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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
躍動する闇編(天文23年~)
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80. 死ぬは極楽、生きるは地獄

軽い気持ちで楠家チョイスしたせいで、ねつ造設定が急増しています。

それと、あの楠正成を知らないなんて!?っていうツッコミは、大歓迎です…

 思えば、不審な点はいくつかあった。

 義龍軍に攻め込まれ、織田軍が撤退を始めてから数日間の空白。

 俺は流れ矢に当たって気絶し、川を流されたのだろう。中州へ打ち上げられたのは幸いだった。海へ出ていたら、どうなっていたか分からない。そして十郎が見つけてくれなかったら、可成たちと合流することも叶わなかった。

 奴らは不審な人間がとある屋敷へ連れていかれた、という噂から辿り着いたのだ。

 楠十郎の父・正具は、楠木正成公の再来と云われている。

 よく知らないが、かつての英雄だった男の子孫というのは理解した。死亡フラグだらけの地雷原から脱出できてよかった、よかった。いや、マジで。伊勢国とは良くもなく、悪くもない関係だから開放してもらえたのだと思っている。

 義龍とマブダチだったら、土産になっていたのは俺の方である。

「楠家のことは調べさせてもらった。よくもまあ、他人の敷地内でのほほんと暮らしていたものだな? 長島城主は伊勢某という奴だろ。そいつとは仲がいいのか?」

「いいわけない……! あんな奴、死んで当然よっ」

 奈江の目には、明らかな憎悪が燃えていた。

 感情の起伏が激しい女だとは思っていたが、これは根が深い恨みもありそうだ。武家だから、身分が違うから、という理由で領民を無下に扱う輩は少なくない。

「ふん、重税をかけて圧迫政治でもしていたか」

「水害が多くて、米が満足に収穫できなかった年も容赦なく年貢を取り立てるのよ。十郎様や証意様がいなかったら、長島の民はとっくに飢え死にしていたわ」

「証意というのは、坊主のことだな?」

「あのね、証意様は蓮如様の血を引くお方なの。その辺のお坊様と一緒にしないでほしいわね」

「ほうほう」

 ニヤニヤと笑う俺を見て、貞勝が額に手を当てている。

 帰蝶はもう、奈江の言葉遣いについて注意する気持ちも失せてしまったようだ。先の宣言もあってか、吉乃はやけに真面目な顔で話を聞いている。薄い笑みを浮かべている長康は何を考えているのやら。

 側室二人を除けば、知能派が揃っている。

 もちろん俺は除外だ。小難しいことを考えるのは彼らに任せたい。できるだけ奈江から伊勢国の情勢を聞き出し、今後の方針に役立てなければならない。北畠氏とやり合うかどうかは別としても、近江には浅井氏もいる。将来的にお市の婿となる男、気にならないわけがない。

 それに水軍として狙っている九鬼氏(志摩国)が、どうやら北畠氏の関心を買ってしまったようなのだ。そっちに組み込まれると、長良川以西の流通に影響が出るかもしれない。

「信長様」

 ちょうどそこへ、秀吉が来たとの知らせが入る。

 いつになく華やかな場に、尻込みしている猿が視界の端でうろうろしていた。帰蝶はともかく、吉乃と奈江は初対面だ。武家の娘が着る装いに、身分の高い姫であろうことは察したか。

 小姓が定位置に戻っても入ってこないので、俺は指クイをした。

 普段はふてぶてしいくらいの態度をとるくせに、とことん女には弱いらしい。だから、いつまでたっても嫁になってくれる女が現れないのだ。お寧々は一体、どこにいる。俺が直々に探してやらなければならないのか。

「の、信長様。こ、これは一体、どういうことじゃろうか」

「お前の嫁候補じゃないから、安心しろ」

「はあ」

 チラチラと綺麗どころを盗み見ているので、額に一撃くれてやった。

「厄介なことになったぞ、禿鼠」

「ね、鼠!? せめて猿のままで……!」

「うるさい。てめえ一人じゃ片付かなくなったんだよ。蜂須賀と、五郎左たちも呼んでこい。大至急な。日が暮れたら仕置きするから、急げよ」

「もう日が高いんですがのう!?」

「あたしに言葉遣いどうのと指摘する前に、この小者を処罰した方がいいんじゃないの」

「小者ではありませんよ、奈江殿。信長様が側近のお一人です。今の身分なら、あなたよりも上になりますねえ」

 途端に青ざめる奈江を見やり、長康が面白そうに口を歪める。

 なんだか帰蝶が嫁に来たばかりの頃を思い出してしまった。特に信盛辺りの態度が悪くて、居心地悪い思いをしたものだ。双方に問題があるという点も似ている。知り合いである吉乃と比べ、側室としての素養が足りないと考えているかもしれない。

 まあ、そんなことは後だ。

「……どう思う、吉兵衛」

「長島城主に関しましては、津島から情報が届く頃合かと存じます。御方様の手前、そういった話を避けたとも考えられますが」

「それは仕方ありません。女が戦事にまで口出しをすれば、不快になる者もいるでしょう」

「お濃の言う通りだ。誰にでもほいほい情報を漏らすような奴らでもないしな」

「我が君。これ以上はご側室を下がらせた後に」

「いや、待て。まだ奈江に聞きたいことがある。楠屋敷が長島にあった理由を知らないか?」

 伊藤氏の専横を阻止し、民を守るためというのは表向きの理由だろう。

 それだって当の伊藤某との関係が悪化する一因になりかねない。

 長島という地域は安定した稲作に向かない場所だが、水軍の運用には最適だ。広大な川が三つも絡み合い、大小さまざまな小島が形成されている。俺はこの目で、小舟を巧みに操る長島の民を見ているのだ。

