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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
尾張統一編(天文20年~)
50/284

41. 動き出す闇

暗くて重くて、ながーい戦いの始まりです


※一部、信広関連の追記をしました

 那古野城に戻ってくると、林のジジイの姿はなかった。

 案の定である。俺がどこまでも甘かった、ということなんだろう。やっぱり「うつけ」らしくふるまうべきじゃなかったのか、なんていう意味のない後悔が胸を突く。あるいは馬鹿をやりながらも、噂や信行派の動きに敏感になっておくべきだったのか。

 ちゃんと気を付けているつもりだった。

 信行がまだ子供だから、とゆるく考えていた部分もあった。

 やりがいのある仕事を任されて、のぼせ上がっていたのも認める。なんだかんだで親父殿に命令されて、民に頼られて、舎弟たちと一緒に過ごすのは楽しかったのだ。

「爺!! 爺はいるか!」

 一益は一族と共に各地へ散り、藤吉郎は村へ走らせた。

 俺は跡目争いでどんなことが起きたのかを詳細に知らない。

 ある意味、それが仇になったともいえる。始まってしまったものはどうしようもない。あの葬儀の場で、十分に思い知った。あれだけの人間が、俺の敵に回ったということを確信した。

「爺!」

 足音も荒く歩き回りながら、焦っていた。

 平手政秀が自刃して果てたのは、ちょうど今の時期だ。

 前の主になる信秀に殉じたともいえるし、信長に対するアテツケともいえる。平手の息子のことがあったとか…………ああ、そんなのはどうでもいい。

「爺っ」

「おにーさま!」

 え、誰この美少女?

 どこかで見たことのあるようなないような、振り分け髪を飾る赤が可愛らしい女の子だ。丈の短い小袖にサイズが違いすぎる打掛――ほとんど羽織に近い――をずるずる引きずりながら、走ってくる。

 あ、コケた。

「うう~……っ」

 仕方がないので、近づいて起こしてやる。

 爺のことも心配だが、目の前で転んで泣きそうになっている美少女(ココ重要)を無視できる俺じゃない。羽織っているのも打掛どころか、男物の大袖だった。引きずって当たり前だ。誰だ、こんな拘束具まがいの苛めを仕掛けた奴は。

「あーあ、額が赤くなってんじゃねえか」

「ひっく……お、おにいさまあ」

 小さな手で着物を掴んで、しがみついてくる美少女。

 この感覚、なんだか覚えがあるぞ。むしろ懐かしいというか、久しぶりというか――。

「お市?」

「ひ、姫様……急に走らないでくだされ。爺めは年々、体の衰えが著しく」

「爺? え、これマジでお市なのか」

「これ、じゃないもんっ」

 ぷっくーと膨れて、激おこのポーズをするマイシスターお市。

 正直に言おう、超絶可愛い。

 なんかこう色々と台無しなんだが、大丈夫だろうか。魔窟と化した末森城から戻ってきたばかりで、俺が考えることもやることも山のようにある。しかしながら、しっかりベッタリくっついた妹を引きはがすのも可哀想だ。

 切腹を心配していた爺は、こうして会えたからいいとして。

「なんで二人が一緒なのか聞いてもいいか?」

「はあ、それがサッパリ分からぬのです。突然姫様がいらっしゃって、若様はどこだと騒ぐばかりで一向に手も付けられず……申し訳ございませぬ」

 平手の爺は、一段と老け込んだように見える。

 やっぱり親父殿の死が大きいのだろう。本来なら、俺と一緒に葬儀へ参じているはずだ。たった二人の供連れで飛び出していったかと思えば、こうして二日と経たずに戻ってきている。

「ん? お市、俺を追いかけてきたのか」

 娘だから、葬儀に参列する義務がある。

 非常に手の込んだ茶番とはいえ、一同の中に美少女がいたら即発見する自信がある。それが目に入れても痛くない妹なら当然だ。それなのに俺の記憶に残っていない。

 お市の姿も軽装であって、喪に服す風には見えない。

「えっと、おとうさまにいわれてね。それで市、きたの」

「親父殿に?」

「うん」

 ただならぬ気配がする。

 俺は平手の爺に目くばせし、互いに頷き合った。




 再び、俺たちは那古野城にて一堂に会する。

 あの時も今後の方針について話し合うはずだったが、親父殿の訃報で強制終了した。奴らも詳細な話を早く聞きたかっただろうに、藤吉郎と一益は既にいない。

 俺としても語れる言葉はほとんど持たなかった。

「最悪の事態になった」

 少年時代を共に過ごした皆は、これで通じる。

 きょとんとしているのはお市だが、可愛いので何も問題ない。嫁は二割増しのブリザードをまとっているが、これもある意味で通常運転だ。

 両手に花とか、前世の記憶として残る全俺が謀反を起こしそうだな。

「あ、あの信長様…………一つ、いいっすか」

「発言したい奴は、挙手しろ」

「はい」

 素直に手を上げる利家。

 さんざん馬鹿犬と笑われてきた男だが、こういう率直な部分はまぎれもない長所だ。むしろ俺はキョシュの意味を理解していることに驚いた。軽く失礼な感想なので、言葉にはしない。

