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10/16

その3勝負の果てに……

「さて、『仕事』をしに行くか」

 5回裏、先頭バッターは今日は2番に座る勝田。その目はピッチャーマウンドを冷たくにらんでいる。そしてここから、春堂の反撃が始まる。

 試合は、突如として修羅場を迎えた。先頭バッターの勝田が、ピッチャーの足元を抜くセンター前ヒットから次の打者への初球を盗塁。その後送りバントで3塁へ進み、4番を迎えたところで昇竜内野陣がマウンドに集まる。

「どうする、4番と勝負するか?」

 鈴木が問う。それに対し投手は驚くほどはっきりと答えた。

「いや。敬遠する。5番の方がまだ抑えられる」

「そうか、任せた。俺達は守るだけだ。散れ!」

 鈴木の指示で内野選手が守備位置に戻り、投手は自らの決意に従う。そして、それに一番反応したのが、当の5番打者、久坂だった。

「やりやがったな……。思い知らせてやる!」

 とても1年とは思えない傲慢な怒りを込めて振ったバットが白球を捕らえ、その白球は空気を切り裂き、スタンドに突き刺さった。

「あの男は、怒れば怒る程力を発揮する。敬遠は失敗だったな」

 ホームに戻った勝田が、静かに呟いた。

 結局この後、春堂は投手交代の隙を付いてさらに1点を加え、4―2と完全に試合をひっくり返した。

「おいおい。ピッチャーだらしねえなあ。それにしても……、春堂の連中、意外とやるねえ。まあ、相手になっても叩き潰すだけだがな」

 宮沢はスタンドで冷ややかに彼らを切り捨てた。


 記者席で古川はあきれ返っていた。

「やれやれ、彼らの可能性は果てしないな」

「でも、これが彼らの魅力だと思います」

 沢井がその姿を見て口を挟む。もうすっかり球場の空気には慣れたようだ。

「む……。言われなくとも分かっているからな」

「あ、すみません」

 冷たく流され沢井は少し落ち込む。そこに、背後から一つの声が割り込んだ。

「おいおい、別嬪さんをいじめちゃあいけねえなあ」

 その声に古川は信じられないといった様子で声の主のいる方角を見た。

「あ、あなたは……」

 古川はただただ立ち尽くしていた。


「鈴木! せめてもう一発頼む!」

「先輩! お願いします!」

 ベンチからの応援と、スタンドからの耳をつんざく大歓声を背に、9回表、鈴木友雅はおそらく大会最後となるであろう打席に立つ。その過程で彼は一瞬歩みを止め、電光掲示板を見る。


 12345678T

昇000200002

春000042219


(投手陣の実力不足を切り崩され大量失点、打撃陣は俺の第3打席も含めてヒットは出ても要所を締められ、結局俺の2点止まり……。春堂高、間違いなく強い。だが、ただでは負けん!)

 己の意思を強固に固め、彼はバッターボックスに入る。その目はしっかりと神楽を見ている。

(呼んでいる。世代最強のスラッガーが、俺を呼んでいる)

 神楽はその意思を悟る。心が揺れ、唇が乾く。しかし、それをねじ伏せ、彼は決断する。

「まだ敵わないだろうけど、行こう。全力で、勝負だ」

 歓声が遠退き、頭の中が澄んでいく。神楽はその右腕を鎌に変え、力の限り振り下ろした。

 そして数分後、その結末にもかかわらず、空は青く澄んでいた。

「負けたか――。だが、悔いは無い」

 自分の、そしてチームの最後の意地をかけたあの打席、彼を撃ち抜いたのは、ホームランの時と同じコースの、しかし威力はそれを上回るストレートだった。

 チームメイトが涙を流し、土を集める中、鈴木は一人、天を仰いでいた。

「土も、涙も、俺にはいらない。この清々しい気持ちだけを持ち帰り、次への糧としよう」

 決意もむなしく、頬を涙が伝う。しかし、空はどこまでも、どこまでも青かった。

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