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Come back to the moon water  作者: 白古賀
Chapter2 <Running out from home>
21/45

2-9

 翌朝。

 キラナの言った通り特に何の問題もなくホテルを出たベレンたちは、キラナの案内に従ってキエフ郊外の工場に辿り着いた。

 ここから先の段取りは全てキラナに任せてある。


 ――「<челове́к(チラヴェーク)>を、受け取らないと」


 ベレンたちが家を出る前、キラナが真っ先に言ったことはそれだった。


「それは君が設計していたものか?」

「はい。……ご存知だったんですね」

「ああ、申し訳ないが、貸したPCで君が何をするのかは確認させてもらっていた」

「そうですね。それは当然です」


 キラナは頷いた。


「それで、その<チラヴェーク>……を受け取るにはどうすれば良い? キエフを目指すのか? その後の段取りは?」

「キエフについてから段取りは、私の方で行います。既に発注して製造も開始されているので、向こうに着くころには完成していると思ういます。私の方で担当者と話しますので」

「そうか……わかった、ならそれは任せよう。とにかく、キエフを目指せば良いんだな」

「はい、お願いします」

 

(ここから先はキラナ次第か……)


 ベレンは一瞬の回想のあと、キラナの様子を伺う。

 キラナは特に変わった様子もなく、工場の向こう側を見ている。

 工場の敷地の入り口で二人が待っていると、一人の男が近づいてきた。


「こんにちは。キラナ・ラートリです」


 男が何かを喋る前に、キラナがまず話しかける。


「これはこれは、あなたキラナさん……でしたか」


 男は少し驚いた表情で答えた。


「想像以上にお若くてびっくりしました。私はアンドレイ・ホーカー。この工場での設計主任をしております」

「あらためてよろしくお願いします、ホーカーさん。私の依頼を受けてくださり、ありがとうございました」 

「いえいえ。チェレンボーン博士にはお世話になりましたからね。それに、私の方も暗号化プロトコル開発とデバイスブートローダーの調整をいただいて助かっております」


「それでホーカーさん、例のものは……完成していますか?」

「はい、できておりますよ。確認しますか?」

「はい。確認完了次第、すぐに受け取りしたいです」

「すぐにですか。成績試験は簡易試験しか実施できていませんが、よろしいので?」

「大丈夫です。すぐに使いますから」

「わかりました。ではすぐに最終動作確認含めての起動準備をさせましょう」


 ホーカーは携帯端末を取り出すとどこかに連絡し「クライアントがいらっしゃった。すぐ起動準備に取り掛かるように。アクティブ状態で納品する」と言ってから通話を切る。


「ではこちらにいらしてください」


 歩き出したホーカーについてしばらく移動すると、大きな建屋に辿り着いた。大型の航空機でも入りそうな建屋だ。

 男に連れられて建屋に入り、その中でベレンが見たものは――


「これが、<челове́к(チラヴェーク)>……か……?」


 そこにあったのは、全長20メートルを超える、白い巨人だった。

 四角いモジュールを繋ぎ合わせたような躯体は胴体に対してやや小さめの腕部と、やや大きめの脚部、そして小さくも複雑な形状をした丸い頭部を持っており、さらに最も特徴的だったのは――その背中にある細長い翼のような六枚の放熱板だった。


 かつて人型宇宙航行機ヒューマニック・スペースクルーザーと呼ばれるものが各国で研究されていた。

 それまでの宇宙船とは異なり、手足や稼働翼を用いたAMBACと流体リアクションホイールによる姿勢制御を行うそれは、宇宙空間でのバーニアを使わない高度な姿勢制御を可能とする、という触れ込みだった。


 だが、実際にはAMBACの効果は理論値を大幅に下回り、製造、点検コストがメリットと釣り合わないことから、実験機以外はほとんど製造されずに廃れたものだった。

 いわば「失敗した技術」のはずだったのだ。

 だが……


「主任! 起動調整完了しました!」


 <チラヴェーク>の胸部がスライドして開き、中から作業服の男が声を上げる。

 「主任」と呼ばれたホーカーは手を上げて答え、


「キラナさん、どうしますか? 今から最終の立ち合い検査を行いますか? それとも……」

「いえ……すぐに乗ります。私の方で最低限のチェックをしたら、そのまま飛ばしますから、準備をお願いします」

「そうですか……わかりました。重力制御装置は基本動作試験しかできていませんが――」

「大丈夫です」


 キラナは主任の言葉を遮って言い「ベレンさん」と声をかけ、<チラヴェーク>に向けて歩き出す。


「乗るのか? これに……」

「はい」


 ベレンの問いに、キラナは頷く。


「これで、月まで行けるのか?」

「段取りがあります」

「……わかった」


 <チラヴェーク>のハッチからは作業服の整備員がワイヤー式の昇降機で降りて「アイドリング状態で待機させています」と声をかける。

 「はい、ありがとうございます」キラナは答え、ワイヤーのフットステップに足をかけ、手でワイヤーを掴む。


「ベレンさん」

「……ああ」


 ベレンも頷き、同じようにワイヤーを掴むと、キラナは手元のスイッチを操作した。

 ワイヤーはゆっくりと上昇し、<チラヴェーク>のコックピットへと誘う。

 まず開かれたままのコックピットハッチからキラナが入り、次いでベレンも入る。


「……意外と中は広いな」


 コックピットに対してベレンが最初に抱いた感想はそれだった。

 コックピットは左右二列の複座式となっており、それぞれの座席に様々な操縦装置やモニタがある。

 そしてその座席をぐるりと囲むように、さらに巨大なモニタが配置されている。

 座席とモニタの間には意外と隙間があり、シートの後ろにも何かの格納スペースが存在している。


「ハッチはわざと狭くしてあるんです」


 キラナは言った。


「強度面でも有利だし、万一のエアー漏れのことを考えても、ハッチは狭い方がなにかとメリットがありますから」

「なるほど」

「ハッチ閉鎖しますね」

「ああ」


 キラナの操作で正面のハッチが閉じられ、一瞬暗くなった後、周囲のモニタに周囲の景色が投影される。

 まるで自分たちが工場の中の空中に浮いているかのような景色だ。


「エアロックOK、スクリーンシステム……OK」


 一瞬周囲の景色の色が変わり、また元に戻る。


「リアクター電圧正常、出力をアイドリングからクルーズへ。重力制御システム……」


 ベレンは一瞬、少しだけ身体が重くなるような感覚を覚えた。

 それはすぐに戻り、そしてまた一瞬今度は身体が軽くなるような感覚――そしてわずかな衝撃。

「……重力制御システム、動作OK。リアクター出力、クルーズで安定。放熱率安定……OK、関節制御システム……OK、ナビゲーションシステム……OK」


 キラナは目まぐるしく変わる手元のディスプレイを見ながらスイッチ類を素早く操作していく。

 それから外部スピーカーのスイッチを押し込んだ。


「検査完了しました。問題なしです」


 キラナは言い、


「――出発します。入り口を開けてください」

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