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夢の寿命の限りまで  作者: 真神
第一部
10/50

レテとの口付けをすっぽかした罰なのか_2


 あまりにひどい荒唐無稽な記憶の浮上に、ハノーニアは絶句する。

 そんなハノーニアを見て、ルシフェステルは目を細めて笑い、言葉を続けた。


「俺は、怪物から分けられた枝の一本――クローン体だ。とは言え、そっくりそのままという訳ではない。魔力量や容姿等、色々な部分があれより劣っている。意図的に、な。一つでも手に余っているというのに、二つ以上も同じものがあってたまるか、ということらしい。

 俺の前にも八本あったらしいが……枯れるかどうかして、今は残っていないそうだ。俺の後ろは、興味関心がないので調べていない。

 すべては我らが帝国のために、という事だ。…なんとも面白くも楽しくもない身の上話だろう…と自分自身で思っていたが…ふむ。己の一言でお前が表情を変えるのは…成程、くせになるな」


 ルシフェステルの目が、水で薄められるように淡い空色へ変化していく。髪の色に変わりはないが、それだけでもグッとエルグニヴァルに近づいた。雰囲気だけでなく、存在自体が、なのだろう。彼の言葉を信じるならば。


「安心しろ、と言うのが正しいのか分からんが…。俺はいつか奴になるだろう。だが、奴が俺になることはない。奴は奴のまま、怪物のままだ。

 ………それで。今さっき、何を見た。ノイゼンヴェール」

「、」


 柔らかい微笑みのまま、ルシフェステルが問うてくる。『混線』した刹那に何が映ったのか、と。ハノーニアの行動が、現実を見てのものだけでないことを分かっているぞ、と。


「……たい、さ」

「あぁ」

「しょ、小官は…」

「あぁ」


 白昼夢に見た前世の記憶、そしてルシフェステルからもたらされた理解に苦しむ――否、理解したくない現実。それらによって混乱に喘ぐハノーニアは、やっとのことで一つ深呼吸をし、ゆっくりと瞬く。ルシフェステルを見詰める『バイカラー』の目は、逸らしたいという本能と逸らしてはならないという願いによって、小刻みに震えていた。


「……。…小官は、何も、見ておりません」


 ハノーニアは、ルシフェステルを見詰めて言った。

 確かに、ぞっとするワンシーンは見た。あれはきっと、前世での記憶のひと欠片なのだろう。乙女ゲームにそっくりなこの世界の、未来なのかもしれない。


(……変えてやる、なんて大それたことは言えない)


 それに見合う力も地位も、何もない。ないことを理由に、言葉通り見て見ぬふりが出来る。だが。


(……いやだと、そうなってほしくないと、思うくらいには…この人の事を慕っている)


