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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
雌伏編(天文13年~)
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37. 村井民部丞

 親父殿が倒れてから、俺は月に一回末森城へ出向くことにした。

 信行につけられた家老や、信行に味方している家臣たちはいい顔をしない。何を今更という陰口も聞こえてくるが、俺自身もそう思っている。

 舎弟トリオを家臣にしたのは、あっという間に国内外へ広まった。

 もちろん、利用できるものは何でも利用した結果だ。本気になるのが遅いと長秀にはぼやかれたのだが、その意味がちょっと分からない。帰蝶は微笑むだけで、答えをくれない。

「佐々家と前田家には、悪いことをしたかもなあ」

 成政と利家が嫡男じゃなかったとか初耳だぞ。

 歴史に詳しい人間なら知っていたかもしれないが、前世の俺はそんなに興味も持っていなかった。誰でも知っている有名な話や、戦略ゲームのイベント内容として知っている程度だ。見事に偏りすぎて、笑っちゃうほど役に立たない。

 初期から家臣に取り立てられると、重臣まで昇りつめる可能性がある。

 それでまあ、それなりに問題発生したらしい。

「若殿は自覚しておられる行動よりも、無自覚の行動が厄介です」

「……だから反省しているって」

「反省して、次に生かすことができれば何も言うことはありません」

「うぐう」

 悔しいが、何も言い返せない。

 足音も立てずついてくる男は、信盛でも恒興でもなかった。彼らにも別に仕事があって、滝川一族がいるから大丈夫かと出立しかけたら厩にロボットがいた。

 いや、人間だ。まったく表情が変わらないだけで、生きた人間である。

「もしかして吉兵衛、怒っているのか?」

「質問の意味が不明瞭です。やり直しを要求します」

「……えっと、機嫌が悪そうだから」

「上に立つ者は、家臣の顔色を窺うものではありません。それを悟られた時点で侮り、蔑みの感情を生み出します。自ら傀儡となり果てたいのであれば、お止めいたしませんが」

 どうぞご自由に、と淡々続ける男の名は村井吉兵衛貞勝。

 狐のような細い目に眼鏡が似合いそうな文官だ。先月、親父殿から紹介されたのは覚えている。まさかアレが部署変更に値するとは思わなかった。

 貞勝は信秀の直臣から、信長の直臣に異動したわけだ。

 コバンザメのごとくつかず離れず、黙して追従する貞勝はちょっと遠巻きに観察されている。異動は正式に告知するようなものでもないらしく、勝手に情報が広まっていくに任せる。

 俺たちがどういう関係なのか探られている、っていうことだな。

「お」

「大殿。若殿が来られました」

「どうぞ」

 部屋についたので声をかけようとしたら、すごい目で睨まれた。

 信盛の目力を凌ぐ鋭さだ。頭脳労働専門だと思っていたが、貞勝も目線ビームで人が刺せる系だった。サイボーグ吉兵衛と呼ぼう。

「睨むなよ、冗談だっつの」

「若殿は分かりやすすぎるのも長所であり、短所であります」

「ん?」

 今のは褒められたのか、貶されたのか。

 首を傾げているうちに部屋の入り口が解放されて、先へ進むように促される。できれば貞勝に先行して……いや、何でもない。目は口ほどに物を言うを体現されてしまった。

 この部屋に入ったのは何度目だろう。

 ぼんやりしている暇はないと分かっていても、そんなことを考えてしまう。

 寝ていれば治ると宣言した通りに復活した親父殿だが、改めて見ると老いを感じずにはいられない。この人が何歳なのかも分からない俺は偽善的で、親不孝者なのだろう。

「若殿」

 座った傍から、貞勝が耳打ちしてくる。

「部屋へ入る際は本人同士で言葉を交わさぬよう、お気を付けください。それが作法であり、若殿の身を守る一助ともなりましょう」

 素直に頷いておいた。

 そんな俺たちの様子を親父殿が眺めている。見慣れた憤怒の形相や猜疑心に満ちた目をしていない。おかしなことに、今初めて親父殿が「親父」殿だと思った。

 俺は俺の子供と、ちゃんと親子ができるだろうか。

「三郎」

 上総介を自称してから、そう呼んでくれるのは親父殿だけだ。

 若様、若殿、信長様と呼び方は違っても、元服時に増えた通称である「三郎」は使われなくなった。帰蝶は相変わらず名前で呼んでくれないが、照れているだけだから気にしていない。

「そやつはどうだ。上手く使えそうか」

「考え中で……冗談ですよ。有能すぎて、俺にはもったいないくらいです。なんとか置いてけぼりをくわないように、日々試行錯誤しています」

「よく言うわ。心にもないことを」

「吉兵衛が有能なのは、親父殿も認めているでしょう」

 そうじゃなかったら、俺に譲らないはずだ。

 誰よりも本人が気づいている、先が長くないことを。

 確実にその日が近づいているのだと悟っているのだ。死期を知った人間は、それまでの振る舞いがガラッと変わるらしい。態度が穏やかになったり、思慮深くなったりする。一度も気遣いをしなかった人間があれこれと世話を焼いた、という話もある。

