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セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
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XL

 晴れた良い陽気の午後、フリルのワンピースを着た幼女は庭で遊んでいた。ワンピースのさくらんぼ柄が愛らしい。

 芝草の感触が気持ちいいので、裸足で駆け回る。

 ゴールデンレトリバーの子犬も、彼女の周囲を走る。

 初夏の長閑な一日。幸せが約束されたような。

 しかしそれは錯覚に過ぎない。


 たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。


 木靴の音が高らかに鳴り響き、射干玉色の少年が幼女の前に降り立つ。

 セロファン師を見て、幼女はきょとんとした顔をした。


「こんにちは」

「……こんにちは。あなた、だあれ?」

「僕はセロファン師。もうすぐ死ぬ君に、セロファンの色を見せに来た」

 

 レトリバーの子犬が吠え立てる。

 幼女は小首を傾げる。きょとんとして頑是ない在り様は、まだ自らに訪れるものの意味さえ解らない。


「あたし、死ぬの?」

「君の心臓は限界に来ている。そもそも、今まで生きていたことのほうが奇跡だった」


 医師の宣告を受けた両親は、幼い一人娘を溺愛して甘やかした。

 望む物は何でも与え、母親は勤めを辞めて娘につきっきりになった。今は屋内で娘の為のケーキを焼いている。甘い匂いがここまで届く。

 微風が幼女の淡い色の髪を揺らした。


「好きな色を言えば良いの?」

「そうだよ」


 セロファン師は屈んで、幼女の目線の高さに合わせた。


「それならさくらんぼの色にしてちょうだい」

「好きなんだね。さくらんぼが」

「うん。ママの焼くチェリーパイ、とても美味しいの。見た目も赤くて可愛いわ」

「さくらんぼの色、承った」


 セロファン師は上着から、びかびかしたさくらんぼの色を取り出した。

 子犬はまだ吠えている。セロファン師は意に介さず、自分の生業を全うする。


 もうすぐこの子犬は小さな主を喪う。

 焼かれるケーキが食べられることもない。

 命が潰えるとはそういうことだ。


 やがて動かなくなった幼女の髪をそっと撫でて、セロファン師はその場を立ち去った。

 背中で、幼女の母親の悲鳴を聴きながら。


 


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