《11》即興演劇の場になる駅前
「汐里ちゃん、久しぶり! 秀人との間を取り持って貰ったのに、あれから全然連絡してなくって……ごめんね?」
「それは、俺もごめん。菜穂子と付き合って一か月になるけど、その間汐里と全く話してなかったよな」
「ええ? 秀人、同じ大学なのに、私と付き合ってからずっと汐里ちゃんと話もしてなかったの? ひどーい。薄情じゃん。そんな冷たい人だと思わなかったぁ!」
「え、あ……ごめんって。菜穂子、悪かったって」
信湊駅で石川くんと牧田さんにばったり会うまで、彼らのことなどすっかり……綺麗さっぱり忘れていて、突然繰り広げられた恋人たちの会話に呆然としてしまった。
平日のお昼をいくらか過ぎた時間帯、信湊駅はそんなに混みあってはいない。この駅を利用する人は、この地域に暮らしている人を除けば信湊大学、花山女子大学と信湊東高校という三つの学校に通う学生がメインになる。朝夕の通学時間は混みあうけれど、他時間帯の利用客は〝ほどほど〟という感じだ。
そんなのんびりとしたお昼時の信湊駅で、まさかこの二人に声を掛けられるなんて全く思っていなかった。
「秀人って、そういう所あるよね! 一つのことに夢中になると、他が見えないっていうかさ。私のことだってそのうち……」
「本当に悪かったって。菜穂子のことを放っておくとか、絶対ないから! 菜穂子の顔見ない日があるなんて、考えられないし」
「本当ぉ? 私が一番?」
「ああ、一番だよ! 菜穂子以上に大事な人なんてこの世にいないから!」
「やった、嬉しい。その言葉、信じてるからね? 秀人」
「菜穂子……」
どこかで見たことのあるような仕草と聞いたことのあるようなセリフ。
「毎日連絡くれないとダメなんだからね? 約束だよ?」
「ああ、分かってる。約束するよ」
二人は見つめ合ってお互いの小指を絡め、指切りの歌を歌った。完全に二人の世界に入り込んでいる。これを私の目の前でやる意味は?
「あ、ああ! 汐里ちゃん、ごめんね? また一人っきりにしちゃった! あの、ごめんね……怒らないで?」
「いや、別に怒ってないから。用がないなら連絡も必要ないし」
そう言えば、牧田さんはうるうると目薬を差したばかりみたいに目を潤ませた。涙の量が多いタイプらしい。
「そんな……そんなに怒らないで。ごめんなさい。だから、連絡がいらないなんて悲しいこと言わないで」
怒っていないし、用事もないのに連絡を入れなくて問題ないと言っただけなのに、どうしてそうなるの?
「あのね、牧田さん……」
「そんな苗字呼びなんて! 今まで通り菜穂子って呼んでよ、汐里ちゃん! 私たちは高校の時からの親友なんだから、そんな素っ気ない感じにしないで……お願い」
いやいや? 私が牧田さんのことを名前で呼んだことは一度もないしね? 高校のときだって私は「牧田さん」と呼んでいたし、彼女は私のことを「榎本さん」と呼んでいた。同級生として用事があれば普通に話すし、世間話だってする間柄だったけど〝親友〟なんて関係じゃない。
「おい、汐里! なんて態度なんだよ、おまえ」
「はあ?」
石川くんは前に出て来ると、牧田さんを私から守るかのように背中に庇った。
「菜穂子とは親友なんだろ? 大学が違って、高校のときみたいな関係じゃなくなったかもしれないけど、友達は友達だ。おまえってそういうとこあるよな、冷たいっていうかさ……優しさってもんが少ないんだよ」
「い、いいの、秀人。私が悪かったんだもん、汐里ちゃんが私を避けたくなるのも……当然だって、分かってるから」
「はあ?」
「ごめんなさい、汐里ちゃん。前みたいに仲良くできるんだって、私がひとりで思い込んでたんだね。汐里ちゃんは傷ついてたのに、本当にごめんなさい」
「……菜穂子。菜穂子は本当に優しいな……優しすぎて気にしなくていい所まで気にしちゃうんだよ。菜穂子は悪くない、全然悪くない」
「秀人……」
「悪いのは俺なんだ。はっきりさせなかった俺が悪い」
まだ二人の恋愛劇場は続いている、私を巻き込んで。
正直に言えば、呆れる。何がしたいのかさっぱり分からない。
「汐里、はっきり言わせて貰う。俺、おまえの気持ちには応えられない……女としては見られないんだよ。俺は菜穂子が好きだ、世界中で唯一愛してる女だ。だから、気持ちは嬉しいけど応えられないんだ」
そう言われて、私は思い出した。この二人が付き合いだしたときに友人たちと話していた会話で、石川くんの中で私は彼に恋焦がれていることになっているのだ、と聞いたことを。
「ごめんなさい、汐里ちゃん。私、秀人を愛してるから……私たち、愛し合ってるから。だから、私たちのことを許して、祝福して? 親友でしょ?」
うるうるうるっと牧田さんの瞳が潤み、今にも涙が溢れそうだ。
「ふっ……」
「汐里?」
「汐里ちゃん、どうしたの……?」
「ふっふ……あはははは」
堪え切れない笑いが零れる。一度零れてしまえば我慢することは難しくて、私は笑った。
「だ、だって……あんまりにもおかしなことを二人して言うから。あはは」
「お、おかしなことなんて言ってないぞ!?」
「そうよ、笑うような話なんてなかったわよ……どうしちゃったの? 秀人が汐里ちゃんじゃなくて、私を選んだことがショック過ぎちゃったの?」
牧田さんの言うトンチンカンな言葉に私は一層笑いが込み上げてきて、止まりそうになっていた笑いがぶり返す。笑い過ぎて息が苦しい、目からは涙が溢れそうになる。
「ちょっ……ちょっと、意味が分からないんだけど! 笑ってないで説明してよ!」
「そうだぞ、汐里! 失礼じゃないかっ」
「はあ……もう、本当に笑わせないでよ」
私は鞄からハンカチを取り出し、目尻に溜まった涙を拭う。涙が出るほど笑うなんて、滅多にないのに。
「……あのね、根本的な所から間違ってるの」
「え?」
牧田さんがキョトンとした表情を浮かべた。ふんわりとしたシルエットのミディアムボブヘア、優しいベージュピンクのワンピース姿はとても可愛らしい。男の人がいかにも好みそうな女の子だ。そして、その中身も。
「ごめんね、牧田さん、石川くん。私、石川くんに恋したことは一度もないから。中学校まで一緒だった知人って認識なんだよね。だから、二人が恋人同士になってもなにも思わないの。末永く仲良くねって感じ」
私の言葉を聞いた二人は、まるでショップに飾られたマネキン人形のように固まってしまった。
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