ー続ー
月が完全に太陽と重なったのは、昨日と今日、時の流れに引かれた境界線を越える瞬間だった。既に都人の大半が深い眠りの海を漂っている頃ではあるが、それでも、深夜でも起きていた者達は、百年に一度の天体現象を目撃した。世界は闇に包まれ、夜空に輝く星灯りの眩さと、月と太陽の逢瀬によってもたらされた暗闇の恐ろしさを、翌朝、彼等は語る事になるだろう。東から昇る日輪が、どれだけ神々しく、貴きものであるかを。
天空の覇権を握る天照と月読が古より続く摂理を再度敷く。昼は太陽が、夜は月が、地上に生きるモノ達を見守る。そうして、久方の逢瀬を喜び、先の孤独な日々を愁い、離れ難き思いを引き摺ったまま、二柱は再び、孤高の彷徨へ漂い出る。
光の神が刹那の邂逅を果たしている傍らで、自由気ままに煌めく星々の光も、室内までは届かない。病室に常備されたベッドの使用者は今は二人で、窓際に置かれたその枕元に、果たして、いつから立っていたのか。惜別を迎え、太陽によって隠されていた月がゆっくりと姿を現す。徐々に強くなる月明かりは窓から室内を照らし、青白い光に薄闇に沈んでいた輪郭が浮かび上がった。
整った横顔は感情というものが完全に欠落していて、それはまるで精巧に作られた人形のよう。時折、思い出したかのように瞬かれるその双眸さえも、一流の職人の手で磨かれた宝石に似て。
無感動に、碧色をした眸が、白いベッドの上で眠る幼子を見下ろす。
徐々に長くなる影法師は、光と闇の境界線が曖昧なこの瞬間を狙い、まるで、色を纏う者を呑み込もうとしているかのようにも見える。草木も眠りにつく頃、こんな不吉な夜に出歩き、あまつさえ宴を開くのは闇に属するモノ達だけだ。その喧騒は強固な絳き結界に阻まれて、都の内までは届かない。
二柱の神様の別れを見届けるかのように、自由に吹き渡る風さえも身を潜め、世界は静まり返る。
「――――……」
静を纏い、窓際のベッドの枕元に立つ者はしかし、そこに映している光景だけを異にする。感情を排除した湖面の瞳はそこに波紋一つ生じない。穏やかな寝息を立てる少女の傍らに立つ仁の手に握られた短刀が、皓々と降り注ぐ月明かりを鈍く弾いた。
続




