第一章 開戦編その1 夏、来る――蘇る戦いの鼓動――
*注意!
この作品は現実をモデルにしたフィクションです。実在の人物・団体・事件とは、一切関係ありません。また、実在する団体を誹謗中傷するものではございません。
また今年も、夏が来た。梅雨が明ける頃始まりを告げる各地の予選は夏の深まりと共に熱を帯びていく。
そして、全国制覇を目指す戦士達が徐々に顔を揃えて行く。
「琉球水産ついに復活! 8年ぶりの出場を決めました!」
復活を果たした<南の名門>琉球水産(沖縄)。
「押本、貫禄の15奪三振で南北海道3連覇! 今年こそ大旗を北海道に持って来るのか!?」
超高校級エースを擁する北の強豪北龍(南北海道)。
「サヨナラ、サヨナラです! 佐渡島、ついに初出場を決めました!」
変化球エースが大黒柱を担い、初出場を果たした佐渡島(新潟)。
「最後の1球もとうとうかすらず、宮沢、なんと18奪三振! 天理天道、<西の奪三振王>宮沢を旗頭に全国の強豪に挑みます」
<西の奪三振王>がエースを務める強豪、天理天道学社(奈良)。
「行ったあー! 鈴木、大会4本目は甲子園行きを決めるサヨナラホームランです!」
今夏最注目の4番打者が率いる攻撃型チーム、昇竜国際(東東京)。
「菊川昭栄、7回8回の連打で見事に逆転! 春夏連覇へ、チームは確実に強くなっています!」
春を制し、勢いに乗って連覇を目指す野球の常識を覆すチーム、菊川昭栄(静岡)。
「前田がまた打った! なんとこれで打率6割に到達! 1年生とはとても思えません!」
1年にして<天才>の名を欲しいままにする男、前田智を得た強豪、中京崇城(愛知)。
地元で本命視されていたこれらの学校は皆、順当に甲子園出場を決めた。
その一方で、<近江の闘将>加田茂(3年)の率いる安土城学園(滋賀)がついに初出場を決めて涙を流し、茨城では、総城学園の2年生、佐藤満が県大会打率8割を達成して全国の話題をさらい、大阪では、3人もの1年生を起用した春堂高が名門GL学院を倒し、前評判を覆した。
忙しさを増していくオフィスの中、男の声がこだまする。
「そろったか」
月刊ハイスクール・ボーラーズ(通称月刊HB)の編集室で髪に白いものが増えつつあるベテラン記者、古川巧は呟いた。今年の球児達は、昨年甲子園を席巻した<爆砲世代>には及ばぬものの、例年よりは豊作だと言う。
中でも、押本、宮沢、鈴木の3人はプロのスカウトも注目する逸材である。また、2年生以下にも<天才>前田を中心に気になる選手が何人もいる。
そして組み合わせの方も彼らが上手く散らばり、見所が豊富にありそうだ。
「今年も面白くなりそうだな」
古川が席を立つ。その視線はまだ見ぬ今年の甲子園を夢見ていた。
やがて時は過ぎ、本格的に夏の季節を迎え、甲子園に球児達の戦いの声が蘇る。そして、大会2日目。早くも甲子園を震わせる強者が現れる。その日は、第3試合も終わり、夕闇が迫っているにもかかわらず、球場は熱を帯びていた。それは、この後現れる人物に対する期待の高さを表していた。
奈良の名門、天理天道学社の誇る〈西の奪三振王〉宮沢誠也。彼が現れる以上、1日目の琉球水産や本日試合のあった安土城学園が順当に勝ち、その力をどんなに見せつけても、彼の前には前座にしかならない。そして、彼は自身の持つ力をはっきりと表現し、期待に応えた。
「三振、三振! 宮沢、早くも今日10個目の三振だあ!」
5回表、宮沢は三者連続三振で2桁奪三振に到達する。そしてその裏、天理天道は3点を追加して8―0にリードを広げた。
「宮沢。悪いが、次の回を終えたらマウンドを降りてもらうぞ」
6回表終了直後、奪三振を11に伸ばした宮沢をベンチ内で監督が呼ぶ。宮沢は最初は耳を疑ったが、やがて納得したのか、ベンチに座り込んだ。
そして7回表、宮沢がマウンドに立つ。その表情に迷いはない。
(チーム事情とはいえ、ここで降りるなんてな……。だがなあ……)
豪快なワインドアップ。
(全力は出し切ってやる! 悪いがお前達には負けてもらうぜ!)
上背のある肉体を、目一杯使った大きなフォームから放たれた直球は、9球ともマウンドからミットまで駆け抜けた。三者連続三球三振に仕留めたのである。
「恐ろしい男だ」
記者席で古川が漏らす。相手校ベンチも同様であった。宮沢はわずか9球で敵の闘志を奪い去り、古川には三振の生み出す力を十分に見せ付けたのだった。
相手校の決死の歓声も空しく、9回表最後の打者もアウトに終わり、審判の声が球場に響く。
「ゲームセット!」
その後の敵の反撃はわずかに2点。宮沢も結果に満足したのか、微笑を浮かべていた。そして……
「あのストレートは一筋縄では打てそうにも無い。そして、変化球も良い。やはり、今年の投手の双璧は宮沢と押本だな。いや、もしくは押本以上か……」
古川は、その戦慄をしばらく止めておかざるを得なかった。観客が満足そうに帰途につく中、古川は一人、今後の戦いに思いをはせていた。