昼と夜と、そんな日々を
こんな幸せな日があるのか……と思いながら、俺は仁菜ちゃん……いやもう、正式に娘になったので仁菜にしよう……三人でカレーを作りながら思っていた。
仁菜は料理が好きなようで、楽しそうに料理をしている。
俺はそれをサポートしながら、誰かと料理をする楽しさを感じていた。
親が出ていって、俺は長くひとりで食事を作っていた。
それはもう楽しいとか考えることはない、ただの作業。
でも食べる彩音とじいさんが嬉しそうで……だから続けられた。
「パパ、見てて! 仁菜できるんだから!」
そう言って料理をする仁菜を、俺は怪我しないように見守りながら、自分がはじめて包丁を使って、床にあれこれ落としたのを思い出していた。
あの頃の俺がいるから、今の俺がいる。
一緒に食べたカレーは今まで食べたカレーのなかで一番に美味しかった。
きっとこれを超えるカレーは一生食べられない気がした。
そして食後、仁菜と菜穂、両方の髪の毛を乾かしているとき、やたら幸せで嬉しくて……やっと結婚して家庭をもった実感が湧いてきた。
髪の毛を乾かしてあげる……それは生活そのものなのに幸せで、それが明日も明後日もある。それがどうしようもなく嬉しかった。
風呂に入って出てくると、
「パパ、座って! 仁菜が乾かしてあげるからね!」
ドライヤーを持った仁菜が待っていた。
俺が座ると、仁菜は背を伸ばしてせっせと髪の毛を乾かしてくれる。
でも俺は身長が大きいから当然座高も高い。
仁菜の身長だと頭の上が厳しいらしく、仁菜は床を指さして、
「パパちょっと、そこにゴロンしなさい」
「……はい」
俺は床にうつ伏せにされた。
それを菜穂がずっと笑って見ている。
状況的に意味が分からないけど、それでも幸せで、うつ伏せになって仁菜に髪の毛を乾かしてもらった。
それが終わると菜穂が来て、うつ伏せのままの俺の髪の毛を実に雑にとかしていった。
俺は体勢を戻して菜穂を捕まえて、
「もっとちゃんと」
「だって届かないですし、しゃがんだ状態だとできないですし」
「はい」
俺が腰を屈めると、菜穂は笑いながら丁寧に髪の毛を整えてくれた。
すると仁菜も来て菜穂から櫛を奪い取って、なぜか七三にして去って行った。
たかがお風呂に入るだけで、こんなに楽しくて良いのだろうか。
「パパ見て、お布団いっぱいひいたの! こども園のお泊まり会みたいでしょ? 仁菜ちゃん真ん中で寝る!!」
眠る時間になり、仁菜は畳の部屋いっぱいに三組の布団を敷いてくれた。
そして真ん中の布団に入り、左右の布団に俺と菜穂が入るように促した。
まだ21時だけど……もうここは諦めて寝るべきだと菜穂とは話していた。
いつもなら寝かしつけてから一度起きるが、離れは作り的にほぼワンルームで、起きて向かう台所はこの時期寒すぎる。
それに俺も菜穂も、明日の月曜日は物産展最終日のヘルプに入るので忙しい。
もう寝てしまおうとふたりで決めていた。
電気を落として仁菜を真ん中にして、左右の布団に入る。
仁菜は真ん中の布団でまず右を見て、
「ママだあ~~~!」
そして左を見て、
「パパだああ~~!」
と言って目を輝かせた。……可愛すぎる。
菜穂は静かに仁菜の上に腕を置いて染み出すように、
「……そうだね」
俺も同じように仁菜を抱っこするように反対側から腕を置いて、
「そうだな」
仁菜は布団を鼻まで持って来て、
「仁菜嬉しい。温かい。安心してね、仁菜は寝相がいいから。こども園の真央ちゃんがね、仁菜ちゃんぜんぜん動かないで寝てたよって言ってくれたの。でも真央ちゃんはすごいの、二段ベッドから落ちちゃったみたいでお泊まり会の時もね……わあ……どっちにもいるとすごく温かいね……仁菜ちゃん今日引っ越し頑張ったからね……」
仁菜はせっせと話していたが、そのうち目を閉じた。
俺と菜穂は黙って仁菜が眠るのを待った。俺は仁菜が寝息を立てているのを聞き、ゆっくりと手を動かして、同じように仁菜の上に置いている、菜穂の手を握った。
すると目を閉じていた菜穂は、目を開いて、そして俺の手をギュッ……と握ってくれた。
はじめて一緒に過ごす夜。真ん中に仁菜がいて、温かくて、それは丸い命で。
それに菜穂の手は温かくて、たしかにそこにあって。真ん中でゆっくり上下している仁菜のお腹はずっと続いていて、暗い夜に永遠で。
俺は横から仁菜を抱きしめた。
すると菜穂も近付いてきて、目の前にきた。
ふたりで目を細めて手を握り合い、目を閉じた。
真ん中に安心を抱いた、どうしようもなく静かで甘い夜。
「わあ……毎回思いますけど、正直ここの物産展はテンションあがります」
「個人的に歩いても楽しいくらいだよな」
「わかります」
俺と菜穂は朝一番から一緒に都内の物産展会場に来ている。
うちの会社は都内のデパートの物産展にもよく出ていて、初日と最終日に社員がヘルプで呼ばれることがある。
特にこのデパートで行われるものは規模が大きく、地方からの出展者が上京してくるタイミングでもあり、商談の場でもある。
付き合いがあるほとんどの企業が出店していて、年に一度挨拶の場でもあり、新しい店を見つける絶好の機会でもある。
菜穂は付き合いがある商店さんへの挨拶に、俺はECサイト用に新しく商品を作ってもらった会社にお礼をいうために来た。
さっそく菜穂のところに、仙台から来ている業者が来て、俺も軽く挨拶をして離れた。
