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17.何か面倒くさそうな人だな


──ルークとミスティーは、アイビー、プリエラ、ミラノ、ケインの4人を宿屋に残したままバルガ鉱山へ向かっていた。

 鉱山の(ふもと)に作られたこの街は、当然鉱山入口へは直ぐに辿り着ける位置にある。


 しかし、ルークとミスティーは鉱山の入口に辿り着けないまま立ち尽くしていた。


「あー、鉱山はこの先……だよな」


「そうだろうねぇ〜山自体は見えてるからねぇ」


「……廃坑になったとは聞いてたけどよぉ、まさかここまでするとはな」


 ルークの眼前には、木材で作られた巨大な壁があった。


「これじゃあ鉱山に行けねぇぜ。どうやって石探しなんてしろってんだ」


「一応門はあるけど、鎖でガッチリ締め切られてるねぇ〜よじ登ってみる?」


「入るなって言われると入りたくなっちまうよな」


 ルークとミスティーは顔を見合わせると、躊躇なく壁をよじ登り始めた。2人の姿は完全に不審者である。


「──コラァ! 何してんだオマエらぁ〜!」


 響き渡った怒声に、ルークとミスティーは壁のぼりを中断して地面に降り立った。

 2人の目の前には、涙目で眉を吊り上げた女騎士が立っていた。


「何してんだって、見てわかんねーのかよ。壁をよじ登ってたんだよ……ってあれ、よく見ると可愛い! お姉さんお名前なんていうんですか!?」


「えぇい寄るなぁあっち行け! っていうか、見習い騎士のくせに私の事知らないのか……うぅ、やっぱり私なんて……ぐすん」


 女騎士はがっくりと肩を落として、ほろりと涙を零した。ルークとミスティーは顔を見合せて、肩を竦めている。


「……うぅ、私は(しずく)の騎士 オフィーリア・アルマンドだ……これでも百聖剣の一人で、序列は90位だぞ……ぐすん」


「えぇえ!? あんた百聖剣なのか、全っ然見えねぇなぁ!」


「雫の騎士……あぁ、落涙(らくるい)のオフィーリアって貴方のことねぇ〜確か、いつまで経っても序列が90位から上がらないっていう……」


「うぅ……私の事知ってる方も絶対に馬鹿にしてる……ひどい、つらい……ぐすん」


 オフィーリアは涙をぽろぽろ流しながら鼻をすすった。ルークとミスティーはその光景を冷めた態度で見つめていた。


「あー、何か面倒くさそうな人だな。あんま関わんねー方がよさそうだ」


「怒ったり泣いたり情緒不安定だもんねぇ。じゃあ、私たちこれで失礼するんでぇ〜」


「うぅ、そうか……って、待て待て待てぇ! 勝手に話を終わらせるな! あとそこ登るのやめろ!」


 再び壁をよじ登り始めたルークとミスティーにオフィーリアが怒鳴った。2人は地面に降り立ち、面倒くさそうにオフィーリアに向き直る。


「……なんだよ。俺たちは任務で忙しいんだから邪魔しねえーでくれるかなぁ」


「その任務の指揮官が私なんだよこのバカ共! だいたいどうして集合時刻前に勝手に鉱山に侵入しようとしているんだ!」


「えぇ、オフィーリアが俺たちの指揮官なのか!? つーか指揮官がいるとか聞いてねぇし」


「サー・リコリスが顔合わせの時に言ってたよぉ。それならそうとオフィーリアも早く言ってくれればいいのに〜」


「あの、私のこともサー・オフィーリアって呼んで欲しいんだが……え、これ私がおかしいの?」


 オフィーリアがルークとミスティーの態度に狼狽えながらそう言った。無論おかしいのは二人の方である。


「……こほん、バルガ鉱山攻略は私の指揮の下、綿密な計画を立てた上で決行する。今日は私が事前に調べておいた情報を共有するだけの予定だから、鉱山に突っ込んでいくのはやめろ!」


「そういうことなら分かったぜ。じゃあどっかで時間潰すか……ミスティー酒屋でも探そうぜ」


「いいけどわんこ君お金持ってるの?」


「犬のエサ代って飼い主が払うもんだろ」


「あはは、そだねぇ〜」


 ルークとミスティーはオフィーリアをその場に置き去りに、さっさと街へと戻り始めた。

 オフィーリアは小さくなっていく二人の背中を呆然と見つめながら、ほろりと涙を零した──




* * *




「──なぁ、そういえばなんだけどよぉ」


 オフィーリアを置き去りに街へ向かう道すがら、ルークが思い出したように口を開いた。

 少し前を歩くミスティーは歩き続けたままルークの方に耳を傾ける。


「俺たち最近ずっと尾けられてんだろ。あれ、心当たりはあんのか?」


「あは、わんこ君流石だねぇ。ちゃんと気づいてたんだぁ」


 ルークはミスティーと行動を共にするようになってから、それとなく何者かの視線を感じていた。それは日増しに強くなっていき、王都ベリアルからこのサタナキア領へ移動した今も続いていた。


