入籍
「これが結婚する紙? ちょっと可愛くないから仁菜ちゃんがシール貼る?」
「うーん。これは市役所……ちゃんとした所に出す紙だから、シールはどうかな」
「じゃあ写真だけにしよっか!」
仁菜ちゃんは「はい、ばあば写真撮って!」と、俺と菜穂の間に入って婚姻届を持ってピースをした。
婚姻届を真ん中に写真……聞いたことないが仁菜ちゃんがしたいなら良い。
会社が休みの間に……と、市役所の正月休みが明けたタイミングで入籍することにした。
菜穂と買いに行って、お揃いの結婚指輪も購入した。
菜穂はシンプルで傷が付かないもの……ただ婚約指輪と同じ所のほうが良いと言って、同じ店で揃えた。
シンプルで美しい指輪の裏に、菜穂が「プロポーズが嬉しかったから」と25日の日付とお互いの名前を入れた。
菜穂と同じ指輪が俺の指にある……正直何度も見てしまうほど嬉しい。
なにより菜穂がそのブランドで作りたいと言ったのは理由があった。
仁菜ちゃんは婚姻届を机に置いて、俺のほう見て、
「えへへへへ。透くん、見て!!」
「すごく似合ってる、お姉さんだ」
「もう仁菜楽しみで楽しみで楽しみで仕方なかったんだよおおお!」
そうやって首元のネックレスを仁菜ちゃんは見せてくれた。
このブランドは俺たちの指輪と同じ金属を使ったネックレスを子ども用に作ってくれるのだ。
アレルギーなども配慮したもので、小さな飾りのみ金属で、それほど値段も高くない。
でも間違いなく本物で、それを俺が渡すと、仁菜ちゃんは飛び上がって喜んだ。
そして家でずっと付けていたんだけど、落とす危険性があるので、婚姻届を出す今日だけ……外で付けることにした。
菜穂はずっと、
「怖い! 子どもの装飾品なんて落とすかちぎれるか……その二択です!!」
と嘆いているが、日の出と共にオシャレなワンピースを着て髪型もおばあさんが可愛く仕上げて、ネックレスを付けて待っていた。
完璧すぎて菜穂も受け入れるしか無かったようだ。
今日から市役所が開いているので、菜穂と俺と仁菜ちゃんで婚姻届を出しにいくことにした。
駅で少し美味しいご飯も食べようと三人で家を出た。
仁菜ちゃんはスカートを揺らして、
「はあ……仁菜ちゃん可愛い。ねえ見て、仁菜ちゃん可愛くない?」
菜穂は頭を撫でて、
「可愛い。でも本当に気をつけてね?」
「大丈夫。仁菜絶対に落とさない。ねえこれ入学式に付けて行っちゃダメ?」
「ダメダメダメ。ネックレス付けて入学式なんて聞いたことない! ねえ透さん、そうですよね?」
じーーーっと仁菜ちゃんが俺を見ている。
俺は仁菜ちゃんと手を繋いで、
「お勉強するために行く場所に付けていくものじゃないな。入学式のお祝いのご飯行くときには付けてもいいかもしれない」
「じゃあそうするっ!!」
それを聞いて菜穂がため息をつく。
「もお~~~。入学式にお祝いなんて必要?」
「ランドセル背負ってお写真撮らないの?」
「! それは必要かも」
菜穂がそういうと、仁菜ちゃんが俺を見て、
「透くん……じゃないや、パパも一緒に入学式にくる?」
少し恥ずかしそうに俺に聞くのが可愛くて、俺は仁菜ちゃんの横に座り、
「入学式が楽しみだ」
「! えへへへ。仁菜、算数得意だから! 国語も得意! 走るのも得意! ニンジン嫌い! 給食どうしよう!」
「あはははは!」
仁菜ちゃんが可愛すぎてふたりで「ニンジン頑張ろう」と手を繋いで歩いた。
可愛いお洋服で歩きたいの! と仁菜ちゃんが言うので、三人でバス停まで歩いて駅に行くことにした。
仁菜ちゃんは卒園式のために買ったという服と靴を履き、ネックレスを揺らして、菜穂から貰った(盗んだ)という小さな鞄をかけている。
正直めちゃくちゃ可愛い。
スカートを揺らして、
「仁菜、オシャレして出かけるの大好き。今日のママも可愛い!」
「そう? ママもちょっとオシャレな服買うようになったから」
「本当にダメだよ、ママ。あの紫色のジャージとか捨てたほうがいいよ」
