表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
躍動する闇編(天文23年~)
87/284

72. 美濃動乱

主人公には家族を守りたい自覚は芽生えていても、自分が大将首である自覚はあんまり芽生えていません。

うまく分割できなかったので、今回は少し長め

 弘治2年春、俺はわずかな手勢を率いて美濃入りをした。

 本隊は後からついてくるように指示しておき、信光叔父貴は林兄弟の監督も兼ねて那古野城に残る。信広はどうしてもついてきたがったが、清州城の留守を頼んできた。ある程度の開発が済んでいる那古野城下と違い、清州城下はあちこちで工事が始まっている。

 ここで謀反が起きたら、ひとたまりもない。

 弟妹達には例のごとく、城で大人しくしているように言いつけた。元服した信包もいるし、いざ戦となったら信広ほど頼りになる身内はいない。

 俺に何かあった時、帰蝶と奇妙丸を守る人間が必要だ。


『必ず、帰ってきて』


 愛しい妻に涙ながらの懇願をされて、奮起しない男がいたら見てみたい。

 それに今回も念入りに準備を済ませている。勝てない戦はしないのが俺の信条だ。最優先事項は道三の身柄奪取で、喧嘩の仲裁は二の次とした。弟を手にかけた男が、親へ向ける刃を躊躇うとは思えない。

 少なくとも史実では、義龍に攻められた道三は敗死している。

 道三のいる大桑城は美濃国の南に位置し、北側にある稲葉山城が義龍の居城だ。稲葉山城といえば今孔明を思い出すので、今回は秀吉を連れてきている。

 偶然出くわしたところをゲットだぜ。

 俺がそんな妄想をしているとも知らず、せっせと偵察任務に勤しんでいる将来の天下人。ちょこちょこ動き回っている姿は、どう見ても野生の猿である。

 木曽川を渡れば、すぐに長良川だ。

 中州に集落ができていて、まるで水に浮かんでいるように見える。

「うーん、小回りの利く船があると進軍がはかどるんだが」

「水軍鍛える」

「……うちに水軍あったか?」

 船頭と(信広が)喧嘩した覚えはあるが、あれは漁師の船だ。

 兵農分離が進んでいないからって、漁師までも水軍を兼任しているのだろうか。日常的に船を操っていても、兵士を運ぶ以上の役目は頼めない。いずれは鉄鋼船に大砲積んで、海からどっかんどっかん撃ちまくるドリームワールドを展開したいというのに。

 ちょうど小舟に揺られて、山賊の一団が流れてきた。

 船影が見えた時点で、俺たちは一斉に隠れている。精鋭を連れてきたとはいえ、本隊が来る前に交戦するわけにはいかない。あくまでも喧嘩の仲裁、道三の救援が目的だ。

 岸へ上がってきた山賊の頭に見覚えがあった。

「げ、またアイツか」

「知り合いですかの?」

「断じて違う」

 俺がきっぱりと否定した時だった。

 もっさりとした髭面がこちらを向いた。たぶん、奴が浮かべている表情は俺と同じだ。ウンザリとして嫌そうで、目も合わせたくないといった感じである。

「御屋形様の言った通りかよ……」

「出迎えご苦労、蜂野郎」

「誰が蜂野郎だ、ハチスカだって言ってんだろ! 徒労に終わればよかったと今回ほど思ったことはねえ」

「おほっ、信長様が好きそうな御仁じゃのう」

「「誤解だ!!」」

 俺たちは口を揃えて叫び、思わず睨み合った。




 山賊ハチスカの案内で、大桑城に入る。

 形勢不利とみた道三は素早く、撤退の道を選んだ。

 どう考えても自ら蒔いた種としか思えない。俺たちの迎えを寄越したことから考えても、全て予定通りかもしれない。ちなみに一益たちは道三の罠を疑っていたが、俺と秀吉が全く疑っていないのを見て諦めたようだ。

「婿殿、久しいの。子が生まれたそうじゃが、父になってもうつけは治らんな」

 にやにやと笑っている禿げ爺を見た瞬間、確信した。

 とてもじゃないが、窮地に追い込まれている人間に見えない。俺が余計なことを口走ったおかげで、美濃の蝮が奇策を思いついてしまった。義龍と俺は、上手く踊らされたというわけだ。

「舅殿、何考えている」

「そう怖い顔をするでない。美濃が欲しくないか?」

「いらん。今はまだ、な」

「ほう」

 尾張国だけでも手一杯なのだ。

 武器の開発も、各地の整備もまだまだ終わりが見えない。

 環境が整っていないのに戦をして、勝てるわけがないのだ。今までは運が良かった。俺の悪評もいつまで有効か分からない。意外にデキる奴だと警戒されるようになったら、隙を突くやり方ができなくなる。

