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 ドリンクが運ばれてきた。美佳は少し口につけ、「このジュースの味が、スーパーと変わらないのが笑える」と、スタッフへ聞こえよがしに悪態をついた。そんな美佳を見て、男と女の相性というのはつくづく複雑なのだなと思った。

 そそくさと帰った彼にしてみれば美佳ほど愛しい人はいないのだろうし、私にとってみても、根底に慣れというものがあって相性を超越している。どんなに口が悪くても、幼い頃から絶えず一緒に過ごしてきたせいかもしれない。

「それで聞きたいことは?」

 美佳は悪態をついたジュースを飲まずに、ワインを頼みながら言った。

「並行世界」

「何だって?」

 美佳が目をきょとんとさせる。それは美佳が幼い頃、おとぎ話のお姫さまに憧れていたときまでさかのぼらなくては表現できない、そんな純真な目だった。同時に頭から爪先まで、私を一瞬で見まわしたことで何かを感じたのも理解できた。

「太一、あんた今まであたしが付き合った男の名前、全部言えるよな。こんなあたしだけど、太一には何でも話してきたはずだからさ」

 確かに聞いた。けれどろくでもない男ばかりで聞いた先から忘れたというのが本心だ。

「数が多すぎてよく思いだせないけど、ロストバージンの話なら覚えているかな」

「言ってみな」

「今、ここで?」

「あたしに、つまらない流行語を言わせる気なの」

 仕方なく私は、声をひそめて男の名を告げた。「私の同級生だった、智也」

 美佳の表情が、また一変した。先ほどまで見せていたおとぎ話のお姫様から、毒リンゴを食べさせようとする猜疑心の強い魔女の目に変わった。

  

「あんた、もしかして太一じゃないだろ」

「意味がわからいな。君こそ、美佳じゃない気がする」

 と言ったとき、漠然と答に行き当たった。美佳を見ると満足そうに笑んでいた。美佳の男遍歴もロストバージンも、一瞬垣間見せた魔女の目も、単にここへ誘導させる前振りでしかなかったのだ。

「わかったろ、あたしは智也と最近会ったんだよ。そのとき違和感を覚えた。智也はあたしの胸にホクロがあることを知らなかった。処女を捧げたとき、何度もホクロを触っていたのにだ」

「それは、つまり……」

「鈍いな。今の智也とは違う別の智也に抱かれたんだよ。あたしはそのことがあったから、この世界の太一には智也に抱かれたことを言っていない。はっきり言ってやる。今の太一と今の智也は、かなり時間差があるけれど別の世界からやって来た人間なのさ」

「智也も?」

「たぶん目的は同じはずさ。ずいぶん前、あたしが行きずりの男とラブホに入ろうとしたら、知らない男と友里ちゃんが上気した顔で出てきた。そのときも電柱の陰に隠れている智也を見つけたんだ。あいつは友里ちゃんの相手の男を睨みつけていた。要するに太一と智也は分岐する芯が同じってことなんだよ」

 美佳の言いたいことは、私の芯は友里であって智也はその男がとなる。元の世界ではすでに終わってしまって修復不可能なので、ここに飛ばされてきたということなのだろうか。

  

 美佳から貴重な情報を得たのは大収穫だったけど、代償は大きかった。それを知ることによって、苦悩は私だけが抱えているのではなく、それぞれが違う苦悩を抱えていると知らされた。

 ランチを食べ終えて、解放されるとばかり思っていた私は「情報料は高いって、言ったよな」と、再度話す美佳の言葉に驚きを隠せなかった。

「うん聞いた」

「じゃ、付き合ってもらおうか」

「どこへ?」

「この上階にある客室」

 えっ? と美佳の顔を見た。美佳は目を険しくさせ、何の衒いもなくフロントのほうへ歩いていく。私は慌てて美佳のジャケットをつかんだ。

「ワインを二本も空けるから、酔っているんだ」

「酔わなきゃ言えないこともある。太一は、あたしのことを知らなすぎるんだよ」

「そうだとしても、美佳とは従兄妹だ」

「結婚するわけじゃないから心配するな」

「そうはいかない」

 私は美佳を引っ張って、正面玄関の外へ連れだした。

  

「友里ちゃんは太一を裏切ってんだぞ。それでもいいのか」

「かまわない、私は友里を愛してる」

 途端、美佳が今にも泣きだしそうな顔で私を見つめた。目も先ほどまでのように険しくない。おとぎ話のお姫様、毒リンゴの魔女、どの目が美佳の素なのカわからないが、故郷で暮らしていたときのよう純真な目になっていた。そこからかすかに伝うものを私は見つけた。

「そっか……友里ちゃんは幸せもんだな。あたしは初恋の男からずっと無視されて、変な男たちから付きまとわれてばかりいた。まるでピエロさ。小さい頃、太一はあたしに言ったよな。美佳をお嫁さんにしてあげるって、ずっと守ってあげるって。それを忘れやがって。あたしは片時も忘れたことがなかったんだぞ。智也に抱かれたのだって、腹いせというより気づいてほしかっただけだった……」

 美佳の目から、ぼろぼろ涙がこぼれている。私は何も言えなかった。このような状況の只中にいて慰めの言葉一つかけられなかった。ただ友里もそうだったが、口先だけで守るべき人を守らなかったのは事実だ。ずっと、それを変えたい思いに囚われていた。それだけに、ここへ美佳を置き去りにして帰るような真似はできない。

「最上階の展望台へ行こう。つらいときは見上げるよりも見下ろしたほうが楽になる。そこから見れば、人の悩み何て蟻んこよりも小さいと思えるから」

「わかった。だったら一つだけ教えてくれ。もう一つの世界で、あたしはまともに生きていたか。好きになった男から友里ちゃんみたいに愛されていたか」

 答えられなかった。美佳は美人だ。それだけに言い寄る男は星の数だけいた。でも美佳はいつだって、私のようなダメ男にほだされる。そして裏切られる。


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