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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
光の封印
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0-46:たった一つの望まぬやり方

【0-46:たった一つの望まぬやり方】


 目指すは空の浮島、と決まったは良いものの、問題は手段だ。獣人の翼では到達できない高みに在り、人間など何か特別な道具でも用意しないことには到底辿り着けない。

 戦士たちはドライの町の滞在中に宛がわれている集会所にて、食事の時のように大きなテーブルを囲んでいた。アインの町の屋敷でも、彼らが全員で話し合うとなると集まるのは食堂だ。十人分の食器と料理が並べられるテーブルは、クロスヴェルトの世界地図――戦士たちからすれば一つの大陸、いや大きめの島と周辺の海程度の広さしか載っていない――を広げた上で、更に様々な魔法道具を置くのにもちょうど良い。大抵の場合そこに積み上げられていくのは、セドナの魔法による分析の結果報告書と、ジャンの作成した少しばかり怪しい道具たちだ。そして今日集会所のテーブルに置かれたのは、ドライの町周辺の詳細地図とゴルドの提供した情報のメモ、そしていくつかの魔晶石と魔動機関を使った探索用の装置だった。

「セドナ、転移魔法は?」

「やはり駄目ですね。強い魔力反応で探査魔法が妨害されてしまいます。転移先の状況が分からないのもですが、最悪の場合魔法自体が失敗する危険があります」

「では飛翔魔法ならどうだ。自分で飛ぶならば障害物も避けられると思うが」

「……私では一人を数秒浮かび上がらせられれば良い方です。転移魔法以上に現実的ではありません」

 戦士たちは各々の知識と技術を総動員して何とか浮島までの移動方法を考える。このような時は魔法が一番の頼りだったのだが、肝心のセドナの回答は芳しくない。

 最有力だった転移魔法が使えない理由が〈はぐれ浮島〉から感知されるという「強い魔力」だけに、ますます結界装置の存在が濃厚なのだが、転移魔法の失敗は死に直結する。さすがにそこで無理を押して実行しようとは思わなかった。そして飛翔魔法は発動させるだけならば難易度としては転移魔法と同程度だが、自在に空を飛ぶ段階まで至ると非常に難しくなるという、特殊な位置づけにある魔法だ。当然のことながらセドナ以外は使用することすらできない。

「やっぱり、飛翔船を借りた方が良いんじゃないかな。大変だろうけど」

 エドウィンがそう提案すれば、ジャンとエルヴィラが溜息を吐いた。交渉ということになれば、担当するのは確実に二人のどちらかだからだ。

「今までそうやって調べようともしなかったんだよ? いくら世界のためとはいえ、別の意味で死活問題に繋がる物を『よそ者』のアタシらに貸すと思うかい?」

「俺なら簡単には貸さないね。この世界の飛翔船がどんなものかは分からないけど、こっちまで持って来ればそれなりに目立つだろうし。敵は絶対に妨害してくるとなれば、当然飛翔船への被害は避けられない。万が一のことがあれば世界は救われてもフュンフの町が滅びる」

 フュンフの町は空に浮かぶ町。謎の原理によって昔からそこで人々は暮らしているらしいが、地上から完全に孤立しても生活できる訳ではないだろうことは、想像に難くない。唯一の交通手段だとされている飛翔船の技術は、クロスヴェルトでは失われて久しい技術だと聞いている。

「飛翔船はこの世界じゃ貴重な物みてぇだしな。まぁ最終手段ぐらいにしときゃいいだろ」

シルバは頭の後ろで手を組みながら、早々に飛翔船の案を諦める方向で話す。心なしか安心したような表情に見えるが、他の者は敢えて気付かないふりをした。

 そんな会話を横目に、怪訝な顔をしたライオネルが隣に座るフィリオンに尋ねた。

「さっきから思っていたんだが……飛翔船って、おとぎ話のものじゃないのか? 月まで飛べるとかいう」

「あっ、俺も同じことを思っていたんだ。太陽の国の王子が月の乙女を迎えに行く時に乗るやつだろ。俺、あの童話けっこう好きなんだ」

「……二人の世界では飛翔船が夢のある乗り物のようで羨ましい限りです」

二人のどこかほのぼのとした会話を聞いて、対面に座っていたセドナが溜息を吐いた。二人の世界は十人の中でも特に魔動機関の発達が遅れているようで、時々話が噛み合わなくなる。彼らの会話を聞きつけて、セドナの隣のゴウも飛翔船について思うことを告げた。

