承-3-
閉じていた目を開ける。見遣った先で微笑みを浮かべる臣と出会い、どちらからともなく、無言で頷き合ったのも束の間。草の擦れ合う音が耳に障り、反応したのは恐らく二人同時。即座に短刀を抜き、互いの背を護る形で揺れる草むらを凝視した。敵と判断したならばすぐさま斬りかかれるよう高まった緊迫感はしかし、響いた声に弾け飛ぶ。
「んだよ、俺達が一番じゃねーのかよ」
聞き慣れた声、次いで、これまた見慣れてしまった姿が草むらから現れる。
「お前が雪に滑って転んでいるからだぜ、紫溂」
「そういうお前は木の根に躓いて転んでいたな、智晴」
「なんだよ、俺に責任を転嫁するつもりか?」
「責任を転嫁しようとしているのはお前の方だろう。俺はただ、事実を言ったまでだ」
適度な距離を保ちながら並び立つ二人の間で火花が散る。長身の二人が睨み合う光景は威圧感があるが、見慣れてしまっている者にとってはいつもの事である。
「もう、こんな所で喧嘩しないの」
そして、そんな二人を諌めるのも、いつもの如く、彼等の後を追う様にして草むらから現れた者の役目だ。長い髪を払うのはいつもの癖。
「今日くらいは静かにしなさい。あんた達、どんだけ仲がいいのよ」
「仲良くない!」
睨み合っていた二人の声が揃う。
「月音! いつも言っているが、俺はこいつが大嫌いだ!」
「奇遇だな。俺もお前には不満しかない」
「こっちの台詞だ、バカ紫溂! なんで、こんな堅物で屁理屈屋な奴が相棒なんだか」
「馬鹿で阿呆はお前だ、智晴。お前のその激情家で喧嘩っ早い性格にいつも頭を悩まされている俺の気持ちも考えてもらいたい」
「っざけんな! そんなに死にてーか、テメーはよ!」
「その煩い口をいい加減閉じさせてやろう」
似た者同士とはよくいったもので、好戦的な二人は勢いのまま互いの得物に手を掛ける。
「ちょっと! 落ち付きなさいよ、二人共!」
これもまた日常的に見られている光景ではあったが、それは赤壁の中での事であり、ここがどういった場所であるのか理解している月音は流石に止めに入る。
「月音ちゃーん、鍔あったよー」
そんな三人の緊迫状況を無視して、呑気な声が割って入った。この中では一番小柄な彼女がいつの間に社に辿り着き、扉を開け、その中に安置されてあった鍔を手に取ったのだ。
「はい、月音ちゃんの分」
駆けて来て、大事に胸に抱いていた中から一つ、差し出されたそれを月音は受け取る。
「有難う、芭瑠。この馬鹿達の所為で危うく忘れるところだったわ」
「はぁ? 月音、それ、どういう……」
「はい、智晴君」
実は喧嘩を止めるどころか火に油を注ぐ発言が多い月音の、案の上の言葉に反応した智晴の前にも鈍色に輝く鍔が差し出され、その屈託ない笑顔には毒気を抜かれてしまう。
「……どーも」
それでも何処か納得いかないのか、ふて腐れた様にそっぽを向いた智晴は己の名の刻まれた鍔を奪い取る。
そんな智晴の態度にも気分を害した様子もなく、にこにこと笑う芭瑠は、最後の一つも差し出した。
「最後は、紫溂さん!」
元気いっぱい、実年齢よりも幼い印象を与えるのは、その高い声と明るい性格が起因しているのだろう。癖の掛かった短い髪は童顔を更に強調していた。
「あぁ、すまない」
同年齢のはずなのに、何故かこの屈託ない笑顔には妹に接するような態度になる。腰を折り、目線を同じにして鍔を受け取った紫溂に、芭瑠は嬉しそうに笑った。
「全員、課題達成だね」
個性的な六人の中で実は最年長の臣が空気の流れを読み、口を開く。その絶妙な声掛けに散らばっていた五人の意識が纏まり、臣の許に全員が集合する。
自然と、円を描く様な並びになった。
「これで僕達は、退魔師の仲間入りだ」
その言葉が合図、手に入れた鍔を一斉に掲げる。鬱蒼と茂る深い森に何の気紛れか、ぽっかりと空いた丸い蒼穹から降り注ぐ陽光を思い思いに弾く鍔を見上げる彼等は、誰一人例外なく、その表情は誇らしげだった。
試験が始まる前に、六人で誓い合ったのだ。誰一人欠ける事無く、全員一緒に試験に合格しよう、と。
寝食を共にし、困難も挫折も分かち合ってきた。だからこそ、この六人でしか分かち合えない悦びがあった。焦がれた場所、希った力、命を懸けると誓ったその想いを形にする為の刀。
陽光の眩しさに目を細めたその先に、彼等は確かに、幸福な未来を垣間見ていた。




