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私は友里の返事を待った。
すると友里は「平日だし仕事だから、よほど体調を崩さない限り……たぶん利用する」と、私の思惑を無視して言った。
「たぶん? それじゃ、私が休んでほしいといったら、休めるの」
執拗に問い質すと、友里は困惑気味に携帯を手に取った。スケジュールをスクロールしている。
「……無理かも。イブの日は国道沿いのレストランで、七時から慰労会が入っているの」
「国道沿いのレストランって、私たちの行きつけだった店?」
まさかと思った。そこは私がプロポーズをした場所だ。もちろんプロポーズをされることを知らない友里にとってみればどうってことがないのかもしれない。指輪もしていないし、交際していたことだって眉唾なのだ。
「私たちは恋人だった?」
「うん、二年間交際したよ。いきなり消滅してしまったけどね」
「それは、プロポーズもしないで別れたということ」
「されなかった。わたしのほうから別れたいなんて、一言も言わなかったのに……」
「どうしてだろう。君は私にとって、いちばん大切な人のはずだったけど」
友里が口ごもり、何かを訴えるようにして瞳を潤ませる。
「もう少し時間があれば……きっと誤解が解けたかもしれない」
その口ごもった返答によって私の中で何か弾けるものがあった。もしかしたら友里は過ちを犯したのかもしれない。たぶんそれを知って婚約を取りやめたのだ。
「その誤解だけど、さっき駅ですれ違った人と関係あるのかな。慰労会も」
まったくの当てずっぽうだったけど聞いてみた。しかし私が放った一言によって、車内は重たい空気に包み込まれる。車は沈黙を引きずったまま目白通りを通過していった。
「お客さん、どの辺りで降ろしましょうか」
運転手が間を嫌ったのか、タイミングよく尋ねてくる。
「慰労会が終わったら、わたしの本心を言うわ。メールするから、必ずツリーの前で待っていてほしいの」
友里は今にも泣き出しそうな声で言い、ここで停めてと運転手に告げ車を降りた。
当てずっぽうが意外や問題の核心を突いたのだと感じた。慰労会というのは方便で、男と会うのだろう。そしておそらく、それが自然消滅の原因なのだ。いや自然消滅なんかじゃない。駅で感じた粘っこい視線を思いだす限り、男の行為は意図的なものだ。私は何を聞かされても驚くまいと覚悟していたのだが、友里の後ろ姿を呆然と見つめることしかできなかった。
朝六時に目が覚めた。ベッドに入っても興奮してなかなか寝つけず、携帯で並行世界のことを調べたりしていて、結局眠りについたのは三時近くになっていた。今の状態をいうなら、瞼は重いけど意識は覚醒している、そんな感じだ。
悪夢までのタイムリミットは三日、それが長いのか短いのかはわからない。けれど、することがたくさんあるような気がしてじっとしていられなかった。すぐにお湯を沸かしてブラック珈琲を飲んだ。いつもは砂糖とミルクを欠かさないためとても苦く、珈琲を飲んでる感が殊のほか強かった。
二人掛けの小さなソファーに座って、足を投げだし昨日のことをあれこれ考える。最大の疑問は並行世界のことだ。考えれば考えるほど素朴な疑問が浮かび上がってくる。
たとえば、元の世界とは別の人生を歩んでいる友里がここにいるとして、ここにいるはずの私はどこにいるのだろう。一晩寝たけど姿を現さなかった。ということは入れ替わって元の世界に飛ばされたとしか思いつかない。
知識の乏しい頭でいろいろ考えていると、ふっと従妹の美佳のことを思いだした。彼女の部屋の本棚にはSF小説の本が所狭しと並んでいた。もしかしたら並行世界のことに詳しいかもしれない。
ソファーから立ち上がり、珈琲を飲むことからはじまって身支度を整えるまでのかなり長いルーティンをこなし、三、四日休ませてほしいと職場に電話した。その後すぐに美佳にも連絡を入れた。
「朝からいったい何の用なの」と、ぶっきらぼうに文句を言われたが、切実な声で「教えてほしいんだ」と言ったら、「ランチを奢れ、そしたら話を聞いてやる」と、I駅で待ち合わせをした。
鉄パネルで囲いをされたホーム上の一角に、ホームドアの機材が積まれている。新大久保で事故が起きて以来、各駅でホームドアの設置が急ピッチで進んでいるのだ。しかしI駅でも他のホームは設置されているのに、このホームには設置されていなかった。友里の転落した駅も同じで、工事する気配すらなかった。
不満を感じたまま、美佳の指定したホテルのレストランに入った。コロナ以降、目玉のビュッフェ形式をしていないせいか客の入りはまばらだった。それでも年配の人に混じり、若い人たちの姿もちらほら窺える。
時計を見ながら案内された席に着くと、入口に不機嫌そうな顔をした美佳の姿が見えた。男連れだった。もしかしたらデートの邪魔をしたのかと思い、途端に気が重くなる。
テーブルへやって来た。黒いキャップを深めにかぶり、フード付きの白いパーカーの上にパイロットジャケットを着込み、ズボンはスリムな黒、靴はハイカットのスニーカーを履いている。典型的なストリートファッションだ。これで顔立ちに凄味があれば完全にヤンキーだが、恋愛映画のヒロイン並みにキュートだから困りものだ。連れの男も同様の服を着ていたが、美佳と違って着こなしが下手なので、どこから見てもお笑い芸人にしか見えなかった。
「で、何なの」
椅子にすわるなり、美佳が単刀直入に切りだした。連れの男は椅子に座ろうともしないで私を睨みつけている。
「聞きたいことがあるんだ」
「高いよ」
「ここの食事代では足りない?」
私と二人のぶんを合計すれば、安月給の身としてはかなりの痛手になる。
「勘違いしないでくれる。こいつは、あたしが従兄と会うと言ったら心配してついてきただけだし、すぐ帰るから」美佳が立ったままでいる男に視線を移す。「どう、これで満足した」
「でもこの人と、昨日も会ったんだろ。二日も続けて会うなんて、おかしくね」
「そうだな、帰さずに泊めるべきだったよな」
「そんな……ひでえよ、美佳ちゃん」
「人前で、ちゃんを付けるなと言ったはずだぞ」
「ごめん」
「あとでキスぐらいさせてあげるから、もう出てけよ」
キスと聞き、男が急に下世話な顔をさせて出ていった。




