三人ではじめてのお泊まり
「ねーえー、今日仁菜ちゃん、こっちにお泊まりする!」
「うーん、そこまで片付くかな。とりあえず荷物入れてから考えようか」
「仁菜ちゃんもお片付けお手伝いするから! お願い!」
そう言って仁菜は私の前で手をパンと叩いてお祈りポーズをした。
今日は透さんのマンションを完全に引き払い、全ての荷物を離れに入れる日だ。
透さんは前日からマンションに泊まって最終片付け、私は受け入れ側の離れを掃除している。
仁菜は透さんのマンションから全ての荷物が来ると聞いて、この離れがパパの部屋=私の部屋でもあると思っているようだ。
「お泊まりしたいの!」
「分かった分かった、たぶん何とかなるから、ほらおじいさんの服を本家に持って行って!」
「! 分かった!」
仁菜はおじいさんの服が入った袋を持って離れから本家までの獣道を走り始めた。
私の予想が正しければ、獣道よりも表の道のほうが早いけど、リュウくんも仁菜もなぜかそっちを使う。
もう5往復目のリュウくんが離れに戻ってきて、
「次は?!」
「リュウくん早すぎる。すごいね」
「リュウ、これで東京ドーム行くから」
「あ……なるほど。ママと約束したの?」
「そう。早く! 働かないと連れて行ってもらえないから!」
「はいじゃあこれ」
私はおじいさんの洋裁道具セットを渡した。
するとリュウくんは「うおおおお!!」と再び離れから走って出て行った。
どうやら彩音さんは、この引っ越しを手伝ったら、再び東京ドームシティのプラレールに連れて行ってあげる……と約束したようだ。
さっきからリュウくんはとんでもない勢いで荷物を運んでいて助かってしまう。
離れから本家におじいさんの私物を運び、透さんの荷物を入れる。
そして要らないものはこの時点で捨てる……を繰り返す。
透さんはけっこう本を持っていて、本家にあった昔使っていた本棚も、このタイミングで離れに運ぶことになり、今本家で彩音さんが準備している。
冬晴れの気持ちの良い日で、離れの窓を全て開け放っていて気持ちが良い!
持って行ってもらう荷物を離れに続く縁側にどんどん並べて、棚を掃除していく。
おじいさんのために改装したので、トイレもお風呂も綺麗で家族三人でここに泊まるのも、たまになら問題ないな……と思う。
でも……実は私と透さんはまだ夜を共にしたことがない。
私も透さんも働いていて、実家から通っている。そして私には仁菜がいる。
その状態で夜にふたりっきりになるチャンスはなく、それに夜はもう全く起きないとはいえ、この前の緊急時の飲み会とかは別にして、基本的には仁菜と同じ建物には居たい。
だから透さんと夜を過ごしたことはなくて……今日仁菜が「こっちで寝る!」というなら、はじめて三人で寝ることになる。
透さんと眠るの少しだけ緊張するけど、仁菜が望んでいるのは家族三人のお泊まり会なので、はじめてにしては良い気がする。
……でもちょっと緊張するな。
私はお風呂からおじいさんのシャンプーやリンスをビニール袋に入れながら思った。
「いや、その前に片付けでしょ」
私はビニール袋に身体を洗うタオルやボディーソープをグイグイと入れた。
縁側に運ぶと、リュウくんが「次ぃ!!」と言いながら運んでいった。
目がギラギラと光っていてちょっと面白い。そして横をみたら仁菜が離れの家にあった赤い実を摘んで遊んでいた。
手伝いに飽きたようだ。
荷物の運び出しが8割終わるころ、透さんから電話がかかってきて、トラックが近くまで来ていると知った。
私は荷物が入れられるように入り口付近のものを退かして準備する。
「思ったより余裕でしたね」
「そうだな。やっぱり一人暮らしワンルームの荷物はこんなもんなんだな」
トラックから降ろされた荷物を全て離れに入れてみたけど、思ったほど多くなかった。
冷蔵庫がふたつあるのが困った感じだけど、これは小さい方を流石に捨てますか……と話しながら荷物を片付けて行く。
仁菜が走ってきて、
「パパ、仁菜ね、今日こっちの部屋にお泊まりしたいの!」
「ママから聞いてる。いいよ。みんなでお泊まりしようか」
「やったーーー! 別荘みたいで楽しい!」
仁菜は飛び跳ねて喜んだ。
うちから徒歩二分程度の別荘……でもまあ私が子どもだったら楽しいかもしれない。
もうこうなったらこっちで簡単なご飯が作れるようにしようと台所を整え始めた。
それでもすぐ横に使い勝手が良い台所が、私の家と透さんの家もあるので、どこまですべきか……?
