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海が見える部屋  作者: 岸田龍庵
24/28

7−1

 油壺(あぶらつぼ)のバスの折り返し停留所は、城ケ島のそれよりも殺風景だった。

 公衆便所と閉店中の土産物屋が何軒かあった。嵐山京子と近藤春人以外に降りた客はなかった。折り返しのバスに乗る客も一人もなかった。

 近藤春人は辺りを見回した。



 寂しいところだ。



 海の姿なんかどこにもなかった。

 傾いてきた太陽の影が余計に寂しさを強調している。

「こっち」嵐山京子は歩き出した。近藤は後に続いた。

 停留所の先に続く細い道を二人は進んだ。道路の両脇には旅館が多い。開いているのか、いないのかハッキリしない旅館が並ぶ。



「なあ、どうしてここなのか教えてくれよ?」先を行く、嵐山京子に聞いた。

 さっきから僕と目を合わせようとしない。

 ほどなく歩くと、行き止まりになった。行き止まりにあったのは「油壺マリンパーク」。マリンパークの前には、人の姿がない。営業しているのかどうかさえあやしい。入口近くの掲示板には、くたびれたイベントポスターが貼ってある。

「マリンパーク」近藤は貼られているポスターを見た。「教えてくれよ。どうしてここにいると思うんだ?」



 嵐山京子は応えなかった。伏し目がちで立ったままだった。沈黙があった。二人とも応えようとしなかった。

 一人は喋らず、一人は答えを待っていた。

「ここにね」喋ったのは嵐山京子だった。「来たことがあるのよ。広海と」

 しかし、今ここに、沖田広海がいるなんてことはわかるはずがない。連絡が着かないのだから。でも、なぜだ。

「道に迷って、偶然見つけたの。人気のない、小さな海水浴場。私と、広海しか知らない所よ。だから・・」それっきり、嵐山京子は黙ってしまった。



 そういうことか。だからここなのか。

 多分、この場所は二人の秘密の場所なんだろう。

 二人しか知らない。だから教えたくなかったんだろう。

 ただ、二人しか知らない所だからこそ、自分の親友がいるのだろうという確信があるのか。

 沖田広海と嵐山京子しか知らない海など多分ない。

 でも二人の中では、その海は二人しか知らない、二人だけの海なのだろう。そこへ僕を連れてきた。知られるのを覚悟で。



 嵐山京子は歩き出した。マリンパークの左手にある脇道へと歩き出した。近藤春人は後を追った。

 嵐山京子は木に囲まれている林道のような緩やかな下り坂を降り始めた。

 近藤も後に続いた。道は、木に囲まれて、太陽の光はほとんど入って来ない。

 とても、この道の先に海があるようには思えない。二人は喋らなかった。音が少ない。車が走る音もない。二人分の足音があるだけ。会話もない。

 しばらく歩いてゆくと、道の左側が開けたて林が消えた。

 かわりに入り江が現れた。崖の下に海はあった。近藤は崖の手摺(てすり)に手をついて、下を見てみる。下りて行けそうにはない角度の崖が海まで落ちていた。

 夕凪の入り江に太陽の帯がうっすらと伸びていた。手摺の近くに石のベンチが二つあり、隣には立て札があった。




「油壺の由来・・・」近藤は立て札を見た。

 戦国時代、この辺りは三浦という人が支配していた。城も持っていた。その三浦氏は、北条氏に攻め落とされた。多くの武将がこの湾に身投げした。その時に水面に大量の血が広がり、油のようだった。それが「油壺」の地名の由来。

 結構エグい話だ。



 鐘が鳴った。五時を知らせる鐘だ。



 二人は歩き始めた。道は再び木に囲まれてた。二人の前から再び海の姿が消えた。夕陽も見えない。二人は歩いた。緩い下り坂を。

 道が終わった。終点の下には階段が続いていた。その階段の下には砂浜があった。

 二人は、浜を見渡した。砂浜の両側は岩場になっている。

 左の岩場には桟橋と小さな小屋があり、桟橋(さんばし)は波に合わせて揺れている。浜の右手は、岩場が伸びていて、崖の向こう側に消えている。崖の上にはマリンパークの白い建物が見える。

 海は、落ちてきている太陽を受けて光っている。砂浜には人影は見えない。




 沖田広海の姿はなかった。嵐山京子と近藤は顔を見合わせた。沖田広海はいない。人の姿のない砂浜が二人にそう言っていた。

 二人は浜へと下りた。幅の広い階段を歩いた。階段を降りるたびに砂浜が二人に近づいてくる。階段はそのまま砂浜になっていた。二人は砂浜に立った。



 砂浜の崖の側には海の家があった。二人が下りてきた階段をはさんで両側にある二つの海の家は閉じていた。

 浮き輪や水中メガネ、シュノーケルが店先に並んでない、冷えたジュースケースや焼きとうもろこしの匂いがしない、人の姿のない海の家は廃屋のようだった。



 階段の近くに監視台がある。監視台はあちこちに(さび)が目立った。海の方にシルエットだけの桟橋と小屋が見える。キラキラと光る波間にたたずむ桟橋の影が赤くなり始めた太陽の光の中で波間に揺れる姿は、まるで映画のワンシーンのようだった。



 夕陽の海がそこにはあった。

 近藤は砂浜を歩いた。踏み込むと地面の手ごたえが急に軽くなる。

 地面が逃げて行く。浜のあちこちに海草が固まりになっていた。海草から強烈な海の匂いがする。海の匂いと青臭さ。二つの匂いが濃縮している。

 近藤は大きく息を吸った。鼻に引っかかるような海の空気。ようやく「海に来た」ことを実感した。

読了ありがとうございました。

まだ続きます

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