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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
天下統一編(元亀4年~)
256/284

215. エージェント再び

 色々あったが八月吉日、無事に改元の儀が執り行われた。

 という報せを本拠地・岐阜城にて聞いた。なんで京にいないのかって、面倒なことになりそうだったからだ。貞勝をはじめとする頼れる家臣たちが、なんかイイカンジに全部まとめてくれるって信じてる。

 槙島城を含めた巨椋池周辺は、戦後処理と並行して治水工事が始まった。

(そういえば、現代ではこんなでっかい池……つーか、湖なかったよな? もしかして埋めちまったのか)

 関西・近畿で大きい湖といえば琵琶湖だ。

 巨椋池はたまたま淀川や宇治川が近くにあったから生まれたのだろう。水は高いところから低い所へ流れていく。川の流れを変えれば、あっという間に干上がってしまう。大きな干潟としての活用は期待できそうだが、どうしたものか。

(最近、潮干狩りしてないな)

 子宝に恵まれなくなるからと、帰蝶はずっと貝類の食事制限をしている。もうそろそろ解禁してもいいんじゃないかと思う。娘もいっぱい生まれたし。もう一人、いてもいいかな。

 話を戻して、新しい元号は「天正」だ。

 正親町天皇の辺りから期待しているぞオーラが出ている感じもしたが、きっと気のせいだろう。そうに違いない。直接会ったことはない相手から、プレッシャーを感じるなんてどんだけだ。天皇怖い。

 話のついでに官位を授ける話が出たので、丁重にお断りした。

 公家衆が不敬だとが不遜だとか騒いでいたが、臣下の分際で主君たる将軍を罠に嵌めて追放したのである。これを功績として認めちゃったら天皇の命、勅命を受けたことになってしまうではないか。

 権力怖い。朝廷とは適度な距離を保ちたい。

 義昭と仲が悪かった説のままでいくなら、俺の行動は矛盾しているかもしれない。最終的に織田信長の官位がどれくらいだったか覚えていないし、別にいいだろ。

「ところで宇喜多どん、右府様ってどれくらい偉いんだ?」

 すると直家は何故か一瞬動きを止め、目を丸くしてみせた。

 今回は浦上家の使者として、堂々と謁見を申し込んできたのである。

 浦上家といえば赤松家と喧嘩して、後からやってきた秀吉が引っかき回した過去がある。西国に手を出す気はないとはいえ、お家再興を悲願とする尼子衆を抱えているから衝突は避けられない。毛利家も元就ショックから立ち直り、そろそろ動き出す頃合か。

 そろそろ九州の動きも詳しく知りたいところだが。

「なんだ。やけに官位を渋ると思ったら、右大臣の座を狙っていたのかい」

「ぶっ」

 思わず茶を噴き出した俺は、しばらく咳き込む。

 ちなみに今はまだ無位無官・・・・のはずだ。だから天皇に呼ばれるなんてことはありえない。任官された覚えはないし、昔から自称する通りに「織田尾張守」と呼ばれている。

 恥はかき捨て、とばかりに公家の官位について色々聞いてみた。

 秀吉の最終ランクである「関白」は天皇の補佐役。

 関白職を後任に譲った後は、太閤と呼ばれる。太政大臣や左大臣が関白を兼任することがあり、その時は右大臣が政務を取り仕切る。

(要するに、公家で一番偉いってことじゃねえか!!)

 何やってんだ織田信長。すごいぞ信長。俺は嫌だぞ断固拒否。

 次の天下人は秀吉だって宣言しちゃったし、もうとにかくさっさと隠居したい。またぞろ信忠が拗ねてそうな気配もするし、賦秀は帰還の出迎えからして物騒な台詞を混ぜてきたし、光秀が謀反する前に我が子が謀反しそうで怖い。

 いっそのこと、官位をもらった方がいいんだろうか。

 西洋の爵位と一緒で、家督を継ぐ際に官位も引き継げるかもしれない。そうすれば信忠の地位は安堵される。関白まで昇りつめる相手にどこまでやれるかっていう話だ。今のサルを見ている限りでは、そんな野心を抱いている戦国武将には見えない。