一番簡単なカレーにしようと、作れるレベルまで台所を整える。
おじいさんのご飯は結局本家で作って運んでいて、温めて食べていただけなので、台所はほぼ使われてない。
私が台所を整えている間に、透さんは自分の荷物を押し入れに入れていく。
仁菜とリュウくんが走り回る声が響き、彩音さんがお昼ご飯にモスを買ってきてくれた。
「休憩しよーーー、疲れたーーー!」
「モスチキン!!」
子どもたちが先を争ってモスを食べ始めて、私たちもいただくことにした。
抜けるような青空と冷たい風、それに疲れた身体にモスが美味しすぎる。
彩音さんは本家に運んだ荷物を片付けて、透さんの荷物をこっちに運んで……とずっと手伝ってくれている。
私はモスを食べながら、
「ダンス教室平気? もしあれだったらリュウくんに手伝ってもらったし、東京ドームシティー、私と透さんで連れて行ってもいいよ」
「! 助かるかも。あそこ……マジで体力削られるじゃん……」
「分かる。でも透さんが一緒なら平気だと思う。でもリュウくんと仁菜が一緒なら、また別の遊び方になるし、引っ越しで色々手伝ってもらったし」
彩音さんは首をふって、
「お兄ちゃんが幸せそうで……まーじで嬉しい。私ケンカばっかりしてたけど、菜穂ちゃんとお兄ちゃん見ていると、いいなーーって」
「彩音さんは若いし、まだまだ恋できるんじゃない?」
「リュウ可愛いし、ダンス楽しいし、コンサート出たいし微妙。マジで時間ないな」
私はコソコソと彩音さんに近づき、
「私もそう思ってたけど、透さんと出会ってから変わったよ」
「惚気られただけだ~~~!!」
彩音さんは叫んだ。
そしてふたりでシェイクを飲んで片付けを再開した。
こんな気があう人が義妹になって、本当に嬉しい。
「仁菜ちゃんは、玉ねぎを切ることができる」
「そうだよね、こども園のカレーパーティーでしてるもんね」
「仁菜ちゃんは出来る……」
夜には離れは綺麗に片付いた。
そして台所で、仁菜と私と透さんでカレーを作り始めた。
この台所にある机は、おじいさんが車椅子のまま作業できるように足をカットしたもので、低い。
だから仁菜が作業するのにちょうど良い。仁菜はこども園のカレーパーティーで玉ねぎをカットしていたので、包丁が扱える……扱える……?
包丁に手が近すぎるし、猫の手ってそういうことだけど、そうじゃない。
でもこういうのは好きでしてるからこそ見守らないと……でも怖い!
