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海が見える部屋  作者: 岸田龍庵
12/28

3−3

「車は、戻ってきたんだけどね」嵐山京子の声を携帯で聞くのはこれで何度目だ?話はどれも暗い話ばかり。



 嵐山京子の兄の車がレッカーされたと思った日、彼女は警察で盗難届(とうなんとどけ)をだすハメになった。

 車は警察にレッカーされたのではなく、盗まれていた。

 そして十日後に盗まれた場所に戻っていたそうだ。違法駐車の車をレッカーして調べたら十日前に盗まれた嵐山京子の車だったという顛末(てんまつ)だった。

 警察の話だと、車が盗まれた手口はプロのものらしい。

 車のどの鍵穴も無傷で、僅か十分以内の犯行、車の外も中も一つの指紋もなく、きれいに拭き取られていた。車の中のもの、嵐山京子のバッグだとか車検証だとかに手をつけた様子はまったくなかった。

 ただ、トランクの中にあったはずの、沖田広海の絵を除いては。



 おかしなことだらけだった。車は無傷で、盗まれたのは沖田広海の絵だけ、おまけに盗んだ車は停めていた場所に戻してある。

 単純な車泥棒のやることにしては手が込んでいるくらいは素人の僕にもわかった。

「絵、盗むために車も盗んだってことかな」

「警察の人も、そんなこと言ってるけど、良くわからないって。とにかく、お手上げなのよ、お手上げ」

 警察の話では、車を狙った犯行ではなく、明らかに沖田広海の絵を盗むことが目的で行われた盗難だという。

 幸いにも車は出てきたが、中身の絵は出てこない。

 警察も車が出てきた以上、そこから先の絵を探すという話になると、難しいという意見しか返ってこなかった。もちろん盗難届を出せば一応捜索の対象にはなるのだが。



「もう一週間も広海と会ってないの」嵐山京子は言った。

 一週間。

 それは嵐山京子に取って長い時間なのだろう。

「広海、へこんでいるんだろうな」

 いつも一緒にいた親友の嵐山京子が、だろうな、というくらいだから、沖田広海は誰とも会っていないのだろう。



 僕は車が盗まれた時から沖田広海の顔を見てない。彼女が何をしているのか、今の状態ではまったくわからない。いくら、二階に住んでいる人のことといってもだ。

 なんというのか、気まずいというのか、沖田広海の部屋のドアを叩く口実がないというのか。


 言ってしまえば僕たちはそんなに親しい間柄ではない。


 大屋の息子と部屋の借り主といったところで、それ以上の関係でもない。僕が単独で彼女に会うなんてのもおかしな話だ。

 とはいえ、正直何とかしてあげたかった。何とかしてあげられるものだったらなんとかしてあげたかった。せっかく、知り合いになれたのだし。

 それも二回もの偶然があってのことだ。僕に出来ることがあるなら。



「絵は捜せないものなのかな・・・」僕は嵐山京子に言った。絵を探す。盗まれたはずの絵を取り返す。結局はそれが沖田広海のためにできることなんだろうが、一番難しくて、可能性がまったくないのもわかっている。

「探すって」嵐山京子はとっても驚いていた。「どうやって」

 どうやってだって?それをこれから相談しようと思ってるんだよ。

「だからさ、絵だけ盗むんだったら、そのスジの人間じゃないの。絵を取引している会社とかさ」

「プロってこと?絵のプロ絵が?広海の絵を盗むの?」

「いや、もしかしたらってこと。もし絵の売人が盗んだとしたら、君は美大の人でしょ。何か情報が手に入るかもしれないだろ」

「美大?私が?」

「美大の人じゃないの?」

「違うよ。私も広海も美大の人間じゃないから。広海は美大とか芸大、受けてたんだけどね」嵐山京子は言った。



 てっきり美大の人間かと思ったが、違ったのか。絵描きを志望する人間はてっきり美大に行くものだと思っていた。

「でも、大屋さんの言う通りかもしれない。何か情報集めてみるよ。前に話したことあったっけ。

 広海の店に良く絵を買いにくる外人がいるのよ。何か手広くやってそうだし、何か業界の裏の話でも聞けるかもしれないし、美大の友達にも当たってみるから」嵐山京子は言った。

「私もこれで広海と遠くなっちゃうのはイヤだし」


 そうだね。


 僕はもうとっくに疎遠になってるよ。



 ちょっと前までは、僕たち三人はすごく近い距離にいた。

 二人が僕のことを「大屋さん」と呼ぶようになってどれくらい経ったかな。

 ところがたった一日でバラバラになってしまった。

 実際、沖田広海と一番近い距離にいるのは僕だが、思うに三人の中で一番遠くにいるのも僕だ。

 一番遠くにいる僕が、何をできるか。今の僕には何も答えが出てこなかった。

読了ありがとうございました。

まだ続きます

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