 やっぱり本能寺の変が転機だったんだろうか。

(いや、終わった後のことを考えるのはまだ早い)

 まだ九年……いや、八年ある。俺にも、やれることはあるはずだ。

「いやはや。尾張守殿も、大概に天邪鬼だねえ」

「いきなり何だ」

「私の想像以上に、官位について真面目に考えているってことだよ。…………ならば私も覚悟を決めよう。私を、宇喜多を織田家臣の末席に加えてはくれまいか?」

「え、ヤダ」

「ひどいな。考えてもくれないのかい」

「天邪鬼と言われて、素直にハイって言うわけねえだろ。そもそも宇喜多家は浦上の」

「京から追放された公方様は、毛利家に身を寄せたそうだ」

「…………」

「実情はともかく、表向きは織田家と友好な関係でもない毛利家に。尾張守殿と戦って敗れた公方様が身の安全を求めた。これから毛利家がどう動くかは、諸将が最も注目するところだろうねえ」

 まるで世間話をするかのように語り、直家は微笑む。

(まーたなんか誤解してんな、コイツ)

 義昭が西国、毛利家が治める安芸国へ向かったのは俺のせいじゃない。

 京から出られない身の上を憂い、あちこち旅行したかった奴が最初に選んだ訪問先がそこだったというだけだ。念のために雨墨を同行させたが、不安しかない。現当主はあの(・・)毛利輝元だ。直家のスパイ活動を黙認しているのは、輝元の叔父にあたる小早川隆景。同じく叔父にあたる吉川元春とともに毛利家の後見人を務めている。

 長男の死後も、元就の示した三本の矢スタイルを貫いているわけだ。

 毛利家と「表向き」友好な関係ではないのは、尼子衆のせいである。

 打倒毛利家を公言して憚らない奴らの手前、毛利家と仲良くするわけにはいかない。今や尼子水軍は、九鬼水軍と並ぶ大事な戦力だ。活版印刷も銅活字の実用化が目前で、より低コストでキレイな印刷物が作れるようになる。

 印刷技術は紙媒体に留まらず、布製品の開発にも着手した。

 手染めよりも早く、大量に作ることができるのが強みだ。見た目は二の次。貧困層に配って、更なる労働力を確保する。藍染は地元・尾張国の主力でもあるため、藍染の着物が一気に増える予想だ。

 衣食足りて礼節を知る、だ。

 ただし満ち足りるレベルでは、次第に腐る。ちょっと足りないくらいがいい。腹八分目で抑えておけば、よりよい暮らしを求めて頑張ろうと思える。いつもおなかがすいているから、一揆なんかに参加するのだ。

(そういえば、信玄も土地が貧しいから領土拡大を狙っていたんだったか)

 旧ソ連、ロシアも同じ理由で戦争を繰り返していたと学んだ。

 その時代や統治者によって考え方は違うだろうが、喧嘩を売るには理由が要る。もっともらしい大義名分がなければ人は動かないのだ。

「というわけで、嫌だ」

「さんざん利用しておいて捨てるなんて、非道すぎる。ああ、尾張守がそんな人だと思わなかったよ。残念だ」

「言ってろ。毛利家公認スパイのくせに」

「だからだよ。隆景殿は、織田家との繋がりを重要視している」

「……出雲くれるなら考える」

「尾張守殿が、西国への進出を決めたと思われてもいいのなら」

「鹿頭たちには恩義がある。それを返すだけだ」

「むしろ、あちらの方に恩があると思うけどね……」

 直家はぽつりと呟いた。

 浦上家との和睦に比べれば、毛利家との取引はメリットの方が大きい。九州、四国への足掛かりになる上に南蛮船との窓口も増やせる。堺の商人たちはまだ警戒心を解いていないが、それはあくまで宣教師たちによる布教を名目にしているからだ。

