はじめての
「では、確認作業をもって、引き渡しとさせていただきます」
「ありがとうございます」
そう言って透さんは頭を下げた。
夏休みに入った八月の頭に、新居が完成した。
土地がある状態から「どんな家を建てるか」を3人で話し合って、ずっと横で見守ってきた家だ。
家を建ててくれたのは透さんのおじいさんと一緒に会社を設立した源さん。
うちの裏庭に秘密基地を作ってくれた人で私も仲が良い。だから何度も工事現場に顔を出して話していた。
家を作る作業は横で見てると、本当にコツコツ手作業で、源さんの息子さんも大工さんで、学びながら頑張っている姿が微笑ましかった。
横に立っていた仁菜は私にしがみ付いて何度もジャンプして、
「今日から?! 今日からもうここに住んでいいの?!」
私は仁菜の横にすわって、
「電気もガスもお水も全部通ったし、確認作業も済んだの。だから今日がお引っ越しだよ」
「わーーーい! 仁菜のお部屋でベッド作ったり、机運んだり、してもいいの?!」
「いいよ。みんなで頑張ろう!」
「わーーーーい!」
仁菜は飛んで喜んだ。
今日はもう家族全員で荷物を運び込む日だ。
一ヶ月くらい前から新居で使うものが離れに置かれて、生活が困難になっていた。
でも仁菜が「こっちがいい!」というので3人で離れで暮らしていたけど、今日からやっと広くなる。
「そんじゃいきますかー!」
「すいません。よろしくお願いします」
私は引っ越しを手伝ってくれる人たちに頭を下げた。
お父さんの居酒屋の常連さんや、おじいさんの庭師のお友だちが集まって、大きな家具を運ぶのを手伝ってくれることになった。
仁菜はまっ先に常連さんのところにいき、
「仁菜のベッド! 仁菜の白いベッドまず作ってほしいの!」
「よーし。離れにあるの?」
「そう。白いの、お姫さまなの、すっごく楽しみにしてたのー!!」
仁菜はお手伝いさんを離れにつれて行った。
仁菜に「小学生だし、自分の部屋を作っていいよ。ひとりで寝るのが淋しかったら眠るときは一緒にしようか」と言ったら「ひとりで寝るから白いベッドを買ってくれ!」と言われた。所望されたのはイケアの巨大な白いベッド。イケアの家具は作るのが大変だから買いたくないんだけど、もう仁菜が「絶対これーーー!!」と言って譲らないので購入した。大工さんたちも数人いて、みなさんが手早く作りはじめるけど……やっぱりイケアの家具って、ただの材料な気がする……。
今日届く冷蔵庫や洗濯機、それに大型家具……両家の人たちがフル稼働で引っ越しを手伝ってくれる。
「透くんの荷物、どんどん運ぶからね!」
「リュウくんありがとう。ここじゃなくて二階に運んでくれると助かる」
「わかった!」
リュウくんは本家から家に透さんの荷物を運んでくれている。
透さんは大型家具を作って一緒に設置。私は自分の部屋から使うものを段ボールに入れて運ぶ。
ずっと住んでいた家が近いから、全部運ばなくても……と思いつつ、部屋にあるお姉ちゃんの引き出しが目に入った。
指紋認証の鍵がついている引き出しで、私のデスクの下にあるもの。
向き合うと決めた時に中をみたけど……全部しっかり見たわけではない。
この棚自体はここで良いんだけど、せっかくだから……と久しぶりに開いた。
透さんが処理してくれた色々なもの……あのあと仁菜の父親から連絡はなく、姿も見かけない。
透さん曰く「もう大丈夫」らしいので、本当に中国に行ったようだ。
奥のほうにアルバムがあった。……気がつかなかった。
私はそれを開く。するとそこに仁菜がお姉ちゃんの胎内にいた時の写真が出てきた。
感光すると消えてしまうと分かっていたからか、プリントされたものを写真に撮り、それが入れられていた。
横にお姉ちゃんの几帳面な……どうしようもなくしっかりとした文字が見えた。
お姉ちゃんの数字の書き方は独自で、やたら角張っている。
懐かしい。病院に悩んでいたこと、会社の近くじゃなくて家の近くのほうがいいかな。
お姉ちゃんの悩みが書いてあった。
そして顔が分かるエコー写真の横に『この子に永遠の祝福を』と美しい文字で書いてあり、私はそれを見て涙を落とした。
お姉ちゃんの気持ち、ちゃんと私が引き継ぐ。
仁菜が生まれて、透さんと知り合って、今日がある。
私が仁菜に永遠の祝福をする。
でもそれは、私がしていくことだ。
私が仁菜のママで、仁菜を愛していくから。
お姉ちゃんはずっとここにいてほしい。
あの家はこれから、私と仁菜と透さんで一から始める場所。
私はアルバムとファイルを引き出しの中に入れて、再び鍵をしめた。
ここはなにより大切な過去の場所。
お姉ちゃんに会いたくなったら、たまにここに来ようと決めた。
「こっちはどうしようかな」
私はお姉ちゃんの荷物も見た。
お姉ちゃんが着ていたスーツや服も、そのまま残されている。
お姉ちゃんはスーツにこだわりがあって、良いものがそのまま残されている。
今までは触れたくなかった。お姉ちゃんのものを私が着るのは違う、そう思っていたけど、
「……着ようかな、もったいないし」
私は美しいグレーのスーツを取り出した。
お姉ちゃんが気合いを入れた時に着ていたスーツだ。
「……こだわらず、それでも一緒に」
羽織ってみるとふわりとお姉ちゃんの匂いがして、まだここにいて待っていてくれたお姉ちゃんを感じて少し泣いた。
少しずつお姉ちゃんと一緒に暮らそう。仁菜も一緒に、そして私がすごく幸せで大好きな透さんと一緒に。
それが私にできる最大の供養な気がして、何枚か手に取った。
ポケットをさぐると、中から使い終わったポケットティッシュが出てきて「捨てなさいよ!」とそれをゴミ箱に入れた。
そういえばお姉ちゃんは使い終わったゴミをポケットにいれるクセがあった。
高級な鞄を引っ張り出したら、中からティッシュのゴミが山ほど出てきて笑ってしまった。捨てなさいよ!