「広瀬さん!」
「中村さん、おつかれさまです」
「ちょっと、見た?! 巨大ラーメン」
「……巨大ラーメン……?」
「そう、娘がSNSでうちの鰹節がバズってるって送ってくれたんだよ」
会場に到着すると、鹿児島県から来ている薩摩節水産の中村さんは、スマホを見せてくれた。
そこには、人間が入るほどの寸胴で巨大ラーメンを作ろうという企画動画をしていて、そこで俺たちが仕掛けた段ボールサイズの鰹節が使われていた。
うちの店の一番人気は薩摩節水産さんの鰹節だ。それほど高くないのにとても美味しい出汁が取れて、来るたびに購入する人が多い。
もっと巨大なサイズを置いてくれないかという声が多く、ECサイトのみで取り扱いを始めるならこれだろうと、もう開き直って引っ越し時に使うレベルの巨大サイズの段ボールに鰹節を詰め込んで2割引で販売した。個別に分ける前のビニール袋のままで、サイズもまちまち。
手間が減る分値段にしても十分利益が出るラインで販売を始めて二ヶ月、ここにきてその巨大さゆえ動画投稿で使われるようになっていた。
鰹節という重たくないがかさばる性質上、これが一番良いだろうと判断したが正解だったようだ。
その場でECサイトの売り上げを見ると、動画以降20倍以上の売り上げが出ていた。
そして俺たちが考えた通り『大きな段ボールの商品と共に、5000円まで買ってもらえると送料無料』がきいている。
鰹節が3500円で、残りの金額をみんな『何かを買っている』。
これが俺たちが一番欲しかったデータだ。
うちにくる客がECサイトで何を欲しがっているか、そこからうちのECサイトの独自性が始まる。
でもメイン軸で売れているのは、間違いなく薩摩節水産さんの巨大鰹節だ。
俺は頭をさげて、
「素早い対応、本当にありがとうございました」
「倉庫をそっちで持ってもらえて、すげー助かってるよ。うちは人員ももう足りないし、送料大変だしさ」
そう、結局鹿児島から全国発送するのは手間と宅配費用がかかりすぎる。
だから急遽対応してもらうために、家が持っている倉庫を薩摩節水産さんに無料で貸し出したのだ。
これで流通速度がグンとあがる。
俺たちは独自商品を確保できて、薩摩節水産さんは千葉に倉庫が確保できる。
安定した巨大鰹節の確保を約束して、新商品のラーメンのつけ汁に使う粉を食べさせていただくことになった。
「あ、海野さん、おつかれさま!」
「中村さん、おつかれさまです。わーー、これが新商品の粉ですか、楽しみにしてました」
「最終日は試食もするからさ、ほら食べていってよ。今作ってるから。ほら広瀬さんも!」
ちょうど通り掛かった菜穂に、薩摩節水産さんの中村さんが声をかけた。
そして俺と菜穂は、一緒に鰹節の粉をたくさん入れたラーメンをいただくことにした。
これがもう……太い麺に濃厚な粉が美味しくて……。
「うっま……」
「んーーー。お肉が普通のチャーシューとちょっと違いますね。味が濃いのに油が残ってる」
「これ鹿児島牛を出し殻も入れて煮てるんだ、すごいね海野さん」
「油の質がちょっと違う気がして。えー。このチャーシューもセットだったら最高なのに」
「カケラみたいなやつなら落としで売れるかもな」
「えー、いいですよね、広瀬さん」
「マジで旨いと思う。こういうシンプルなのに重くないチャーシューいいですね」
俺と菜穂は薩摩節水産さんのラーメンを朝から一杯食べてしまった。
ふたりで絶賛して店を離れる時には、お腹がいっぱいすぎて笑ってしまった。
海野はお腹を撫でながら、
「物産展の恐ろしいところは、挨拶しながら必ずいただけるので、とんでもなく満腹になることです」
「わかる。俺もう、今日は夜まで何もいらないな」
「夜ご飯軽めにしましょう。仁菜には必要なのが面倒なんですけど」
「俺が作るよ、昨日の残りでカレーうどんは?」
「え、美味しそう。私がむしろ食べたくなってきました」
笑いながら話していたら、海野の後ろに黒い影が見えた。
なんだろうと思ったら、
「……海野さんと広瀬さん、結婚おめでとうございまぁぁぁす」
「近藤、おつかれさま」
海野の後ろに立っていたのは広報の近藤だった。
そして海野に向かって、
「前の展示会の時に、彼女が可愛くて可愛くて仕方なくて、彼女のこと以外考えられないって私に言ったんですけど、それって海野さんのことだったんですね……」
海野は「?!」と俺のほうを見て、恥ずかしそうに「いえいえ……」と答えた。
近藤は俺のほうを見て大きくため息をついて、
「さっきからすっごく良い雰囲気で羨ましくてしかたないです……。はあ……愛がまぶしい……おつかれさまです……」
そう言って去って行った。
海野が俺のほうをチラリと見て、
「……彼女のこと以外考えられない……そんなことを会社で……?」
「イヤ違う、断るために……」
「違う……?」
「イヤ違わない。それは本音だが」
「そんなことを会社で……?」
「イヤちょっと待ってくれ!」
海野……いや、あえて菜穂と言おう。
菜穂が俺をいじるので、恥ずかしくなって顔を背けて叫んだ。
俺と菜穂は笑いながら「では家で」と別れた。
可愛くて好きで好きで……それはもっと増していて、大切で仕方がない。
さあ今日も仕事を早く終わらせて帰ろう。まだまだ挨拶が残っていて、どこまで食べられるか不安だが。