そう思ってると、透さんが仁菜の後ろに立って、
「こっちの手で支えて、こうやって切ろうか」
「パパ、仁菜出来るから!!」
「そうだね、パパが仁菜と一緒にやりたかったんだ」
「! そっか。じゃあ仁菜が教えてあげるね?」
透さんが「仁菜」と呼んだのははじめてな気がして、ドキリとしてしまう。
でも娘だし、それがきっと正しい。それに仁菜に教えてもらうという形で一緒に包丁を握って材料をカットしていく。
私の出番はなさそうだ。仕方ないのでスマホでふたりを撮影して時間をすごした。
それは殺戮では? という勢いで仁菜は肉を切り裂き、それは粉砕では? という切り口で芋を切り、それは叩き落としでは? という強さで玉ねぎを切り、野性味溢れるカレーが作られていくのを、私は静かに見守った。
絶対に私なら途中で奪うけど、透さんはずっと「教えて?」の形を崩さず一緒にカレーを作った。
そしてカレーが完成した。
仁菜は畳の部屋の机にせっせとカレーを運んで私を座らせた。
「はい、ママ。仁菜とパパで作ったから!」
とスプーンを渡してくれた。
そして頂いたカレーはいつもより美味しくて。
私は仁菜の頭を撫でて、
「すっごく美味しい。なんでこんなに美味しいんだろう」
「仁菜とパパで作ったからね!!」
と仁菜は笑顔で、透さんも嬉しそうにたくさんのカレーを食べた。
いつものバーモントカレーなのにどうしてこんなに美味しいんだろうと笑いながら。
そして色々考えた結果、2月で外が寒すぎるので、小さいけれど離れのお風呂を使うことにした。
それぞれの家ほどは広くないけど、普通のユニットバスで、仁菜はいつもと違うお風呂に逆に大興奮して大騒ぎ。
本家の風呂は広いけれど石で足元が冷たいし、ガスで追い焚きするもの。
でもここはユニットバスなので「ドラマみたい!」と楽しそうだ。確かに普通のドラマとかに出てくるのはこっちかもしれない。
仁菜とお風呂を出ると、茶碗を片付け終わった透さんが仁菜の髪の毛を乾かしてくれる。
仁菜は透さんのあぐらの上に座り、
「仁菜はねー、ラプンツェルだから髪の毛長いの。もっと伸ばすの」
「髪の毛きれいだよね。俺も三つ編みできるようになりたい」
「仁菜の髪の毛で練習していいよ。こども園のみんな、仁菜の髪の毛で練習するから」
仁菜はドヤ顔で言った。
仁菜はラプンツェルに憧れて、現時点で髪の毛が腰まである。
絡まるし、洗うの大変だし、乾かすの時間かかるし、ヘアアレンジを要求されるし、正直切りません? と思ったのは一度や二度ではない。
でもこれは仕方が無い。でもたまに透さんが乾かしてくれるなら、ちょっと楽になったり?
そう思って見ていると、仁菜の髪の毛が乾かしおわり、次に透さんは床をトントンと叩いて、
「次、菜穂」
そんな風に呼ばれると、ドキドキしてしまい、
「! ……私は自分でします。その間に透さんお風呂にどうぞ」
遠慮すると仁菜が仁王立ちして、
「ママ! よくないよ!! 甘えないと夫婦はダメになるんだから!!」
「?! 仁菜はそれ誰が言ってたの?!」
「ママ、早く! パパ髪の毛乾かすの上手だよ。仁菜自分で歯磨きしてあげるから~」
「……珍しい」
仁菜は何度言っても自分で歯を磨かない。歯ブラシ持ってるだけで、一度だって自分で磨かない。
ん~? と思って仁菜を見てると、本当に洗面所に行き、歯ブラシを濡らして口に入れて、私にドヤ顔を見せながら磨き始めた。
……偉い。というかいつもしてよ。
じゃあ……と私は膝をついて近づくと、透さんは私を座らせてドライヤーで髪の毛を乾かし始めた。
「菜穂も髪が伸びたな。菜穂も長いほうが可愛い」
「……そうでしょうか」
なぜか会社みたいな変な敬語になってしまう。なんで?!
……きっと恥ずかしいからだ。私は透さんの前で少し小さくなり、髪の毛を乾かしてもらった。
ゆっくりと丁寧に透さんは私の髪の毛を乾かしてくれて……たしかに眠くなっちゃうかも……。
うっとりするほど優しく地肌から乾かしてくれる。
そして乾かし終わって後ろから私の頭を撫でて、
「はいできた」
「……ありがとうございます。透さんお上手ですね」
「好きな子の髪の毛乾かすのが嫌いな男なんていないだろ。たくさん撫でられるし」
「!」
私は恥ずかしくて嬉しくて床に倒れこんでしまう。
透さんは着替えを持って洗面所に向かい、仁菜と一緒に歯磨きを始めた。
透さんが……好きすぎる……!




