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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
思い出の未来
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0-51:銀色と灰色と金色と

【0-51:銀色と灰色と金色と】


 それは、戦士たちがドライの町に到着した、次の日のことだった。穏やかな昼下がりに、集会所の扉を破らんばかりの音が響く。

「パパが帰ってきたんでしょ? パパのニオイするもん」

「アッシュが言うんだからまちがいない。声はまだきいてねーけど」

集会所の扉を叩いたのは、二人の子供だった。10歳に満たないぐらいの幼い少年と少女。髪の色がどちらも灰色ということ以外には、あまり似ていないが、本人たち曰く双子らしい。少年は兎の耳をピンと立てて求める何かを聞き取ろうとし、少女の方は犬か狼なのだろう、鼻を鳴らしている。

「あー……その、なんだ。まずお前たちのお家はどこですかー?」

扉を開けたジャンはげんなりとした表情で、腰を落として二人に問いかけた。戦士たちは長距離移動の後で疲労も溜まっている。軽く探索する以外には、各々明日からの本格的な探索に向けての準備をすることにしていた。そこへ今にも扉を破壊しかねない勢いで叩かれたら、何か異変かと慌てて出てしまうのは当たり前だろう。

(俺は悪くない。病み上がりでちょっと体力落ちてたから昼寝して、ちょうど起きたところにこれだったから頭が働かなかったんだ。だからこんな、どう見ても厄介事の種を拾ってしまったのは俺のせいじゃあない)

子供の特有の高い声が寝起きの頭に響いて、ジャンにとっては二重の意味で頭が痛い。二人はどう見ても獣人だ。そしてその「パパ」が、獣人でないはずがない。中に居る者も騒ぎが聞こえているなら、同じ結論を出すだろう。案の定、会議室の扉を開けてゴウが伝えて来たのは、それを前提としているようだった。

「ジャン。シルバがソイツら絶対に入れるなってー」

「自分で追い返せって言ってやれ、ゴウ。やれるものならな!」

ジャンは男には厳しい。勿論この場でも渦中の人への配慮などする気は一切無かった。

「あっ、いまシルバって言った! やっぱりオヤジいるじゃねーか!」

「よーし、かくれんぼなら負けないもん。グレイ、どっちがパパを先に見つけるかしょうぶね!」

子供たちのやる気に満ち溢れた開戦宣言と同時に、集会所の反対側の方から窓の開く音がする。

 かくして、小さな嵐が戦士たち――のうちの一名を襲ったのだった。


「むー、声ちがうぞ。オヤジはもっとひくい」

「ニオイはいっしょだもん。でもパパはもっと大きいし」

「おい」

「じゃあオヤジじゃないのかー。なんて呼ぶ?」

「小さいパパだから、ちいパパだね! パパじゃなくてちいパパだから、グレイもはずかしくないでしょ」

「……おい」

「ちいパパ、しゅぎょーしてー」

「ちいパパ、あそんでー」

「話を聞けっつってんだろクソガキども!」

 子供二人にのしかかられながら、シルバは町外れの森の中で吠えていた。そう易々と捕まる訳がないとタカを括っていたのだが、狼の少女――アッシュというらしい――の樹の上からの捨て身の飛び降りを、シルバは思わず避けないで受け止めてしまったのだ。そこへ兎少年、グレイが更に飛びつき今に至る。同じように話を聞かない子供の相手をした、いつぞやのことを思い出すと、この後にどうなるかも分かる気がした。

 シルバは体勢を変えてなんとか二人を雪の上に転がし、胡坐をかいて座り込んだ。よく二人を見てみると、先に自身と同じ金の瞳と目が合った。男だからなのか、兎というより猛獣寄りの鋭い目つきをしている。

「俺はお前らの親父じゃねぇ。どこからどう見たって違げぇだろうが」

「じゃあオヤジはいつになったら帰ってくるんだよ」

むう、と頬を膨らませたグレイの問いに、シルバはぐっと言葉を詰まらせた。ドライの町を訪れたばかりの彼が知っているはずもないのだが、では「知らない」とはっきり言えるかといえば、それも出来ない。二人の顔を見てしまうと、色々なことが想起されてしまうのだ。ただでさえ昨日、懐かしき黄金と再会したばかりの時に、これは上手く受け流せなかった。