「よいしょっと」
私は荷物を、新しい自分の部屋に運んだ。
間取りを考える時に、透さんが「仁菜ちゃんに部屋があって俺にも部屋があるなら、菜穂にもいるだろう」と部屋を作ってくれた。
だから右側に私の部屋、そして横にドアがあって夫婦の寝室にいけて、左側に透さんの部屋という構造にした。
透さんは家で仕事をすることも増えてきていて、書斎のような雰囲気。
私はクローゼットを広めに、なにより最近ミシンが好きなので大きめの作業台と机。
おじいさんが「土地があまっとる!」と言ってくれて、広い土地に上物だけ立てたので、かなり広い家になったと思う。
透さんが上物のローンを組んだので、生活費は私も多めに出すことにして、共通の財布を作った。
これから一緒に生活していくから問題もたくさんでるけど、透さんは私の話をちゃんと聞いてくれるから、それだけで安心感がある。
「……いいかんじ」
私は何枚か持って来たお姉ちゃんのスーツを入れて、部屋を出た。
横の仁菜の部屋を見ると、
「ママ見て! ママ!! ねえ、仁菜のお布団どこ?!」
「……わあ……すっごく……大きい……ね……」
「いやあ、すごいですね、イケアの家具は。この程度のネジと板で構造を保てると思ってるところがすごい」
作ってくれた大工さんたちが笑うので不安になってしまった。
大工さんたちは仁菜のベッドを作りながら補強してくれたみたいで、かなりしっかりしたベッドになっていた。
真っ白で……なんていうか……とにかくデカい。
私がお礼を言うと、すぐに机も作り始めた。
仁菜は私にしがみ付いて、
「ママ、花柄のシーツは?!」
「わかんないよー。離れのどっかだよ。自分で探して?」
「えーーー?! パパーーー!! パパパパパパパパ!!!!」
仁菜は大声で透さんを呼んで走って行く。
透さんはいま色んな人たちとあれこれしてて忙しいの! 私は仕方なく仁菜と新しく買ったシーツを探した。
仁菜はこのタイミングでシーツやカバー、それに床に敷くマットなども買っていて「自分の部屋ぁぁぁ!」とテンションマックスだった。
だから分かるけど……! もう先に仁菜の部屋を作ろうと私は一緒に動いた。
お手伝いさんが多く、みんなが荷物を運んでくれたので、引っ越しは夕方に終わった。
居酒屋は年中無休なのでお父さんは居酒屋、お母さんとおばあちゃんが家に残って、引っ越しを手伝ってくれた人たちに食事を出して軽い宴会をして終わった。
ああ……大変だったけど……今日から家族三人で新しい家に住める。
私はそれがものすごく嬉しくて、みなさんに挨拶をして回った。
「ただいま」
「おかえりなさい」
引っ越して一週間。
荷物でグチャグチャだった空間は、仕事から帰ってくるたびに片付け続け、やっと「家」になってきた。
今日は引っ越ししてはじめての週末。透さんは最近EC事業部のほうが忙しくて帰りが21時くらいになる。
私はさっき仁菜を眠らせて「駅についた」と連絡をくれた透さんのために夕飯をしあげていた。
透さんはスーツの上着を脱いで鞄をおき、
「……はあ、つかれた。仁菜は……寝ちゃったか」
「はい、さっき。明日はお休みだよって伝えたら、じゃあ明日遊ぶって」
「今週は二回しか会えなかったな。来週には落ち着けそうだ」
「良かったです」
笑いかけると透さんは私を柔らかく引き寄せてキスをした。
そして私の頭にコツンと自分の頭をぶつけて、
「明日休みだし……今日、菜穂を抱きたいんだけど、良いかな?」
「! ……あ、はいっ……、大丈夫、です……」
「良かった」
そう言って透さんは「お腹すいた」と言って食事を始めた。
私は急にドキドキしてしまって、ご飯を出してザブザブと台所を片付ける。
引っ越しして一週間、もう荷物が溢れかえって仕事と両方あって、時間が取れなかった。
仁菜は「淋しい」といって私たちの布団に来るんじゃないかと思っていたけど、自分の部屋で眠るのが予想より気に入っているのか来ない。
明日がお休みの金曜日の夜で、ひょっとして……と少し思っていたけれど!
