31 得た力…その代償
目の前に広がる景色に思わず笑みがこぼれてしまった。
あのシエロの作り出した空間。
まるで長旅を終え、実家に帰って来た気分だ。
そんな経験はないんだけどさ。
それにしてもあの体験は何だったんだ?
「あれは…ああいうものだと思ってくれればいいよ」
自称心の友の声が聞こえてきた。
しかし、答えになってない。
まあ、そんなもんだよな。
どうせ、まともな答えが返ってくるなんて期待してないさ。
だから、怒ったりしないし…どうでもいいって感じだ。
「酷いなぁ。答えを期待しないのは勝手だけど、どうでもいいっていうのは傷つくよ」
そういえばコイツ、心の中を読めるんだったよな。面倒だなぁ。
「そう邪険にしないでよ。あの体験のお陰で空くんは空間コントロールを会得できたわけだしさ」
「え!?」
思わず驚きの声を漏らす。
それは嬉しいが、この自称心の友、本当に何者なんだ?
「言ってるだろ?心の友だって。じゃあ空くんの願いはこれで叶ったわけだ。もう会わないことを願ってるよ」
「会わないことを…願う?変なことを言うな。心の友とか名乗って会わない方がいいとか…何が目的なんだよ」
てっきり見返りでも求めてくるのかと思ったが、逆に会わないことを望む自称心の友に妙な胸騒ぎを感じてしまう。
「会わなくても心の友は心の友さ。見返りはそうだな…空くんが幸せに暮らしてくれたらそれでいい。俺の一番の願いだから…」
言葉の最後はまるで遠くに消えていくかのように細く、小さくなっていった。
一体何者だったんだ、アイツは?
と、のんびりもしていられないか。
俺は「空間コントロールを身に付けた」という言葉を信じ、シエロの作り出した空間を斬り裂こうと構え…。
「あれ?あの壁が…薄くなっていく?」
目の前にあった波打つ壁が少しずつ見えなくなっていく。まるでアニメでよくある幽霊がゆっくり消えていくような感じだ。
「あ…。手が戻ってる」
先ほど無くなっていた左手は当たり前のように元に戻っていた。
その左手で俺は壁のあったところに触れてみる。
何もない。普通に俺の腕が真っすぐ進み、別の空間に行くことはなかった。
「どういうことだ?」
意味が分からなかったが、あの空間が消えたことは分かった。
「シエロ、どうやら上手く行ったみたいだ…」
振り返りシエロのいた所を見てみる。
そこには横たわり動かないシエロがいた。
「シエロ!」
駆け寄り、シエロを抱きかかえる。
「え!?」
抱きかかえたシエロの体は…俺の腕が見えるほど透けていた。
「お、おい、シエロ!」
慌てて大声で名前を呼ぶ。
「聞こえてるから…叫ぶな…バカ」
いつもの憎まれ口は弱々しく、今にも文字通り消えそうだった。
「どうやら…空間コントロールを…会得したようだな…」
「お、おい、どうしたんだよ!どういうことだよ!」
必死に声をかける。
分かっている。そんなことをしてもシエロが回復しないことは。
でも、そうしてしまう。
問いかけよりもシエロを何とかしなくてはならないのに!
「スピリットスキル…は…魂の核…。それをお前に…譲ったんだ…当然の…結果だ…」
どういうことだ?
スピリットスキルを俺に譲ると…いや、考えてみろ。
今まで俺にスピリットスキルをくれた焦馬や雫は…死んだ人間、いや、存在を消された者ばかりだ。
生きている者からスピリットスキルをもらったのは…今回が初めてだ。
「そんな…間抜けな顔…するな。ナビゲーターとして…お前が生き残る…最善策を講じた…だけだ」
最善策…。
本当にそうなのか?
俺はシエロ無しで、次の戦いに勝てるのか?
「おいおい…最強のスピリットスキルを…得たんだ。…もっと嬉しそうに…しろよ」
「できるかよ!お前が死ぬとか…先に言えよ!」
思わずシエロを抱きかかえる手に力が入る。
「言えば…お前は甘いから…拒否…しただろ?」
「そりゃあするだろ!お前を殺さなくても俺は空間コントロールを身に付けてやるよ!」
俺の言葉にシエロはいつものため息をついた。
「そういうなら…俺が…こんなことする前に…身に付けろよ…」
言い返せなかった。
そうだよな。
俺が不甲斐ないからシエロはこういう手段に出たわけだよな。
「そう…落ち込むな。お前は…奇跡を…起こしたんだ。…自慢して…いいくらいだ」
自慢?何を自慢しろと言うんだよ!?
シエロを犠牲にしなきゃ生き残れないくらいのしょぼい俺のどこが自慢できるんだよ!