「パパねー、いまはとおくに行ってるんだって。とおくってどこ? アッシュも行きたいのに、じいじはダメって言うの」

「オヤジ、帰ってきたらしゅぎょーしてくれるって言ったのに、ずーっと帰ってこねーんだ。もうじいじとあそぶのあきたぞ!」

 そこからは、遊んで遊んでの大合唱。二人の言う父親に心当たりなど「絶対に」無いのだが、どうやら「偶然名前と特徴が一緒」らしい。だから異様に懐かれてしまったのだと、シルバは肩を落とした。

(ゼッテェそんなはずはねぇ。なんだこの悪夢は)

 二人の子供の声に重なって、元の世界に置いてきた子供の声が響いているような気がした。勝手に相棒を名乗っていた黒兎は、目の前の少女と同じく、憎たらしいほど純粋な黒い目をしていたはずだ。

「……母親は、どうした。そっちに遊んでもらえばいいだろ」

そろそろ心が挫けそうなシルバは、それでもなんとか声を絞り出した。

「ママはいそがしいのー!」

「かーちゃんたちはうりものいっぱい作らないとだし、かりもしないとだし、冬になったらだめだから」

つまり誰にも押し付けることが出来ない。それ以上に足掻く気力は、シルバにはもう無かった。

「「ちいパパ、遊んでー!」」

「……分かったから、せめてそのパパってのやめろ」

 大興奮の子供たちに、少年の切実な要望は残念ながら通らなかったという。


 ドライの町の産業は、主に高い身体能力を活かしての街道管理と、独特の気候でしか育たない作物の売買が中心だ。また他の町とは違って交通の便が良いとは言い難いため、食料は基本的に自給自足である。さらに獣人は人間の姿でも鋭い爪を有していることが多いので、細かい作業には身体的特徴からして向いていなかった。シルバが魔動機関を自力で整備しているのは、獣人の中では相当器用な方に当たる。そのため、あまり凝った物は作らないのが普通だ。

「ってなワケで、手土産があんま洒落たモンじゃねぇのは勘弁してくれ」

 集会所を訪れたゴルドは豪快に笑いながら、担いでいた白い猪を雪の上に降ろした。出迎えたエルヴィラは、土産と言って渡されたそれを、引き攣った笑顔で見ている。どう見ても「獲れたて」なので、ゴルド自ら狩ってきたのかもしれない。

 エルヴィラは猪の処理を呼びつけたライオネルに任せ、自分はゴルドの応対を続けることにした。人選はなんとなくだったのだが、慣れた様子で状態を確かめている辺り、ちょうど良かったようだ。

「世話になってるのはこっちの方なのに悪いね。アタシらに出来ることなら何でも言っとくれよ。アインの町でもそうしてるから」

「なら簡単な料理の作り方があったら書いてってくれると助かるぜ。さっきから町のガキどもが集会所に『メシ屋』が出来たとか騒いでてよ。お前らが帰った後がっかりすんだろ?」

「飯屋? ……ライ、あんた今日の当番だったろ。食べさせたのかい?」

思わぬ評判を聞いて、エルヴィラは足元に問いかけた。声を掛けられて彼女を仰ぎ見たライオネルは、無表情ながら視線を逸らしている。心当たりは大有りのようだ。

「……すまない。あんまり物欲しそうに見ていたからつい」

「何渡したんだい?」

「昼食用の肉団子だ。ゴウとフィリオンの間食がわりにと思って多めに作っていたんだが……窓の外から動きそうになかった……」

獣人は嗅覚に優れている者が多いため、集会所から香る料理の匂いを嗅ぎつけたのだろう。ライオネルが言うことには、気配を感じて窓を開けたら子供が十人ほど群がっていたとのことだった。お腹を鳴らしながら目を輝かせて、何を作っているのかと聞いて来る子供たちから料理を守りきれるほど、今の彼は非情ではない。それを聞いてゴルドは大笑いし、エルヴィラは頭を抱えた。

「家のよりうめぇって喜んでたぜ。しばらくねだられるかもな」

「他人から食べ物貰う癖がついたらどうすんだい。あとさりげなく食欲の権化たちを甘やかすんじゃないよ。それぐらいは自由に買えるようにしてるんだから、あんたがそこまで面倒見る必要は無いの」

 放っておくと町の子供たちの面倒まで見かねないライオネルに、エルヴィラが額を抑えながら首を振った。名前の挙がった二人は育ち盛りということもあって、確かによく食べるのだが、彼らの弁当まで用意する甲斐甲斐しさは、兄というより親である。冷淡から世話焼きまでに振り切れた彼は、恐ろしく年下に弱い。

