第2話 そしてそれから。
「へえ、坊主、もう3歳になるのか。」
「ミア…公爵家の嫡男に、坊主はないわよ?」
「うふふっ。貴方たちも変わらないわね。」
今日は久しぶりに、王城勤めのアリーナのお休みに合わせて3人でお茶会。
ミアの執務室に出された紅茶を頂く。焼き菓子はお手製。
「相変わらず、あんたのお菓子は美味しいわね。カフェも始めたらどうよ?」
「うーーん。今、人が増えて、管理が大変でさあ。落ち着いたら、それもいいかな?」
「ああ。管理が緩すぎるんじゃない?びしっとやらないと。私たちのころは、一緒にいる子とだって、個人的な話は禁じられていたもんね。」
「まあ、それも変な話だよね。本名も、年齢もわからないなんてな。今は、みんな本名だよ?アリーナは?」
「あたし?あたし、本名なんだ。あ、から始まってたし、平民だし、まあいいか、ってあの人が思ったんじゃないかな?」
「ああ。」
「なるほどね。」
焼き菓子を頬張りながら、アリーナが楽しそうに言う。
「しかも今の基本理念、みた?クラウディア。」
「見たわ。うふふっ。楽しく仕事をすること。でしょう?」
「何よりだけどね。あははっ!」
「あの人は…自分で掲げた理念を守れなかったな。」
「・・・ん。生きて帰ってこれなかったからな。」
もう懐かしい…何年も前によく呼び出されていた執務室。
ミアが派遣協会の代表になってから、模様替えはしたが、窓からの景色はそう変わらない。
あの事件から5年たった。
ミアはアグネスメイド派遣協会の代表に就任した。今は、ミア メイド・侍女養成学校。派遣業ももちろん続けている。
古参のメイドたちはあの一件でほとんどが処分され、あの日、賊を入れようとした協力者はアグネスと一緒に処刑された。
今はメイドと侍女を教育する施設を付属する派遣会社になった。
アリーナも講師として声をかけられたようだが、もう王城に就職してしまったからと断ったようだ。
そのアリーナは、城詰の騎士に惚れられて、散々口説かれて、この間結婚した。
今は下町から通っている。
私は…陛下が全面的に協力してくださって、両親に会い、戸籍を復活していただき…。あの事件で引退された公爵殿の後を継いだリーンハルトと結婚することができた。
私は、誘拐されそうになって侍女と逃げ、北部の果ての教会に逃げて修道女になっていたことになり…。短い髪での結婚式も、逆に同情を集めることになった。
思ったより、酷い噂が流れなかったのは…結婚式の末席に座ったアリーナのウィンクで腑に落ちた。すごいわね。
「ミアの養成学校は、男の子もいるんだね?」
「ええ、そうよ。あんまり性別にはこだわらないわね。仕事をするのに必要なことを
教えるんだし。侍女コースには貴族の子女が半数よ。」
「あら。意外ね。」
「花嫁修業の一環、みたいな子もいるけど、ほとんどは手に職をつけようって子ね。」
「へえ。なんか、メイドとか侍女って下に見られる、って感じだったけどね。」
「今、私が育ててるのは、《《楽しく仕事ができる》》プロよ?」
「なるほど。」
国王陛下は今はお二人のお子がいる。
ドーリス侯爵家のテレージアは隣国に行った。今は事業を拡大しているらしい。
結婚式にはお祝いを頂いた。
・・・テレージアと、隣国に行く未来も考えていたことは、夫には黙っていようと思う。
「クラウディアは?」
「私?私は今、王立学院に女子の進学を認めてもらえるように、社交界で署名を集めているの。もちろん、夫も賛同してくれているのよ。」
「ほお。」
「私は良いと思うな。もっと幅広く世の中が見れれば、考え方も、生き方も変わるかもしれないよ。」
「ね。そうであってほしいわ。」
執務室の開け放たれた窓から初夏の風が入る。
レースの白いカーテンが、頷くように揺れた気がした。