 ついでに、この世の事も好きである。なんて続けることが出来たら、格好いいのだろうか。

 そんなことをふと考えたハノーニアの唇には、淡い自嘲の笑みが浮かんだ。


「………っふ、そうか。そうか…何も、見ていない…か」

「……大佐…」


 ルシフェステルはテーブルに肘をつき、そのまま頬杖をついた。彼が浮かべる笑みも、ハノーニアとよく似た種類のものだった。


「なら、怪物に聞かれても、ぜひともそう答えてくれ。奴がどれだけ食い下がっても、知らぬ存ぜぬを通してくれ」


 そこで言葉を区切ったルシフェステルは、唇の間から白い歯を覗かせて笑った。


「奴も心をかき乱されればいい。

 もっとも、怪物に乱されるほどの心があるかどうかも疑わしいがな」


 独り言のような響きでもって呟かれたその言葉に、ハノーニアは相づちを打つことを躊躇った。その僅かな躊躇のうちに、ルシフェステルの言葉は再開される。


「可哀想だな、お前も俺も。

 あんな怪物とかかわりがあるばっかりに。貧乏くじばかりだ」


 いっそ朗らかというような声音で言うルシフェステルに、ハノーニアはつい口走る。


「その、大佐…お言葉ですが」

「あぁ」

「小官、不運ではあったかもしれません。これまでに二度、大きな怪我を負うことになりました」

「あぁ。生死を彷徨う程の大怪我だったな。しかも、現在まだ治療中だ」

「あ…はい。その通りでございます…。

 …ですから。繰り返しになりますが、不運ではあったのかもしれません。

 ですが…不幸では、ありません」

「…ほぉ?」


 頬杖を付きながら此方を見る空色の目に向かって、ハノーニアは笑って見せた。唇の端を柔らかく持ち上げて、言う。


「大佐に拾っていただけました。閣下に拾っていただけました」

「…俺は、それこそ不幸の最たるものだと思うがな…」


 ルシフェステルは肩を竦めて大きく嘆息した。


「ノイゼンヴェール。お前はそれを、幸福と言うか」

「はい」

「化け物を助け、化け物のもとになった怪物まで助け、それらに囲われてもか」

「はい。本望とさえ言えます」


 微笑みと共に伝えたハノーニアを見て、ルシフェステルは再び嘆息した。先ほどよりも大きな吐息だった。


「やはり、お前も俺も可哀想だ。

 お前は怪物に毒されたし、俺は可愛い部下を取られたまま……はぁ。

 逃げられるほど幸せも持っていなかったはずなんだがな」


 ルシフェステルは溜息を吐いた口元を片手で覆って、しかし「もう手遅れか」とぼやいた。


「……ノイゼンヴェール。分かっていると思うが、お前、もう逃げることは出来ないぞ」

「…はい、大佐」

「元々お前は『バイカラー』として保護・監視、必要とあれば管理の対象だ。

 今後は加えて、怪物のお気に入りとして囲われる。まさしく籠の鳥だろうな…」


 ルシフェステルの言葉に、ハノーニアは堪え切れず小さく噴き出してしまった。


「も、申し訳ございません、大佐…。ですが…その、一つ訂正させていただいてもよろしいでしょうか?

 籠の鳥だなんて、そんな可愛らしいものではございません。しおらしく鳴くだなんてきっとできません。

 ですので、せめて檻の狗としてください。吠えてみせます。噛み付いてみせます。閣下と、大佐に、仇なすものへ」


 我ながらひどい宣誓だと、ハノーニアはわらう。

 ルシフェステルは僅かに目を見開いて、そして大袈裟に肩を竦めてみせる。その顔は柔らかく苦笑いしていた。


「お前と言うやつは…。自分で言うか、狗と…」

「鳥よりかは似合うかと。…加えて言えば、小官、跳躍することは出来ましても飛行は出来ませんので。あくまでも歩兵ですので」


 耐えていても、ハノーニアは自然と唇が尖るのを感じる。


「…飛びたかったのか?」

「はい。飛びたかったです。夢でした…」


 ハノーニアが正直に零せば、より柔らかく苦笑したルシフェステルにそっと頬を撫でられた。


「ならば、怪我が治ったら抱えて飛んでやる。復帰祝いだ」

「本当ですか!」


 思わぬ提案に、ハノーニアは食い付いた。その勢いがおかしかったのか、ルシフェステルは目を瞬いた後声を上げて笑った。


「あぁ、いいとも。約束する。なんなら書面に残すか?

 他にはないのか?」

「いえ、ありません。…そもそも、現時点ですでに至れり尽くせりです。療養も、演算珠も…それから、補助の演算珠まで頂いてしまいましたし…」


 言って、ハノーニアは右手首にはまる補助演算珠を撫でる。そろそろにやけてしまうのをやめたいのだが、まだまだ上手くいかない。


「……首輪にされなくてよかったな」

「えっ」


 零された言葉に勢いよく顔を上げれば、苦り切った顔のルシフェステルと目が合った。


「首輪にされなくてよかったな。本当に。

 いやだが……時間の問題かもな…」

「え」


 固まるハノーニアの前で、ルシフェステルは顔を手で覆って呻くように言った。


「言っただろう。俺は奴から分かれた小枝だ。そんな俺の目や耳、その他の感覚を伝って、奴が情報を得ている…かもしれない。さっきの鳥や狗云々の話も筒抜けかもしれない、という事だ。

 まぁ、今のところそう言った干渉を受けている感覚も、実証もないがな。

 とは言ったものの…奴のお前への入れ込みようは常軌を逸している。怪物に人間の道理は通じないと言ってしまえばそれまでだ。が、しかし。奴はどうやらお前に近づこうと、人間の道理を気にしだした。おかしな方向に突き進まなければいいが……」

「………」


 ハノーニアは、もはや呼吸と瞬きしか出来ない。思考回路はショート寸前である。

 ルシフェステルを見つめれば、指の間から元の青色に戻った彼の目と視線が結ばれた。


「……そんな顔をするな。

 なるべく実害が少なくなるよう俺も努力する。軍では一介の大佐にすぎんが、面白くも楽しくもない身の上のお陰で色々出来ることもあるからな…。

 俺も俺で化け物だが…劣っている分、これでも怪物よりは人間に近いつもりだ」


 そこで姿勢を正したルシフェステルを見て、ハノーニアも背筋を伸ばした。


「…ハノーニア・ノイゼンヴェール。

 俺も、お前を憎からず想っている」

「………は、ぁ?」


 目を見開くハノーニアに、しかしルシフェステルは柔らかく笑うだけだ。


「恐らくは怪物に引っ張られている部分もあるだろう。肉体は別個体だが、魔力等不可視部分での繋がりはあるからな…あぁ、うらめしい。心すら、自分だけのものにならないなんて…な。

 ………それでも。それでも、いいさ。欠片くらいは、一粒くらいは、俺のものだってあるのだから」


 伸ばされた両手で、喉を、首を、顎を、頬を順に触れられる。

 ハノーニアは本能的に飛び退ろうとする体を抑え込みながら、空色の目をひたすらに見つめた。


「――あぁ…まさかこんなことを思う日が来るとはな。

 ……いつか、いつの日か、奴になった時が楽しみだ。心から、楽しみだ」


 とろりと甘い囁きに、ハノーニアも唇の端を持ち上げて答える。


「…えぇ。その時も変わらず、どうか可愛がってくださいませ」


 声が震えていなければいい。そんなことを考えて。


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