオンが残された。なぜ自分なのか、とフィリオンはクレスに聞いたが、理由は分からないと返された。

 フィリオンに出来たのは、馬車の内外を行ったり来たりしながら、ジャンの看病をすることだけだった。いつ敵襲があるとも分からない状況で、動けない仲間と二人だけ残されるのは、やはり緊張するものだ。そしてジャンが目を覚ましたのは、フィリオンにとってはようやくといった時間だった。

「……目覚めの挨拶を女の子がしてくれるまで、寝ようかな」

「馬鹿なことを言っていると夕方まで寝ることになるぞ。皆もう出たからな」

「そうか……」

言葉ではふざけているが、まだ体は相当怠いようだ。左手を緩慢に顔まで持ってきて、目元を覆ってじっとしている。深いため息をついていたが、特に息苦しいなども無さそうだ。フィリオンはそれを確認すると、一度馬車の外に出て魔法で火をおこし、急いで鍋を温めた。中身はスープだ。器に注いだそれを持って戻る頃には、ジャンも少し目が冴えたのか、左腕を支えに上半身を起こしているところだった。

「スープは飲めるか? アイリスの話だとしばらく熱が出るかもしれないって。汗もかいているから、水分と塩分は取っておかないと」

「なら、飲む。ああ、手は借りないから。左だけで十分だ」

 壁に寄りかかって、ジャンは左手で皿を受け取る。伸ばした両足の上に皿が傾かないように置くと、言葉通りスプーンも左手で持って、ゆっくりとだが問題なく食べ始めた。フィリオンはその様子をなんとなく眺め、食べ終わるのを待っていた。

「ジャンって、両利きだったんだな。いつも右手しか使わないから気づかなかった」

「敵を欺くにはまず味方から。知ってるのは元の世界でも数人しかいないんだ、光栄に思えよ」

右手は毒の影響でしばらくは麻痺が残る、とのことだったが、本当に全く動かそうという様子もない。だが全く不自由そうな素振りを見せないのは、それほどまでに完璧に左手を使いこなしているということだろう。

「ジャンの奥の手、いったい幾つあるのか想像もつかないよ」

「俺は使い所を見極めてるだけで出し惜しみはしない主義なんだ。お前と違って」

「……え?」

 苦笑しながら聞いていたフィリオンは、最後の一言を聞き間違いかと思い、ぱしぱしと瞬きした。ジャンはフィリオンの反応には全く注意を向けず、合間にスープを口に運びながら話し続けている。

「出し惜しみをしたらアイリスが死ぬところだったからな。犠牲にするなら心臓から遠い方だ。訓練して左も使えるようにしたのは、いつでも右を捨てられるようにするため。剣の扱いも左の方が速いし、魔晶石だって左の方が遠くへ正確に投げられる。なぜなら左を使う時は右が使えない時だ。二本分働かせられなければ意味が無い。……俺はここまで考えて、自分の戦術を考えて来た」

(さっきのは熱に浮かされてのうわ言か? ――いや、違う。ジャンはたぶん、俺に聞かせている)

淡々と話しているのは、体調が悪いからなのか、それとも思うことがあってなのか、その声音からは分からない。

「どうしたんだ?」

「お前は詰めが甘いし、肝心な時に腹を括れない。いくら平和な世界で過ごして来たからって、騎士がそれじゃあ守られる側は安心できないだろ。……アイリスに一番近かったのは俺だ。でも瞬間的な機動力は転移魔法を持っているお前が上だ。言ってる意味は分かるな」

「…………」

 これが叱責であることはさすがに理解した。わざわざ体調の一番悪い時に言い聞かせたのだ。どれほど深刻なのかは察するまでも無い。だがその件に関してはちゃんと理由がある。

「転移魔法は、得意という訳じゃない。詠唱無しには短距離でも無理だ」

「だから言っただろ、お前は肝心な時に腹を括れない。――奥の手を出す時を見誤ったな」

「どういう、意味だ」

フィリオンの言葉が詰まった。それはつまり、心当たりがあることの証に他ならない。空になった器を床に置き、ジャンは意地の悪い笑みを浮かべた。顔色は少し青白く、しかしすべてを見透かしたような目はいつも通り輝いている。これは、誰かを出し抜く時の目だ。

「ほら、隠してるのがバレバレ。……こんな手に引っかかるぐらいなら、最初から話しておけば良いんだ。そろそろ隠してること全部吐いてもらおうか。そのためにお前を残したんだ」

