72. 美濃動乱
主人公には家族を守りたい自覚は芽生えていても、自分が大将首である自覚はあんまり芽生えていません。
うまく分割できなかったので、今回は少し長め
弘治2年春、俺はわずかな手勢を率いて美濃入りをした。
本隊は後からついてくるように指示しておき、信光叔父貴は林兄弟の監督も兼ねて那古野城に残る。信広はどうしてもついてきたがったが、清州城の留守を頼んできた。ある程度の開発が済んでいる那古野城下と違い、清州城下はあちこちで工事が始まっている。
ここで謀反が起きたら、ひとたまりもない。
弟妹達には例のごとく、城で大人しくしているように言いつけた。元服した信包もいるし、いざ戦となったら信広ほど頼りになる身内はいない。
俺に何かあった時、帰蝶と奇妙丸を守る人間が必要だ。
『必ず、帰ってきて』
愛しい妻に涙ながらの懇願をされて、奮起しない男がいたら見てみたい。
それに今回も念入りに準備を済ませている。勝てない戦はしないのが俺の信条だ。最優先事項は道三の身柄奪取で、喧嘩の仲裁は二の次とした。弟を手にかけた男が、親へ向ける刃を躊躇うとは思えない。
少なくとも史実では、義龍に攻められた道三は敗死している。
道三のいる大桑城は美濃国の南に位置し、北側にある稲葉山城が義龍の居城だ。稲葉山城といえば今孔明を思い出すので、今回は秀吉を連れてきている。
偶然出くわしたところをゲットだぜ。
俺がそんな妄想をしているとも知らず、せっせと偵察任務に勤しんでいる将来の天下人。ちょこちょこ動き回っている姿は、どう見ても野生の猿である。
木曽川を渡れば、すぐに長良川だ。
中州に集落ができていて、まるで水に浮かんでいるように見える。
「うーん、小回りの利く船があると進軍がはかどるんだが」
「水軍鍛える」
「……うちに水軍あったか?」
船頭と(信広が)喧嘩した覚えはあるが、あれは漁師の船だ。
兵農分離が進んでいないからって、漁師までも水軍を兼任しているのだろうか。日常的に船を操っていても、兵士を運ぶ以上の役目は頼めない。いずれは鉄鋼船に大砲積んで、海からどっかんどっかん撃ちまくるドリームワールドを展開したいというのに。
ちょうど小舟に揺られて、山賊の一団が流れてきた。
船影が見えた時点で、俺たちは一斉に隠れている。精鋭を連れてきたとはいえ、本隊が来る前に交戦するわけにはいかない。あくまでも喧嘩の仲裁、道三の救援が目的だ。
岸へ上がってきた山賊の頭に見覚えがあった。
「げ、またアイツか」
「知り合いですかの?」
「断じて違う」
俺がきっぱりと否定した時だった。
もっさりとした髭面がこちらを向いた。たぶん、奴が浮かべている表情は俺と同じだ。ウンザリとして嫌そうで、目も合わせたくないといった感じである。
「御屋形様の言った通りかよ……」
「出迎えご苦労、蜂野郎」
「誰が蜂野郎だ、ハチスカだって言ってんだろ! 徒労に終わればよかったと今回ほど思ったことはねえ」
「おほっ、信長様が好きそうな御仁じゃのう」
「「誤解だ!!」」
俺たちは口を揃えて叫び、思わず睨み合った。
山賊の案内で、大桑城に入る。
形勢不利とみた道三は素早く、撤退の道を選んだ。
どう考えても自ら蒔いた種としか思えない。俺たちの迎えを寄越したことから考えても、全て予定通りかもしれない。ちなみに一益たちは道三の罠を疑っていたが、俺と秀吉が全く疑っていないのを見て諦めたようだ。
「婿殿、久しいの。子が生まれたそうじゃが、父になってもうつけは治らんな」
にやにやと笑っている禿げ爺を見た瞬間、確信した。
とてもじゃないが、窮地に追い込まれている人間に見えない。俺が余計なことを口走ったおかげで、美濃の蝮が奇策を思いついてしまった。義龍と俺は、上手く踊らされたというわけだ。
「舅殿、何考えている」
「そう怖い顔をするでない。美濃が欲しくないか?」
「いらん。今はまだ、な」
「ほう」
尾張国だけでも手一杯なのだ。
武器の開発も、各地の整備もまだまだ終わりが見えない。
環境が整っていないのに戦をして、勝てるわけがないのだ。今までは運が良かった。俺の悪評もいつまで有効か分からない。意外にデキる奴だと警戒されるようになったら、隙を突くやり方ができなくなる。
