第二十二回
まずは、お待たせしてしまって本当にすみません。
家庭の事情がありまして、年明けに母が入院し、退院後もしばらくは介護や介護士さん探しに追われていました。ようやくここ二か月ほどで少し落ち着き、やっと執筆を再開できるようになりました。
香港では高齢者介護というと、フィリピンやインドネシアなど東南アジア出身の住み込みヘルパーさんをお願いすることが多いのですが、日本ではどんな形が一般的なんでしょう?
小説の更新もまた元のペースに戻していきます。もともと速筆ではありませんが、今回はもう少し頑張ります。
今回はまず5話、毎日1話ずつ更新します。
熱風が顔に吹きつける。
辺り一面が黄色い砂に染まった景色を見て、僕はようやく実感した。
――僕、長安まで来たんだ。
長安は、かつて歴代王朝の都として栄えた都市だった。
しかし、戦乱と過度な開墾によって土地は次第に砂漠化し、さらに江南地方が発展したことで、都も経済の中心も長江流域へと移っていった。
それでも現在の長安は、中国西北最大の都市であり、西域との交易の要衝であり、遊牧民族の侵攻に備える軍事拠点でもある。
長安最大の特徴は、碁盤の目のような都市構造だ。
街は坊と呼ばれる四角い区画に分けられ、中央を貫く朱雀門大街を中心として全部で百十の坊が並んでいる。一つひとつの坊が小さな町のようになっているのだ。
唐の時代には夜になると坊門が閉じられる「坊禁」という制度があったらしいけれど、ゲームではそこまでは再現されておらず、夜でも自由に出入りできる。
この制度は里坊制、あるいは坊市制と呼ばれている。
そして日本では条坊制。
そう、横の道を「条」、縦の道を「坊」と呼ぶ京都は、この長安の都市計画を手本にして造られたらしい。遣唐使が長安を視察し、そのまま日本へ持ち帰って新しい都を築いた――それが京都なんだそうだ。
そして僕の目的地は金剛宗。
金剛宗は西域諸国で信仰されている小乗仏教の宗派で、中国で主流の大乗仏教とは教義も修行法も大きく異なるため、お互いを異端視している。
金剛宗は外家拳で有名な門派だ。つまり、武功の中でも内功はあまり得意ではない。その代わり、インドのヨーガを取り入れた豪快かつ変幻自在な武術を扱う。
そして何より大事なのは――同じ仏門でも出家する必要がなく、坊主頭にもならないこと。だからゲーム内では少林より……ほんの少しだけ人気がある。
金剛宗の総本山は敦煌《とんこう-し》にある。
シルクロードの要衝として、古くから栄えてきた町だ。
初めて敦煌《とんこう-し》を見た瞬間、僕は言葉を失った。一面の砂漠の中に、突然鮮やかな緑が現れる。その美しさに目を奪われた。
そこが敦煌《とんこう-し》のあるオアシスだった。交易都市だけあって町は活気に満ち、旅人が絶えず行き交う。夜になっても街灯が灯り、昼のように明るい。NPCだけじゃなく、プレイヤーもかなり多い。
敦煌《とんこう-し》では綿花が採れるため、裁縫職には欠かせない素材の産地だからだ。それに羊肉や羊乳を使った料理レシピも多く、料理人プレイヤーも集まっている。
僕の目的地は月牙寺。敦煌の名所・月牙泉のすぐそばに建っている。
ちなみに「月牙」は日本語なら「三日月」だ。
「施主、お待ちください!」
寺へ入ろうとした途端、門番の僧侶に呼び止められた。……けれど僕の顔を見るなり、ぱっと表情を和らげる。
「これは失礼しました。男性がそんなに派手な紅緑の服を着ているものと勘違いしてしまいました。女性でしたか。貧僧、無礼をいたしました」
そう言って合掌し、一礼する。
「で、でも……僕、男なんですけど」
「男性? またまた、ご冗談を」
僧侶は僕を頭から足まで眺める。つられて僕も自分の姿を見下ろいて――
…………。
…………え?
う、嘘でしょ!?
なんで僕、まだ女装のままなの!?
着替えたはずじゃ――
……あっ!そうだ!
花語軒で女装して、そのまま自然に帰っちゃって……着替えるの忘れてたぁぁぁぁぁぁ!!