 卑怯だ何だと言ってくれるな。

 限られた資源で、被害を最小限に抑えるには必要な条件である。

「家督を譲って隠居したんだろ? 大人しく俺の参謀になればいいじゃないか。なんで戦を起こそうとするんだ」

「あれには気概が足りぬ」

「弟を殺して、父親に刃を向けるような奴がか?」

「そう仕向けたのはわしじゃ。孫四郎たちには、……可哀想なことをした」

「ふざけんな!!」

 思わず掴みかかろうとする俺の前に、蜂須賀が立ち塞がる。

 人望がない道三の数少ない臣下だ。心から忠誠を誓っているのだろう。調べたところによると、川並衆という川の民から成った豪族だ。山賊面をしていても、船の扱いに長けている一族ということになる。

 海賊ならぬ、川賊と呼べばいいか。

「どけよ、蜂野郎」

「蜂須賀だと言っているだろうが。貴様こそ、何のためにここへ来たのか忘れたとは言わせんぞ! 義龍の味方をして御屋形様を斬るというのなら、この蜂須賀小六が相手になってやる」

「やめよ、小六。婿殿は国のために、身内を贄にしたことを怒っておるのだ」

「それは仕方のないことで……!」

「仕方ねえもクソもあるか。俺は、俺が欲しいもんは自分で手に入れる! お膳立てなんざいらねえんだよ。それこそ余計な世話だ」

 道三をぎろりと睨む。

 迂闊に史実を他人に話した俺が悪い。真に責められるべきは俺自身だと理解している。だが斎藤親子の不仲は帰蝶からも聞いていた。平手の爺の死で、歴史の修正力があるかもしれないという疑いも出てきた。

 俺は道三に死んでほしくなかった。

 参謀にほしいと言ったのも、正真正銘の本音だ。

「茶番はもうたくさんだ。俺は尾張へ帰る」

 どうあっても史実通りに進むのなら、俺がどう動いても結果は同じになる。

「婿殿……」

「あんたが、俺を高く評価してくれるのは嬉しい。だが今の俺はまだ、美濃国を統治できるほどの力を持っていないんだよ。横から掠め取るような形で手に入れても、美濃国の奴らが俺に従うか? それとも逆らう奴は片っ端から殺せばいいのか。そいつらの抜けた穴は、どうやって埋めるんだ。面倒だろが、そんなのは」

「ふん、所詮は腑抜けか。情けない」

「それなら、てめえが美濃国を統治してみろ。飢え死にする民を一人も出さずに五年耐えたら、マトモに呼んでやるぞ」

「な……っ」

「申し上げますう!」

 蜂須賀が顔を真っ赤にして、何か言いかける。

 だが駆け込んできた伝令が膝をつきながら、声を張り上げた。

 その汚れた鎧をまとった姿を見るなり、秀吉の額を叩く。奴はそのままコロコロと転がって、庭の外へ消えた。一益もとっくに姿が見えず、俺の傍には橋介が一人残る。

「何事だ、と問うまでもないのう。義龍がここまで来たか」

「今、長良川は増水しております。渡河するのは難しいかと」

「策を弄さねば、この短時間で攻め込むことは困難であろう。さすがは蝮の子。あっぱれな采配よ。まあ、うつけ殿には及ばぬがのう」

「そりゃどうも。道三、さっさと城を出るぞ。この国は正当な後継者にくれてやれ」

「わしが動かぬと言ったら、どうする」

「気絶させても連れ帰る。あんたが死んだら、お濃が泣く」

 道三は何も言わず、目を細めた。

 蜂須賀もハッとした様子で俺を凝視している。野郎に見つめられても全く嬉しくないんだが、義龍軍が攻めてきた以上は俺も迂闊に動けなくなった。頼もしい側近たちが戻ってくるまで、やることがない。

 逃げるにしても、ルート確保をしてからじゃないと危ない。

 蜂須賀たちが具足を身に着けて飛び出していくのと入れ違いに、織田本隊が大良口で陣所を構えたという報告が来た。遅いと叱咤しかけて、今回は迅速に行軍できない理由があったことを思い出す。

 同盟相手とはいえ、隣国の内輪揉めに介入するのだ。

 当然、士気はなかなか上がらない。尾張国を留守にすることで、反勢力が動き出すかもしれない懸念もあった。信広や信光叔父貴を信頼していないわけじゃない。

 不測の事態は、いつでも起きうるものだ。

 美濃入りしてからずっと、嫌な予感がつきまとう。早くしなければ、と何かが急かす。俺は道三と言い合いしている場合でも、蜂須賀とジャレている場合でもなかった。

 そして戦端はひらかれ、両軍が激突する。

 先手をとった敵方の竹腰隊は、本陣に迫るも撃退に成功。

 続いて義龍軍から長屋甚右衛門ながやじんえもんが一騎討ちを挑み、道三軍から柴田角内しばたかくないが応じた。本当にあった一騎討ち、と感心している場合じゃない。ここで柴田が負けると、一気に押し込まれる。