 入信した者たちが帰ってこない。誘拐、人身売買はこっそりやるから捗る。

 南蛮貿易を大っぴらにして、対等な取引を実現させる。向こうにも、こちらにも明確なルールを守らせる。九州で大名との人身売買がまだ行われているのかは分からない。宣教師の顔ぶれが変わり、自国でも色々起きているらしいことは察せられた。

 こっちの事情は興味津々で訊きたがるくせに、故郷の話は口が重くなる。

 少なくとも俺の知る歴史の中で、日本が欧州の属国になっていない。江戸幕府が鎖国を決めたのは南蛮貿易を独占したかった、だけではないと思う。長距離航海が可能な大型船と航海術に、高度な印刷技術、精緻なガラス製品、どれをとっても日本は負けている。

 文化が遅れているからこそ、得るものは多い。

「直家」

「なんだい?」

「大内氏は今、どうなってる」

「ほとんど片付いたといってもいいんじゃないかな。今は大友家と、それから龍造寺家だね。宗麟そうりん殿には風神雷神がついている。なかなかの戦上手で、毛利家とは一進一退の攻防を繰り広げている感じかな」

「ふうん。南の薩摩国に島津家ってのがあるだろ。そいつらはどうなんだ?」

大隅国おおすみのくにも統一して、日向国へも進出する勢いだね。現当主の島津義久は三州の総大将たる器がある、と期待されたほどの逸材さ。当の本人は家臣や弟たちがすごいのだと、大いに謙遜しているようだけれどね。どこかの誰かさんみたいじゃないか」

「実際、島津の四兄弟はすごいんだろ?」

 次男・義弘は武勇に優れ、三男・歳久は名参謀、四男・家久は稀代の軍略家だ。

 誰だって有能な人材の下にいきたいと考える。島津の団結力は現代に伝わるほどの知名度だから、長男・義久はリーダーシップに長けていたのだろう。

 織田も負けていないぞ。うちはお市を入れて八兄弟である。

 家臣団もみんな、俺についてきてくれる。いい奴らだ。

「なんか島津義久に親近感がわいてきた」

「繋ぎをとってこようか」

「へ」

「彼に興味があるんだろう?」

 ぽかんとする俺に、柔らかな笑みで返す直家。

「今度は何を企んでる」

「いやだなあ、君に謀が通じないのは重々承知しているよ。織田家が島津家に近づくなら、大友家は南への警戒を強めなければならなくなる」

「その隙に毛利家が、北九州の一部を掠めとるってか」

「ふふ」

 出雲国はほしいが、毛利家とやり合いたくはない。

 輝元はともかく、元就の子供たちは厄介な人材が揃っているからだ。どうあっても戦になるだろうし、和平交渉も面倒くさいことになる予感がする。俺は必ず勝つ戦しかしたくないのだ。

 信長が秀吉に中国攻めを命令し、最終的に毛利家は傘下へ入った。

 そこから先の九州攻めは、本能寺の変以降の話だ。織田軍が勝つという保証がないのに、博打を打ちたくない。話し合いで済めばいいが、中国地方の雄は毛利家だけじゃない。四国だって未だに統一されていない。元親め、何やってんだ。貴様はその程度の男か。

 毛利家とも利害の一致で手を組むだけなら、まだいい。

 気が付いたら「織田領内です」と宣言されるのが一番困るのだ。最近、そうゆうのが立て続けに起きていて疑心暗鬼になっているのは否定しない。

 何でも歴史の通りに動くのも嫌だが、歴史から大きく外れるのは怖い。

 それでも、俺は死にたくない。息子も、死なせない。

 もし島津との繋がりが、新たな道を拓くなら――。

「直家、今日は城に泊まっていけ」

「え? いいのかい」

「かまわん。その代わり、預けるものがある」

「へえ、それは楽しみだ」

 この日の晩は久しぶりの大宴会となった。

権力が怖いので公家や朝廷には靡くが、うっかり植民地化が怖いので諸外国にはナメられたくないノブナガ

とっくに「弾正大弼」の官位を押しつけられている(181話参照)現実は見ない


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