「許す」

「そのちっちゃいの、信長様の隠し子っすか?」

「そうなの?」

「ちげえよ。俺の妹だよ。なんで、お濃まで首を傾げるんだよ。さっき説明しただろうが」

「無様だからやめてちょうだい。そんなの冗談に決まっているでしょう。わたくしたち、こうして会うのは二度目なのよ」

「うん! じゃなくて、はいっ。おねーさま」

 お市が知らないうちに帰蝶と仲良しになっている。

 そういえば、稲の収穫が終わる頃に「来客がある」とか言っていたな。

 まだ幼い彼女が末森城から那古野城まで向かうのは、ちょっとした旅になったはずだ。俺の知らないうちに、お転婆姫として成長していたようだ。嬉しいやら、寂しいやら複雑な気持ちである。

「おにーさま」

 またお市が、ぷくーっと頬を膨らませている。

 殺人的に可愛い。いつか妹に殺される。それもいいか、と思えてしまうのがまた怖い。

「市、もういつつよ」

 明らかに美幼女です、本当にありがとうございました。

 少女と幼女の区分がどの辺にあるのか知らないし、そんなことはどうでもいい。お市が可愛いのは宇宙の真理レベルで確立していることだ。嫁とどっちが可愛いか問われたら、嫁と答えてしまう俺は愛妻家と呼ばれてもおかしくないだろう。

 その一番可愛い嫁は、さっきから氷の視線で俺をブスブス刺しまくっている。

「お濃、痛いんだが」

「知らないわ」

「嫉妬するとか可愛いからやめれイテッ」

「仲睦まじいのは大変よろしいことですが、一つよろしいでしょうか。弾正忠家の家督について、早急に明らかにすべきだと存じます」

「なかよしなのは、いいことなのに」

「お市様。発言は挙手を、と信長様が先程仰られたばかりでございます」

「……はい」

 むすっとへの字口で、手を上げるお市。

 その素直さプライスレス。輝きすぎて、犬の従順さなんぞ足元にも及ばない。

「おとーさまが、おにーさまにえっと……じきとうしゅはおまえだ。よくはげめ、だって!」

「励め、とは日々努力することです」

「市もどりょくしてるもん。いじわるなひと、きらいっ」

「嫌いだそうだぞ、吉兵衛」

「自分がお仕えするは信長様ただ一人。たとえ信長様ご自身に嫌われようとも、死を賜ることになろうとも、我が職務を全うする覚悟でございます」

「お、オレも頑張りますっ」

 貞勝たちに続けとばかりに、挙手とオレオレが乱発する。

 そして、いつもの――。

「やかましい!!」

 平手の爺による怒号が響き渡った。

 水を打ったように静まり返る場を睨んでいた爺は、何故か俺に向き直って平伏した。くわんくわんと頭にエコーがかかっているお市を支えつつ、訝しげな顔でそれを受ける。

 今度は何が飛び出すのかと戦々恐々待ち構える中、爺がゆっくりと顔を上げた。

「家督相続の儀、おめでとうございます。五郎左衛門政秀、心より寿ぎ申し上げます」

「おめでとうございます!!」

 家臣一同が唱和する。

 ここは大いに喜んでおくべきなんだろう。死亡フラグや廃嫡の危機を乗り越えて、ようやく掴んだ当主の座だ。去年の収穫祭に参加できなかった分も含めて、酒宴を催してやるのが一番だと分かっている。

 鉄面皮の貞勝脳内では、宴の費用が算出されていると思う。

 だが親父殿が死んだばかりで、めでたいも何もない。さすがに一年くらいは喪に服しておくのが常識というものだろう。尾張のうつけにも「常識」はあるのだ。

「お市」

「なーに?」

「親父殿と直接喋ったのか」

「うんっ」

 そんなに力いっぱい頷いたら、首がもげるぞ。

 気が付けば、この場いる全員がお市の可愛さに絆されていた。シスコンと呼ばれてもいい。戦国三美女の一人に数えられるお市の子供時代なのだから、俺の妹が可愛くて当然なのである。