「そんな……貧僧のときめきを返してくださいよぉぉぉぉーーーーっ!!」
僕は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
自然すぎた。呼吸するくらい自然すぎて、全然気づかなかった……!最初は脚がスースーして落ち着かなかったのに、今じゃ完全に慣れちゃってるじゃないかぁぁぁぁぁ!!
これ、亞美に知られたら絶対笑われる……
「紫苑!」
……え?
今、亞美の声が聞こえた?
幻聴?
顔を上げると――
亞美がこっちへ歩いてきていた。
……ん?
僕は目をこすった。幻覚じゃない。
「亞美……?ど、どうしてここに?」
「会いに来たんだよ♪」
亞美は悪戯が成功した子みたいに笑った。
でも次の瞬間には、少しだけ残念そうな顔になる。
「本当は迪拉科と合流してから一緒に来るつもりだったんだけどね。まあいいや、先にみんなへ連絡しておくね」
小さくため息をついてから、
「あ、それと今はアリアって呼んでね」
「迪拉科って裕貴? あいつも来てるの?」
「もちろん!」
「二人とも名前変えなかったの?」
「変えたよー? 漢字にしただけ。奇幻秘境ではカタカナだったし♪」
艾莉亞は得意げに腰へ手を当てる。
「中華風なんだから漢字のほうがそれっぽいでしょ!」
「いや、それは違うような……」もちろん冗談だってことは分かっている。
同じ会社、同じエンジンだから、一度キャラを作ると見た目はほとんど変えられない。名前も変更できるのは最初の一回だけだ。
新規プレイヤー向けに新しいシリアルコードが配布された、という話は聞いていたけど……
「みんな、ほんと暇だね……」
「ゲーム代なんて安いじゃん。一番高いのはVRヘッドセットだし」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
……まあ、楽しんでるならいいか。
「しょうがないよ。うちのパーティーに、君の写真見て一目惚れした子がいるんだから」
「えっ、一目惚れ……ぼ、僕に?」
いや、それよりも。
「待って!? 二人だけじゃないの!?」
「違うよ? 奇幻秘境の固定パーティー、みんな来てる♪」
「うそぉぉぉっ!?」
僕は思わず半歩下がり、そのまま逃げようと振り返る。
でも、その動きを読んでいた艾莉亞に腕を掴まれた。
「逃がさないよ?」
悪魔みたいな笑顔を浮かべながら、パーティー申請を送ってくる。その圧に負けて、拒否ボタンを押す勇気なんて全然出ない。でも承認するのも……
悩みに悩んで三十秒。タイムアウトで申請は自動キャンセルになった。
艾莉亞がぴくっと眉を動かし、じっと僕を見つめる。その視線だけで心臓が跳ねた。昔、彼女におもちゃ扱いされていた頃の記憶が一気によみがえり――
僕の体は反射的に土下座していた。
再び送られてきたパーティー申請。僕は抗うこともできず、「承認」を押した。
「それで?何しに来たの?」
事情を説明すると、金剛宗所属の艾莉亞が案内役になってくれた。門番のお坊さんは相変わらず妙な目で僕を見ていて、なんだか食べられそうなくらいだったけど……
さっきのやり取りを全部見ていた艾莉亞は、ずっとニヤニヤ笑いながら僕をからかってくる。そんな居たたまれない空気の中、僕は急いで金剛伏魔功を習得して、その場を後にした。
金剛伏魔功は金属性の内功であり、金剛宗の初級内功でもある。
これでようやく、僕は無属性構築を完成させられるようになった。
五仙心法(木)
百花心法(土)
玄陰訣(水)
噬血経(火)
金剛伏魔功(金)
葵花神功(無)
飛仙身法
繡花功
飛針法
採集
これが普段使いの構築だ。
煉藥をする時は、採集を煉藥へ入れ替えればいい。
もちろん、もっと強い武功を見つければ戦術の幅も広がるし、新しい軽功を覚えれば機動力だって上げられる。
「ねえ、その葵花神功って、どれくらい強いの?」
僕は実際に見せることにした。
相手は艾莉亞が初心者クエストで戦っていた角羊。
大きな角を持つ羊型の魔物で、分厚い羊毛のおかげで防御力は高いけれど、攻撃は単調なので初心者向けの相手だ。羊毛と羊肉を落とすから、狩る人も多い。
視界が一瞬ぶれた。気づけば僕は元の場所へ戻っていて、角羊はすでに倒れていた。
「すごーい!」
えへへ。
……でも。
速すぎて、ちょっと気持ち悪い。うっ……吐きそう……!




