《12》別の演目の幕が上がる駅前
私は鞄を肩に掛け直すと、両腕を組んだ。
「まずね、聞きたいのね? 石川くんは、どうして私があなたを恋愛的な意味で好きなんだって勘違いをしたの?」
「え……だって汐里と俺はずっと一緒で、仲良くしてた……だろ?」
「小学校と中学校は一緒だったし同級生だったし、まあ、一応幼馴染として普通に友人として接してたよね。友人、として」
「だって、菜穂子との間を取り持って欲しいって頼んだとき、躊躇してたじゃないか。だから、俺は……やっぱりおまえは俺を好きなんだって確信したんだ。俺が好きだから、他の女の子との間を取り持つのが嫌だから間があったんだなって」
ああ、そういう解釈だったのか。私はなるほど、と思いながら首を傾げた。
「あのとき躊躇したのは、私が牧田さんと直接のパイプを持ってなかったからなの。石川くんと牧田さんを再会させるのは別にいいんだけど、誰に連絡したら牧田さんに辿り着けるかなって考えてて……そういう意味で間があったんだよ」
「え。そ、そう……だったんだ…………」
石川くんはとてもショックを受けた様子で、顔色が悪い。青を越えて土気色だ。
どうしてそんなショックを受けるのかも分からない。私のことは友人として見られないって宣言しておいて、自分が友人としか見られないって宣言されてショック受けるのっておかしくない?
「そこから分かると思うけど、牧田さんと私は〝親友〟ではないから。高校の同級生で知人っていう関係ね。ねえ、牧田さん、いつから私たち名前呼びになったの? ずっと苗字でさん付け呼びだったよね」
「えっ……それは……」
「汐里ちゃん、なんて突然牧田さんが呼ぶから驚いちゃった」
牧田さんは顔色を青くして、クジラにぴったりくっ付くコバンザメのようにくっ付いている石川くんの顔を見上げた。一方の石川くんは目を見開いて牧田さんを見ると、物凄い勢いで腕を振り払って距離を取る。
「それって本当かよ!? 高校のとき、汐里とは仲良くしてたって……同じグループでよく遊んだって言ってたじゃないか! 親友なんだって言ってたじゃないか! 俺に嘘言ったのか!?」
「でも、あの……同じ学校で同じクラスで……だから、私と汐里ちゃんは……」
「榎本さん、牧田さんって呼び合ってたんだろ!? 本当に親友なら、電話番号だってリネアIDだって交換してあるよな? でも、汐里は他の友人経由で菜穂子と連絡を取ったって」
「それは、秀人……」
「菜穂子がスマホの機種変したとき、データ移行に失敗して高校時代の友人のデータが消えて、今集めている最中だって言っただろ? だから汐里のリネアIDがないんだって!」
「秀人……」
さっきまでの上演内容は付き合って半年未満の初々しいカップルのピンク色のお花畑な内容であったのに、今は一転修羅場となっている。ギスギスとした言い合いだ。
映画や演劇、小説なんかのエンタメならいいけれど……目の前で脚本もなく繰り広げられる内容に付き合う義理はない。
「あのさ、二人で話し合わなきゃいけないことは分かるけど、それは二人っきりのときにやってくれる? 私、関係ないし」
石川くんと牧田さんの痴話喧嘩(?)に周囲の人たちが注目し始めたのを感じて、私は言った。けれど、今度は二人の目が私に集中する。
「汐里、酷いこと言うなよ!」
「そうよ、それに関係ないなんてそんなことあるわけないでしょ!」
二人は息ぴったりだ。
「……いや、関係ないし。付き合ってるのは二人なんだから、よく話し合いなよね? 私は二人の恋愛には全く関係ないし興味もないけど、せっかく間を取り持ったんだから末永くって思ってるよ。それと、私にとって二人は顔を知ってるってくらいの関係の人だから、用事がなければ連絡はしないよ」
私は呆然としている二人に「じゃあ」と声を掛けてから、改札に向かって歩き出す。
背後から復活した石川くんと牧田さんが言い合う声が聞こえてきたけれど、その声から逃げるように足を進めて改札を通って電車に乗り込んだ。
「……」
最初の予定では、信湊駅の中に新しく出店したハンバーガーショップに寄ってお昼を食べてから帰りの電車に乗るつもりでいた。けれど、二人が見せてくれた即興演劇に疲れてしまって食欲は全くないし、どこかに寄り道する気力もない。