ジャンは喉を鳴らして笑っているのに対して、フィリオンは顔面蒼白になっていた。

「……そんなことを言われても。俺、結構お喋りだって自覚はあるんだぞ」

「そのお喋りで満足して、誰もそれ以上掘り返そうとはしないからな。何か引っかかったとして、聞かなくてもいずれ話すだろうという先入観も生まれる。天然でやってるなら大したものだ」

「ジャン、やっぱり寝ぼけているだろう。いつもより毒が強くないか」

 まだ話題を逸らそうとしているフィリオンに、ジャンは大真面目だと答える。フィリオンをじっと見つめる目は、うっすらと曇った空の色をしていて、その不透明さがもやもやとした感情を映しているかのようで落ち着かない。

「別にお前が何を悩もうが俺の知ったことじゃないし、あっちもこっちも不安定になったら堪らないから今まで何も言わなかったけどさ。でもそのせいで戦闘に支障が出るようならさっさと片づけてほしいってわけ」

フィリオンが引き攣った表情をしていても、言葉が止まることはない。段々と近づいているその時を予感していても、どうか外れていてくれと祈るばかりだ。

「お前の話には、いつも絶対に語られない部分がある。英雄は五人。リード団長、魔術師ヘクセ、治癒師ブリージット。そして『母さん』と『父さん』。英雄たちが守りきれなかった物を取り戻して、人魔大戦を本当の意味で終わらせる。メアリアーゼは逆で、何かの手段で魔王を復活させて戦争を繰り返そうとしてる。だからお前は幼馴染と共に魔族と戦ってる。俺たちが知っているのはそれだけだ」

「十分、話しているじゃないか。俺なんてみんなの元の世界の話、聞き足りないぐらいだ」

「なら聞けば良い。ということで俺も聞きたいことを聞かせてもらう」

そしてジャンは、核心に一番近い問いを投げかけた。


「お前の父親の名前は?」


「……なぜ」

 それ以上の言葉は浮かばなかった。なぜ分かった、ではなく、なぜそちらなのか、だ。フィリオンの持っている「力」ではなく、なぜそれを暴こうと言うのか。

「素直に奥の手を明かせとでも言うと思ったか? それは次の段階だ。……あれだけ色々と話すお前が、なぜか家族ぐるみで親しかった英雄たちは名前で呼ばない上に、両親に至っては『お前は父親似』以外の情報が無い。しかもあの時の様子からして、うっかり口を滑らせただけだ、言うつもりなんて最初から無かっただろ。――核心は、こっちが突きつけるより本人に語らせる方が楽しいんだ」

ジャンが素直に良い人と評価されないのは、このようなところがあるからだ。だが今更批判するつもりも無いし、それが彼という人だと思えば、仕方が無いと諦めもついてしまう。苦笑したフィリオンは首を振り、少しだけ憔悴した声で答えた。

「嫌な奴だなぁ、ジャンは、本当に」

「それで結構。変に期待すると、後で痛い目を見せてやるよ」

フィリオンにとって、それをはっきりと口にしてしまうことは、何かが変わってしまいそうで、ずっと避けて来たことだった。分かっていてジャンは語らせようとする。ここで追及を止めないのは、戦士達の中では彼だけだ。

 フィリオンは一度深く息を吸って、吐き出した。これから話す内容が、再び過ちを繰り返すきっかけとならないように、祈りを込めて拳を握る。どんな些細なことが運命の分岐点となるか分からない。それを彼は、嫌というほど知っていた。

 瞼を閉じた裏には「最期」に見た顔が映っている。あの時も彼は泣いていて、今はそれ以外の表情を思い出せない。それなのに、また泣かせてしまった。


「――ライオネル・グランディア。人魔大戦……魔王イオルム率いる魔族と、フィアナ王国を中心とした義勇軍との戦いの、英雄だ」


――――――――――


 勇者など居ない世界で、人々は魔王という脅威に対抗する英雄を求めた。それはただ義勇軍への期待であったり、特定の誰かへの歪んだ希望の押し付けであったり。実際のところ、人々を守り戦う義勇軍は度重なる敗走に疲弊していた。そこに何もしなくとも目立つ容姿の少年が現れて、幸か不幸か戦えなくはなかったのだ。彼を英雄に仕立て上げるのは無理があると分かっている者も居たが、結局誰も止めることは出来ないまま、とうとう彼は本当に英雄の一人となってしまった。

「しかしまあ『あの』ライの息子が天才とか。まさに鳶が鷹を生んだな」

 ライオネルには戦いの才は無い、とジャンはいつか本人にも言ったことがある。それはライオネル自身も自覚があって、言われた時も肩を竦めただけだった。才能が無いからこそ、泥沼に陥ったのだと。