「ハハハッ、兄ちゃんブアイソなのに子供好きなんだな! まあガキどもも町の大人には飽きてるだろうし、たまに遊んでやってくれよ」

「あ、ああ……」

ゴルドはバシバシとライオネルの肩を叩きながら笑っている。不愛想と言われて、ライオネルは何かを感じたのか、考える素振りを見せていた。

「で、そんな土産担いで来たのは飯の面倒見させるためじゃないだろう?」

 完全に話が脱線し始めたのを感じたエルヴィラは、ゴルドに本来の目的を思い出してもらうことにした。一応、察しはついているのだが。

「そうそう、それはついでだ。んで、この猪はまあ、ホゴシャとしての詫びみたいなモンと思ってくれ。来てんだろ? うちのチビども」

奔放に跳ねる黄金を掻いて、少々申し訳なさそうに言うゴルド。容姿に共通点はあまり無いのだが、彼はグレイとアッシュの祖父なのだ。


―――――――――――


「あいつら突撃したんだって? いやぁワリィな、ちょっと目を離した隙にどっか行っちまっててよ。本当は落ち着くまでお前らのことは知らせないつもりだったんだがなぁ、ガキの行動力は分かんねぇもんだぜ」

 昨日戦士達が到着した時には、アッシュとグレイは確かに家に居たらしい。幼い子供たちに戦士たちの来訪の目的など理解できないだろうし、むやみに怖がらせることもないという判断で、世界の危機についてすら知らせてはいない。だが好奇心の強い子供のこと。見知らぬ人間の気配を感じれば、突撃訪問しないはずがないのだった。

「……まぁアタシらは良いから、早く回収してやってくれるかい? さすがに今、あいつに潰れられたら困るんでね」

ちょうど集会所の中から楽しげな歓声が聞こえてきて、エルヴィラは心の中で少しだけ憐みを覚えた。

 窓から飛び出して行ったシルバが、雪まみれの子供たちを引き摺って、同じく雪まみれになって帰って来たのは小一時間前のことだ。他の者に押し付けるつもりで戻った彼だったが、二人とも彼にべったりで離れない。そのため、彼は現在「真っ白」になりながら子供たちの相手をしているのだった。

「おうよ。じゃあ入らせてもらうぜ」

勝手知ったる町の中だ。ゴルドは真っ直ぐ会議室の扉を開けた。

「アッシュ、グレイ。迎えに来たぞー……おおう」

 会議室のに足を踏み入れたゴルドを出迎えたのは、射殺さんばかりの眼光だった。壁際に座り込んだシルバからだ。彼は右側からアッシュに抱き着かれて、胡坐を組んだ足は、寝転んだグレイに枕にされていた。つまり今、彼は全く身動きが取れない状態である。視線は鋭いが、伏せられ気味になっている耳が逆に哀愁を誘う。

「じいじ、まだだめ! まだちいパパと遊ぶのー!」

「おーおー、懐いたなあ。んじゃ、もうちょっとだけだぞ」

「うん!」

「待て……っ! 連れて、帰れ……!!」

さらに強くしがみついたアッシュの猛抗議に、ゴルドは迷うことなく引き返した。グレイの元気の良い返事と、悲壮感漂うシルバの声が重なる。しかし彼らを残して、無情にも再び会議室の扉は閉じられたのだった。


 廊下に出たゴルドは、背後に立っていたエルヴィラにどこか座れる場所はと尋ねた。ついでにお茶もと言う辺り、子供たちの気が済むまで時間を潰すつもりらしい。

 集会所で部屋と呼べる場所は、会議室を除くと二つの宿泊室だけだ。四つしかないベッドを女性陣に使わせないという発想が無かったため、今はセドナとアイリスで一部屋、もう一部屋はエルヴィラが使っている。ちなみに、余った一つはまだ完治していないジャンが使っているのだが、エルヴィラ以外と一緒の部屋にするという意見も一切出なかった。

 エルヴィラは自分の使っている方の部屋にゴルドを通すと、一度お茶を淹れて来てから、自分のベッドに座った。大柄なゴルドがティーカップを持つと、やたらと小さく見えて面白い。そんなことを考えながら、一息ついたところでエルヴィラは口を開いた。

「聞いても良いかい?」

「あん?」

「あの子らの父親は――」

「俺の息子だ。今は居ねぇ」

ゴルドはその問いに短く答え、一口紅茶を啜った。ぶっきらぼうなその返事に、エルヴィラはそれ以上を続けづらかった。

 実のところ、戦士達は今日の子供たちの訪問に驚いていたのだ。緊急時以外には使わない遠距離連絡用の魔晶石をわざわざ引っ張り出し、アインの町のシャルロッテに思わず確認を取ったほどだ。彼女もゴルドに「息子」どころか孫がいるということも知らなかったのだが、それでも先に知っていたかったのはシルバだけではない。なかなかに衝撃的だったため、誰もある推測を明確に言葉にしようとしないが、考えていることは一緒だろう。