青色のシートに座って、車窓の外に流れていく景色をボーッと眺める。
二階建てや三階建ての住宅、クリーム色と黄色のマンション、赤やオレンジ色の遊具が並ぶ公園、緑色の葉が繁る街路樹、クリーム色とピンク色が目立つ大型ショッピングセンターなど、信湊市の街並みが左から右へ流れていく。
電車が自宅最寄り駅へ近付くと、遠くに母校の校舎が見えた。
四階建ての四角い建物で一階と二階はクリーム色、三階と四階は白色のツートンカラー。建物の中央には尖った塔のような屋根が乗っていて、大きな時計が壁にくっ付いている。
あの学校に牧田さんと私は三年間通っていた。同じクラスになったのは、二年のときだけだ。
可愛らしい容姿をしていて明るくお喋り好き、男友達が多くて、彼らにお姫様のように扱われてちやほやされている女子。自分が気に入った男子(容姿・性格・家柄など)から優しくして貰って、愛して貰うことをステータスにしている。他の女の子の彼氏よりも、自分の彼氏方が格上じゃないと我慢ができない。それが私の持っている牧田菜穂子という同級生に対する印象だ。
多分……牧田さんは私にマウント取りたかったんだろう。
――高校の同級生が好きでいる男子から告白された、しかもその子よりも自分を選んだ。でも仕方ないよね、私は可愛いし愛される女の子だから。選ばれなかった子、可哀そう。でも仕方ないよね、相手が私だったんだもん。
きっとそういう気持ちがあって、石川くんと仲良くしている自分の姿を私に見せつけて、傷付いたりショックを受けたりする私が見たかったんだと思う。
電車が最寄り駅に到着して、私はホームに降りる。同じく電車を降りた人たちと一緒に階段を降り、改札を抜けた。
「…………榎本? 今帰りか」
駅北口から外に出ようとすると、声を掛けられる。そこには白いシャツに黒いコットンパンツ、モスグリーンのソムリエエプロンをした畑中くんがいた。手には使用済み耐熱コップが大量に入ったごみ袋を持っている。
「畑中くん……え? バイト?」
「ああ、俺そこのコーヒースタンドでバイトしてるんだ。……榎本、そこの椅子に座ってちょっと待ってて」
私の返事を待たずに畑中くんはゴミ袋を持って建物の裏側へと消えた。
言われた通り、コーヒースタンドの隅っこにある足の長い椅子に座ってぼんやりと地元の見慣れた街並みを眺める。横にあるスタンドからはコーヒー特有の香りと、スイーツの甘い香りが漂う。
「ほい、これ」
畑中くんが生クリームとキャラメルソースの乗った甘いコーヒーを私の前に置いた。
窓から見える見慣れた景色と甘い香り、畑中くんの低い声に私の心は動き出し、「ありがとう」と言って口をつけた。想像していた通り、甘くて香ばしくて少し苦い。
「……美味しい」
「そりゃよかった。榎本、昼飯食った?」
「ううん」
「ならさ、俺あと十五分でバイト終わりだから……昼飯、行かない?」
温かくて甘いコーヒーをお腹に入れたせいなのか、キュウッとお腹が鳴った。意識すれば、お腹が空いているような気がして……再びお腹がキュウウッと鳴り〝行く〟と言っているようだ。
「あはは。じゃあ、ちょっと待ってて。あと、なに食べたいか考えといて」
バイトに戻る畑中くんの背中を見送りながら、当初ハンバーガーを食べに行くつもりだったと言ってみよう……と思った。
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オルダール王国歴1129年 3月29日
■書類の更新作業 1079年以前のもの・作業中
法務庁舎庶務課に勤務を始めて最初の一週間を無事に乗り切った。業務内容にも慣れた。
問題は昼食事情のみ……お昼ご飯を食べる場所が見つからない。邪魔にならないよう、敷地内の隅っこを使わせて貰うのだけれど毎回あの司法官がやって来る。そして、余分なことを言う。
おかげ様でお昼がまずい。どうしてわざわざ私の所に来るのか理解できない。
★1129年になってから、前世の記憶がよく戻る。何故なのか、気になる。
なにか理由があるのだろうか?
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