「親父殿」

 ぐっと拳を固める。

 いつしか握り癖がついて、手の平は細かい傷だらけだ。

 ついこの間に恒興にバレて、それはもう怒られた。あの乳兄弟はおちよ以上の心配性だ。ぐるぐるに巻かれた包帯は、嫁が心配するので外した。

 そっと手を置いてくるくらいには、距離も縮んでいる。大きな一歩だ。

「死ぬなよ。尾張の虎なんだろ」

「この大うつけが。死なぬ人間などいるものか。貴様の方こそ、つまらぬ死に方をせぬように用心せよ。子はまだなのであろう?」

「な、ななな何言ってんだよ。帰蝶は今年嫁いできたばかりだぞ!」

「誤魔化そうとも無駄だ。あちこち連れ回し、べったり離れぬそうだな。わしと会う時に姿を見せぬのは、嫁をとられたくないからか?」

「これ以上女増やしてどーすんだよ、馬鹿親父っ」

「貴様は一人で満足か。軟弱者め」

 むぎぎ、言いたい放題言いやがって。

 これも俺が知らなかったことだが、親父殿には正室・側室以外にもお手付きの女がたくさんいた。信行とお市以外に、顔を見ていない異母兄弟がいることになる。まだ小さかったり、母親の身分が低かったりして、跡目争いに加わっていないから名前が出てこなかっただけだ。

 親父の兄弟はあえて俺を避けているので、これまた顔を見ていない。

 冗談抜きで、写真付き名簿を持ち歩きたい気分だ。

「三郎、村の様子を報告せよ」

「待てよ! まだ期限はっ」

「若殿」

「……稲の発育は順調です。新築した家屋に葺く茅が間に合っていないから、民は集合住宅で生活させています。川からひいた水路にも今のところ、問題はないです」

「村を那古野と称し、管理する者を派遣する。三郎は城へ戻れ」

「はあ?!」

「命令だ」

「そん……っ」

 思わず腰を浮かせかけた俺を、貞勝が止める。

 順調だが、これからが正念場なのだ。稲のことには詳しい木下家の奴らがそう言っていた。稲作の敵は戦火だけじゃない。台風で倒れることもあるし、鳥の被害も無視できないという。使わなくなった古着を案山子に仕立てて、あちこちに設置した。

 米をつくための水車小屋も追加した。

 ちゃんと実ったら皆で収穫して、新米を食べて祝おうって話していた。年貢を納めるのも大事だが、結果を分かち合うことに重点を置きたかった。

「ふざけるなよ……、クソ親父。どんなに苦労して、あの村を再建したと思ってやがる」

「貴様が直接何かしたわけではあるまい」

「俺の村だ!」

「名実ともに貴様のものだ」

「…………!!」

「若殿!」

「竹千代を末森城へ連れてこい。駿河へ戻す」

 ガツンと殴られたような気がした。気のせいだった。

 物理的な制裁を受けすぎて頭がどうにかしてしまったらしい。腰が抜けたように座り込む俺を、力強い腕が引っ張り上げた。貞勝だった。俺よりも細いくせに、痩せた体のどこに馬鹿力が眠っていたのか。部屋から強引に、引きずり出される。

 そうして気が付いたら、俺は馬上の人になっていた。

 竹千代のことはショックだが、最初から分かっていたことだ。小さいくせに気遣いができる有能な舎弟だから、別れの時も泣かずに笑うシーンまで想像できる。

 俺が我慢ならなかったのは、別のことだ。

「……吉兵衛」

「はい」

「俺の怒りは間違っているか。間違っているなら、そう言え」

「間違いではなく、筋違いです」

「細かすぎて分かんねえよ」

 ぽくぽくと馬が蹄を鳴らす。

 今日も奴らは元気に走り回っているだろう。俺は自分が情けなすぎて、これからどんな顔で会えばいいのか分からない。

「あの村は、若殿のものです。それはこの先も変わりません。大殿が認めた以上、ほかの誰にも覆すことは不可能でしょう」

「…………」

「村には豪農がいません。庄屋との結びつきもありません。年貢を納めるには、これらとの連携をとる必要があります。村の管理をして、交渉する者を置くと大殿は」

「俺の舎弟がいる。他の奴に任せられるか」

「そうですか。では自分に処罰をお与えください」

「は? なんで、そうなる」

 思わず貞勝を振り向いた。

 インテリ眼鏡が似合いそうな男は、しれっと答える。

「管理を任されるのは、この吉兵衛ですので」

「はあああぁ!?」

 聞いてねえよ。当然です、たった今言いました。

 一気にヒートアップする馬鹿みたいなやり取りを、馬が退屈そうに聞いていた。人間って面倒くさいな、とか思っているに違いない。


文官ロボットとか、サイボーグ民部なんていうタイトルにしようと思いましたが、いくらなんでも違和感ありすぎるので我慢しました

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