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なぜ私?スパダリCEOに捕獲され推しの秘書になりました  作者: あいすらん
2章

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8/19

7 数ミリの魔法

 最初に袖を通したのは、超ハイブランドのフォルムに似た白いスーツだった。


(どうしよう。果てしなく貧相なんだけど)


 地味と言われた自前のスーツは、しっかりと私自身に馴染んでいた。しかしセレブ御用達のこの感じは……

 私という素材の定位置をありありと浮き立たせている。


(せっかく選んでもらったのに)


 不甲斐ないモデルで申し訳ない。

 フィッティングルームから出ると、彼の前に立ち、


「いかがでしょうか?」


 くるりと1回転して見せた。パフォーマンスで乗り切ろう。

 ……と思ったのに烏丸さんは何故か、神妙な表情へと変わっていく。


「え? あの、」

「もしかして俺を悩殺する気?」


 彼の目が、足元へと移動していく。もしかして、盛大に回りすぎた?

 案外太ももが目立つデザインだと気が付き、私は慌てた。


「えっ? そ、そ、そんな滅相もない!」


 必死の面持ちで弁解する。


「確かに私は烏丸さんが好き……いえ、烏丸さんの声が好きでした。でも今は違います。そんな邪な気持ちなんて一ミリも」

「一ミリも?」


 真実を見透かすような彼の瞳に射抜かれる。


「はい……」


 私はタジタジだ。

 烏丸さんは神様がこしらえた特別な男性だ。

 私なんぞのパフォーマンスが通用するなんて思ってもいません!


 ――深層心理までは知らないけど。だって、自分では到達できないから深層なんだし!


「まあ、からかうのは此処までとして。それは顔映りが今ひとつだな。次に行くか」


 テキパキとジャッジが下される。

 まさかのからかいだったとは。

 私は唖然として、裏方へ引っ込んだ。ホッとしたような無念なような。

 毎回翻弄されてしまうのは、やっぱり悔しい。


(もう何も考えない。鏡も見ない)


 そう。今は私がシンデレラなのだ。

 烏丸さんじゃなく自分自身に集中しなきゃ。

 2着目を試着して烏丸さんの前へ。


「どうでしょうか」


 真正面に立ち胸を張る。


「イマイチだな」

「えっ」


 唖然とする私。


「やっぱり私にハイブランドは似合わない……」


 ぽん、と頭を軽く叩かれる。


「わかりやすく落ち込むな。素材じゃなくて着こなしだ」


 彼の手が私の肩を挟み込んだ。

 次の瞬間、私は鏡へと向き直させられていた。

 背後から覆いかぶさるようにして、肩口に触れた。

 距離が近い。微かな香水の香りが鼻腔をくすぐる。

 心臓が大きく跳ね上がった。


「肩のラインがな、微妙にズレてる」


 真剣な眼差しで左右を整え、今度は腰へ指を伸ばした。

 多分フィッティングを直してくれているのだろうが、私としてはそれどころじゃない。

 間近にある彼の体温と、服の上からとはいえ、体に触れられる慣れていないスキンシップに、心臓が今にも爆発しそう。


「これでよし。あとは背筋を伸ばせ。自信がない人間に人は魅力を感じないぞ」

「は、はいっ」


 私は赤くなりながらも、ぴん、と背筋を伸ばした。

 烏丸さんは顔から下に視線を向けており、熟れきったトマトみたいな私の頬に気づかない。


(は、早く立て直さなきゃ。平常心、平常心……)


 自分に集中すると決意した後なのに、もう私の関心は烏丸さんにばかり向いている、なんて。


(ストーカー決定だ。ダメダメ。烏丸さんに嫌われちゃう)


 親指をつねって気持ちを落ち着かせる。

 と、烏丸さんはまた私を反転させた。1メートルほど距離を取り私の全身を舐めるように見る。そして満足げに言った。


「よし。鏡を見ろ」


 言われて、私は顔を上げた。


「あ……」


 大きな変化に内心驚く。

 彼が動かした布地は多分、ほんの数ミリ程度。それだけなのに、うんと洗練されて見えるのだ。


「似合っているだろ? 普段の君より数ランクレベルが上がってるはずだ」

「……ええ。本当に……」


 鏡に顔を近づける。


「……加工アプリなんて入ってませんよね」

「君の発想は面白いな」


 烏丸さんはふっと笑う。


「え? そうでしょうか」

「面白くて……そこはかとなく可愛い」


 か、可愛い……?

 異性への免疫0なチョロい元音楽教師はすぐに有頂天になりかけたけれど……。

 烏丸さんの表情がとても優しく感じられて……ときめきが、温かいものへと変わっていく。

 今彼が何を思い出しているのか、なんとなくわかってしまった。


「あの、烏丸さんって、私を素敵に翻訳してくださいますよね」

「ん?」

「だって、私なんて、なんの取り柄もない凡人なのに、烏丸さんが面白いって言ってくれると、凄腕のエンターテイナー気分になっちゃいます」


 買いかぶられるのは苦手だけれど……。

 この人の言葉はもっと素直に聞くべきなのかも。

 それに……。


(可愛いって言われたの、やっぱり嬉しい……例え、愛玩動物的な意味だとしても)


 女だもの。

 かつての推しに褒められたら、内心舞い上がっちゃうよ。


「俺の解釈が特別なんじゃない。君が……」


 烏丸さんはじっと私を見つめた。


「……?」


 条件反射のように私もその瞳を見つめ返す。

 綺麗すぎる眼差しを受け続けるのは、一種の我慢大会だ。でも、だんだん、耐久時間が伸びている気がする。

 ポンポン、と頭を撫でられた。


「……! また……!」


 我慢できない。


「妹さんを思い出してたんでしょう」


 妹。つまりポメラニアン。

「バレたか」


 烏丸さんはそう言ってにっこりと笑ったのだった。

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