「いいか…俺はお前のために…犠牲になったわけじゃ…ないからな」
「どこがだよ!これを犠牲以外なんて言うんだよ!」
「…使命…かな」
そうだ。
シエロはなぜか分からないがオーチェに対して忠誠を誓い、ナビゲーターという使命を全うしようとしていた。
それは、ここまでしなくてはならないことなのだろうか?
自らの命を犠牲にしてまで…やらなくてはならないことなのだろうか?
「お前には…生き延びてもらわないと…俺が…何のために…ここにいるか…分からないからな…」
「俺が…生き延びる…ため?」
俺のために命を懸けている…ということなのか?
そうだとしたら、全く分からない。
俺はシエロにそこまでされる理由が思い浮かばないし、そんな関係でもないはずだ。
戦う者とナビゲーター。
会って一か月も過ぎてない。
それなのにどうして…。
「そんな顔するなって言っただろ…俺は…俺のためにやったと…言ってるじゃないか…」
「どうしてそこまでするんだよ!オーチェに何の恩義があるんだよ!いや、恩義があったとしても死ぬことはないだろ!」
そんな俺の必死の言葉をシエロはいつものため息で一蹴した。
「何度も言わせる…な。俺は…誰のため…でもない。俺のために…お前を…助けた…までだ」
どこまで格好つけてるんだ、この猫は…。
そんなキャラじゃないだろ、お前は…。
「まさかお前がそこまでするとは思わなかったな」
いつの間にか俺の前に誰かが立ち、そっとシエロの頭に美しい手が添えられる。俺のよく知るあの美しい手だ。
「オーチェ…せっかく助けてもらったのに…」
「もういい。お前は…未来に繋いだ。後は空が継いだ魂と共にグラディオスを勝ち抜き、セロを止めてくれる」
オーチェさん?勝手にスゴイ約束しちゃってますけど!?
いや、当然それを目指して戦ってるけどさ、それは俺が言うべきセリフであって…オーチェが代弁しちゃったら俺は何を言えばいいんでしょうか?
というか、そこはどうでもいい。
シエロってオーチェに助けてもらったんだ。初めて知ったよ。
「お…おい…どういうこと…だよ…」
急にシエロの様子が変わる。何かに驚いているような感じである。
「何なんだ…これは…。オーチェ…俺に見えている…これは…」
シエロのヤツ…何が見えているんだ?俺には何も見えていないけど…。
「それ以上何も言うな、シエロ」
初めて聞いた威圧するようなオーチェの声。
態度は変わらないが、その声は、今にもシエロを殺さんと言わんばかりに威圧的だった。
「ウソだろ…。これが…俺の見えていることが…こんなものが…真実…なのか…」
言葉を終える前にシエロは…光の槍のようなもので頭を貫かれ、意識を失い、そのまま消えた。
光の…槍!?
「敵か!?」
俺は悲しむ前に立ち上がり身構える。
「敵ではない。今のは私だ」
目の前にいる者からの言葉。
俺は息を呑んだ。
「オーチェ、お前が…シエロを…殺したのか?」
「そうなるな。ほんの数秒、命の終わりを早めたとは言え、殺したと言えるな」
お…おい。どういうことなんだよ…。
オーチェが…シエロの命を救ったオーチェが…シエロを殺した?
「どうしてだよ…」
混乱した頭で言えたのは、この程度の言葉であった。
「あれ以上はお前も知らない方がいい。シエロも通常の状態なら口をつぐんだかもしれないが…さすがに死にかけていては無理だったのだろう。だから私が止めた」
オーチェは感情の無い声で、まるで説明を読み上げる機械のように理由を話した。
そんなオーチェに俺は恐怖すら感じた。
「全てはこの世界を守るためだ」
オーチェの目は俺を真っすぐ見つめていた。
純粋で、迷いのない美しい瞳。
そうか、オーチェの目的はセロを止めること。殺すことじゃない。殺せば、この世界そのものが崩壊する。
そう、オーチェはこの世界を守るために動いている。
もし、シエロがこの世界の何かに気が付き、世界の崩壊に繋がる可能性が出てきたとしたら…。
「余計なことを考えない方がいい。お前は次の戦いのために強くなることだけを考えていればいい」
さてと、こういう場合、マンガやアニメならオーチェは実は悪者で最終的に戦うことになるパターンが多いと思うけど…そうなるのだろうか?
「サポーターはもういないが、今のお前なら一人でも戦える。お前はもう最初の頃の未熟な魂ではないからな」
未熟な…魂。
確かに俺は最初の頃、逃げ出したりもした。未熟と言われても仕方ない。
しかし、ここまで成長できたのはシエロがサポーターとして俺を育ててくれたからだ。
そのシエロを殺したオーチェの言葉を…俺は素直に当然のこととして受け止めることはできない。
「もし…戦わないと言ったら?」
俺は思い切ってオーチェにカマをかけてみた。これでオーチェの真意が少しでも分かれば…。
「ならば、お前の次を探すまでだ」
迷いのない即答に俺はたじろいでしまった。
これだけ戦ってきた俺に対しても、シエロと同じで何の思い入れはないのかよ…。
「ただ、お前は戦いから逃げて何をするのだ?」
思わぬ問いに俺は声を失う。
「私はこの世界を守るために行動する。そのためにはお前が戦わないならお前の代理を探して何としてもグラディオスを勝ち抜くつもりだ。お前はこの戦いから逃げて一体何をするつもりなのだ?」
オーチェ本人は特に意図はないかもしれないが、俺にはこの言葉は尋問のように聞こえた。
俺は…何をするんだ?