卑怯だ何だと言ってくれるな。
限られた資源で、被害を最小限に抑えるには必要な条件である。
「家督を譲って隠居したんだろ? 大人しく俺の参謀になればいいじゃないか。なんで戦を起こそうとするんだ」
「あれには気概が足りぬ」
「弟を殺して、父親に刃を向けるような奴がか?」
「そう仕向けたのはわしじゃ。孫四郎たちには、……可哀想なことをした」
「ふざけんな!!」
思わず掴みかかろうとする俺の前に、蜂須賀が立ち塞がる。
人望がない道三の数少ない臣下だ。心から忠誠を誓っているのだろう。調べたところによると、川並衆という川の民から成った豪族だ。山賊面をしていても、船の扱いに長けている一族ということになる。
海賊ならぬ、川賊と呼べばいいか。
「どけよ、蜂野郎」
「蜂須賀だと言っているだろうが。貴様こそ、何のためにここへ来たのか忘れたとは言わせんぞ! 義龍の味方をして御屋形様を斬るというのなら、この蜂須賀小六が相手になってやる」
「やめよ、小六。婿殿は国のために、身内を贄にしたことを怒っておるのだ」
「それは仕方のないことで……!」
「仕方ねえもクソもあるか。俺は、俺が欲しいもんは自分で手に入れる! お膳立てなんざいらねえんだよ。それこそ余計な世話だ」
道三をぎろりと睨む。
迂闊に史実を他人に話した俺が悪い。真に責められるべきは俺自身だと理解している。だが斎藤親子の不仲は帰蝶からも聞いていた。平手の爺の死で、歴史の修正力があるかもしれないという疑いも出てきた。
俺は道三に死んでほしくなかった。
参謀にほしいと言ったのも、正真正銘の本音だ。
「茶番はもうたくさんだ。俺は尾張へ帰る」
どうあっても史実通りに進むのなら、俺がどう動いても結果は同じになる。
「婿殿……」
「あんたが、俺を高く評価してくれるのは嬉しい。だが今の俺はまだ、美濃国を統治できるほどの力を持っていないんだよ。横から掠め取るような形で手に入れても、美濃国の奴らが俺に従うか? それとも逆らう奴は片っ端から殺せばいいのか。そいつらの抜けた穴は、どうやって埋めるんだ。面倒だろが、そんなのは」
「ふん、所詮は腑抜けか。情けない」
「それなら、てめえが美濃国を統治してみろ。飢え死にする民を一人も出さずに五年耐えたら、マトモに呼んでやるぞ」
「な……っ」
「申し上げますう!」
蜂須賀が顔を真っ赤にして、何か言いかける。
だが駆け込んできた伝令が膝をつきながら、声を張り上げた。
その汚れた鎧をまとった姿を見るなり、秀吉の額を叩く。奴はそのままコロコロと転がって、庭の外へ消えた。一益もとっくに姿が見えず、俺の傍には橋介が一人残る。
「何事だ、と問うまでもないのう。義龍がここまで来たか」
「今、長良川は増水しております。渡河するのは難しいかと」
「策を弄さねば、この短時間で攻め込むことは困難であろう。さすがは蝮の子。あっぱれな采配よ。まあ、うつけ殿には及ばぬがのう」
「そりゃどうも。道三、さっさと城を出るぞ。この国は正当な後継者にくれてやれ」
「わしが動かぬと言ったら、どうする」
「気絶させても連れ帰る。あんたが死んだら、お濃が泣く」
道三は何も言わず、目を細めた。
蜂須賀もハッとした様子で俺を凝視している。野郎に見つめられても全く嬉しくないんだが、義龍軍が攻めてきた以上は俺も迂闊に動けなくなった。頼もしい側近たちが戻ってくるまで、やることがない。
逃げるにしても、ルート確保をしてからじゃないと危ない。
蜂須賀たちが具足を身に着けて飛び出していくのと入れ違いに、織田本隊が大良口で陣所を構えたという報告が来た。遅いと叱咤しかけて、今回は迅速に行軍できない理由があったことを思い出す。
同盟相手とはいえ、隣国の内輪揉めに介入するのだ。
当然、士気はなかなか上がらない。尾張国を留守にすることで、反勢力が動き出すかもしれない懸念もあった。信広や信光叔父貴を信頼していないわけじゃない。
不測の事態は、いつでも起きうるものだ。
美濃入りしてからずっと、嫌な予感がつきまとう。早くしなければ、と何かが急かす。俺は道三と言い合いしている場合でも、蜂須賀とジャレている場合でもなかった。