「市がおへやによばれて、だいじなおはなしがあるって。それでね」

「ふむふむ」

 おっと、メロメロになっている場合じゃなかった。

 つまり「親父殿に言い付けられて、那古野城にいる俺のところへ正式に家督を譲ることを知らせに来た」ということらしい。信広が馬に乗せてくれたらしいが、強行軍だったので着いた途端に乳母が倒れてしまったとか。

 彼女の乗馬技術は知らないが、相当無理をさせたはずだ。

 ここは任せて先に行けと怒鳴られて、俺を探し回っていたらしい。

「なにやってんだ、あの馬鹿兄貴」

「某が探してまいります」

「ああ、頼む。ゆっくり休ませてやれ。後でお市も向かわせる」

 小さな頭を撫でてやると、涙の残る顔でふにゃっと笑う。

 だんだん寂しくなって泣いているところを、平手の爺が見つけたわけか。それなら葬儀に姿が見えず、俺の帰城とほぼ同時に現れたのも納得だ。

 そして一瞬、不安になる。

 お市は親父殿の死を知らないかもしれない。

 直接喋ったということは、生きている親父殿に会ったということだ。お市が出発した後に倒れて、そのまま亡くなったのか。あまりにも事態が急すぎる。

「お市」

「はいはーい」

「親父殿と話をしたことを、誰かに言ったか? 寄り道せず、まっすぐ来たのか?」

「よりみち? しないよ。市、こどもじゃないもん」

 どこからどう見ても小さい子供だろうが。

 知らないうちにマセた性格になったようで、お市は不満げに口を尖らせている。嫌な予感は早く否定してほしかったが、必死に抑えて続きを待った。

「えっと、…………あ! のぶゆきにーさまと、おかーさまにあった」

「俺のところへ行くと、言ったんだな」

「うん。市、だめだった?」

 不安げに瞳を揺らす妹に、もう何も言えない。

 考えたくないのに、悪い想像だけが加速していく。

 クソ親父、なんで俺を呼ばなかった。周囲を敵に囲まれても、尾張下四郡を守りきった男は愚かでも馬鹿でもなかった。死後のことをあれほど案じていたくせに、最後の最後でしくじりやがった。あるいはお市を俺のところへやったのが、最期の策とでもいうのか。

「信行は……俺が、家督を継ぐと知っているんだな」

「おにーさま、だいじょうぶ? 市、なでなでしてあげるね」

 当主の言葉は重い。

 次期当主だの嫡男だのと呼ばれている間は、限りなく確定に近い未来というだけだ。俺が廃嫡されるか死ぬ以外で、他の人間が当主になれる可能性は限りなく低い。それを分かっているから、家臣たちや土田御前は策を巡らせた。

 俺は生きて、親父殿は死んだ。

「もっと早く、言えよ」

 分かっている。言えなかったのだ。

 存命中に家督を譲る宣言をすれば、織田家中は紛糾する。親父殿も迷っていた。あるいは俺が当主に相応しい人間になるのを、ずっと待っていてくれたのかもしれない。

「あなた」

 がくっと揺れた体を、いい匂いが包む。

 何かがフラッシュバックして、反射的に振り払った。

「……いい、触るな。大丈夫だ」

 黒曜石みたいな瞳が揺れて、彼女を傷つけてしまった罪悪感に襲われる。

 仲睦まじいなどと言われているが、一年経っても寝所は別々だ。今も、互いにちょうどいい距離感を掴めていない。何を考えているのか、どうすればいいのか分からない。

「末森城へ向かう。留守は」

「爺にお任せあれ」

「いいのか?」

「貞勝の言葉の通りにございます。我が殿はとっくに若……いいえ、信長様でありました。落ち着いた頃にでも、先代の墓参りをいたしましょうぞ」

 俺は頷く。

 葬儀でやらかしたことを白状しなければならないが、当主不在のまま置いておく方がまずい。領民の通達は藤吉郎が駆け回っている。それも那古野城と近隣の村だけだ。

 ほどなくして一益から、緊迫の状況が伝えられる。

「出るぞ。支度をしろ!」

「はっ」

 翌日の早朝、俺たちは那古野城を出立した。

 身構えすぎても警戒されるが、無防備すぎてもナメられる。さながら正徳寺会見を再現するかのごとく、粛々たる行列が街道をゆく。

 お市飛び出し防止のため、帰蝶も留守番させた。おちよもいる。

 癒し要素のない道中は退屈しない分、男むさくて息が詰まりそうだった。

兄弟喧嘩回避失敗しました。

お市は5歳と言い張っていますが、まだ年が明けていない(気が早すぎる)ので4歳。実年齢は3歳になるので、舌たらずな感じが出ているといいのですが。

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