「オレ、飛翔船ってあんまり好きじゃねー」

「ふうん? 意外だねぇ。あんたはもっとはしゃぐかと思ってたよ」

むぅ、と口を尖らせた彼に、エルヴィラは意外だと片眉を上げる。ゴウの性格なら真っ先に乗り込んで操縦してみたいと言い出しそうなものだが、どうやら嫌な印象があるらしい。

「だってよー……オレの世界の飛翔船って、全然楽しくなさそうだったんだよ。木をいっぱい切ってまで作ろうとしてさ、完成したらセンソウで勝てるとか言ってたけど、今はセンソウなんてしてないんだから旅に使おうぜって言ったら怒られた」

「……なるほどね」

ゴウはまだ子供であり、更にただの子供ではないからこそ、その時の思い出と共に飛翔船は面白くないものとして記憶しているようだ。


「空の旅って楽しそうだよね。ジャンは飛翔船にも乗ったことがある? 私の世界には飛翔船はあったけど、乗ったことないの」

 ゴウの話に、アイリスもまた飛翔船にまつわる思い出を尋ねた。行き詰りそうな議論に対しての、彼女なりの息抜きの提案だ。尋ねられたジャンは嬉々としてそれに乗って、懐かしさに目を細めつつ答えた。

「俺? もちろんあるさ。知り合いに飛翔船技師がいて、そいつが作った世界初の飛翔船に乗せてもらったよ」

「世界で初めてなんて、滅多に無い体験だね。どんな感じだったんだい?」

アイリスと同じく飛翔船に乗ったことのないエドウィンが、世界初という言葉に反応した。興味津々の眼差しで更に尋ねる。

「ああ、最高の気分だったね。可愛い子のことしか頭に無かったから、その後に命綱無しで飛び降りた時のことは思い出せないけど」

「……」

しかしそれに対する気障な仕草付きの答えには、さすがにどう言ったものか迷ったらしい。困ったように眉を下げたエドウィンに代わって、クレスが一言を返してくれた。

「君にしては随分と危険な行為だな」

「いや、触れるべきはそこじゃないと思うんだ。……ジャンって本当に傭兵なのか?」

すかさずフィリオンが訂正を入れつつ、ジャンの不思議な経歴に改めて疑問を呈する。当然ながら彼はそれには一切何も言わない。

「シルバは……乗ったこと、無さそうだねぇ?」

「ケッ、悪かったな。個人所有もできる程度には珍しくもねぇから、今更乗りたいとも思わねぇよ」

シルバの乗り物酔い――当人は否定するため真相は不明だ――をからかって誤魔化しているのを見て、フィリオンは肩を竦めた。こうなるとジャンは絶対に答えてくれないのだ。右側からより気になる会話が聞こえてきたというのもある。

「クレスの世界には飛翔船、あった?」

「さあ、どうだろう。私の知る限りでは空飛ぶ乗り物は……――箒ぐらいか」

「えっ、ホウキ?」

「箒だ。歩くより早いと言って、仲間の一人が常に乗っていた」

どうやら勇者の仲間は絵に描いたような魔法使いようだ。もっとも、この勇者自身も理想の勇者像を具現化したようなものなのだが。

 戦士たちの飛翔船談義はまだまだ続く。息抜きには少々長いが、もしかすると何か有益な案に繋がる……のかもしれない。


――――――――――


 しばしの脱線、賑やかな会議。エドウィンは普段と変わらぬ微笑みでそれを聞いていたのだが、やがて内側の親友は痺れを切らしたのか、彼にしか聞こえない声が響いた。

『なぜ呼ばぬ?』

『……? 何をだい?』

分からない、と心の中で首を傾げた彼に、サタンは溜息を吐いた。

『飛翔魔法など我には容易いこと。安全に転移魔法を行使したいと言うならば、地面のある座標を探るなぞ造作も無い。かような議論は要らぬとそなたは知っておろう?』

淡々と述べるサタンに対する返事は無い。そうだろう、と魔王は再び厳かに話し始めた。

『エドウィン。我が力を使うことに躊躇うでない。我はそなたの使役であり、そなたは我が主。そなたの頼みとあらば、我は動く』

 それはサタンが何度となくエドウィンに言い含めてきたことだ。エドウィンは召喚師として振る舞うことが極端に下手だった。何も権力を振りかざすことではないと言うのに、彼は百歩譲っても「お願い」という形でしかサタンに何かをさせることが出来ない。そしていつも、そこには「断っても良い」という言葉が必ず付く。