 じっとしていられなくなった俺も出ようと足を向けた矢先。

「うお!?」

「婿殿、わしじゃ」

「いきなり後ろから引きずり込むなよ。一瞬、肝が冷えたじゃねえか」

 襟元を直しながら、わざと軽い調子で言う。

 そんな俺を、道三は静かに見つめた。

「この城はもうもたぬ。婿殿は裏から出られよ」

「道三、死ぬ気か!? 何のために、俺がここまで来たと思ってやがる」

「そう簡単に、この首をくれてやる気はないがの。わしのために婿殿が危ない橋を渡ったと知れば、帰蝶に恨まれる」

「…………死んだら許さんぞ、舅殿」

「心得た」

 そうして俺たちは別れた。

 再会できるかどうかは最早、運任せだ。

 道三が討ち取られれば、帰蝶は悲しむだろう。史実通りであると知っているのは俺だけだ。俺が義龍の疑惑を伝えなければ、道三はおかしな策を思いつかなかったかもしれない。

「ちっ」

 城の外は乱戦状態だった。

 予想以上に、義龍軍の動きが早い。どう考えても小回りの利く水軍を使っているに違いない。長良川は徒歩で渡れるような水量を超えているのだ。上流からなら、勢いに任せて下りてくるだけでいい。

「あーくそ、やっぱり水軍がほしい!!」

 適当に馬を奪い取って、強引に駆け抜ける。

 織田本隊も既に交戦が始まっていた。負傷した森可成もりよしなりを見つけ、すぐさま撤退の指示を出す。道三を逃がすと決めた以上、ここで頑張る意味はなくなった。

「殿はいかがなされます!?」

「ノブナガが殿しんがりを務める」

「では、わしが供を――」

「つべこべ言わず、とっとと軍をまとめて撤退しろ! これは命令だっ」

 怒鳴りながら、その辺に転がっていた鉄砲から火薬を抜き取る。

 逃げ惑ううちに落としたのか、幸いにして火がついていない。空になっていた竹筒には水じゃなく、火薬を注いだ。縄を巻き付けた栓を突っ込んで、うつけ時代のサバイバル技術で磨いた着火法で縄を燃やす。

「あちっ、あちちっ」

「いたぞ!」

「馬に乗った奴は名のある将かもしれん。いざ討ち取らんっ」

「やなこった!!」

 竹筒をぶん投げた。

 信広ほど飛距離は出ないが、スリングで鍛えた腕力を見よ。いつまでもモヤシっ子三郎と笑わせない。じりじり焼けながら飛んでいく竹筒を、ぽかんと見上げている阿呆面が何名か。

 攻め手が止まっている隙に、新たな鉄砲を拾う。

 今度はそのまま火をつけ、狙いを定め……ない。

 俺が引き金を引くのと同時に、竹筒が凄まじい音を立てて弾け飛んだ。大した量を入れていないはずだが、鉄砲の音よりも大きい。戦場にちょっとした穴があいて、得体のしれない何かにおびえた雑兵が尻餅をついた。

 何かが飛び散った跡が見える。

 悲鳴を上げ、逃げ惑う背に鉄砲を投げつけてやった。どうせ当たらない。足で馬の腹を蹴り、我に返って暴れだす馬と一緒に敵兵の中へ突っ込んだ。断っておくが、全く意図していない。パニック状態の馬が突進をかけて、俺は転げ落ちないようにしがみついていただけだ。

 ついでに槍を奪い取って、めちゃくちゃに振り回す。

 武術の心得なんて知ったことか。一通り基本は習ったが、混戦状態ではあまり役に立たないということを知っている。それこそ一騎討ちや、精神的にも余裕がある時に限る。

「馬に踏み潰されちまう! 近寄れねえっ」

「く、くそう、なんて奴だ。気が狂っているに違いない」

「あっははははは!!」

 ちっともおかしくないのに、高笑いが止まらない。

 俺はそのまま織田本隊を通過スルーし、どこぞへと駆け抜けていったのだった。


最後の最後でキマらないのがノブナガクオリティ



森可成:通称は三左衛門尉。信長の小姓として有名な蘭丸兄弟の父にして、織田軍で指折りの猛将。本作では清州織田家(本家)との戦いにも参加し、大和守信友を捕縛する功績を上げた(ということになっている)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