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デキる上司と秘密の子育て ~気づいたらめためた甘々家族になってました~  作者: コイル@オタク同僚発売中


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これは覚悟の話


「……正直、かなり飲みましたね」

「そうだな、俺たちでもここまでくるのは……かなりだな」


 私と透さんは実家の居酒屋からやっと抜け出して歩き始めていた。

 離れでしていたクリスマスパーティーは、透さんのプロポーズをきっかけに大宴会になってしまった。

 みんな大騒ぎして飲み始めて、プロポーズで幸せな私と透さんがサポートに回ることに。

 駅前の実家居酒屋に移動して飲み続ける大人を見送って、仁菜とリュウくんをお互いで寝かしつけてやっと休憩……と思ったら、タクシーでおばあちゃんと彩音が帰ってきてチェンジ。

今度は駅前の実家居酒屋にふたりで呼び出されて延々と飲まされた。

 私も透さんも営業なのでお酒にはかなり強いけれど、それでもかなり飲まされて、なにより幸せな会だったのでふわふわしている。

 キンと冷えた空気を火照った身体に吸い込んで、白い息をふたりで空に吐き出す。

 透さんがふわりと微笑んでくれたので、私は腕に甘くしがみ付いた。


 透さんのプロポーズ、本当に嬉しかった。


 近日中にプロポーズされるだろうな……という予感はあった。

 一緒に都内に出かけるたびに指輪を売っているお店に連れて行って好みを聞いてくれた。

 私はあまり派手な服装をすることはないけど、それなりに綺麗にすることは多い。

そんな時に付けられる指輪があって、それが透さんから頂いたものなら……そう思って伝えたものを頂けて、すごく嬉しい。

 私は左手薬指を見て、


「……可愛いです。ありがとうございます」

「良かった」


 透さんはそのまま私の手を絡めるように抱き寄せておでこにキスしてくれた。

 私のおでこは外気で冷えていて、そこに触れる透さんの唇は柔らかくて温かい。

 時間はもう1時すぎ。ちなみにうちの居酒屋の営業時間は24時までなのに、まだ営業している。

 もう今日は客が帰るまで延々と店を開けるのだろう。

 あのお店はおばあちゃんとおじいちゃんが始めた店で、地元で五十年続いている。

 建物は古いけれど、常連さんも、その賑わいに呼ばれてくるご新規さんも多く、本当にたくさんの人たちがお祝いしてくれた。

 すごく嬉しくて、幸せな夜だった。

 営業で飲み慣れている私と透さんが「ちょっと……」と思うくらい飲まされたけれど。

 お父さんが板前なのに、飲み過ぎて動けなくなってて、イタリアンシェフの常連さんが焼き鳥パスタを作ってくれたのが面白すぎた。

 お母さんは全てのテーブルに私と透さんを連れて移動して……もう騒ぎすぎ……と思うけど、家族が喜んでいるのは、単純に嬉しい。

 私が透さんの腕にしがみつくと、透さんは立ち止まって私を抱き寄せた。

 そして大切なものを抱えるように引き寄せて、シャッターが降りているビルの前で私を立たせた。

 背中が痛くないように左腕で守りつつ、優しく何度もキスを落とす。

 外の空気が冷たくて頬は氷のように冷たい。それでも私に触れる透さんの指は温かくてキスは柔らかくて、私も透さんも少し酔ってるから大胆で……身体を密着させているとひとつになってるみたいに気持ちが良い。

 透さんは何度も私に口づけて少し顔を離して、


「菜穂、可愛い」


 と言う。

 嬉しくて恥ずかしくて、それでも幸せで。 

 私も何度もキスを返す。そしてふたりで頭を寄せて笑って歩き始めた。

 もうこの時間になるとタクシーなんていないので、駅前から家まで徒歩30分。しかも街灯も少ない。

 いつもだったらイヤだけど、透さんとお酒を飲んで……それに立ち止まるたびに透さんが抱きしめてキスしてくるので幸せで仕方が無い。

 でもさすが12月25……いや26日。完全防備で来たけれど、それでも寒い。

 透さんは私のマフラーをしっかりと閉めて、


「大丈夫か?」

「はい。むしろドキドキして……少し汗をかいてます」

「俺も……こんなに楽しい酒ははじめてかも知れない」

 