「アレはそんなに気にしなくていいよ。私の事()()()()()だけだからぁ」


「……そうか。んじゃ気にしねー」


「ん〜? 随分と素直なんだねぇ」


「敵じゃねぇなら気にするだけ無駄だからな。腹減るだけだ」


「……へぇ」


 ルークとミスティーはそれっきり尾行についての事には触れずに、他愛のない話をしながら街へ向かった。



──街の酒屋で腹ごしらえをしたルークとミスティーは、正規の集合時刻に合わせて再びバルガ鉱山前の壁を訪れた。

 到着すると、既に待機していたアイビー達が怪訝な表情で2人を出迎えた。


「2人とも何処へ行っていたんですか。隊を組んでいるんですから勝手にそこらをうろつかれると迷惑です」


「マスターの仰る通り。そのまま消えてくれれば良かったのに……」


 憎々しげに言い放ったプリエラをアイビーが睨めつけた。プリエラは小声で「……なんでもありません」と呟いて、ルーク達から目を逸らした。


「わるいわるい、腹減ったから酒場で時間潰してたんだ」


「魚のオイル煮がおすすめだよぉ。ミートパイは味付けにあともう少し何か足りないって感じだったなぁ〜」


「普段肉に塩かけるだけで美味い美味い言ってる奴が何言ってんだ」


「うん、たぶんハーブの組み合わせが悪かったのかなぁ」


「無視かよ」


 ルークとミスティーの気の抜けた会話にプリエラが舌打ちをした。


「聞きましたかケインさん、わたくしもう干し肉と乾いたパンには飽き飽きしていましたので後で絶対に食べに行きましょうね!」


 一方、元殺し屋のミラノはルークとミスティーの食レポにあっさり感化されていた。しかし、ケインはミラノに返事をするどころか顔を見ることもしなかった。


「ちょっと、聞いてます? あ、ちなみにわたくし、評判の悪いものほど気になって注文しちゃうタチなんですよねぇ。わたくしがパイを頼むのでケインさんはオイル煮を頼んでください。わけっこしましょう?」


 ミラノはケインの正面に回り込んでそう言ったが、それでもケインはそっぽを向いてミラノの顔を見ようとはしなかった。ミラノはケインの態度に慣れているのか、気にする様子もなく引っ込んだ。


「……どいつもこいつも」


 プリエラが爪を噛みながら憎々しげに呟いた。隊を組んでから3日が経っていたが、隊としての纏まりは皆無に近かった。


「──諸君、待たせたな!」


 そんなまとまりの無い部隊の指揮をすることになった可哀想な騎士、オフィーリアが颯爽と登場した。聖騎士の証である紋章が刻まれたマントを翻し、若干芝居がかった口調であった。


「百聖剣が一振り、雫の騎士 オフィーリア・アルマンドだ。此度(こたび)はサー・リコリス殿にこの部隊の指揮を任された。ホワイトシェルの栄光と安寧の為、共に力を合わせて戦おう」


 オフィーリアがそう言うと、アイビーとプリエラが姿勢を正して1歩前進した。


「聖騎士見習い アイビー・べリスです。(ほま)れ高き百聖剣、落涙のオフィーリア殿の下で剣を振るえる機会、感激の至りです」


「同じく聖騎士見習い プリエラ・ルッツです。至らぬ身ですが、微力ながらサー・オフィーリア殿にお力添え出来るよう奮励(ふんれい)至します」


 アイビーとプリエラの挨拶を聞いたオフィーリアは、穏やかな表情で暫く2人を見つめたあと、ほろりと涙を流した。


「……ふぐぅ! よがっだ……まともな後輩が居てよがっだぁぁ〜!」


 あっという間に顔をぐちゃぐちゃにして号泣し始めたオフィーリアに、ルークとミスティー以外のメンバーが絶句した。


「大丈夫ですか? あらあら、こんなにお顔が濡れて……」


 子供のように泣き出したオフィーリアにミラノが慌てて駆け寄って、顔をハンカチで拭き始めた。


「うぅ、優しいね……君、名前は?」


「見習い騎士のミラノ・シナリスです。よろしくお願いしますねオフィーリアさん」


 にっこり微笑んでそう言ったミラノを見て、オフィーリアは再び涙を流して抱きついた。


「うぇぇえ! めっちゃいい子だぁぁ! もう好きぃぃぃぃぃぃぃ!」


「あらあら、泣き虫さんですね。ふふ」


 感情が暴走しているオフィーリアだったが、しばらくミラノが頭を撫でると落ち着いたので、引き続き頭を撫でられながら挨拶が進行した。


「俺はルーク。好きなもんは魚のオイル煮で嫌いなもんはクモだ。今月のスローガンは石を拾って陛下と結婚する」


「ミスティーだよぉ〜気が向いてる限りは協力しまーす」


「……うん、お前らがおかしいのはもう分かっている。突っ込まないからな」


 オフィーリアは頭を撫で撫でされながら強気な態度でそう言い放った。そして、最後に残ったケインの方を見た。


「……ケインだ」


「……え、それだけなのか? 何かもっとこう、アイビーとかプリエラのようにテンション上がること言ってくれないのか!?」


「……」


「じゃ、じゃああれだ! ほんと何でもいいからもう一言くらい何か言え! 晴れて部隊が集まった感想とか、それで私が勝手に調整するから!」


 ルークとミスティーは小声で「やっぱめんどくせぇタイプの奴だったな」「ね、おもしろいとめんどくさいが拮抗してる感じ。いや、ややめんどくさいが勝ってるかもぉ」などと、オフィーリアが予想通りの性格であったことに満足気な様子だった。


 オフィーリアは2人の様子を見て一瞬顔をしかめたが、ケインの挨拶でテンションを上げようと直ぐに目線をケインに戻した。


「さぁさぁケイン、私の部隊に入ってどんな感じ? 今どんな気持ち? 一言でいいから言ってみろ!」


 全員の視線がケインに集まった。ケインは無表情のまま、気だるげに抑揚のない声を発した。


「……気分が悪い」


 ヒューと、かわいた風が一同の間を吹き抜けた。


 オフィーリアがほろりと涙を流した──



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