そして戦端はひらかれ、両軍が激突する。
先手をとった敵方の竹腰隊は、本陣に迫るも撃退に成功。
続いて義龍軍から長屋甚右衛門が一騎討ちを挑み、道三軍から柴田角内が応じた。本当にあった一騎討ち、と感心している場合じゃない。ここで柴田が負けると、一気に押し込まれる。
じっとしていられなくなった俺も出ようと足を向けた矢先。
「うお!?」
「婿殿、わしじゃ」
「いきなり後ろから引きずり込むなよ。一瞬、肝が冷えたじゃねえか」
襟元を直しながら、わざと軽い調子で言う。
そんな俺を、道三は静かに見つめた。
「この城はもうもたぬ。婿殿は裏から出られよ」
「道三、死ぬ気か!? 何のために、俺がここまで来たと思ってやがる」
「そう簡単に、この首をくれてやる気はないがの。わしのために婿殿が危ない橋を渡ったと知れば、帰蝶に恨まれる」
「…………死んだら許さんぞ、舅殿」
「心得た」
そうして俺たちは別れた。
再会できるかどうかは最早、運任せだ。
道三が討ち取られれば、帰蝶は悲しむだろう。史実通りであると知っているのは俺だけだ。俺が義龍の疑惑を伝えなければ、道三はおかしな策を思いつかなかったかもしれない。
「ちっ」
城の外は乱戦状態だった。
予想以上に、義龍軍の動きが早い。どう考えても小回りの利く水軍を使っているに違いない。長良川は徒歩で渡れるような水量を超えているのだ。上流からなら、勢いに任せて下りてくるだけでいい。
「あーくそ、やっぱり水軍がほしい!!」
適当に馬を奪い取って、強引に駆け抜ける。
織田本隊も既に交戦が始まっていた。負傷した森可成を見つけ、すぐさま撤退の指示を出す。道三を逃がすと決めた以上、ここで頑張る意味はなくなった。
「殿はいかがなされます!?」
「ノブナガが殿を務める」
「では、わしが供を――」
「つべこべ言わず、とっとと軍をまとめて撤退しろ! これは命令だっ」
怒鳴りながら、その辺に転がっていた鉄砲から火薬を抜き取る。
逃げ惑ううちに落としたのか、幸いにして火がついていない。空になっていた竹筒には水じゃなく、火薬を注いだ。縄を巻き付けた栓を突っ込んで、うつけ時代のサバイバル技術で磨いた着火法で縄を燃やす。
「あちっ、あちちっ」
「いたぞ!」
「馬に乗った奴は名のある将かもしれん。いざ討ち取らんっ」
「やなこった!!」
竹筒をぶん投げた。
信広ほど飛距離は出ないが、スリングで鍛えた腕力を見よ。いつまでもモヤシっ子三郎と笑わせない。じりじり焼けながら飛んでいく竹筒を、ぽかんと見上げている阿呆面が何名か。
攻め手が止まっている隙に、新たな鉄砲を拾う。
今度はそのまま火をつけ、狙いを定め……ない。
俺が引き金を引くのと同時に、竹筒が凄まじい音を立てて弾け飛んだ。大した量を入れていないはずだが、鉄砲の音よりも大きい。戦場にちょっとした穴があいて、得体のしれない何かにおびえた雑兵が尻餅をついた。
何かが飛び散った跡が見える。
悲鳴を上げ、逃げ惑う背に鉄砲を投げつけてやった。どうせ当たらない。足で馬の腹を蹴り、我に返って暴れだす馬と一緒に敵兵の中へ突っ込んだ。断っておくが、全く意図していない。パニック状態の馬が突進をかけて、俺は転げ落ちないようにしがみついていただけだ。
ついでに槍を奪い取って、めちゃくちゃに振り回す。
武術の心得なんて知ったことか。一通り基本は習ったが、混戦状態ではあまり役に立たないということを知っている。それこそ一騎討ちや、精神的にも余裕がある時に限る。
「馬に踏み潰されちまう! 近寄れねえっ」
「く、くそう、なんて奴だ。気が狂っているに違いない」
「あっははははは!!」
ちっともおかしくないのに、高笑いが止まらない。
俺はそのまま織田本隊を通過し、どこぞへと駆け抜けていったのだった。
最後の最後でキマらないのがノブナガクオリティ
森可成:通称は三左衛門尉。信長の小姓として有名な蘭丸兄弟の父にして、織田軍で指折りの猛将。本作では清州織田家(本家)との戦いにも参加し、大和守信友を捕縛する功績を上げた(ということになっている)




