XXXIX
妙なるヴァイオリンの音色に混じって、聴こえる異物の音がある。
たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。
パガニーニのヴァイオリン協奏曲第二番ロ短調作品七「ラ・カンパネラ」の旋律はそれで遮られた。弓を持つ手を少年は下ろす。
じっと、静穏なる顔つきで、彼が〝この時〟をもう悟っていたのだということが判る。
家の防音室は彼一人だった。
「演奏の邪魔をして申し訳ない。見たい色を言ってくれないか」
「セロファン師。じゃあやっぱり、僕が不治の病というのは本当だったんだね」
「医師から宣告を?」
「ううん。両親の話を漏れ聞いた。だから父さんも母さんも、僕のしたいことは何でもさせてくれた。ヴァイオリンなんてお金のかかる趣味も」
「きっと君が成長していたなら、趣味では終わらなかったかもしれない」
「どうかな」
「どうして協奏曲を?」
「他の楽器の旋律に囲まれている気持ちになる。孤独じゃないような。――――これから、僕は死ぬから、せめて寂しくない気持ちでいたかった」
「軽やかな音色だった。ニコロ・パガニーニの功績だね」
「知ってるの?」
「驚異的な技巧と表現力を持つ天才ヴァイオリニスト。全身黒づくめの長身長髪で、こけた頬と鋭い眼を持つ異様な風貌。謎めいた私生活と同様に自分の楽譜を注意深く秘密にしていた為、その優れた演奏技術と作品は一部が後世に伝えられているに過ぎない」
「……博識なんだね」
少年は自らのヴァイオリンを愛おしそうに撫で、ぽつりと呟いた。
「飴色なんてどうかな」
「年月を経た木の色かい?」
「そう」
セロファン師は微笑する。
「ヴァイオリンを愛する君には相応しいだろうな。飴色、承った」
そうしてセロファン師は飴色のセロファンを上着から取り出す。
外では狭霧が待っていた。セロファン師は無表情に、終わったよと告げる。
直に救急車で一帯は騒がしくなるだろう。
「彼のヴァイオリンは美しかった。君も聴けたら良かったのにね」
「…………」
狭霧は曖昧な表情でセロファン師の言葉に頷くと、踵を返した。
狭霧の背に、一抹の遣る瀬無さをセロファン師は見出した。狭霧の〝検分〟は自傷行為に等しいものを、すき好んでセロファン師に関わろうとする彼の心中が、セロファン師には測りかねた。




