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あやかし居酒屋「酔」  作者:
◆・◆ お品書き ◆・◆

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3/7

スパイスカレー・彩り野菜の素揚げ添え 1


視線の応酬、もとい聞き役の押し付け合いに負けた綾は、ポテトサラダが半分ほど減った時点で恐々と声をかけた。


「それで雪音さん、なにがあったんです?」


箸を操っていた雪音の動きがピタリと止まった。


一瞬店内に緊張が走った……が、先程よりは気持ちが落ち着いたのか、俯いた雪音が冷気や吹雪を放出することはなかった。


「フラれたの」


「ええ?!」


思わず声が漏れた。

反射的に大きな声を出してしまった自分の口を慌てて押える。


恋人がいることはちょくちょく話にも出ていたし知っていた。

お相手には会ったことはないが、結婚目前でつい最近になって同棲をはじめていた筈だった。


なのに何故?


「どうして……」


眉を下げてそう問いかけたのは、おしとやかな妖艶という一見矛盾しそうな容貌を兼ね備えた美女の糸織(いおり)だった。


着物の胸元を押し上げるはち切れそうな大きな胸と、緩く波打つ艶やかな黒髪。お色気抜群のその見掛けと裏腹に、大人し気な雰囲気の彼女の正体は女郎蜘蛛(ジョロウグモ)


カウンターに座る雪音も糸織も見掛けは人間そのものだ。

ただし、ものすっごい美女。


悲し気に沈黙したままの雪音に、他のテーブルの女性客から発せられた「まさか相手の浮気じゃないわよね?」の一言に店内の女性陣が「は?」「許せない」と冷気を漂わす。


冷気を生み出すのって雪女じゃなくても出来るんですね。


だが、見知らぬそのお相手に対して「最低」「クソが」と殺気を向ける一同に、雪音はゆるゆると首を振った。


「違うの。浮気されたわけじゃない。そうじゃなくて……」


そこまで口にしたところで、耐えかねたようにじわりと再び涙が滲んだ。


「付き合ってるだけの時は上手くいってたの。本当にすごく幸せで、だけど結婚する前に少しでも早く一緒に暮らしたくて、同棲をはじめたら……」


「一緒に暮らすまでは見えなかった部分が見えてきたってことですか?」


糸織の言葉に雪音はふるふると首を振る。


その拍子に涙が一筋頬を伝って、整った顎先から落ちる瞬間に綺麗な結晶と化してカウンターへと転がった。


「彼……彼が…………「お前と居ると暖房費がバカ高いんだ!」って!!それで、別れようって!!」


「まさかの理由っ?!」


思わず叫んでしまった綾は悪くないと思う。


だって破局の理由がまさかの暖房費。

いや、確かにある意味すごく切実で現実的な問題なのかも知れないけど……。


お相手をディスってた女性陣一同もどう反応していいのか一瞬固まった。


「で、でもほらっ、結婚してから上手くいかないよりまだマシかもしれないですし!」


雪音を慰めたい一心で綾は苦し紛れにそう手を打った。

慰めの言葉が微妙なことは自分でも重々理解している。……してはいるが、他になんと言えばいいのかわからないのだから仕方ない。


周囲に冷気を振りまくのは雪女の特性上仕方がない。

いっそ「夏場は大助かりですよね!クーラー要らずで!」とでも言えばいいのだろうか?

どっちにしても微妙な慰めには変わりなかった……。


「そ、そうですよ。そんな器の小さな殿方でなく、雪音さんならもっといい方と出会えますわ」


糸織も必死に言い募る。


それから用意したのはスパイスカレー。


失恋のショックであまり食欲がないという雪音だが、スパイスの香りは食欲を増進させる効果があるし少しでも食べて欲しい。

弱っている時こそきちんと食べることは肝心だ。


鍋の蓋を開けた途端に漂うスパイスの香りに他の客からも注文が殺到し、大忙しで綾は準備に取り掛かる。


皿にライスとスパイスをたくさん使ったピリ辛カレーを盛り付け、そこに添えるのは彩りも鮮やかな素揚げ野菜。


油との相性が抜群なナスに、ヤングコーンにズッキーニ、カボチャにオクラとカラフルな色合いが華やかで見た目にも楽しい。


「さぁ、ひとまず嫌なことは忘れて召し上げれ」



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