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《原初の夜を裂きし冥王》として異世界に目覚めたが、元はただの中二病です  作者: 玉響すばる


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第5話 黒き光柱と、冥王の呼び声

 夕焼けの空を、黒い光が貫いていた。


 それは炎ではなかった。

 雷でもなければ、単なる魔力の奔流とも違う。


 もっと昏い。

 もっと重い。

 まるで空そのものに穴を穿ち、夜だけを引きずり出したような、異質な光だった。


 村人たちは誰も声を出せない。

 ただ怯え、息を呑み、森の最深部から立ち上るそれを見つめている。


 冥斗もまた、言葉を失っていた。


 右目の奥が熱い。


 いや、熱いというより、疼く。

 視界の端が黒く染まり、魔眼バロール・イクリプスが勝手に反応している。


 見える。


 森の奥。

 ベラドンが現れた地点より、さらに深い地の底。

 幾重にも重なる古代術式。

 崩れた封印陣。

 裂け目。

 そして、その向こう側からこちらを見返してくる、巨大な“何か”。


「……っ」


 冥斗は思わず左手で右目を押さえた。


 瞬間、頭の奥へ流れ込んでくる断片的な情報。


 冥界門。

 旧王域。

 封書庫。

 原初の夜。

 王権の継承。

 終焉の座。


「我が王!」


 ヴァルシアの声で、冥斗は辛うじて意識を現実へ引き戻した。


「大丈夫ですか」


「……問題ない」


 反射でそう答えたが、たぶん全然問題なくはない。

 右目は痛いし、頭の中は知らない単語でぐちゃぐちゃだし、消耗も残っている。


 だが、顔には出せない。


 村人たちが見ている。

 ヴァルシアが見ている。

 そして何より、あの黒い光が、こちらを見ている気がした。


「ヴァルシア」


「はっ」


「あれについて知っていることを話せ」


 ヴァルシアはすぐに黒い光柱へ視線を向け、その整った眉をわずかに寄せた。


「確証はございません。ですが、あの方角には、かつて王の封書庫が眠るとされた禁域がございます」


「封書庫」


「古き時代、冥王ルイン=クロノス様が回収なされた禁呪、契約書、王権術式、眷属核、そのすべてを封じた場所である、と」


 物騒の塊みたいな場所だった。


 だが同時に、冥斗の胸の奥が奇妙にざわつく。


 行かなければならない。

 そんな感覚があった。

 理屈ではない。

 もっと本能に近い何かが、あそこへ向かえと囁いている。


「……我が王」


 ヴァルシアが慎重に口を開く。


「あれが封書庫の起動であるなら、何者かが王の遺産へ干渉した可能性が高いかと」


「ベラドンの仲間か」


「あるいは、もっと厄介な者かもしれません」


 冥斗は黙って森の向こうを見つめた。


 たぶん、その通りだ。

 ベラドン程度が“本命”なら、あんなに嫌な気配はしない。

 あれはもっと深い。

 もっと古い。

 そして、間違いなく自分と繋がっている。


 その時、村の中央から年配の男が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「あ、あの……冥王様」


 村長格だろうか。

 日に焼けた顔に深い皺。

 恐怖と敬意を同時に浮かべながら、震える声で頭を下げる。


「このたびは、本当に……その、何と申し上げれば……」


「要点だけ言え」


「は、はいっ」


 男はびくりと肩を揺らし、すぐに本題へ入った。


「もし、また何か起きるのでしたら、村の者はどこまで備えればよろしいでしょうか。戦える者は多くなく、子どもや怪我人もおります」


 良い問いだった。


 曖昧な不安は人を鈍らせる。

 行動指針があれば、人はまだ動ける。


 冥斗は黒い光柱から一度だけ視線を外し、村の様子を見回した。


 半壊した家屋。

 疲弊した村人。

 応急処置を受けている負傷者。

 母親にしがみつく少女。


 ここで全員を連れて禁域へ行くわけにはいかない。

 だが放置もできない。


 選択肢は絞られていた。


「この村を防衛拠点に変える」


 冥斗が言うと、男は目を丸くする。


「ぼ、防衛拠点……?」


「壊れた家をそのままにするな。倒壊の危険があるものは崩し切れ。使える木材と石材を中央へ集めろ。柵は南と東を厚くしろ。西は森に面しすぎているから捨てる」