 透さんがそう話す目が静かで、どこか遠くて。

 私はふと思い出して、しっかりと伝えることにした。


「透さん。あのですね、もう大丈夫だと知ってほしいです」


 そう言って透さんのポケットの中で一緒に握っている手を強く握った。

 透さんは「?」とした表情で私を見て立ち止まった。

 目の前の信号が赤に変わり、国道を車が走り抜けていく。

 乱れた髪の毛を耳にかけて顔をあげる。


 ずっと気になっていた。プロポーズの言葉。


『怖い。自信がないんだ。それはずっとだ。ずっと怖いままだ。正直今も怖い』


 幸せになるために伝えてくれるプロポーズの言葉なのに、透さんは怯えていた。

 自信がない、それでも一緒にいたい、わからない、そうずっと、必死に伝えてくれた。

 それが私の心を締め付けた。

 私は透さんの手を握り、


「私は自分の人生に満足してました。お姉ちゃんは死んじゃったけど、私には仁菜がいて。家族もいて仕事もあって何の不満もありませんでした。結婚に興味が無かったです」


 私は星が見える夜空に向かって白い息と共に吐き出す。

 透さんは静かに聞いてくれる。


「独りよがりではなく、本当にこのままでいいと思ってました。でも透さんに大切にされて……それがどれだけ嬉しいか、どれだけ幸せなのか、気がつきました」

「菜穂……」

「私は透さんを幸せにしたい。そして大切にされたいです」


 私がそう言うと透さんは私を引き寄せた。

 私は胸元で透さんをまっすぐに見て、


「私の心に、仁菜や家族とは別の所に、大切な人が出来ると思わなかった。心って広いんですね、余裕があると広がるんだ。私の中に、もう透さんの居場所がちゃんとあります」


 そう言って自分の胸元に透さんの手を持っていった。

 冷たい透さんの掌を、自分の胸元において、上から自分の手を置く。

 温めるように、そこからも伝わるように。

 そして透さんを真っ直ぐに見て、


「だから自信を持って、私を愛してください」


 透さんは私の胸元に手を置いたまま、静かに涙を落として頷いた。

 それは頷くというより、項垂れるように、受け入れるように。

 何度も首を落として、そのまま私の首の横に頭を置いた。

 私は透さんの首の後ろに手を置いて、まるごと引き寄せるように抱きしめる。

 なんとなく……透さんは愛されたいんじゃなくて、絶対に大丈夫な人を安心して愛したいんじゃないかって思っていた。

 大好きだって伝えたかった人が出ていってしまった過去。

 それゆえにもちろん愛してほしいけど、それより伝えられなかった気持ちが、ずっと残ってるんじゃないかって。

 透さんは優しい人だから。

 愛してほしいけれど、伝えられなかった愛が、たくさんあるんじゃないかなって思った。

 私はもうちゃんとたぶん、全部持っている。

 欠けていたものでさえ、透さんが満たしてくれたから。

 私は透さんの目元の涙を指先で拭い、


「これは覚悟の話です。何かイヤだと思ったら逃げずに伝えます。嫌われてしまうかも思っても伝えます。私は嫌わないので伝えてください。小さな違和感から大きく離れないようにしましょう。改善点も一緒に考えましょう。これがステキだと思ったらそれも言います。好きだなと思ったところも伝えます。透さんと私は違う人間なので当然色々あります。でも、私が透さんと生きると決めたんです。だからもう大丈夫だと知ってほしいです」 


 この人がその過去ゆえ乱れても、それでも愛すると決めたから。

 透さんは私を抱きしめて、


「……正直怖い。こんなに大切にされたことがないから、俺には出来ない、返せない、何も渡せそうにない」

「過去は変えられないけど、未来は変えられる。私、すごくそう思いました。透さんはサンタクロースを待っていたけど、今日透さんは、仁菜が待っていたサンタクロース自身になったんです。サンタクロースになって、パパを連れてきた」


 正直私は驚いていた。

 仁菜があんなに「パパになった?!」と喜ぶと思っていなかったし、そんなにパパが欲しいと思っていることも知らなかった。

 私は透さんの頬にキスをして、


「まずは一緒に歩き出しましょう。もう三度目くらいの青信号です」


 私たちが抱きしめ合って話している間に、国道はきっと三度ほど赤と青を繰り返していた。

私は透さんの手を引いて、国道を歩き始めた。

透さんは国道を歩ききって、再び私を抱きしめた。


「……大切だと伝えられて、嬉しい」

「伝えてもらえて、嬉しいです。明日も伝えてください。明後日もずっと。そうやって暮らしましょう。私も透さんが大切です」


 私がそう答えると透さんは今までにないほど優しい瞳になり、宝物のように私の頭を抱きしめた。

 そして私たちは家までふたりで真っ暗だけど、夜空が美しい道をゆっくり歩いて帰った。

 この人とこれから歩んでいく。

 そう決めた、決意の夜。



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― 新着の感想 ―
>私が透さんと生きると決めたんです。  わ~、覚悟、覚悟かぁ…
おめでとうございます。
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