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「最初から、詳しく話してくれないか」

 私は缶コーヒーをテーブルへ置いた。「さっき妹さんが言っていた、いろいろの根本ってやつが、どうもその義兄のような気がするんだ。また、私に関係が大有りな気も」

「ほう、教える前に一歩前進したね」

 智也が笑みを浮かべ、コーヒーを一気に飲んだ。「少し長くなるけど、聞くかい」

「もちろんだ。そのために来たのだから」

「まず、最初に言っておくけど、僕は君も知っているように引きこもりだ。だけどそれは義兄の目を惑わすためであって、実際はそうじゃない」

 智也は、そう前置きすると赤裸々に語り出した。

「僕が十歳で愛美が六歳のときに、父と母は連れ子同士で再婚したんだ。僕と愛美は母の子で、義兄は父の子だった。義兄は当時十六歳だったかな。教師をしている父の前では従順を装っていたけど、当時から僕らに対しては陰険な態度を取っていた。僕らの母親が父に対して淫靡なしなをつくるのが癪だったのだと思う。実母を思いだし、ずっと腹を立てていたんだろうね。その根深い反動が母と愛美に向けられたから僕はすぐ気づいたさ。だから二人を守ることで精一杯で友達なんか作る気も起きなかった。太一以外にはね。でもある日、それが徒労に終わったのだと知らされたんだ」

  

 智也が下を向いて両手で頭を抱え込んだ。きっと根深い反動というのは、相当に淫湿なものだったのだろう。だとすれば考えられることは一つ、おそらく母のみならず愛美も義兄に陵辱されてしまったに違いない。それも私に告白する、ずっと以前から。

 もしかしたら私はその行為に対する当て馬でしかなく、初恋というのも愛美の逃避にすぎなかったような気もする。私は出かかった言葉を咽喉元へ押し込み、智也の顔を見た。

「母と愛美を犯すことで、積もり積もった屈辱を晴らしたかったんだろうけど、それが結果的に義兄の残忍な本性を引き出してしまったんだ」

 智也が顔を上げる。私を見すえてきた。「ハイエナと同じさ。義兄は普通の恋愛では快感を得ることができないから、悩みを抱える人に的を絞ったんだ。いや、母に父親をとられたことによって得た生きざまかもしれないね。母と愛美、そして僕を苦悩させることで快感を見つけたんだと思う」

  

「それは、最近も?」

 思い当たるふしもあって、たまらず口を挟んだ。感じた視線もそうだったが、まともな恋愛に興味を示さず、意図的に相手を苦しめようとする人間なら駅ですれ違った男と一致する。たぶん肩書きを笠に着る、友里の仕事先のクライアントの類いなのだろう。そればかりか友里が国道沿いのレストランで待ち合わせをする相手も、絶対そいつに違いない。

 それもこれも根本は愛美に関係しているのだろう。私が義兄を知らなくても――義兄は私のことを知っていた。たとえ思春期の錯覚であろうとも、苦悩すべき被害者の愛美の心が私へ逃避していたからだ。

「もちろん最近もそうだけど、行動に出たのはずいぶん前からさ。愛美から聞いた話だけど、義兄が嫌で、絶頂のときには必ず太一の顔を思い浮かべていたらしいんだ。それが言葉になったことも度々あったと言っていた。だから太一の恋人である友里ちゃんに接触したんだ」

  

「何て奴だ」

「でも義兄の真の本性は、性的なことだけにとどまらないんだ」

 智也が手を強く握りしめる。たぶん父親の不憫さを思い出しているのだろう。作為的というのなら事故の様子も大体想像がつく。顔をまともに見れなくなった。

「実の父親にも手をかけるなんて、相当な偽善者だ――」

「太一、考え違いをしないでくれないか。父親のことはひとまず忘れ、友里ちゃんの事故を思いだしてほしい。実行者と被害者を、もう一度思い起こしてもらいたいんだ」

 智也が口調を荒くした。

「思い起こすって、酔客が横暴だったから、怒った乗客が小突いただけじゃないのか。たまたまそれが友里の横で起きたから、巻き添えにされてしまった事故……」

「まったく違う。酔客は義兄だよ。それも酔っていたのは僕と一緒に飲んでいたからさ。平衡感覚を失くしていたのだって、僕が水割りに睡眠薬を混入したせいなんだ。味がおかしいからと、半分も飲まなかったけどね。でも、元々義兄は酔った振りをして太一を抹殺しようと企んでいた。父親にしたことと同じ仕打ちを繰り返そうとしたんだ。あと、マスクをしていたから太一は気がつかなかったけど、義兄を突き飛ばしたのは僕さ。あきらかな殺意を持ってね」

  

 私は絶句し、返す言葉も出なかった。そういえば壁に革ジャンパーが掛けられている。聞かされるまでこんな真相が潜んでいようとは露とも思ってもいなかった。

 でも智也は間違っている。

「その義兄を殺すことが智也の清算なのか。そのためにここへ飛ばされてきたのか」

「違う。悔いはただ一つ、僕のした行為によって友里ちゃんを巻き添えにしてしまったことだ。その気持ちが太一と重なって、空間を横ぎってきたのだと思う」

 悔いに関しては同意できる。けど智也が再び殺人を犯すのは絶対に納得できない。私はソファーへ思いきり背中を倒した。

「考え直せないのか」

「答えにくい質問だね。でも寝たきりの父親と、犯された母と妹と友里ちゃんのことを考えたら、答えは一つにしか導かれないんだ」

 わかるような気がする。しかし受けたものを倍返しにするのはせめて恩義だけにしてほしいと思う。

「納得できないけど、これ以上議論してもおそらく水掛け論になってしまうからやめとく。でも一つだけ答えてくれ。この世界は本物なのか――夢を見ている気もするんだ。希望としては、記憶する世界が幻であればいいと思っている」

「残念だけど、本物さ。この世界ばかりか前の世界もね。時間の概念というものを少し考察してみればわかると思うんだけど、この世界にも多少のずれがあるのを気づくはずだ」

「それは単なる時差じゃないのか」

「じゃないね」智也が、何かを思い出すかに窓の外へ目を向けた。「たとえばプロ野球選手がホームランを打ったときに、ボールがとまって見えるときがあるらしいけど、ある意味それと同じ感覚さ。ブログに天上の一日を例に出したように、時間はときに一定ではないんだ」

「でも結局、感覚だけで何も変わっちゃいない。錯覚だ」

 私は真っ向から否定した。

「概念の凝り固まった世界ではね。けど物理を動かすのはその感覚だよ。僕的には意思とエネルギーと同義語だけどね。物理的にも光源に対する測定で証明されているし。ともかく僕らは自らの発した意思と大いなる意思を融合させて時間を横ぎってきたんだ。ともに悔いを清算させるためにさ」

 詭弁だ。理屈はそうでも義兄を殺す意思は変わらない。友里を巻き添えにしたくないなら殺意を消すべきだ。

「あのとき義兄が、もし水割りを全部飲んでいれば友里ちゃんが死ぬこともなかったんだ。だから今度は、そんな悠長なことはしないよ。イブの夜、駅で待ち伏せして刺し殺してやる。仮に殺せなかったとしても奥の手が僕にはある」


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