『どうしても君に頼らないといけない時はちゃんとお願いするよ。でも、今は魔力を回復させることに専念してほしいんだ。今は皆が居るからきっと何か良い方法があるよ』

 サタンに頼まない理由など、一つしか無い。再び親友の命が脅かされるような状況にならないためだ。ついこの間まで消滅の危機に瀕していたからこそ、余計にそれが酷くなっている。


 内側に在る悪魔にとっては、これは由々しき事態だった。

『――我が信用ならぬか』

冷えた低音から、不愉快、という感情が聞こえた。

「そんなこと――!」

「!? ……び、びっくりしたー……。エド、どうしたの?」

 思わず声に出してしまったエドウィンに、戦士たちが驚きの眼差しを向ける。正面に居たアイリスが一瞬腰を浮かしかけて、心なしか縮こまりながら尋ねた。エドウィンはしまったと思いながら口元を手で覆う。

「ごめん、ちょっとサタンと話をしてただけなんだ。うっかりして声が出たみたいだ」

気にしないでくれと謝るが、さすがに無理があった。エドウィンの態度からして、喧嘩をしているようにしか見えない。珍しいものを見た、と戦士たちはエドウィンに注目している。どうしようかと口元を抑えたまま、エドウィンは目を彷徨わせて考えた。


 サタンに助力を仰ぐことは、考えていなかった訳ではない。むしろ打つ手が無いのであれば、提案した方が良いのだろうと思っていた。きっと仲間たちはエドウィンが言い出すまで、サタンに負担を掛けたくないという彼の気持ちを尊重して、待っていてくれるだろうから。よって決断するのは彼自身だ。

(前は、転移魔法ぐらいなら迷わず頼めた。でも――)

脳裏に過るのは、ほんの少し前の出来事。それさえ無ければ、きっと今ここで揉めることも無かった。

 出会いの日と同じ、黒い霞のように薄れていく姿。違ったのは、本当にそのまま消えてしまったことぐらいだ。膝を着いたエドウィンに、蹲っていた彼はそれでも上体を起こし、目線を合わせてくれた。どこまでも懐かしいあの日と良く似た、何よりも恐ろしい光景。

 今も怖くないはずがない。今の関係がどれほど危ういものか、よく分かった。

『君を信じてずっと待ってたんだ。……待つことができた。それでも僕は、――怖いよ。また君が、いなくなってしまうんじゃないかって』

素直な心情を吐露したエドウィンに、サタンはしばらく黙っていた。それは「外側」で見守る仲間たちもそうで、悲しげに困ったような顔をしている彼の心を察して、静かに次を待っている。

『……やむを得ぬか』

 内側の悪魔はゆらりと動いた。サタンの意識が浮上する。慣れた感覚が意味することを、エドウィンは知っている。

「その浮島とやら、興味がある。力を貸しても良い」

緑が赤に変わったのは、その言葉の間だけだった。ほんの一、二秒で元の色に戻った瞳を確認して、ジャンが頬杖をつきながら問うた。

「今度はサタンか。……それ、エドに頼めってこと? それとも魔王様の意思でやってくれるの?」

表に居るのは既にエドウィンだと分かっているが、ジャンは敢えてサタンに向けて聞いている。

『サタン……』

『そなたは彼の島へ行くことを望んでいる。ならば我はその願いを叶えよう。……そうでないと言うなら、我には興味がある。彼の島からは知った魔力も感じるのでな』

 サタンはあくまでエドウィンの望みと言って促す。実際、サタン自身も向かいたいというのは確かなのだろう。いつもの喉を鳴らしたような笑い声は無かった。

「……分かった。サタン、僕たちに力を貸してほしい」

そう答えを呟き、エドウィンは顔を上げた。その表情は眉尻を下げながらも、笑っている。

 サタンはよくエドウィンに無茶をすると言っているが、それはお互い様だとエドウィンは思っている。どんな状況であろうとも必ず助けてくれる親友は、そのせいで未だに肉体を取り戻すことが叶わない。

「明日は出来るだけ〈はぐれ浮島〉に近づける所に行こう。そこまで行ったら、サタンに転移魔法をお願いする。……それで良いかな」

 仲間たちを見回しながら、エドウィンは内側の親友にも確認する。目に見える距離を多少縮めたところで、減らせる負担など微々たるものだろう。しかし彼にとっては、ほんの少しであっても縋りたいものだった。


【Die fantastische Geschichte 0-46 Ende】


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