第二十六回
「どうやら、見つかってしまったようだな。」
県令は屋根から飛び降りると、そのまま迪拉科へ飛び蹴りを放った。その一撃はとてつもない威力で、たった一発で迪拉科のHPを半分も削り取る。彼はその場に膝をついた。
その瞬間、残っていた衛兵たちの身体が次々と変化し始めた。犬人から狼人まで姿は様々だったけれど、全員が犬科の獣人だ。犬の頭に巨大な人間の身体。もちろん県令自身も変身し、狼の頭を持つ人型の怪物へと姿を変えた。
「あ、本当に狼人だ。」
蕾娜の一言で、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
艾莉亞も思わず吹き出してしまった。
「あれは狼妖。」
東洋と西洋の違いなのかな。こっちでは【狼妖】と呼ばれていて、見た目も少し違うみたいだ。
「一斉に来るぞ!気をつけろ!」
作戦は単純だった。
迪拉科が狼妖を引き受け、その間に残りの五人で雑魚を一掃する。僕たちのパーティーにはタンクが一人しかいない。だから迪拉科のHP管理が最優先になる。
理論上なら、瑪莉亞も南宮世家だからタンク役は務まる。でも彼女は重鎧を装備する武功ではなく、軽装の槍使いを選んでいた。【奇幻秘境】でも目指していたのはヴァルキリー。軽装で魔法を扱う槍士という、状況対応力の高い職業だ。【武俠仙蹤】には魔法はない。それでも瑪莉亞は短槍を自在に振るい、凛々しい姿で獣人の群れを駆け抜けていく。
艾威恩は華山派。剣筋は軽やかで流れるように美しく、どこか仙人のような気品すら漂わせている。しかも技を収めるたび、余裕たっぷりに剣花まで描いてみせた。
その反対に、蕾娜は少し苦戦していた。彼女が入門した玄陰門は暗殺を得意とする門派で、使う剣はとにかく細く、そして長い。忍者のような二刀流を思い描いていた蕾娜には、かなり扱いづらそうだった。
でも、同じようにゲームが変わったはずなのに、艾莉亞だけはまるで問題なさそうだ。一掌ごとに獣人を吹き飛ばし、壁へ叩きつけていく。……敵じゃなくて、本当によかった。
おかげで二分もかからず第一波の衛兵を片づけ、全員で狼妖に集中できた。狼妖は素早く、攻撃力も高い。でも防御力は低めだ。
迪拉科は攻撃を当てるたびに五~七%ほどHPを回復できるため、僕たちが戻るまで何とか持ちこたえられた。
僕は金創薬を塗って回復させ、すぐに戦線へ送り返す。
「梨花槍法!」
「華山剣法!」
槍と剣が同時に狼妖へ突き出される。しかし狼妖は軽く跳躍し、あっさりと回避した。
「玄陰標!」
「飛針法!」
空中へ浮いた狼妖を狙い、僕と蕾娜が同時に暗器を放つ。ところが狼妖は空中でさらに足場を蹴るように跳び、もう一段高く飛び上がって避けてしまった。
「はぁぁっ!金剛掌!」
そこへ待ち伏せしていた艾莉亞が、狼妖の額へ渾身の掌打を叩き込む。
ドォンッ!!
狼妖は地面へ叩き落とされ、石畳まで砕け散った。
その一撃だけでHPが五%も吹き飛ぶ。
「くっ……あり得ん!」
HPが四割を切ったことで、ボスは明らかに焦り始めた。そのまま逃げ出そうとし、新たな衛兵たちを呼び出して足止めを図る。
「【奇幻秘境】の同じクエストだと、ボスは隠し部屋へ逃げて、隠していた子供を食べて回復するんだ。全部食べられたらクエスト失敗になる!」
「じゃあ、先に行く?」
僕は金針を取り出しながら尋ねた。
「どうしたの?」
「来るの!?」
艾莉亞が目を輝かせる。僕が何をするのか知っているのは、実際に見たことがある彼女だけだった。
次の瞬間――。
全員の視界が黄色い光に染まった。一瞬だけ閃いた金色の光。その直後、犬族の獣人たちが一斉に地面へ倒れ伏した。
艾威恩の目には、一本の黄金の閃光が風を切り裂いたように映っていた。数え切れないほどの金色の軌跡が空を駆け抜け、幾筋もの残光を描いていく。ほんの数秒だったはずなのに、永遠にも思える時間。やがて黄色い小さな人影が静かに着地し、ふぅっと息を吐いて額の汗をぬぐう。
その瞬間――艾威恩は、ただ美しいと思った。
速すぎる動きと、内力を使い果たした反動で、僕は頭がくらくらした。身体がふらりと揺れ、そのまま前へ倒れ込む。
でも、痛みは来なかった。気づけば僕は、誰かの厚い胸の中へ抱き止められていた。
「大丈夫か?」
艾威恩が僕を抱えながら心配そうに聞く。
「だ、大丈夫だよ。」僕は小さく笑って手を振る。「ちょっと内力を使い切っちゃっただけだから。」
「それより、みんな早くボスを追わなくていいの?」
そう言って顔を上げると、艾威恩は僕を見つめたまま固まっていた。
何も返事がない。
迪拉科が肩をぽんと叩くと、彼はびくっと身体を震わせる。
まるで夢から覚めたみたいに。そして慌てて両手を離した。
ゴンッ。
僕の後頭部が地面へ直撃した。
「ああっ、ご、ごめん! き、きみ……いや、お前、大丈夫か!?」
僕は苦笑しながら手を振り、みんなを急いで追い立てる。
……特に、ニヤニヤ笑っている艾莉亞の顔がすごく腹立たしかった。みんなが走り去る。
僕は壁にもたれながら座り込み、その背中を見送った。
……なんだろう。
「ここは僕に任せて先に行って!」
そんなセリフを言う英雄って、こんな気分なのかな。次に会うのは十年後だったりして……。
内力を使い切ると、回復速度は通常の十分の一まで落ちる。しかも内力が一割以上回復するまでは、プレイヤーはまともに動くことすらできない。今回は立ち上がれるようになるまで、丸々一分もかかってしまった。五種類の内功を積んでいるせいで、内力量そのものが桁違いなんだよね……。
ようやく屋敷の中へ入ると、クエスト達成の効果音が鳴り響いた。どうやら艾莉亞たちが勝ったらしい。
彼らはぞろぞろと屋敷から出てきた。その後ろには、大勢の子供たちが続いている。
話によると、一人も食べられることなく全員救出できたらしく、クエストはパーフェクトクリア。
追加報酬まで獲得できたそうだ。




