第0048撃「メタ氏、修学旅行がターニングポイントとなる!!」の巻
平成3年1991年、5月、中学3年の1学期。
我々、中三諸君の胸をときめかせた最大のイベントといえば、
なんといっても、5月21日から23日にかけての——あの、——修学旅行でした。
二泊三日という限られた旅路に、青春のすべてを詰め込もうという意気込みで、
バスに揺られてはしゃぎ、
弁当のふたもろとも夢をこぼし、
気づけば各地の土産袋がパンパンになる始末です。
そんななかで、もっとも記憶に刻みこまれたのが、
やはり広島の原爆ドームと、原爆記念館の展示。
小生のような、普段は目玉焼きの黄身をつついて喜ぶ男子でも、
このときばかりは言葉を失いました。
さて、夜が更けた1日目のホテル。
就寝時刻が近づくにつれ、なにやら男子部屋の空気はざわつきはじめ、
小生は多坂(仮名)と甲村(仮名)と共に、部屋に籠城。
ひそひそ話に花を咲かせておりました。
多坂は、ホテルの売店で買った小さな人形を、
布団に寝転んだまま、指でつついたり、回したり。
どうしたことか——唐突に「パキッ」という音とともに、
その人形の片腕が、見事に宙を舞いました。
「うわ……」と呻く多坂。
しかし小生は、「あほか、なにやってんねん!」などと他人事のように笑い、
反省の“は”の字もない無慈悲な態度でおりました。
ところが、修学旅行が終わって帰阪。
明くる朝。
教室にて、まだ魂が人形の腕に置き去りのままの多坂を見つけた小生は、
ここぞとばかりに——
「おまえ、壊してやんの!壊してやんの!」
と、まるで幼稚園児のような謎テンションでからかってしまいました。
するとどうでしょう。
多坂の目が、獣のように光り、次の瞬間、小生の胸ぐらを掴み……ドン。
床に倒れる小生。
そして振り上げられる拳。
「わかった! わかったって! ゴメン、ゴメンって!」
思わず防御態勢を取りながら、必死に詫びを入れる小生の心中には、
まさか、あんな“わざとじゃない”出来事から、
このような地獄絵図に至るとは思ってもいませんでした。
そのときの空気は、まるで——
頑丈だったはずのぶ厚いガラス板が、
校舎の屋上から地上へまっ逆さまに落とされたかのようで。
バリン!と音を立てて、
破片が四方八方に飛び散るあの瞬間のように、
修復不可能なほど、ふたりの間に亀裂が入ったのです。
さて。これから先、
小生はどんな顔で多坂に会えばよいのか……。
まさか、その後の長きにわたり、張り詰めた空気のまま、
関係が冷凍保存されるとは、当時は思いもよりませんでした。
そんなある日の自宅での夕食後、
テレビから流れてきたのは、槇原敬之の「どんなときも。」
“どんなときも〜 どんなときも〜”
小生の脳内では、例の殴打シーンとともに、
そのメロディが静かに、しかししつこく、リフレインしておりました——。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
槇原敬之「どんなときも。」(1991年)
YouTubeで視聴する https://youtu.be/b88pxLpMZKk?si=KM1MvoecdZRdSFok
懐かCMを観る1991年⑥6月
https://youtu.be/RmJ-8tV333o?si=165dBHWq5A9VsKvV
続くよ。果てしなく続く……。
(まだまだ続くよーっ!お楽しみに〜!)
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