最終話「金色の朝」
薄紫から黄金色へと移り変わる朝焼けの空が、麓の街を優しく照らし出していた。
仮宿の小さな部屋で、二人はいつものように黙々と旅支度を始めている。
荷物をまとめる無骨な手と、ブーツの紐をきゅっと締める細く白い手。
それは幾度となく繰り返してきた、何気ない朝の風景。だが、二人の間に流れる空気は、昨日のそれとは決定的に違っていた。
言葉を交わさなくとも、ふとした瞬間に視線が絡む。
そのたびに、昨夜交わした、触れ合うだけの薄く濃密な口づけの記憶が蘇り、朝の澄んだ空気の中に甘い微熱を溶かしていく。
「さて、どこに向かうか?」
荷物を背負い上げた彼が、いつものように穏やかな声で問いかけた。
その声には、彼女の意思ならどこへでも従うという、揺るぎない絶対の信頼がこもっている。
「そうさね……」
ディーネは窓枠にもたれ、朝日に染まる空を見上げた。
未来のことは、まだよく分からない。
夫婦だとか。
家族だとか。
そんなものを考えると、今でも少しだけ足が竦む。
けれど――
あの火竜山の死の淵で、魂の底から彼の名前を叫び、『愛』という感情を認めてしまったのだ。
もう、強がって彼との関係をはぐらかしたり、隠したりするのは、ひどく馬鹿らしく思えた。
「神龍退治はまた今度にして――」
ディーネは振り返り、彼に向かってくいっと顎をしゃくった。
「あんた、紹介してやる」
「?」
「あたしの古いツレどもにさ」
かつて共に世界を支え、今はそれぞれの幸せな未来を歩んでいる友人たち――
「だから、ついて来い!」
ほんの数日前は、「あんたも来るかい? 紹介はしないけど」と嘯いていた。
けれど今は違う。
自分の世界で一番大切で、どうしようもなく愛おしいこの大馬鹿野郎を、自分の人生の一部として、ちゃんと彼女たちの前に立たせてやりたい。
彼の目が少しだけ見開かれる。
やがて、その不器用な命令の裏にある、彼女なりの大きな決意と歩み寄りを察したのだろう。
無骨な顔が柔らかく綻び、彼は愛おしげに目を細めた。
そして、彼女の腰にそっと腕を回す。
「ついて来いと言われんでも――」
彼は笑った。
「ついて行くがな」
「……言ったな。遅れたら置いてくからね」
照れ隠しに小さく鼻を鳴らして離れると、ディーネは勢いよく宿の扉を開け放った。
眩しいほどの朝日が、二人の行く手を黄金色に染め上げている。
未知なる世界への好奇心と、未来という得体の知れない形を持つことへの、ほんのわずかな不安。
そのすべてを抱えながらも、彼の大きな手が、そっと彼女の手を取った。
ディーネはその手を振りほどくこともなく、そのまま歩き出した。
その輝かしい旅の幕開けを祝福するように、ダイタニアの爽やかな朝の風が、二人の背中を優しく押し出していった。
【完】
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〜あとがき〜
最後までご覧くださりありがとうございます。
恋を知らない女師範と、愚直なまでに真っ直ぐな弟子の、不器用な恋物語――いかがでしたでしょうか。
今作は“ディーネ”という女性を想い描いたとき、
「この子の、恋の仕方が思い浮かばないな……」
というところから書き始めた作品です。
今作では、性愛から始まる関係性の変化と、そこから育まれていく感情を描いてみたいと思いました。
恋を知らないディーネが、一人の男と出会い、少しずつ愛を知っていく。
そんな物語として楽しんで頂けていたなら幸いです。
一般レーティングという制約の中で表現を模索することも、私にとって大変よい経験となりました。
貴重なお時間を割き、この物語を最後まで見届けてくださったあなたに、心より感謝申し上げます。
これからも更に精進し、読んでくださった方に楽しんで頂けるような作品を創っていけたら幸いです。
皆様の変わらずのご多幸を祈って――
2026年 6月 ある晴れた日に――
真上悠
エンディング主題歌『金色の朝』
[https://youtu.be/-raJAZT4dW0?si=Zk63EgehfnFxz76f]
URLからYouTubeに移動致します。
宜しければご視聴ください。