 ひょっとしたら、義龍が急襲をかけられたのも水軍の力があったかもしれない。

 密かな期待を胸に奈江を見つめたが、彼女はきょとんとしていた。

「力のある武家が屋敷を持つのは別に不思議なことじゃないでしょ」

「さすがに知らないか。じゃあ、お前の家はどうなっている? 誰にも言わず、黙って出奔したとか言わないよな」

「…………」

「お濃、頼む」

「分かりました。吉乃、奈江、わたくしの部屋へおいでなさい。これからの生活、城での過ごし方について説明をします」

「あ、はい」

「はい」

 三人が出て行くのを待って、俺は頭を抱えた。

「殿。あの奈江という者、伊勢豪族の娘なのは間違いありませんか」

「ああ。可成に確認させた。坂氏に連なる一族らしい。楠家との関係はよく分からないが、いずれ娶せるつもりだったと聞いている」

「状況が変わった、ということでしょう。厄介ですねえ」

「他人事みたいに言うなよ、長康」

「それが他人事ではありません。我が君は、服部党という一族をご存知ですか?」

 前世知識が反応する。

 ハットトリック、じゃないな。ハットリという忍者なら超有名だ。

 そろそろ元服したであろう竹千代の家臣になる男じゃないか。半蔵の出身地である伊賀国は伊勢国と隣り合わせだ。もとは同じ国だったのが分かれたという話を聞いたことがある。

「どうやら急速に伊勢国の混乱に乗じて勢力を拡大しているようで、津島にも出入りしているという報告が入ってきています」

「白昼堂々歩き回る忍者なんて、忍者じゃない」

「服部党は伊賀忍ではありません」

 え、違うの?

 今度は俺がきょとんとする番だ。

 服部氏の歴史は古く、系譜は百年単位で遡れるらしい。西国、東国にも傍流がいるのにご近所さんの服部は全くの別系統なのだとか。そしてガチガチの一向宗というのが嫌な感じだ。

「商人は金になって、喧嘩にならないなら取引くらいするだろ。服部党が伊勢国で元気に跳ね回っている程度なら、別に何の問題も――」

「武衛様と密かに繋ぎをつけているという噂がございます」

「はあ?!」

「ああ、私も聞きましたよ。どうやら伊藤某と同じく、民を苦しめる悪党から武衛様をお助けする名目で協力を申し出ているようですね。尾張国内の評判は随分変わりましたが、国外ではまだまだ以前の噂が根強い」

「面白がっている場合か、長康」

 武衛様こと義銀様は守護大名としての職務に励んでいるはずだ。

 今の織田家は義銀様の傘下にあるということをアピールしているおかげで、今川家も大人しくしてくれている。因縁ある織田家はともかく、表立って敵対していない斯波守護職を攻撃するのは幕府に牙を剥くも同然だからだ。義元は妙に慎重な思考をするタイプなので、国内が落ち着くまでの盾役を義銀様に頼んでいる。

「義銀様が、まさか……」

 新年の挨拶をした時には変わりない様子だった。

 父の仇を討った恩人であり、命からがら逃げ延びてきた自分を助け、正当な地位につけてくれたことに感謝をしていると何度も言われた。あれは上辺だけの言葉だったのだろうか。

「長康、弥五郎を向かわせろ。長島を拠点に津島へ攻め込まれるのは困る」

「御意」

「吉兵衛、伊勢との取引はどうなっている?」

「思ったよりも難航しています。楠家の名を出した方が早く済むかもしれませんが、奈江様のこともあります。殿が誘拐犯として疑われていた場合、逆効果になる可能性もございます」

「誰が誘拐犯だ! あの馬鹿が勝手に押し掛けてきたんだぞ」

「その理屈が通るかどうかは、私にも判断しかねますので」

「うぐぐ」

 やはり自分で長島との取引経路を構築するか。

 そんな考えが浮かんだものの、服部党は俺の悪い噂を信じているらしい。奴らが長島を支配下に収めていたら、十郎の立場も悪くなる。話せば分かる相手ならともかく、義銀様に繋ぎをつけようとしている時点でダメだ。

 なにしろ、今の俺には余裕がない。

「市郎殿と五郎三郎にも協力を仰ぐか」

 二人は信光叔父貴の息子たちである。

 嫡男である市郎信成は家督相続のため、ついこの間会ったばかりだ。大人しくて影の薄い印象だったが、父の遺志を継いで俺への忠誠を誓ってくれた。その気持ちに報いたい。

「今は一族が団結する時。信行派を挑発して、蜂起を早めるぞ」

「殿、発言が矛盾しております」

「まあまあ、貞勝殿。面白そうですし、何も問題はありませんよ。これは兄弟喧嘩に見せかけた粛清なのです。戦場で死ねるのなら、彼らも本望でしょう」

「武士道とは、死ぬことと見つけたり……か」

 俺は死にたくない。

 死にたがる奴の気が知れない。だが圧政に苦しむ民は、死んだ方が幸せだと思うのかもしれない。武士も農民も、生きる意味を見失ったら同じだ。

 味方も敵も死んでいく。

 つくづく嫌な時代だと思った。


市郎信成いちろうのぶなり:信光の長男で、信長の従兄弟。津田姓を称し、津田信成を名乗る。あくまでも傍流であり、信長の忠実な家臣であることを示す意図があった。史実では信秀の娘を娶っているが、本作では出てこないのでノブナガとも義兄弟にはならない。


五郎三郎信昌ごろうさぶろうのぶまさ:信光の次男で、信長の従兄弟。子がいなかった叔父・信実のぶざねと養子縁組したが、実兄に倣って津田姓を名乗るようになる。兄ともども影の薄さが最近の悩み。

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