私はなんだかすっごくドキドキして、とりあえずシンクを磨いて生ゴミを片付けて、まだ透さんが食べてるから完全に台所を閉めちゃダメだとそれを置いた。
そして「お風呂に入ります……」と食事している透さんに言って台所を出た。
服を脱いで身体をゴシゴシと洗う。
透さんを好きになって付き合いはじめて結婚して。
いつか今日が来るって分かってたし、なにより……したい……けど……、
「ああ……ああああああ……」
私は湯船に沈んだ。
なにこれどうしよう、とっても恥ずかしい。
こういう流れでなんとなくとかじゃなくて、宣言されるの、なにこれどうしよう。
でも綺麗にできるから、安心できるかも……。
私は「安心!」「恥ずかしい!」と交互に叫びながら、お風呂に沈んだり洗ったりした。
そしてお風呂から出て全身にクリームを……と思って、や、やめよう……とそれを棚に戻した。
でも髪の毛はすっごく整えようと夜だけどアイロンをかけた。
そして台所に戻ると透さんはもう食べ終わっていて、
「ごちそうさま。じゃあ俺も風呂に入ろうかな」
「はいっ……! どうぞ!!」
声がうわずってしまって、恥ずかしくて隠れたい。
すると透さんが近付いてきて抱きしめてくれた。
そして、頭に甘くキスして、お風呂に入っていった。
っ……! お茶碗食洗機に入れて! 生ゴミ片付けて!
私は台所を閉めて二階の自室に入って、またクリームを塗りそうになり、それをかたづけた。
「菜穂?」
「! はいっ……」
私が自室で髪の毛を整えていると、ドアがノックされて、透さんが入ってきた。
私と透さんはお揃いのパジャマを着ている。というか、私が透さんの部屋にあったパジャマを気に入って、同じものをこっそり買ったのだ。
透さんはそれを見て目を丸くして、
「……買ったの?」
「はい。あの、部屋で借りた時に着心地がよくて……同じがいいなって」
「おいで」
そう言って透さんは私を自室から隣のベッドルームにつれて行った。
そしてまっすぐに私を見て、
「可愛い、似合ってる」
「透さんとお揃いが良くて。こっそり……今日のために買ってました」
「っ……、可愛い、菜穂……本当に可愛い」
そう言って透さんは私を抱き寄せてキスをした。
そのままゆっくりと私をベッドに押し倒す。
何度も、何度も唇にキスを落として、そのまま耳にキスをして、うなじに唇を移動させる。
「! ……透さん」
小さな声で言うと、私のうなじから唇を離して私を見て、
「ずっと菜穂と、こうしたかった」
「っ……私も、透さんと……したいって……思ってました」
恥ずかしいけど伝えたくて、必死に言うと、透さんは目を細めて静かに、
「菜穂を愛してる。これから触れる菜穂のすべてを世界で一番大切にするから、抱いてもいいか?」
「……はいっ……」
透さんはそういって、私に胸元のボタンに触れて、ひとつ、ひとつ外していく。
そして優しく唇で触れていく。背中に回された指は優しくて私を安心させる。
でも引き寄せる力は強くて、甘くて、唇が気持ちがよくて、声が漏れる。
「透さん」
呼ぶとすぐにキスをして頬に温かい手を置いた。
そしてまっすぐに私を見て、
「もっと呼んで? この声がずっと聞きたかった」
そんなこと言われると恥ずかしくて、でも嬉しくて、私は快感に喘ぎながら何度も透さんの名前を呼んだ。
透さんは胸もお腹も背中も、全部優しく愛してくれる。
重ねられた掌は強く、それでも唇を奪うキスは優しく、でも全てを奪い尽くすほどに深く奪われる。
名を呼ぶたびに強く心を見せられる、ここにいる、ここだから、と何度も伝えるように、何度も何度も。
大きな手で私を抱き寄せたまま、離さない。
もう少しの隙間だって許さないくらい透さんは強く私を引き寄せて抱いて、甘く優しくキスをして、その指先で撫でた。
透さんが好き。
ずっとずっと、こうしたかった。