この力を持った以上消されるかもしれない。
以前、シエロがスピリットスキルを覚醒したものは危険視されて消されると言っていた。
その脅威と戦う日々を送るのか?
それでセロを殺せばいいのか…?
セロを殺して世界を終わらせるのか?
でも、それじゃあ世界が滅ぶ…。それを望むのか?
「頼む。お前はもう逃げるような臆病者ではないはずだ。この世界を守るために戦って欲しい」
「あのな!この状況で…」
オーチェは俺を怒らせようとしているのかと睨み返したものの、俺は何も言い返せなくなってしまった。
オーチェの無表情の頬を流れる涙。
俺は言葉を失った。
「どうした?何を言おうとしたのだ?」
声はいつもと変わらない。
しかし、その頬を流れる涙は止まることなく流れている。
「ん?ああ、これか?気にするな。大したことではない」
世の中に、自分がなぜ涙を流しているのか分からないヤツはいるのだろうか?
神の使いだからなのか?
オーチェはさっと涙を自分の指で拭きとると俺に背を向けた。
それはまるで、涙を拭くというより顔に付いた埃を払うように見えた。
気のせいだろうか?
しかし、俺には一つ疑問が生まれた。
オーチェはなぜ、この世界を守ろうとしているのだろうか?
シエロもシエロで異常なまでの使命感で動いていたが、オーチェはそんな次元のものではないように思える。
「なあ、どうしてそこまでしてこの世界を守ろうとしているんだ?」
小細工無しに自分の疑問をオーチェにぶつけてみる。
まともな答えを期待してはいない。
自分が今できることをしたい…たったそれだけの軽い理由で聞いただけだった。
「それは…答えられない」
そうだよな。そんな答えが返ってくることぐらいは…。
「だが、お前のためでもある」
思わず「えっ!?」と声が漏れる。
しかし、その言葉は俺の感情を逆なでし、感情が決壊してしまった。
「俺の…ためだ?俺がどれだけ犠牲にしてここに立っていると思っているんだよ!俺のため!?どこが俺のためなんだよ!さらにもう一回戦って…もし…また誰かを犠牲にするのなら…俺のためなんかに…ならないんだよ!」
俺は…オーチェの細い肩を力の限り掴み、大声で叫んだ。
そんな俺を眉一つ動かさずに見つめるオーチェ。
先ほどの涙がまるで嘘であるかのように無表情である。
「何とか言えよ!」
「言えると思うのか?」
オーチェの一言で我に返る。
そうか、肝心なことは言えないんだよな…。セロに止められてしまうもんな。
でも、そうなら俺のため…とはどういうことなんだ?
「そろそろその手を放してもらえないだろうか?」
言われて慌てて俺は手を放す。オーチェの両肩にはくっきりと俺の握っていた跡が赤くなって残っていた。
「…ごめん」
俺は咄嗟に謝罪の言葉を口にした。
あの赤い手の跡を見ていると罪悪感しか出てこないからだ。それを払拭したいがために出た言葉である。
「気にすることではない。全てを知っている私から見れば、全てを知らないお前の行動は決しておかしいことではないからな」
全てを知っている…?
いや、セロの使徒なら知っていてもおかしくはない…のか?
「なあ、全てって…何なんだよ?」
またもや返ってくるはずのないことを聞く俺。何でこんな無駄なことをするんだろうな…。
「この世界の真実だ」
不意打ちである。
明確な答えではないが、答えてくれた。
この世界の…真…実?
「どういう意味だよ、それ…」
「それを答えられると思うのか?お前もそれくらいは理解しているだろう」
今回は予想通りの答えが返って来た。
まあ、そうだよな。そんなもの簡単に話してくれるなら苦労はしないってもんだ。
「明日は…いよいよ最後だな。健闘を祈る」
そういうとオーチェはスーッと消えていった。
俺はその場にへたり込んだ。
今日は色々あり過ぎた。
空間コントロールを身に付けた。
シエロが死んだ。
そのシエロをオーチェが殺した。
しかも俺のためにと言う。
頭の中で何も繋がらないし、空間コントロールの修行もできていない。
明日だけの修行で…しかもシエロ無しで…俺はグラディオス決勝を勝つことはできるのだろうか?
誰も答えてくれない問いを胸にしまい込み、俺は廃工場を後にした。




