保健室の甘い果実
「ふぅ、保健医の先生は不在か」
お姫様抱っこで保健室に駆け込んだ俺は、静かな室内のカーテンを閉め、カレンちゃんをゆっくりとベッドへ横たえた。
熱で顔を真っ赤にし、荒い息を吐いているカレンちゃん。
おでこに冷却シートを貼ってやると、彼女はうっとりと瞳を潤ませながら、消え入るような声でつぶやいた。
「ユ、ユウくん…ごめんなさい…私っ」
「謝る必要なんてないよ。さっきは取り乱させてごめんね」
俺はパイプ椅子を引き寄せてベッドの横に座り、優しく微笑みかけた。
さて…こういう病人の看病の基本といえば、やっぱり水分と栄養補給だよな。
ふと見ると、保健室の備品棚の横に、差し入れか何かの段ボール箱と果物ナイフが置いてあった。中には瑞々しいリンゴが。
「ちょうどいいや。カレンちゃん、リンゴ食べる?今剥いてあげるね」
俺はリンゴを一つ取り出し、果物ナイフを手にする。
前世で一人暮らしが長かった俺にとって、リンゴの皮むきなんてお手の物だ。手際よく、刃先を滑らせて途切れることなくくるくると皮を剥いていく。
それを見たカレンちゃんは、まるで信じられないものを見るような目で固まっていた。
(え?えええっ!?男性の手で、リンゴの皮を剥いてる!?)
そう、この世界において、男子が包丁やナイフを握って料理や果物の皮むきをするなど、奇跡以外の何物でもない。
本来なら女子が手塩にかけて世話をし、甘やかす対象である男子が、手際よく自分のために果物を剥いているのだ。
「はい、お待たせ。食べやすいように一口サイズに切ったよ」
爪楊枝に刺したシャキシャキのリンゴを手に取り、俺はカレンちゃんの口元へと差し出す。
「はい、あ~ん」
「あ…あ…あっ!?」
あまりの破壊力に、カレンの脳内で何かが弾けた。
目の前には、サロン帰りの爽やかイケメン。
学年二位の頭脳を持ち、クラス全員の前で自分を庇ってくれた頼もしい男が、至近距離で優しく微笑みながら「あ~ん」をしてくれている。
ふわりと漂う男性の清潔な匂いと、目の前の甘い果実。
(あ、『あ~ん』!?男子が私に『あ~ん』をしてくれてる!?抱きかかえられた時の温もりもまだ残ってるのに…こんなの、こんなの生殺しだよぉっ!!)
「カレンちゃん?口、開けられる?」
「あふ…あ~ん、むぐっ!」
耐えきれなくなったカレンは、吸い寄せられるように小さな口を開け、リンゴをシャクッと噛みしめた。
口いっぱいに広がる果汁の甘みと、胸を締め付ける甘美な苦しさ。
(甘い…美味しい…ううん、そうじゃなくて!なんでこんなに優しいの!?酷い暴言を吐いた私なんかに、なんでこんな手厚い看病をしてくれるのぉぉぉ!!??)
涙目で必死にモグモグと噛みくだくカレン。
「どう?美味しい?」
「ひゃいっ!ふぁいっ!」
「よかった。カレンちゃんが元気になるなら、俺、なんだってするからさ」
ポンポン、と優しくカレンの頭を撫でるユウ。
(ち、近い近い近い!!頭ぽんぽん二回目!!手が暖かい…優しいっ!)
罪悪感の暴風雨。
そして、目の前の自分をどこまでも愛し、甘やかしてくれる完璧な男への、理性を完全に粉砕するほどの愛おしさ。
(罰ゲームの告白だって良い!付き合いたいのに!本当は、最初からずっと…ううん、今この瞬間も、ユウくんのことが好きで好きでたまらないのにっ!!)
「ユウ、くんっ」
カレンは涙をポロポロとこぼしながら、震える手で俺の制服の裾をギュッと固く掴んだ。
「私…私ね…本当は…好きなの」
「言わなくても分かってるよ」
俺は彼女の手の上に、自分の手を優しく重ねた。
ああ、やっぱりカレンちゃんは『本当はすぐにでも付き合いたいけど、もっと男として成長してほしい』っていう葛藤と戦ってるんだな。なんて健気なんだ…
「俺をもっと焦らして、もっと男を磨かせようとしてくれてるんだろ?感謝してるよ。カレンちゃんが胸を張って『私の自慢の彼氏』だって言えるくらい、俺、もっとすごくなってみせるから」
(ち、ちがう…そうじゃないけど…でもカッコよすぎるっ!!)
あまりのイケメン対応と、果てしない勘違いの螺旋。
「待っててね、カレンちゃん」
ド直球の笑顔を向けられたカレンちゃんは、ついに思考回路が完全にショートし「ふにゃあ…」と情けない声を漏らしながら、俺の手を握りしめたまま幸せそうな(そして重すぎる)表情で失神するのだった。