「父さんを馬鹿にするなよ。グランディアと呼ばれるだけの実力はあるんだ……たぶん」

「おいおい、お前が信じてやらないでどうするんだ? あれだけ散々持ち上げておいて」

反論できていないフィリオンの様子に、ジャンですら苦笑いを浮かべている。フィリオンは天賦の才を持っている、とはクレスも認めたことだ。極めつけに、フィリオンは戦闘そのものを嫌がらない。そうでなければ、平穏な田舎の村を出て、わざわざ騎士になることはなかっただろう。

「父さんには敵わない。それは今でも思っているし、たぶん、戦闘技術から来ているものじゃないんだ。でも、ライと父さんは本当に同じなのか、時々疑問に思うんだ」

フィリオンはライオネルが過去の父であるとすると、辻褄の合わない部分があることに気づいていた。だからライオネルと英雄の父とが実は繋がらないという可能性も頭にあって、なかなか彼との関係性に確信を持てないでいたのだ。そしてその原因というのが、何よりも心を重くする。

「どういうことだ。今と未来で実力差がありすぎるとか?」

「そんなことはないと思うけれど……父さんは、クロスヴェルトのことを話したことは無かった。そもそも父さんが元の性格を取り戻したのは、義勇軍の仲間のおかげのはずだ。まさか、元の世界に戻った時にまたあんな風になってしまうとでも言うのか? それに人魔大戦の最中に行方不明になっていたなんて話も聞いたことがない。ずっと戦場に居て戦い続けていたのでなければ、時系列が合わないんだ」

「!! もしライが本当にお前の父親なら、クロスヴェルトで過ごした時間は、元の世界では一瞬ということか? もしかすると記憶も無いかもしれないな。いや、そもそもクロスヴェルトに来たこと自体が正史から外れている可能性も残っているのか。そうなるとこの世界に来たライとお前の父親は、異世界の同一人物ということになる」

一転してジャンは楽しそうに推論を並べ立てる。フィリオンは完全に他人事のような反応のジャンに、不貞腐れたような表情を向けた。

「なるほど、読めたぞ。――ライとお前の父親が別人だった場合、ライの未来が不確定になる。同一人物だった場合、お前の世界の歴史が変わってしまっているか、クロスヴェルトで過ごした時間が無かったことになっている。そのどれが正解でも、お前にとって面白くない事実だってことは同じだな」

 戦士達の誰もが一度は疑問を口にした。元の世界は今ごろどうなっているのだろうと。クロスヴェルトで過ごす時間が長くなればなるほど、元の世界での戦いが心配になった。そんな中で、フィリオンは一人だけ別のことを懸念していた。すなわち、この時間の方こそ「夢」と消えてしまうのではないかと。

「そうだよ。クロスヴェルトで過ごした時間を消してしまいたくない。でも、俺の世界の歴史とは相容れないんだ。何より、ライが幸せになるはずの未来を知っているからこそ、そこに至るまでに『死んでしまうかもしれない』なんて可能性は、認めたくない」

 拳を震わせながらフィリオンが放った言葉に対して、ジャンの返事は淡泊だった。

「死ぬ可能性なんて、俺たち全員に言えることだろう」

左手で右腕を持ち上げ、全く力の入らないそれを目の前で揺らして見せる。確信を持ってやったことだが、一歩間違えば動かなくなっていたのは右腕だけではなかった。

 しかしフィリオンは首を振る。可能性の話ならおそらく、全ては「起こった後に無かったことになる」のだ。フィリオンが言いたいのはそれではない。

「そうとも言えない。……アポカリュプスが言っていただろう。全ては輪廻の中の不変なる流れ。今回の流れがどうなるのか、竜の牙ですら知りえないって」

昨日の襲撃でアポカリュプスが言っていたこと。それをただ反芻しただけでジャンは察した。

「……やっぱり狂言じゃなかったか。まさかあれまでお前と繋がるとは思わなかったけど」

顔をしかめて唸っているのは、気分が悪いからではなさそうだ。それもそうだろう、とフィリオンもそっと息を吐いた。アポカリュプスが存在を示唆した物は、文字通り世界の命運を左右するものなのだから。


「アポカリュプスの言っていた竜の牙は、間違いなく〈竜剣ドラゴニア〉のことだ。今は、メアリアーゼが持っている」

 フィリオンは語り始めながら、この世界に来てから打ち明けることばかりだと考えていた。それだけ隠し事ばかりだったということだろう。

「それは何だ? 本当はメアリアーゼは魔力も魔族としての格も大したことないだろ。それなのに、遥かに格上のアポカリュプスが苦戦してるらしい理由はそれのはずだ」

「ドラゴニアは時間を操るんだ。たとえ選ばれた本当の使い手でなくとも、あらゆる時間を進め、巻き戻すことができる。その力を使って、メアリアーゼは自分の望んだ結末にするために元の世界で何度も一年間を繰り返してきた」