「! 最近家で着てないでしょ!」
ふたりが楽しそうに話しているのを横で聞きながら幸せを感じる。
プロポーズした、あの大切な日、あの恐ろしいほど寒くて温かかった夜。
菜穂に「安心して愛してください」と言われてから……俺の中の不安が間違いなく消えたのを感じる。
そう、俺は好かれたいんじゃなくて、迷い無く好きなものを好き、愛してるものを愛していると伝えたかったんだ。
それを拒否され続けて、言う場所を失っていた。でもずっと心の中にくすぶっていたんだ。
俺は俺の気持ちを伝えたい、まっすぐに。
俺は菜穂の手を繋いで、
「菜穂は何をしてても、何を着てても可愛い」
「あまーーーーーーい!!」
仁菜ちゃんは真ん中で叫んだ。
そう、好きな人に可愛いと、大切な人に大切だと、まっすぐに伝えたかったんだ。
三人でバスに乗り、市役所に向かう。市役所は家と駅の中間地点にあり、バスでちょうど良かった。
仁菜ちゃんははじめて来たみたいでキョロキョロして歩きながら、それでもちゃんと挨拶されたら、立ち止まって挨拶している。
これから俺は父親になるので、甘やかしすぎず、厳しすぎず、距離感を考えながら父親になっていきたいと思っている。
結局俺たちは結婚したが、まだ一緒に住んでいない。
三人でどこかに引っ越すといってももう小学校の学区は決まっている。
それに俺たちは仕事をしていて、家族の協力があったほうが助かる。
だから時間が合う時は三人で離れで過ごし、じいさんの思惑通りであれだが、敷地内に家を建てることにした。
幸い仕事ばかりしてため込んできたお金はかなりあり、家賃程度の金額でローンが組めそうだ。
じいさんは「それきた!」ともう整地を始めた。
入学式には間に合わないが夏までに……離れで三人で暮らす時間も含めてゆっくりと三人に慣れて同じ家で暮らしたいと思っている。
家が近いし、仁菜ちゃんは今の環境が一番良い。お互いの家を行き来しつつ、無理な同居は止めよう……と菜穂と話し合った。
これが俺たちの結婚だ。
「はい……問題ないです、ではこちらを受理させていただきます」
そう言って市役所の人は婚姻届を受け取った。
これで俺と菜穂は夫婦になり、仁菜ちゃんは娘になった。
正確に言えば、また家庭裁判所で手続きが必要になるけど、それは書面上のことだ。
俺は菜穂の手を握って、
「これからよろしく」
「よろしくお願いします。あれ、泣けちゃう。どうしよう。アイライン溶けちゃう」
「ママ下向いて泣くんだって! そうすると床に涙が落ちてアイライン落ちないってYouTubeで見たよ!」
仁菜ちゃんにそう言われて菜穂は下を向いたけど、
「えっ……床に涙を落とす変な人になっちゃう」
「大丈夫、アイライン溶けたほうが変だよ!」
「そうかな?」
と二人は話しながら歩いて行く。
そして三人で再びバスに乗り、駅前のお店にお昼ご飯を食べに行くことにした。
お店に到着すると、菜穂は「ちょっとメイク直してきます」とトイレに行った。
すると横の席に座っていた仁菜ちゃんが、俺のほうを見て、
「……あのね、パパ。仁菜お願いがあるの」
「? どうした」
「あのね……前にこれをばあばに言ったら……外でそういうこと言わないのって言われてね……仁菜ちょっと悲しかったんだけどね」
仁菜ちゃんは手元のナプキンをいじりながら小声で言う。
俺は少し背中を丸くして仁菜ちゃんの声が聞こえるようにする。
仁菜ちゃんは小声で、
「仁菜ちゃん。お姉ちゃんになりたいの。子ども園のみんなお姉ちゃんとかお兄ちゃんでね、仁菜ちゃんもそうなりたいの。でもそれをばあばに言ったら、そういうのは外で言っちゃダメって言われて……。じいじに言ったら、怒られなかったけど、それはママだけじゃ無理なんだって言われたの。それでじゃあパパが出来たら出来るの? って聞いたら、できるかもしれないって言われたの。だからね、仁菜お姉ちゃんになりたいから、赤ちゃん連れてきてほしいの」
「……なるほど」