「そうかい。……あんたは、自分の孫をどう思ってんだい」

 結局エルヴィラは全く関係ない話題を思いつかず、自分が気になっていたことを聞くことにした。シルバにとっての「ゴルド・ウルフ」と同じなら、ゴルドには孫とも血の繋がりが無いことになる。もしかしたらクロスヴェルトのゴルドは妻帯者で、息子も養子ではないという可能性はあるのだが、エルヴィラは何となくそうではないと感じていた。

「女とガキは正直そんなに好きじゃねぇ。ちょっと力を籠めたら壊れちまうし、何考えてんのかよく分かんねぇしよ。だから俺は一生独り身だと思ってたんだがな。一時のカンでガキ一匹拾ったら、いつの間にか小さいのが増えてたって感じだぜ」

(シルバの話だと、似たような境遇の孤児なんてどこにでも居たのに本当にシルバ一人しか引き取らなかったらしいからねぇ……。こっちでも、それは同じってことかい)

どうやらエルヴィラの勘は当たっていたらしい。異なる世界の同一人物とは、根本的な部分ではそうそう変化は無いのだ。

「チビたちと町のガキどもにだって違いはそんなに無ぇ。俺は町長(まちおさ)だからな、いざって時に守らなきゃならねぇのはどいつも同じだ。俺と血の繋がってる奴は居ねぇし、家族なんてモンに拘って区別するのも面倒だ」

 まとめて守ってやる、と宣言して、町長ゴルドはニヤリと笑った。その不敵な笑い方は、不思議とシルバとよく似ている。それがエルヴィラにとっては少し羨ましい。彼女にも養母が居るが、尊敬するその人に似たくても似てくれないものだから。ゴルドもそうだが、赤の他人を育てようという気概はどこから湧いてくるのだろうか。

「それにしちゃ、ちゃんと孫の世話はしてるみたいじゃないか。てっきり母親が迎えに来ると思ったよ」

「女連中は冬の準備だ。余計なテマ取らせると後で怒られちまう。ガキの面倒も見れねぇで何が町長だってな。関係無ぇと思うんだがなぁ」

ゴルドは少し冷めた紅茶を飲み干し、不満げに口を尖らせた。しかしすぐに相好を崩す。

「まぁ、この町は寒いからな。ガキどもに張り付かれてもあの温かさは悪くねぇし、多少の面倒は引き受けてもいいってなるさ」

 それが彼の本心で、息子を育てた理由なのだろう。彼らの親子の形だ。張り付かれて、というところで先ほどの光景を思い出し、エルヴィラも笑う。シルバはかなり疲れた声を出していたが、どうせまんざらでもないのだと彼女は知っている。きっと、ゴルドと同じ理由だ。


「さて、そろそろ連れて帰るか」

 空のティーカップを置いて、ゴルドが立ち上がる。色々と話し込んで30分は経ったから、そろそろ良いだろう。エルヴィラも後に続いて立ち、もう一度会議室に向かった。

 扉を開け、中を覗き見たゴルドは、一度そこで立ち止まった。どうしよう、という顔でエルヴィラを振り向く姿が、狼ではなく子犬のように見える。

「……なぁ姉ちゃん、これ摘(つま)み上げて行ってもいいやつか?」

「せめて優しく抱えて行きなよ、荒く扱ったら目を覚ましてしまうよ。……子供体温には敵わなかったみたいだね」

 狼二人、兎一人、壁際に固まって眠る。アッシュもグレイもなぜかビーストモードになっていて、挟まれたシルバは少し暑そうだ。ゴルドが恐々二人を抱え上げる。と、途端にシルバが小さくくしゃみをしたので、ゴルドが無言で飛び上がった。起こさないように殊更慎重に行動しようとしているのが、不器用な父親そのもので、見ているエルヴィラにとっては非常に楽しい。

「(じゃ、後は頼んだぜ。毛布でも掛けてやってくれ)」

子供たちは意外と目を覚まさないが、それでも大きな狼はそろりそろりと足を運ぶ。嵐が去った後の集会所は、なんだか少し冷え込んだような気がした。


【Die fantastische Geschichte 0-51 Ende】

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