全ては輪廻の中の不変の流れ。クロスヴェルトに連なる世界の危機に、戦士たち十人が召喚され、対抗するように〈災厄〉の力によって召喚される者たち。結界装置を巡って戦い、いずれ何かの終わりに向かう。

「……で、アポカリュプスの言葉で気づいた訳か。メアリアーゼがクロスヴェルトでも同じことをしてることに」

しかし戦いは終わらないままに繰り返している。それを引き起こしているのはメアリアーゼで、戦士たちは何も知らず、〈災厄〉側のほとんどの者は静観し、明確に逆らっているらしいのはアポカリュプスのみ。

「ドラゴニアを使った者以外、巻き戻された時間を覚えておくことは出来ない。それは逆に、メアリアーゼだけがまだ知らないはずのことを知っておくことが出来るということだ」

「ふぅん……つまり、俺たちの先回りも思いのまま、か。厄介な訳だ。〈災厄〉側の奴らが結界装置の在り処を知ってるカラクリが分かったところで、俺たちにはもうどうしようも無いな」

結界装置の在り処に誰かが辿り着いたなら、メアリアーゼにはそれを知る機会がいくらでもあった。あとは戦士たちの妨害を他の者に任せ、望み通りの未来を掴むまで「倒される」ことのないように、影に身を潜め続けるだけだ。彼女には真正面から戦士達と戦うほどの力が無い。それをわきまえているからこそ、絶対に事を起こすまでは姿を現さないのが、また厄介だった。

「メアリアーゼが何を企んでいるのかは分からない。けれど父さんを、ライを恨んでいる彼女が何もしないとは思えない」

「まさか、ライが『英雄』になる前に殺そうって?」

「考えていないとも限らないな。むしろ、それ以外の目的が俺には思いつかない。元の世界でも魔王復活のために何度も繰り返していたんだから」

「見た目通り情熱的だねぇ彼女。もはや執念だな」

 メアリアーゼが戦士たちの前に姿を現したのは、実はこの世界に来てすぐの頃の一度きりだ。その場にライオネルは居なかったが、居たら訳も分からないままに二十年の怨嗟と繰り返され降り積もった憎悪をぶつけられていたのだろうか。もしかするとこの世界に来てからも、戦いを繰り返しながらどことも知れぬ場所で呪い続けているのかもしれない。

「でも成し遂げられていないから繰り返してるんだろ? それもアポカリュプスが単独で輪廻を絶つための行動に出るほどに。ライを殺すだけのことが、何でそんなに失敗するんだ」

安全な町の中に居る時はいざ知らず、火の封印を解いた際の事件以前は、二人組での行動も多かった。十人を相手にするには厳しくとも、ライオネルと誰か――当然一人で二人分以上の戦力を持つクレス以外――だけの時なら、メアリアーゼの望みは叶えられたはずだ。しかし今に至っても、殊更危機に陥る事態には至っていない。

「彼女は機会を待っているのかもしれない。本懐を遂げた後、彼女以外の者の手で繰り返されることを避けるために」

 フィリオンには思い当たることがあった。世界を繰り返しているのは、きっとメアリアーゼだけではないという可能性。あってはならないが、それしかあり得ないのだ。

 〈災厄〉側の者たちが普段どこに潜んでいるのか、どこに拠点があるのか、そもそも〈災厄〉がどこに封印されているのか、それらは未だに謎だ。そしてその謎を解かなくとも、一足飛びに求める場所に辿り着く手段がある。つまり、メアリアーゼの望み通りの世界になった後、彼女がどこに逃げようと追いかけて、竜剣ドラゴニアを奪うことのできる力が、フィリオンの手元にある。

「……ドラゴニアには、対になるもう一本の竜の牙がある。この〈竜槍ドラグニール〉だ」

 フィリオンにとっての全ての始まりは、誰も手にすることの出来なかった青き竜の牙を、祭壇より取り上げた時だ。彼の戦いはその瞬間に始まり、二度目の始まりの起点となった。

 このクロスヴェルトで繰り返したという記憶は、フィリオンには無い。だから「前回」はメアリアーゼがドラゴニアの力を使ったのだろう。巻き戻された世界に以前の時間は残らず、全てはドラゴニアの中に堆積していくのみだ。しかし前回までの間に、フィリオンが時を戻した可能性自体は、消えてはいないのだった。


【Die fantastische Geschichte 0-52 Ende】

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