 自分で口にしながら、冥斗は少しだけ驚いていた。

 だが筋は通っている。

 敵が来る方向、守る人員、地形。

 そういうものを組み合わせれば、自然と答えは出る。


「井戸の周りに負傷者を集めろ。火を扱える者を固定し、夜の見張りは三交代。見張りは二人一組だ。一人でやらせるな」


「わ、分かりました……!」


「それと」


 冥斗はヴァルシアへ視線を向ける。


「冥王軍から最低限の監視戦力を残せるか」


「可能にございます。異形兵二十、夜戒の鴉型眷属四、骸骨兵十を残置すれば、奇襲程度なら対処可能かと」


 骸骨兵いるんだ、と思ったが、今さらなので突っ込まない。


「残せ」


「御意」


 村長格の男が、信じられないものを見る目でヴァルシアと冥斗を見比べる。


「も、もしかして……本当に我らを守ってくださるのですか」


「言ったはずだ」


 冥斗は静かに答える。


「ここは我が領だ。勝手に荒らされるのは気に食わん」


 半分本音で、半分強がりだ。

 だが男はその場で深く、深く頭を下げた。


「ありがたき、幸せにございます……!」


 その声を皮切りに、周囲の村人たちも次々と頭を下げる。


 また少し、話が大きくなっている気がした。


 だが今は、それで良い。

 少なくともこの場では、恐怖を抑える“確かな言葉”が必要なのだ。


「ヴァルシア」


「はっ」


「我はあの禁域へ向かう」


 村人たちがざわめく。

 ヴァルシアの紅い瞳が、まっすぐ冥斗を射抜いた。


「お一人で、とは仰いますまい」


「当然だ」


 さすがに一人は嫌だった。

 普通に嫌だった。


「貴様は同行しろ。残存兵力の指揮官を一人立て、村の防衛に当たらせる」


「御意。ならば白貌の書記官アズレクトを呼び戻しましょう」


「アズレクト?」


「情報・結界・術式解析を担う高位眷属にございます。封書庫の調査には最適かと」


 それは助かる。

 かなり助かる。


 冥斗は内心で小さく頷きつつ、外面は変えずに言った。


「呼べ」


 ヴァルシアは胸に手を当て、一礼する。


「直ちに」


 その直後だった。


 彼女の足元に小さな黒い魔法陣が展開され、そこから一羽の漆黒の鳥が現れる。

 普通の鴉に見えるが、目だけが青白く光っていた。


「夜戒の鴉か」


「はい。我が王のお言葉を届けさせます」


 便利すぎる。


 ヴァルシアが古語めいた短い命令を囁くと、鴉は一声だけ鳴いて夕空へ飛び立った。


 その様子を見ながら、冥斗は再び森の向こうの黒い光柱を見る。


 まだ消えない。

 むしろ、ゆっくりと濃くなっている気さえした。


「……急いだ方が良さそうだな」


「同感にございます」


 ヴァルシアが珍しく硬い声で答える。


「封書庫が本当に起動しているなら、時間経過とともに禁域周辺の魔力濃度が上がります。やがて外縁の魔物や亡霊まで引き寄せる恐れがございます」


「つまり放置は駄目だな」


「はっ」


 その時、不意に少女の声がした。


「冥王さま」


 振り返ると、あの少女がまたそこにいた。

 さっきより少しだけ表情が強い。

 怯えながらも、何かを決意した顔だ。


「なんだ」


「その、わたし……」


 少女はぎゅっと拳を握る。


「お名前を、聞いてもいいですか」


 村人たちの空気が一瞬だけ変わった。

 誰もがその答えを待っている。


 冥斗はほんの少しだけ間を置いた。


 本名を言うべきか。

 真名を名乗るべきか。

 いや、この世界ではもう答えは決まっている。


「《原初の夜を裂きし冥王ルイン=クロノス》」


 静かに告げる。


 少女はごくりと喉を鳴らし、それでも目を逸らさなかった。


「……ルイン=クロノスさま」


 その呼び方に、冥斗の胸の奥が妙にくすぐったくなる。

 だが顔には出さない。


「お前の名は」


「ミリア、です」


「そうか、ミリア」


 言うと、少女――ミリアは少しだけ嬉しそうに目を丸くした。


「我が領の民として、一つ覚えておけ」


「は、はい」


「死ぬな」


 ミリアが息を呑む。


「生きて、明日を迎えろ。それが我の命だ」


 数秒の沈黙のあと、ミリアは強く頷いた。


「はい!」


 その返事は、驚くほど真っ直ぐだった。


 冥斗はそれを見て、少しだけ安心する。

 守るべきものが言葉になった時、人は案外腹が決まる。


 自分もそうなのかもしれなかった。