「パパとママが仲良くすれば出来るってYouTubeでも見たの」
「……なるほど??」
「パパとママ、すっごく仲いいから出来るよね?」
「……なるほど」
正直今時の年長さんが、子どもの作り方をどこまで理解してるか分からないが……とにかく「パパとママが仲良くすれば出来る」と思っているようだ。
そこに菜穂が戻ってきて、
「何の話してるの?」
仁菜ちゃんは「!」として黙った。
怒られたので、もう言うのを止めようと思っていたようだ。
いやこれは、怒られたからといって黙ることでもない。
俺は仁菜ちゃんの顔を見て、
「仁菜ちゃんが昔、お母さんとお父さんに赤ちゃんが欲しいって言ったら窘められたようだ。その時にパパが居たら出来るとしって、俺にお願いしてくれた」
「……なるほど。仁菜、それはお母さんとお父さんの言ってることは間違ってないよ。今までは無理だったけど、これからは……」
そう言って菜穂は俺を見て、
「作ります……か?」
「ああ。俺はほしいと思ってるよ」
「本当?!」
それを聞いて仁菜ちゃんが笑顔になった。
俺は菜穂と俺の子がほしいと思っている。
菜穂も柔らかい笑顔になり、
「私も欲しいと思ってます」
「ママ、本当?! いつくる?!」
「あのね、仁菜。子どもはそう簡単に作れないの。ううん、違うな……作りたいと思ってても、難しい場合もあるの。仁菜が給食苦手みたいに、難しいこともあるの」
「うーん……だったら仁菜ニンジンしりしり頑張るけど……」
「そうね。仁菜が給食頑張るみたいに、頑張らないといけない可能性もある。だから絶対って約束できないけど、お母さんとお父さんがいう通り、ママが結婚したからそれは可能になったの。だからママもね、できるといいなとは思ってる。でも簡単じゃないの。だから仁菜は奇跡の子。大切なのよ」
「えへへへ。分かった、じゃあ奇跡を待ってればいい?」
「そうね。そう思ってくれてると嬉しい。だからお母さんとお父さんの言ったことは間違ってないよ。仁菜が言ったことも間違ってない。ただお外であまり話すことじゃないかも知れない。そういう話題なの。」
「わかった! じゃあそうする!」
仁菜ちゃんは笑顔になり、運ばれてきたオムライスを美味しそうに食べて、オーダーしておいたケーキもたくさんたべた。
このタイミングでそれをしっかり話せて良かった。
しかしYouTube……? 仁菜ちゃんが見ている端末はチャイルドロックがかかってるはずだけど、どういう内容なんだ……?
気になるからあとで見て見ようと思った。
そして三人で手を繋いで、離れに向かった。
これからはたまに離れで三人で過ごそうと思い、手入れを始める。
仁菜ちゃんは目を輝かせて、
「じゃあここ、仁菜のお部屋にしてもいいの?!」
と机を出してスペースを作り始めた。
まずは布団をお互いの家から運んで……と思いつつ、俺はお茶をいれる。
横に菜穂が来て座り、
「い……一度……言ってみたかったんですけど……あの、だ、旦那さん……私のお茶も、頂けますか?」
「! 奥さん……はい、いやちょっとまて……幸せで倒れる……」
俺と菜穂は一緒にお茶を入れて、部屋を魔改造する仁菜ちゃんを眺めた。
そしてふたりでチャイルドロックがかかった「子どもの作り方」を見ると、手を繋いだらモコモコと真ん中から赤ちゃんが出てきた。
菜穂は「この説明だったらもう100人くらい生まれててもおかしくないですね」と笑った。
そして仁菜ちゃんを見て、
「パパが欲しいと思ってたことも知らなかったし、お姉ちゃんになりたいと思ってたことも知りませんでした。ずっと一緒にいたのに知らないことばかり」
と言った。仁菜ちゃんなりに気をつかった結果だろう。
俺がそういうと菜穂は俺を見て、
「透さんと子どもの話ができて……同じ気持ちで良かったです」
と目を細めた。可愛くて優しく手を握る。
俺たちの新しい日々が始まる。
そして冬休みが終わったタイミングで一緒に会社に報告しようと話した。