 やがて、森の奥から吹いてくる風が変わった。

 冷たく、湿って、どこか墓所のような匂いを帯びている。


 ヴァルシアが即座に剣へ手をかけた。


「……来ます」


 何が、とは問わない。

 冥斗にも分かった。


 村の外縁。

 倒れた盗賊や魔甲虫の残滓に引かれて集まってきたのか。

 黒い靄のようなものが、地面を這うように近づいてくる。


「亡霊か」


「低位の霊体群にございます。封書庫の起動に呼応したのでしょう」


 最悪だった。

 出発前に雑魚ラッシュである。


 しかしここで村人に被害を出すわけにはいかない。

 冥斗はすぐに左手を上げた。


「ヴァルシア、前へ出るな」


「しかし」


「これは我が処理する」


 霊体なら、物理より魔力制圧の方が速い。

 そしてたぶん、自分向きだ。


 冥斗は深く息を吸った。


 右目が熱を持ち、亡霊たちの核が視界に浮かぶ。

 淡い青白い火のような核。

 弱い。だが数が多い。


「散れ」


 短く告げる。


夜王圏ノクス・サークル


 足元へ黒い波紋が広がった。


 静かな術だった。

 さっきまでの派手な砲撃系とは違う。

 円環状に広がった闇が、村の外周をなぞるように走り、その領域へ触れた亡霊たちを片端から霧散させていく。


 悲鳴も断末魔もない。

 ただ、夜に溶けるように、消えた。


 村人たちがまたどよめく。


「す、すごい……」 「今の、一瞬で……」 「冥王様……!」


 冥斗は平静を装いながら、内心でかなり感心していた。


 便利だなこれ。


 範囲制圧に向いている。

 しかも見た目が静かで格好いい。


 その時、遠くの空から一羽の黒い影が戻ってきた。

 先ほどの夜戒の鴉とは違う。

 もっと大きく、もっと異質で、羽ばたきが不気味に滑らかだった。


 ヴァルシアがすぐに片膝をつく。


「戻りました」


 鴉が空中で裂けるようにほどけ、その場に人影が立ち現れる。


 長身。

 痩躯。

 白い仮面。

 漆黒の法衣。

 手には長い杖のようなもの。

 まるで生者と死者の間に立つ書記官めいた、異様に整った存在だった。


 その者は地に降り立つなり、冥斗へ深く一礼する。


「ご召喚に応じ、馳せ参じました」


 声は静かで、中性的で、不思議とよく通る。


「白貌の書記官アズレクト、王の御前に」


 冥斗はじっとその姿を見た。


 出た。

 また濃いのが出た。


 だが、今は助かる。


「面を上げよ、アズレクト」


「はっ」


 白い仮面の奥から覗く青い光が、冥斗をまっすぐ見つめる。


「封書庫が開こうとしている」


「存じております」


 アズレクトはすぐに答えた。


「王の封印式にのみ反応する古層術式の揺らぎを確認いたしました。起動条件から見て、何者かが外部から鍵穴をこじ開けようとしているものと推定されます」


 言っていることの七割くらいは分からない。

 だが、危険だということだけははっきり伝わる。


「間に合うか」


「王が直々に赴かれるならば」


 アズレクトは一切迷わず断言した。


「間に合います」


 その言葉には妙な説得力があった。


 ヴァルシアが横で口を開く。


「我が王。出立を」


 冥斗は一度だけ村を振り返った。


 ミリア。

 村長。

 疲れきった村人たち。

 残された防衛兵。

 まだ不安そうな顔は多い。

 それでも、絶望一色ではない。


 少なくとも今は、自分がいることで踏みとどまれている。


 なら、やるしかない。


「行くぞ」


 静かに告げる。


「封書庫を荒らす愚か者に、王の領分を教えてやる」


 ヴァルシアが頭を垂れる。


「御意」


 アズレクトもまた、杖を胸へ当てて一礼した。


「王命、拝受いたしました」


 夕焼けの残光が薄れ、空に夜の気配が落ち始める。


 その中で、森の最奥に立つ黒い光柱だけが、なおいっそう濃く昏く、空を汚していた。


 冥斗は左腕の包帯を軽く押さえる。


 疼きはない。

 だが、確かに“呼ばれている”。


 自分の黒歴史の果てにあるものへ。

 冥王ルイン=クロノスという存在の、もっと奥深くへ。


 そして三人は、夜へ沈み始めた森の中へ足を踏み入れた。


 その先に待つものが、ただの遺跡調査で終わるはずもないと知りながら。

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